11話 森のマーケット


 利用料を払えばだれでも出店できる場所。それが”森のマーケット”
 毎日店が入れ替わるので、品ぞろえは運次第。それが面白いと旅人に人気の場所らしい。
 そこへ行こうとするクーさまに、私は首をふった。

「私行かない。ここでまってる」

 行ったことないし、面白そう。
 とても興味はあるけど……もう人間に会いたくない。

 ボロボロの村で人と話したけど、あれは1人だったし。死にかけててかわいそうだったから例外というか……。
 マーケットは人がたくさん集まるだろうから、イヤだ。

「どうせまた”モンスターめ!”って攻撃されるよ」

 そう告げると、クーさまはやれやれとこちらを見おろした。
 こっちが見上げるのも首が疲れるんだけど、見おろす方も地味にめんどくさそう。

 人間バージョンでも背高いんだよね、このひと……。

「目が赤く光るのは夜だけだ。昼間はバレない。おまえの外見は人間のときのままにしてある」
「でも……」

 またよってたかって殴られたりしたら、怖い。
 うつむいていたら、つんとつむじをつつかれた。
「かえのパンツが欲しいっていったのはおま」
「うわあああ! どこかで下着を買いたいっていったの! パンツとはいってない!」

 そのうるわしい声でパンツとかいわないで欲しい。

 この魔神は服や武器を作るのが上手。
 だから、ブラやパンツなんかも一級品を作ってくれた。お姫さまがつけてそうな、すごいかわいらしいやつを。肌ざわりもいいし、気に入ったよ。

 でもいちいちクーさまに下着作ってもらうのはなんかイヤだ。ローブとかワンピースとかは別に気にしないけど。
 そう伝えたらこうなった。

「それじゃあ、なにか? おまえは俺をパシらせる気か? あそこへ男1人で行って、おまえのパンツ買って帰ってこいと」
「ごめんなさい。自分で買いに行くよ」

 そんなことさせるくらいなら、作ってもらった方がマシだ。

「よろしい」

 クーさまは私の背中をぐいぐい押して、歩く。

「あの、ほんとはもっと寂れて人気のないお店でこっそり買いたかったの。別にクーさまをパシらせるつもりは……」

「そんな都合のいい店はない。店はだいたい街道沿いで人通りが多い場所にある」
「そうなんだ……」

 街道ぞいに大きな広場がある。
 あそこが森のマーケットだろう。テントや露店がたくさんならんでて、人もいっぱい。馬やしらないケモノなんかもいて、とっても面白そう。

 ……なのに、故郷のみんなの冷たい目が頭に浮かぶ。

 あの人数におそわれたら、逃げられない。
 思わずまた足を止めると、クーさまはおかまいなしに押してくる。

「だいたい、おまえはゾンビだろ。生きた人間みたいに新陳代謝しないんだから、毎日同じ服でも問題ないんだ」

「問題あるよ! ほこりとか土とかで汚れるし。毎日きてたら生地が痛むって」
「竜の皮でできたパンツが?」
「……」

 竜素材の下着だと痛まない……の?
 そうだとしてもイヤなものはイヤ。
 だまっていたら、彼が軽く息をついた。

「まあいい。服以外にも必要なものがあれば買え」
「クーさまはなにか買わないの?」
「ここに俺の欲しいものはない」

 完全に私のつきそいでここによってくれるらしい。
 なんだか急に申し訳なくなってきた。

「私ただのゲボクなのに、ワガママばっかりいってごめんね」

 彼はゆっくりとまばたきする。

「ワガママってのは、”神を殺して”とか”月が欲しい”とかそういうのをいうんだ」

 スケールちがいすぎた。

◆

 森のマーケットへ近づくと、みんながこっちを見た。
 モンスターだってもうバレたの!?
 いまは昼。
 目は赤くないはずなのに、どうして。

「キレイ」
「うおっ!」

 ん?

「神官さまなの?」
「神の化身みたい」

 女はもちろん、男でさえクーさまにうっとりしていた。
 そういえば魔神の人間バージョンって美形なんだった。

 三つ編みに束ねた長い黒髪。青空みたいな色のするどい瞳。人間ばなれして整った顔立ち。男女どちらにも受けの良さそうな、バランスのいい長身。全身まっ白の僧侶服が神秘性を増している。

 初めて見たときは見惚れたし、いまだって美しいと思う。
 でも、美人って見なれるんだと初めてしった。

 さっきまでふつうに会話してたはずなのに。
 マーケットにいる人たちを見てからクーさまをふり返ると、美しすぎて目がつぶれそうになる。

 失礼だけど、みんなの顔をけなしてるわけじゃない。
 鏡を持ってないからほとんど自分の顔を見ないだけ。きっとクーさまのあとで自分の顔を見たら、すごくブスに感じるだろう。

「どうした、止まるな」

 みんなの視線を釘づけにしておいて、本人はまったく動じていない。
 なれてるのかな。

「う、うん」

 でもこれはラッキーかも。みんなクーさまに夢中で、だれも私なんか見てない。
 これなら緊張せずに買い物できそうだ。

◆

 とはいえ、私たちはお金をもってない。
 お金を作るため、クーさまが雷竜のウロコを1枚売ることにした。
 竜のウロコならけっこうお金になりそう。

 私たちはマーケットの中で1番大きなテントをたずねた。

 テントといっても、すごく立派で一軒家より広い。頑丈な柱がいくつも立ててあるし、おしゃれな家具までそろってる。
 どうやらここはよろず屋みたい。

 水に干し肉、薬草、火打石やたいまつ。ほんの少しだけど服もある。旅の必需品を売ってるのかな。たくさんのお客さんがいる。

 買取もしていて、旅人が何人かアイテムをもちこんでいた。
 クーさまがそこでウロコをさしだすと、店員さんは首をかしげた。

「見たことのない宝石ですね。エメラルドに似ていますが、ずいぶん大きい……」

 キラキラと輝く、緑の固まり。ツルツルしていて平べったい。大きさは私の手のひらくらいで、楕円形の模様がうっすらと浮かぶ。
 手をのばした彼に、魔神が警告する。

「雷竜のウロコだ。素手でさわると死ぬ」

「あはは、なにいってんですか~。こんなとこに竜のウロコがあるわけないでしょ。そーいうお客さんだって素手でもってンビビッ!?」

 両手でウロコをもった青年は電流に焼かれてたおれてしまった。
 髪や肌はもちろん、服まで黒こげ。白目をむいて泡をふいている。
 店内がしんと静まり返った。

「だからいったのに、バカめ」

 クーさまが床に落ちたウロコをひろう。店員さんと同じ素手なのに、何ともないのはなんでだろう。
 あわれな店員さんはもうピクリとも動かない。

「おいおまえ、これを換金しろ」

 クーさまが別の店員に声をかける。

「えっ、あのっ」

 彼女も混乱しているらしく、ふるえている。

「キャーッ!」
「人殺し!」

 他の客が悲鳴を上げ始めた。

「くっ、クーさまあの人たすけてあげて!」

 びっくりしすぎて口をはさめなかった。
 このままじゃ、いろんな意味でまずい。

「回復魔法は使えないといっただろ」

 めんどくさそうに彼が声をひそめる。

「新たなゾンビが生まれたらどうする」
「う」

 どうしよう?
 考えても考えても、できることが思いつかなかった。