11話 レベルアップとクラスチェンジ

 クーさまが食事を終えると、黒いモヤモヤが集まってきて、見覚えのある生き物が目の前にあらわれた。
「かわいい……かも」
 ぱっと見た感じは黒いオオカミだけど、羽根が生えている。しっぽはヘビがそのままついていて、頭をもち上げるヘビ特有の仕草でこちらをみていた。
 ……あっちの頭にも意識はあるんだろうか?
「なんか、小さくなりましたね?」
 いや、牛と変わらないサイズだからじゅうぶん大きいんだけど。前はドラゴンよりも大きくて怖かったから小さく思えてしまう。
「省エネ」
 犬……じゃない、オオカミがいう。
 横に大きな切れ長の瞳に、すらっと優雅なカーブをえがく口周り。
 かなり美形なオオカミさんだ。
 毛並みもキレイだし、ヘビの目つきもパッチリしている。
 ウロコもキラキラと輝いていて、後光を放っているようだ。
「ルファスと雷竜を食べたおかげで、今後はおまえの体を使わなくても行動できるようになった」
「それが本当なら嬉しいですけど……心臓はどうなってるんですか?」
「いまはこっちにある」
「私の心臓は?」
「アンデッドの心臓なんてただの飾りだ。なくていいだろ」
「ひどい!」
 最初に私の願いを聞いたときに食べちゃったので、もうないらしい。
 私の胸には魔力が代わりにつまっているとか……。どんどん人間からかけ離れていくなぁ。
「ああ、おまえもアンデッドの上位種”リッチ”になってるから」
「いままでとどう違うんですか?」
「魔力が増えた……けど、おまえは魔法使えないから意味ないな」
「そんなことだろうと思いました」
 とはいえ、体を操られることがなくなったのはありがたい。
 これでお風呂もトイレも自由だ!
 ……死んでから1度もトイレに行きたくならないから、行く必要ないのかもしれないけど。体のサイズ以上に食べたドラゴンの肉とか、どこにいってるんだろ。魔力に変換されたとか?
「私の心はいまだにつつぬけ状態なんですか?」
「そこも切り離した。やろうと思えばできるが、興味ないから安心しろ。おまえの思考はうるさすぎる」
 やった! 乙女のプライバシー確保。
「……そういえば、クーさま体あるじゃないですか。頭とか封印されてるっていってたのに」
 この前も完全体っぽいのをみたし。
 オオカミはふんと鼻を鳴らした。
「これはただの精神体だ。心臓は異空間に保管している」
「せーしんたいとかいわれても、よくわかんないんですけど」
「魂だけの存在ということだ。さわってみろ」
 いわれたとおり、オオカミの頭に手をのばす。
 ふさふさの毛並みは感じられず、なんの感触もない。それどころか、私の手はクーさまの体をすり抜けてしまった。
「あー、なるほど」
 まぼろしみたいなものか。
「で、これが俺の心臓」
 オオカミの上空にリアルな心臓が出現した。
 人間のものとほぼ変わらず赤くて、ドクンドクンと脈打っている。
 ただし、全長5メートルほどあった。
 でかっ!
「明らかに、私の胸には収まらないと思うんですけど」
「あのときは異空間に保管するだけの魔力もなかったからな。しかたなく圧縮して小さくしていた」
「へー……あっ!」
「なんだよ」
「忘れてました! サシャの様子を見に行かなくちゃ!」

◆

 サシャを寝かせていた洞窟へむかうと、だれかが立って歩いていた。
「サシャさん?」
 情報どおり18歳くらいの村娘。
 全身黒こげだった体はキレイに再生しており、髪も元通り。
 ボーイッシュな短い黒髪だけど、かわいらしい顔だち。
 メロンというかスイカというか……でかい。胸とおしりはうちのお母さんよりすごいのに、ウエストはきゅっとしまっていて、絶妙なバランスを保っている。
 変な意味じゃなく、芸術品に出会ったみたいに見惚れそうになった。
 でも、目が合ったとたんに気まずくなる。
 燃えた服は再生できなかったみたいで、彼女はすっぽんぽんだった。
「フシャーッ!」
「ご、ごめんなさい! けしてのぞきとかでは」
「ぐるるるるるる……」
 彼女のうなり声とともに、周囲に電流が走った。
 うわー! 死ぬー!
「落ちつけ、ゲボク」
 クーさまはのっしのっしとのんびり歩いていく。
 電流を避けるそぶりもないその様子におどろいていたら、私にも電流が流れていることに気がついた。
 ん? 効いてない……?
「雷竜を食べたから、雷耐性がついた。もう雷属性の攻撃は効かない」
「そんなもんですか」
 便利だなぁ。
「で、どーしてあんなになってるんですか?」
 サシャはこちらを威嚇しながら、ずっと電撃を放ち続けている。
 その姿はさっきの雷竜そっくりで、元々こうだったとは思えない。
「雷竜を食べた副作用じゃないか?」
「そんなのあるなんて聞いてないです」
「言い伝えなんてそんなもんだろ。デマじゃなかっただけマシだ」
「……」
 これ、下手したらキールもこうなってたってこと?
 ああでも、いまの泥人形モンスターよりはこっちの方がいいかも。見た目はわりと人間だし。
 よくみたら頭に角が生えてるし、体にうっすらウロコが浮かんでるけど。
「ちなみに、竜は竜を殺したことがあるやつを判別できるらしい。人には感じられない特殊な匂いが体につくそうだ。この効果は竜殺しの”称号”または”呪い”といわれている」
「へー、仲間を殺されたと思ってるんですかね?」
「だろうな……いいかげん、うっとうしい」
 クーさまの目がカッと赤く光り、サシャが悲鳴を上げた。
 電撃攻撃がぴたりとやむ。
 彼女は子犬のようにキュンキュン鳴きながら床にしゃがみ、クーさまにひれふす。
 なんだいまの……と思ったけど、それよりも。
「なにか服きせてあげてください」
 絵面がヤバいことになってる。
 私の服を作ったのと同じ要領で、クーさまが岩を素材にしてサシャに服をあたえた。
 布製にしかみえない黒のワンピースが、白い肌と黒い髪によく似合っている。
 いつのまにか、頭のツノとウロコが消えていた。興奮するとでるのかな?
 ついでに私の装備も変わった。
 1つはさっきの雷竜のウロコでクーさまが作った”ドラゴンローブ”。
 鋼の剣くらいなら当たってもノーダメージらしい。
 ウロコとは思えないほどすべすべでヒラヒラしていて、軽い。ふつうの布の服みたい。
 もう1つは竜の目玉から作った”ドラゴンスタッフ”。
 これけっこうグロい。
 ヤシの実サイズの目玉を握りこぶしくらいに圧縮して杖の先端にとりつけたものなんだけど、たまに目玉がギョロギョロ動いている……気がする。みようとするとピタっと止まるんだよね。ホラーだよ。
 攻撃する意思をもってこれを振りかざせば、魔法の使えない私でも電撃をはなつことができるそうな。けっこう嬉しい。
 最後に、ドラゴンの皮で作った”ドラゴンブーツ”。
 クーさまにもらって気づいたけど、私ずっとはだしだった。はずかしい……。
 足のスピードと攻撃力が上がるブーツ。
 ドラゴンシリーズはぜんぶ雷竜と同じグリーンだったんだけど、全身グリーンは嫌だったから変えてもらった。
 赤い髪と緑の目ってだけでハデだから、服は地味な色くらいがちょうど良いと思う。なんとなく。
 無難な色にしてもらって、魔法使いっぽい格好になった。
「クーさま、質問」
「なんだよ」
「私も雷竜食べたので、杖がなくても電撃使えるんじゃないですか?」
 オオカミもどきは冷めた目をこちらにむける。
「そう思うならやってみれば」
「……」
 やり方がわからなかった。
「おまえに魔法使いの素質はない」
 ちぇー。
「あ、そーだ。ルファスの様子も見に行かなきゃ」
 ルファスも竜化してガルガルしてたらちょっとヤだなぁ。

◆

 とってもおいしいお兄さん……もといルファスはすでに目覚めていて、竜の巣の中にいた。
 クーさまが服を破ったせいで上半身はだかなのが、いたたまれない。
「君が雷竜エドラをたおしたの?」
 あの竜エドラっていうの?
「ええと、それは」
 まさか会話が成立するとは思ってなくて、あわててクーさまを振り返る。
 いない。
――ここだ。
 脳内に声が。まさかまた私の体に?
『おまえの影に擬態している。いまはまだ目立つわけにはいかないからな。人前ではこうしていよう。この状態のときはまたおまえの思考を読むことになるが、あまりうるさくするなよ』
 ああ、また私のプライバシーがおびやかされている。
 でも、ルファスに魔神のこと知られたくないし。この方がいいか。これなら、本当は影がないことも隠せてちょうどいい。
 モンスターの私に優しくしてくれた彼なら、正直に話せばわかってくれそうな気もするけど……。
 やっぱり怖い。ちょっといいなって思っちゃったから、余計に嫌われたくない。
 クーさまのことはだまっていよう。
「強いんだね、君。サシャも助けてくれたんだ? ありがとう!」
 ルファスはこっちの悩みに気づかず、ニコニコと笑いかけてくる。
 ネコ目というか、目じりのつり上がった顔立ちなのに。まったく威圧的なところがなくて、優しげな雰囲気。かわいい。
「ぐるるるるるる」
 クーさまについてきていたサシャがうなり声をあげる。
「しー」
 大人しくしてね、と言い聞かせると、とりあえずうなり声はやんだ。
 くんくんと鼻を動かしつつ、ルファスをにらんでいる。
「サシャ? 僕だよ、さっき会ったルファスだよ」
「……」
 彼女は返事をしない。
 この子どうしたの、といわんばかりにルファスがこちらをみる。
「雷竜の肉を食べたらこうなったの……ルファスは大丈夫? あなたも食べたはずなんだけど」
「えっ」
 彼が口元をおさえる。
「そういえば、なにか変な物が口に入ってたから吐き出したような……」
 ほほう。
 飲みこまなかったから、回復するだけですんだのかな?
「あと、君に噛みつかれた気がするんだけど」
「ご、ごめんなさい」
 ドラゴンをたおすために魔力が必要で、魔力を得るためにルファスの血が必要だった。
 そう説明すると、
「そっか。あのままだったら僕もサシャも死んでいただろうし、しかたないね」
 ルファスはおだやかにほほえんだ。
 ヤバい、このお兄さんめっちゃいい人。
 自分を襲ったモンスター相手になんでそんなに優しくできるの?
 罪悪感と胸のときめきと食欲がせめぎあって動揺していたら、彼がいう。
「そういえば君の名前はなんていうの? 教えてよ」
「……」
 さすがに「ゲボクです」とはいえなかった。