12話 店長があらわれた


「どいて!」

 みんなでオロオロざわざわしていたら、奥から人が走ってきた。
 たおれた人の全身にビンづめの液体をバシャバシャかける。すぐに金色の光につつまれて、ケガが治っていった。

「い……いたかった」

 と店員さん。
 よかった、助かったみたい。

「アレなに? 魔法?」

 こそこそとクーさまに聞く。

「ハイポーション。回復魔法の代わりになるアイテム」
「へ~。都会には便利なものがあるんだね」

 マロボ島にも回復ポーションはあったけど、もっと地味だった。光らないし、あんな重症のケガは治せない。

 たすかった店員さんは店の奥へと運ばれていった。
 まだあまりしゃべれる状態じゃないから、休ませるんだろう。

「なにがあったの?」

 ポーションをもってきた人がきく。
 店員たちと服装がちがうけど、店の関係者みたい。

 低いアルトの声。ズボンをはいているから男かと思ったけど、女の人だ。かくしきれないくらい胸が大きい。でも腰はきゅっとしまっている。長い茶髪をお団子にまとめ、化粧はうすい。優しそうなたれ目に涙ぼくろが印象的。

 20歳くらいかな? 兵士みたいに剣を腰に下げてる。

「そちらのお客さまのアイテムを受けとったら、突然たおれたんです!」

 女店員さんがクーさまを指さす。

「止められなくてごめんなさい! わざとじゃなかったの」

 あわてて謝ったけど、クーさまはすずしい顔で答える。

「俺は悪くない。雷竜のウロコだから素手でさわるなっていったのに、さわったのはあのマヌケ」

 ひい~、ケンカ売らないで!

「雷竜のウロコ……!?」

 またみんながザワザワする。明らかに目の色が変わった。
 金貨1枚くらいで売れたらいいなと思ってた。
 でもこの反応からすると、もしかしてもっとする……?

「それは失礼しました。私はネルバ。森のマーケットの責任者で、この店の店長でもあります。ぜひ奥でお話させてください」

 ニコリと笑う彼女を見て、おやと気づく。
 この世のものとは思えないほどの美形がいるのに、まったく見惚れてない。すがすがしいほどの愛想笑い。

 この人、イケメン耐性もってる……!?

◆

 客が入ってこない、店の奥。
 ふっかふかのイスとキラキラテーブルに案内された。初めて見るおしゃれな食器。お茶とお菓子もしらないやつだ。
 ひとまず怒られるわけじゃなさそう。

「お名前を教えてはいただけませんか?」
「買い物がすんだらすぐにでていく。おまえにいちいち教える必要はない」

 クーさまとネルバがお話し中、私はお菓子と見つめあっていた。

 茶色くて固い。パンとクッキーの中間みたいな感触。
 バターの香りがするそれに、白いふわふわがそえてある。これをつけて食べるらしい。

 さっそく一口。
 サク……パリッ。
 無言でお茶を飲む。ミルクと砂糖がたっぷり入ったそれは、ぜったいおいしいはずなのに……。

 お茶もお菓子も、なにも味がしなかった。
 匂いはすっごくおいしそうなのに、なぜ!?

 これ、おいしくない。
 そんな思いをこめてクーさまを見ると、

「だろうな」

 といいたげな目をしていた。
 ゾンビになってから味覚が変わっちゃったのかな。
 ネルバが軽くせきばらいする。

「あなた方はこの森のマーケットで買い物をしたい。しかし手持ちがないので、竜のウロコを換金したい……ということですよね?」

 ちなみに、室内には彼女の護衛が4人いる。
 みんな男だけど、クーさまに見惚れていた。イケメンは男の敵だっていうけど、あんまり美しいと男でも魅了するらしい。
 女の子みたいに小柄な男子ならともかく。クーさまけっこうガタイいいよ。アリなの? スレンダーだけど、背高いし肩幅広いし筋肉あるよ?

 単に芸術作品をながめる気持ちなのかな。女でも美女に見惚れたりするし。

「そう。おまえは換金できるか?」

 魔神がたずねる。
 ウロコを見せびらかすように指先でもてあそんでいる。ネルバはそれを食い入るように見つめ、冷や汗を流した。

「残念ながら、雷竜のウロコを換金できるほどの手持ちはありません。その代わり、私が買い物代金をすべて支払うというのはどうでしょう? もちろんこの店だけでなく、森のマーケット内にあるすべての商品を買い占めてもらってかまいませんよ」

 森のマーケットはとっても広い。ビエト村とニヘンナ村が合体したくらいの広さと物がある。

 ざっと見た感じ、安いもの3割。ふつうのもの5割、高いもの2割。
 そんな割合だけど、これ全部なんて、いったいいくらになるか……。

「お姉さんってとってもお金持ちなんだね!」

 思わずいうと、彼女はフフフと口元をかくす。

「私よりはるかに高価な装備をお召しのお嬢さんにいわれると、恐縮ですね。上手く加工されていてなんの素材かわかりませんが、強い魔力を感じます。特にその杖、もしかして……」

「早く買い物させろ」

 クーさまがウロコをテーブルに置く。

「かしこまりました」

 彼女はあっさりうなずいた。

「本物かどうか、確認しなくていいの?」

 まあ本物なんだけど。大金を払ってもらうんだから、ちゃんと確認して欲しい。
 後で話がちがう、なんていわれたら怖い。

「大丈夫ですよ。お得意さまに貴族がいて、竜のウロコを見せてもらったことがあるんです。そのときは火竜だったけど……見た目もにてるし、同じくらい強い魔力を感じます。あなたがたを信用します」

 ネルバはそういってマーケットを案内してくれた。

◆

 遠慮なくじゃんじゃん買わせてもらった。
 クーさまは本当にここで買い物する気はないらしいし。少しでもたくさん買わないと大損になってしまう。貧乏性の私にはたえられない。

「本当は、このウロコ1枚で小さなお城が買えるんですよ」

 とネルバもいっていた。

 私が買ったものは、クーさまが魔法で収納してくれた。なんとなくわかったけど、これもふつうの人には使えない魔法みたい。クーさまについてきた人たちがすごくおどろいてた。

 めだちたくなかったけど、もういまさらだ。
 開き直ってマーケットの半分くらいを買い占めた。

 服、食料、水、旅道具に娯楽品まで。動物も売ってたけど、それはやめておいた。危険の多い道中、生き物は連れて行けない。ペットが殺されたりしたら辛すぎる。

 いっぱいお買い物できて満足。

「買い物はもういいや、ありがとうクーさま、ネルバさん」

「これからどこへ行くんですか? よければ安全なところまでお送りしますよ。私兵をお貸ししてもいいし」
「……」

 武装した男の人はまだちょっと怖い。なにかのきっかけで襲ってくるかもしれないし……。
 なんていおうか迷っていたら、クーさまが代わりに答えてくれた。

「いらない」

「……気づいてるとは思いますけど、あなたたちすごくめだってますよ。いまは私の護衛が人払いをしていますが、外にでたらすぐねらわれます」

 それは私も気づいてた。
 たくさんの人に穴があきそうなほど見られていたから。

 心当たりはたくさん。
 1つ、クーさまが美しすぎた。一目惚れした女性がたくさんいるみたい。

 それに、私しってる。美人すぎると奴隷商人っていうのに目をつけられて売られちゃうんだよね。近所のお兄ちゃんがいってた。
 クーさまを捕まえて売りたい奴隷商人がついてきてるかも?

 1つ、竜のウロコ。
 思ってたよりすごいレアアイテムだったみたい。もうネルバさんにあげたけど。どこで手に入れたのか、もっと持ってるかとか聞きたい人はいそう。

 1つ、お金目当て?
 手持ちがないことは知られてるけど、クーさまどう見ても平民に見えない。
 世間知らずのお金持ちを誘拐して身代金を、とかねらわれてるかも。

「だからなんだ? おまえには関係ない」

 この魔神はこんなにそっけなかったっけ? 人見知りなのかな。
 クーさまがマーケットからでていく。
 私も追いかけようとして、足を止めた。
 もうちょっとだけ、お姉さんと話をしたい。