12話 ナナシちゃん

「元々は人間だったから、そのときの名前はあるんですけど……もうバケモノになっちゃったから、その名前は使いたくないんです」
 正直に答えると、ルファスは重ねて聞いた。
「なんで魔物になったの?」
「いろいろあったんです」
「そうか……いまの名前はないの?」
「あるにはあるんですが、ちょっと人前でいえないような名前でして」
「それは不便だね。とりあえずナナシちゃんって呼んでもいいかな?」
「いいですねそれ。それでよろしくお願いします」
 ”ゲボク”よりはかわいい気がする。
「君みたいに友好的な魔物に会ったのは初めてだから、聞いてみたいことはたくさんあるんだけど……なにか訳ありみたいだし、僕も任務があるから聞かないでおくよ。それよりサシャのことだけど、エンジさんに会わせても大丈夫そう?」
 エンジ、という単語を聞いたとたんにサシャの顔色が変わった。
「エンジ!」
 ルファスにつかみかかり、鳴くような声を上げる。
「キール、キール……」
 記憶は残ってるのかな?
 ルファスは申し訳なさそうにサシャとこちらとを交互にみた。
「サシャ、キールは……」
「死んで魔物になりました」
 隠すのも気が引けて、いってしまった。
 村へ行けばいずれバレること。
 クーさまのことをふせて説明すると、ルファスは頭をかかえた。
「……ナナシちゃん。君がやったことは死者への冒涜だ」
 やっぱり魔物は敵だ、とかいって斬りかかられたらどうしよう。
 怖くなって少し後ずさったけれど、彼は攻撃してきたりはしなかった。
 苦々しい表情で眉根をよせている。
「助けたかっただけで、魔物にするつもりはなかったんです……本当にごめんなさい」
 サシャに謝ったものの、通じているのかどうかよくわからない。
 彼女は微動だにせず、だまっている。
 ルファスは悲しげに告げた。
「死体をあやつったり、改造したりすることは禁忌とされている。そして僕は騎士だ。禁忌を犯した者は発見しだい殺すか、捕縛して投獄する義務がある」
 あ、なんかヤバそう。
 そりゃ怒られるよね。サシャとエンジさんには申し訳ないと思ってるけど、ここで捕まるわけにはいかない。
 痛くなくても斬られると怖いし、人に捕まったら解剖されたりしそうで嫌だ。
 私の恐怖が伝わったのか、クーさまが様子をうかがっている気配がする。
「ただし、ナナシちゃんがいなければ僕もサシャも雷竜に殺されていた。その借りに免じてこの場では見逃すよ」
 ルファスがため息をつく。
 やっぱり、このお兄さんなかなか話がわかる人みたい。
「いまから竜の血や肉をあたえても、キールはもう人にはもどれないの?」
 サシャの代わりのようにルファスが問う。
「ムリだそうです」
「だそうです? ……まあいいか」
 おたがい忙しい身だから、細かいことは気にしないことにしたんだろう。
 彼が続ける。
「じつはあの雷竜、やけに動かないと思ったら卵を守っていたみたいなんだ。巣に卵が1つある。人に危害を加える竜の卵だから、騎士としてはつぶすべきなんだけど……キールにあたえても意味がないし、ここは人里から少しはなれているから、そっとしておこうと思う。ナナシちゃんも見逃してやってくれないか?」
「はい」
 いいですよね?
 心の中でクーさまに問うと、
『好きにしろ。卵なんて成竜に比べたらカスみたいな魔力しかないからな。大きく育ってまた新しい卵を産むまでほうっておけばいい』
 興味なさそうだった。
 竜を家畜みたいにいわないでくださいよ。
「ありがとう。竜は生命力が強いから、親がいなくてもきっと生きていけると思う」
 ルファスがかすかにほほえみ、ハッとしたようにさけんだ。
「サシャは!?」
 いつのまにか、サシャがいなくなっていた。
 あわてて周囲をみまわして、走りさる影を視界にとらえる。
「あそこ!」
 サシャは山を駆けおり、アルタ村へむかっていた。
 追いかけようとすると、ルファスに止められる。
「ナナシちゃんが村に入るといろいろまずいだろ。サシャは僕が送っていくよ」
「あ」
 空はまだ暗い。
 私の赤く光る目をみられたら、すぐに魔物とバレてしまう。
「よろしくお願いします」
 あきらめて彼女をたくすと、ルファスは爽やかにほほえんだ。
「うん。さよなら、元気でね」
 遠ざかっていく背中を見守りながら、ぼんやり思う。
 もしまたどこかで会うことがあったら、彼にはクーさまのことを話してもいいかもしれない。
『そうだな、あいつはうまかった。上手く仲間にできれば良い携帯食になる』
 ルファスを家畜みたいにいわないでくださいよ。

◆

 ルファスがサシャと共にアルタ村へもどると、夜中にもかかわらず人々は大声でさわいでいた。
 聞こえてくるのは怒鳴り声と悲鳴。
 嫌な予感がして足を早めると、そこには奇妙な光景が広がっていた。
 村の男たちが武器やたいまつを手にエンジをとりかこんでいる。
「おばあさん相手になにを……」
 ルファスが声をかけるより先に男の1人がエンジを殴り、サシャがおたけびを上げた。
 金色の光が音よりも早く闇夜を切り裂く。
 彼女のはなった雷は雷竜より威力は落ちるが、村人たちの足止めにはじゅうぶんな効果を発揮した。
 彼らはしびれて武器を落とし、けいれんしながら立ちつくす。
「エンジ!」
 その間にサシャはたおれたエンジへとかけよった。
 キャアアと遠くから悲鳴がひびく。
 家の物陰に女子どもがかくれていた。
 アルタ村の住人だろう。男たちがエンジをとりかこみ、その様子を遠くから見守っていたのか。
「おばあさん1人によってたかってなにをしてるんですか!?」
 ルファスが問うが、その答えをサシャの威嚇がかき消した。
 ふり返ると、彼女はケモノのように四つ足になってなにかを警戒している。
 その目は雷竜と同じように金に光っていた。
 この子は人間社会にもどれるのだろうか?
 不安がよぎったが、そんな場合ではない。
 地面から飛び出してきたなにかに、サシャが引きずり込まれたのである。
「サシャ!」
 女たちから話を聞くのをあきらめて助けに行くが、異様な光景にぎくりと体がこわばった。
 地面に巨大な人の顔のような模様がぼんやりと浮かんでいる。
 子どもの落書きみたいなデザインなのに、目の部分に浮かぶ小さな目玉だけはやかにリアルだ。
 周囲の地面は泥のように液状化しており、そこから無数の手がのびてサシャや村人たちを地面にしずめようとしている。
 ”ゴースト”の一種か!?
 ルファスの血の気が引く。
 ”ゴースト”とは人の魂が魔におちたものといわれている、モンスターの1種だ。
 特に大勢の人が亡くなった戦場や墓地、海などで目撃される。
 姿はバリエーション豊富だが、人の手がたくさんでてきて生きた人間を殺そうとするパターンが多いという。
 ”ゾンビ”のように肉体があればルファスの攻撃も通用するのだが、こういうゴーストタイプは特殊な攻撃しか効かない。
 主に光属性か無属性魔法なのだが……この場に使える者はいなさそうだ。
 しかもルファスはいま装備がボロボロで、なんの武器ももっていない。
 エンジだけでも助けようと近よると、すばやく泥の腕が邪魔をする。
 足をつかまれそうになり、あわてて飛びのいた。
 ほぼ同時に、たおれていたエンジが顔を上げる。
「やめて……やめなさいキール!」
 ”キール”!?
――死んで魔物になりました。
 ナナシがいっていた言葉が脳裏をよぎる。
 彼女が魔物にしてしまった少年とは、まさかこのゴーストなのでは!?
「そのばあさんは、育ててた養子が死んでおかしくなっちまったんだよ」
 電撃のしびれが回復してきたのか、村人の1人がいう。
「サシャ、かんべんな。みんなを守るためなんだ」
 別の村人がサシャへと話しかける。
 その背後で他の村人が全身泥にしずめられ、「助けてくれ」とわめいているが、他の村人たちも似たような状態のため、助けられないようだ。
「つかまれ!」
 ルファスが腕をひっぱって引きずり上げると、他の村人たちも「助けて」「助けて」といっそう騒ぎだした。
「いったいなにがあったんですか?」
 助けだしながら聞くが、助けたはしからまたゴーストに襲われていてキリがない。
 先にエンジを救出しようとだきかかえると、彼女はよわよわしく訴えた。
「この魔物は私の息子よ。私を守ってくれようとしているだけなの! 殺さないで」
「イカれたばあさんが村にモンスターを連れこんで人が襲われたんだ! このままモンスターをかばうならこいつも同罪だ!」
 村人たちが怒りの声を上げる。
 ルファスは困惑した。
 ナナシやエンジのいったことはおそらく本当だ。村人たちは誤解している。
 しかし、キールはすでに村人を襲ってしまっている。
 ならば騎士としては、キールを討伐しなければならない。
 だがそれではエンジとサシャが不憫だ。
「サシャ!」
 迷っているすきにエンジはルファスの腕からのがれ、サシャのしずんだ泥の中へと飛びこんだ。
「サシャ! 無事でよかった」
「エンジ……」
 じたばたともがいていたサシャが抵抗をやめ、エンジをだきしめる。
「サシャ、ほらキールだよ。魔物になってしまったけど、あなたの弟よ」
「キール……?」
 泥の中から長くのび、サシャの頭と首と肩とをつかんでいた3つの手を見下ろす。
「オネエチャン」
 地面に浮かんでいた顔がにっこりと笑った。
 ゴーストもといキールの攻撃が止まる。
 ルファスは少しほっとし、キレた。
 彼はこうみえていそがしいのである。
 王から新たな指令もとどいているし、早く北の国に行って悪党をまちぶせせねばならない。
 それなのに次から次へと問題ばかり……。
 もういいかげんにしろと感情が爆発したのである。
「あーもーめんどくさい! エンジ、サシャ、キールをこの村の外へ追いだす。彼らはどこか遠くで暮らす! それでぜんぶ解決だ!」
 それでいいだろと村人たちに告げると、彼らはこくこくとうなずいた。
 ルファスはサシャとエンジを泥からひっこぬくと、そのまま2人を引きずるようにして村の外へ走った。
 キールは地面をすべるように移動してついてくる。
 後には、泥につかったままぽかんとしている村人たちだけが残った。