13話 都会よいとこ1度はおいで

「なにか忘れ物でも?」
 もどってきた私を見て、ネルバが首をかしげる。
「あの……私、お姉さんみたいな人に会ったの初めてだから。もう少しだけお話してみたい」
 クーさまが「早く来いよ」って顔で見てるけど。ちょっとだけ。
「私からすればあなたの方が珍しいよ。良い服きてるのに平民みたいなお嬢さん」
 ネルバがにっこり笑う。
 たれ目のせいか、すごく優しそうで安心する。
「なにが聞きたいの?」
 軽くかがんだ彼女のそばによると、お花みたいな良い匂いがした。
「私の故郷では、女がズボンをはくと”男のマネしてみっともない。嫁に行けなくなるぞ!”って怒られるんだ。でも、このマーケットではお姉さんみたいにズボンはいてる女の人がけっこういるよね。都会では、女もズボンをはいていいの?」
 買い物のとき、私もズボンを買ってみたけど止められなかった。
「あー……なるほどなるほど」
 ネルバはあごに手をあてて苦笑する。
「この辺りでも、頭の固いお年寄りなんかはそういうね。でも、ここじゃ女もズボンをはいていいし、大人になっても結婚しなくていいんだよ」
「結婚もしなくてもいいの!?」
 すごい。
 マロボ島じゃ、大人になったら必ず結婚するものだ。
 18歳までに自分で恋人を見つけないといけない。じゃないと、好きでもない人と無理やり結婚させられる。
 だから若いうちに婚活するのだ。
 それでも「貴族は絶対に好きな人と結婚できないんだから、平民で良かったね」と聞かされていた。
「あと、女でも髪を短く切っていいんだよ」
「髪まで!?」
 髪が短い女は罪人か尼さんだけ。
 それが常識だったから、目からウロコがでそうなほどびっくりした。
「ユーグリアス王国の王さまが女王になってから、いろいろ自由になったんだよ」
「ほあ~……」
 もしかして、都会ってすごく良いところ?
 マロボ島をでてから寂しかったけど、少し楽しくなってきたかも。
「あと、最後に1つ。ネルバさんはどうしてクーさまに見惚れないの?」
 男も女もみんなポーッとなってた。
 でも彼女はどこまでもふつうだった。
「男に興味ないからかなぁ。私には、みんなが顔の造形にこだわる理由もよくわからないし……クルックのメスはオスのキレイな羽根にときめくっていうじゃない? でも私羽根なんか見せられても興味ないし。みたいな」
「そ……そうなんだ」
 キレイな顔にすごくときめく者としては、ちょっと複雑。
 私もしかして鳥と同レベル?
「いろいろ教えてくれてありがとう。すっごく参考になった」
「どういたしまして。……これは、年上としてのアドバイスだけど。世の中カネです。顔の良い男よりお金の方が頼りになるよ」
 色っぽいウインクでなんてこというんだ、お姉さん。
「お、お金かあ……」
 万が一クーさまに捨てられても、お金さえあれば1人で暮らしていけるかな?
 機会があれば貯金してみよう。
「もうすぐ暗くなるから、気をつけてね。危なくなったらここまで逃げてくれば守ってあげるから」
 そう優しくいわれて、ヒュッと肝が冷えた。
 暗くなったら、目が赤くなる。
 魔物だとバレたらまた嫌われる。
 せっかく優しくしてもらったのに。このお姉さんには嫌われたくない。
「ありがとう! さよなら!」
 あわててフードをかぶると、クーさまのところまで走った。
 人が怖い。もう人に近づきたくないと思っていたはずなのに。気を抜くとすぐに忘れてしまう。
 私はもう、人じゃないんだった。

◆

 マーケットからほんの少しはなれただけなのに。
 ネルバさんの兵士がいなくなったとたん、クーさまはたくさんの人に囲まれていた。
「夕食をご招待したいのですが」
「お名前はなんとおっしゃるの?」
「あのウロコはどこで手に入れたのですか!?」
「好きです! 一目惚れしました!」
「他にも素材があれば、ぜひうちで」
「お兄ちゃんキレイだね! 神官さまなら恵んでくれない?」
 いかにもお金持ちそうな商人。貴族っぽい格好の人たち。美人のお姉さん。かわいい女の子。
 いかついおじさん。愛らしい少年。えらそうなおじいさん。
 老若男女問わず、みんな話しかけ続けているのに無視。無視。無視。鋼の心臓の持ち主だ。
 あの環の中に入って行く勇気がない。
「クーさま」
 ぽつりとつぶやくと、彼はすぐに気づいた。
 まわりをチラリと見て、命じる。
「だまれ。俺のゲボクが話してるだろうが」
 美声のせいかな。
 別に怒鳴ったわけでもないのに、辺りがしんと静まる。
 物静かな聖職者がいきなりそんなことをいったから、びっくりしたのかも。
 クーさまが歩くと、自然と人が道をゆずる。
「またせてごめん。用は済んだから、行こっか」
 クーさまがうなずく。
 早足で通りすぎようとすると、色んな人たちが引き止めてきた。
「お嬢さん、甘いお菓子はお好きかな」
「うちの屋敷に招待します。ドレスも宝石も好きなだけプレゼントしますよ」
 クーさまが従者を気にかけていると思ったからか、私にまで声をかけてくる。
「うちの娘は国1番の美人と評判でして」
「男がよければ美少年もご用意できます。男でも女でも、何歳でも」
「なんでもするから連れてって!」
 諦めきれない人も多いみたい。
「ついてくるな」
 クーさまはすべて拒否した。
 それでも半分くらいはついてきたんだけど、なぜか急にみんな逃げた。
 どうしたのかと思ったら、道をふさぐように人が立っていた。
 ざっと見て10人くらい?
 みんな男の人で、ごつい。剣やヤリ、トゲトゲ鉄球とかで武装してる。
 でも、ネルバさんの兵士たちとちがってずいぶん下品な雰囲気だ。
 統一感のないバラバラの服。姿勢が悪くて肌の露出も多いし。あちこちうす汚れていて清潔感とはほど遠い。
 飢えたケモノのような目でこちらをにらんでいる。
「金目のもん、だしな。暴れるなよ。顔に傷つけると売値が下がるからよ」
 これぞ正統派マッチョ。
 デコピンで私を殺せそうな筋肉ダルマさんが宣戦布告する。
「クーさま、これが追いはぎ? 奴隷商人?」
「敵なのは間違いないな。ゲボク、おまえ1人であいつら殺してこい」
「は?」
 なんだって? 殺す? あの体重100キロくらいありそうなムキムキマッチョを、私が?
 100キロっていうとおデブさんみたいな印象あるけど。
 体のほとんどが筋肉で、脂肪はそんなにない。カチコチボディだ。ドラム缶みたいな体型してる。
 坊主頭にもじゃもじゃのヒゲ。
 じゃらじゃらピアスにいかつい悪人面。肌に黒い模様がたくさんあるけど、あれなんだろ。絵のような、文字のような……。
「あんなのに勝てるわけないじゃん!」
 腕1本が私のウエストと同じくらいの太さなんだよ。あんなのクマじゃん。
 必死に訴えても、クーさまは冷たくこちらを見下ろす。
「おまえは今後ずっと人におびえて、人を避けていくのか? その負け犬根性をたたき直してやる」
 彼は私の後ろ首をつかむと、クマ男めがけて投げつけた。
「アーッ! ひどい!」
 頭と頭がぶつかる直前。
 クマ男はいとも簡単に私の足をつかんで受け止めた。
 ぽいと地面に投げだされる。
「服と杖は売れそうだが、どれ顔は……」
 べろんとフードをめくって、男は顔色を変えた。
「こいつ、モンスターだ!」
 気づけば頭上の空は暗く、三日月が浮かんでいる。
 きっと目が赤く光りはじめたんだ。