13話 雪の王に守られた国

 このあたりはユーグリアス王国の領土である。
 たとえ丸裸同然になったとしても、もよりの銀行へ行けば金を引きだすことができる。
 ましてルファスはいま任務中のため、国から路銀をあたえられている。
 自分の装備をととのえ、年のはなれた親子へ小さな小屋を買いあたえるくらいはたやすいことだった。
「街道からはなれたこの場所なら、滅多に人はこない。買い物をするには不便だし、ときには山賊がでるかもしれませんが、サシャとキールがいれば、ケモノを狩り、山菜をつんで生活していけるでしょう」
 申し訳ないがこれ以上のフォローはできない。
 そうルファスが告げると、エンジは地面にひざまずいて感謝した。
「ありがとうございます……本当になんとお礼をいったらいいか……」
 あの夜、サシャの様子が気になった彼女はこっそり村をでて山へむかおうとしていたらしい。
 しかし、家にかくしていたはずのキールがついてきてしまい、それを村人に見られてあの騒ぎになったそうだ。
 キールは村人にケガをさせたものの、エンジが止めたので殺しはしていないと聞いて少しだけほっとする。
「あの、もうお気づきかと思いますが、サシャは……」
 辛い宣告だったが、彼女はさとったようにそれをさえぎる。
「魔神が助けてくれたんでしょう?」
「えっ」
 魔神といえば、モンスター以上に人に害をなし、いみ嫌われる存在だ。
 しかし、エンジは神か天使と間違えているのではないかと思うほどおだやかな表情を浮かべる。
「ドラゴンに近づいて無事にすむはずがないもの。サシャもキールと同じように1度死んで、魔神がモンスターとして復活させたんでしょう? 最初はショックだったけど、いまはもうこの子たちが生きてさえいればなんでもいいんです。私は気にしません」
「たしかにサシャは1度死んだようなものですが、魔神とはなんのことですか?」
 まさか自分が追っている魔神のはずがない。
 別の魔神のことだろうか?
「もちろん魔神クーロアタロトスさまのことですよ。あのお方以外にこんな奇跡をおこせるはずがないでしょう」
 エンジがふり返ると、サシャとキールがそれぞれ彼女にそっとよりそった。
 ルファスは混乱した。
 2人を助けたのは名前のない赤毛の少女のはず。
 しかし、エンジがウソをついているようにも思えない。
 そもそも、一般市民はクーロアタロトスという魔神の名前をしらないのである。
 魔神が各地で暴れまわっていたのは100年以上も昔のこと。
 当時でさえ、名を呼んで魔神を呼びよせてしまうことを恐れ、人々はその名をけして口にしなかったという。
 現在この名を知っているのは封印に関わった国の王と重臣たち、そして中級以上の騎士くらい。
「くわしく教えてください」
 あの少女を見逃すべきではなかったのかもしれない。

◆

 エンジさんたち、どうしてるかな。
 王都の騎士ルファスは優しかった。彼がサシャを送っていったんだから、きっと大丈夫だよね?
 自分にそういいきかせていたら、クーさまが告げた
「ゲボク、モンスターがいる。たおしてみろ」
 日がのぼってすっかり明るくなったあたりは見晴らしがよく、特に邪悪な気配は感じられない。
 野原で昼寝でもしたいくらいにのどかな雰囲気だ。
「どこですか?」
 木の影にでもかくれているのかと目をこらすものの、なにもいない。
「目の前に……あーあ」
 クーさまの言葉の途中で、私はなにかにひっぱられた。
 左足にからまったのは、私のうでより太く、赤くてしめった長いもの。
 そしてその先には大きく口を開けたオバケガエル。
 緑の野原だと思っていたものは、草に擬態したカエル型モンスターだったのだ。
「アーッ!」
 一口でぺろんと丸のみにされ、べっとべとの暗い部屋へと落ちていく。
 カエルの胃の中だ。
「最悪……」
 両手をついて立ち上がろうとすると、じゅっと音がして両手がとけた。
 自分の両手がでろでろのロウソクみたいになって骨がのぞいた光景をみて、声にならない悲鳴をあげてしまった。
 しかも、この胃壁あんまり大きくなくて、どんどん縮んでくる。
 私を消化する気まんまんである。
「く、クーさま! 助けてクーさまー!」
 足までとけてきた。
 ドラゴンブーツをはいてる部分は無事なんだけど、地面についていたひざの辺りがスライムみたいになってきている。
 泣きべそをかく私に、クーさまは冷静に告げる。
「なんのために杖をやったと思ってるんだ。使えよ杖を」
「そんなこといったって、手も足もとけてるんですよ!?」
「手首が残ってれば杖はつかめる。それがムリなら口があるだろ」
「鬼かあんたは!」
「魔神だよ」
 まったく助けてくれる気配がない。
 うわーんちくしょー!
 骨になってしまった両手で杖をつかみ、えいっと振りまわす。
 杖の先っぽについている竜の目玉がビカッと光った。
 胃壁全体に電撃が走り、人間には発音できない奇妙なさけび声が数秒つづく。
 やがて、支えを失った壁のように胃壁が落ちてきた。
「きゃあっ」
 全身を押しつぶされて、まったく身動きができなくなる。
 押しても引いても、重くてどかないのだ。
 髪や顔までとけてきてジタバタしていたら、
「先が思いやられるな」
 そんな言葉とともにクーさまが影からとびだし、私の心臓あたりに吸いこまれていった。
 身体強化の魔法でもかけたらしい。体のまわりに赤いもやがかかる。
 クーさまは私の体をあやつって胃壁をもち上げ、カエルの中から脱出した。
 べとべとした粘液を水魔法で洗い流し、風魔法で乾燥。溶けて骨がのぞく体を治癒魔法で修復していく。
 それはありがたいんだけど、納得いかない。
「こんなのたおせなんてムチャいわないでくださいよ。私ただの村人だったんですよ。補助魔法も使えないし、杖だけじゃどーしようもないですって」
 抗議する私の胸から影が飛びだす。
 あらわれた黒いオオカミは、冷めた目つきでこちらを見下ろした。
「食われる前に杖をふるえば1撃でたおせた。……北の国につく前に、もっと力をとりもどさないとキツイな。せめて俺が具現化できるくらいにはしておきたい」
 その口ぶりからは、わずかにあせりのようなものがみえた。
「北の国って、強い人でもいるんですか?」
 こちとら生まれてこのかた島からでたことがない田舎者である。
 外の世界のことなんて、たまに聞こえてくるウワサくらいしかしらない。
「北の国……シアーナ共和国は雪の王に守られた国だ。水属性の敵がじゃんじゃんでてくる。火属性の俺とはかなり相性が悪い」
「クーさま火属性だったんですか? でも水魔法ふつうに使えてますよね」
 羽根とヘビのついたオオカミという外見からは想像できない。
 火をふいたりするのかな?
「俺は全属性の魔法をあつかえるが、火属性がもっともレベルが高くて、水属性はもっともレベルが低い。水属性の敵に効くのは雷だ。火はあまり効かない。しかし、水属性の攻撃は火属性にようく効く。わかるな?」
「えーと……こっちの攻撃はあまり効かないけど、敵の攻撃はクーさまに効果ばつぐんってことですよね」
「そういうことだ」
「でも、クーさま雷も使えますよね? 私もこの杖があるし」
「俺の雷属性の魔法はレベルが低いから、ザコならともかく雪の王相手には厳しい。おまえもその杖をまだ使いこなせてない」
 雪の王がどんなのかしらないけど、なんか怖くなってきた。
 さっきのカエルより強いみたいだし。
「……もっと相性が良いところから先に封印をといた方がいいんじゃないですか?」
 属性相性とかよくわかんないけど、東西南北あるんだから、どこかは相性いいだろう。
 クーさまは残念そうに首をふった。
「そうしたいのは山々だが、そうもいかない。身体の支配権は頭にあるんだ。身体をとりもどしても、頭がなければ動かない。最悪、すべてうばわれる可能性すらある」
「クーさまの体ってどーいう作りになってるんですか……?」
 オオカミはそしらぬ顔で前を歩く。
「ひとまず北にむかいながら、魔力のありそうなやつを食っていくか。ゲボク、おまえはもう少し戦えるようになっておけ」
「このカエルは食べないんですか?」
「食いたきゃおまえが食え」
「……」
 目の前には、ちょっとこげた巨大ガエルの死体が転がっている。
 雑草そっくりの模様で、皮膚はつるんとぬめっている。
 顔は死んだ魚とほぼ変わらない目つき。
 ぜんぜんおいしくなさそうだけど、ピスキーも食べたら絶品だったからなぁ。
 案外これもいけるかも……?
 試しにカエルの指先をぺろっとなめてみると、舌先になんともいえないしびれが走った。
「まっず!」
 思わず顔をしかめると、オオカミがくくくと笑った。
「クーさま、まずいってしってたでしょ?」
「もちろん」
 あまりにどうどうと答えるものだから、あきれてしまう。
「……もうちょっと優しくしてくださいよ、親分」
 後ろを追いかけてついていくと、ヘビのしっぽがゆらりとゆれた。
 オオカミとヘビ、4つの青い目がこちらをみすえる。
「特に必要のないおまえの人格を残してやってる。ケガをしたら回復するし、装備もあたえた……俺は優しくないか? ゲボク」
 オオカミの黒い鼻先が近づいてくる。
 するどい牙が口からはみでていて、ぞっとした。
 頭が冷えて、我に返る。
 元はといえば、願いを叶えてもらった代償にゲボクとなったのだ。
 それなのに私はわがままばかりでなれなれしく、ちっとも役に立っていない。
 なにからなにまで彼に世話されてばかりだ。
「ごめんなさい。私、もっとがんばります!」
 クーさまは無言でしっぽをゆっくりとゆらし、きびすを返した。

◆

 ナナシちゃんが魔神クーロアタロトスを名乗っていたってどういうことだ……?
 エンジから話を聞いて別れたあと、ルファスはまだ動揺していた。
 たしかに、あの赤い髪の少女が魔神だとすれば納得できることがある。
 たとえば、雷竜エドラをあっさりたおしてしまったこととか。
 竜の巣に残っていた、みたことのない材質でできた巨大な剣とか。
 そしてなにより、キールのこと。
 サシャはまだわかる。竜の肉を食べてああなったのはウソではないだろう。
 しかしキールはおかしい。
 まず、死んだ人間を蘇生できるのはトップクラスの聖職者と同等の力をもつ者だけだ。
 次に、死んだ人間をモンスターに変える術なんて聞いたことがない。
 人間がモンスターに変わること自体はたまに聞くが、そんなことができるのは神か悪魔か魔神だけ……。そういえば、魔神はかつて人々をモンスターに変えて戦わせたという伝説があったっけ。
 ああ……疲れていたのといそがしいのと、あと少女の善良そうな見た目にだまされてうっかり見逃してしまったけれど、逃がすんじゃなかった。ほんとに。
 あれでも、それじゃあ父のカタキのジェネルはどこ行った?
 ジェネルとナナシは共犯者なのか?
 わからないことだらけだ。こうなったら、本人に直接聞くしかない。
 ナナシが魔神と関係があるならば、必ずシアーナ共和国にあらわれるはずだ。
 王からもあそこへ行けと指令がでているし、予定どおりむかうことにしよう。