14話 はじめてのお留守番

 魔神の心臓がうばわれた。
 ユーグリアス王国の王は、かつて魔神を封印するために協力した4つの国へそう知らせた。
 心臓をかくしに行ったゴズから連絡がとだえた時点で予想はしていたが、ギリギリまで公表しなかったのは保身のためである。
 ユーグリアス王国は世界の中心。
 世界で1番栄えている、1番強い国。
 その不動の地位をゆるがしかねない落ち度である。
 しかし、もはやそんなことをいっている場合ではない。心臓を手に入れたジェネルは、すぐに残りの封印を解きにむかうだろう。
 バレるのも時間の問題。
 ならばと覚悟を決めて公表し、王は各国へ協力を申しでた。
 いずれやってくるであろうジェネルの撃退と心臓の奪還に力を貸し、汚名をはらそうというのだ。
 4国の反応はわかれた。
 特に、もっとも重要な”頭”を所持しているシアーナ共和国の態度はかたくなであった。
「協力など必要ない。我が国だけで迎え撃ち、心臓もうばい返してみせよう」
 この国は最近ユーグリアス王国をライバル視しており、ナンバー1の地位をねらっている。
 宣言どおりシアーナ共和国のみの力で勝ってしまったら、下剋上されてしまうだろう。
 そうなってもらっては困る。
 魔神が完全復活したらもっと困るが、ユーグリアス王国は名誉をとりもどすために活躍しなければならない。
 そこで、ユーグリアス王国はこっそりと腕利きの騎士たちをシアーナ共和国へ潜入させることにした。
 騎士団をそのまま派遣したら追い返されてしまう。
 しかし、休暇中の騎士がたまたまシアーナ共和国で観光をしていて、たまたま魔神の心臓をうばい返したということならば問題はあるまい。
 そんな計画である。
 騎士団の団長たちに”休暇”という名の極秘命令がくだされた。
 そして、将来の団長候補である青年騎士ルファスも、その中にふくまれていた。

◆

 戦えるようになれ。
 そんなクーさまの命令により、私はドラゴンスタッフを使いこなす特訓をしていた。
「ぜんぜん効いてないんですけど」
 つい愚痴る。
 目の前にいるのは、岩の体をもつ巨大なクモ。
 クモの形をした岩のモンスターと呼ぶべきか、迷うところだ。
 8本もある足は2メートルくらいの長さがあり、影からのぞくするどい牙はナイフのよう。
 「こいつをたおせ」といわれたから杖を何度かふるったものの、電撃がまるで効いていない。
「クーさま、このクモって雷属性の攻撃が効かないタイプの敵なんじゃないですか?」
「それがどうした」
 少しはなれた場所で見物していたオオカミが平然という。
 なにこれ嫌がらせ?
「雷属性が効かないなら、私どーやっても勝てないじゃないですか~!」
 うったえると、彼は大きなため息をついた。
「その杖はおまえにもったいないくらい強力なんだ」
「はあ」
「雷竜の目玉、骨と皮でできているから鉄より固い。突いても斬っても、そのへんの剣より攻撃力が高い。鈍器としても優秀だし、なにより雷竜の魂が宿っている。雷竜に主として認められれば、雷を自由自在にあやつることができる。そのていどの威力しかだせないのは、おまえが雷竜にナメられているからだ」
 いわれて杖をみてみると、雷竜の目玉がニヤリと笑うようにゆがんだ。
 バカにされてる雰囲気はする。
「じゃあ、雷竜に認められればあのクモに勝てるんですか?」
 クモは私を警戒すらしていなくて、木陰で眠っている。とことん格下あつかいされているようだ。
 オオカミはふせていた体をおこすと、私の胸元へとびこみ、すうっと吸いこまれていく。
 せっかく分離できたけど、まだ当分はこうやって身体を使われることになりそう。
「あのクモは魔法攻撃が効かない、物理攻撃に弱いタイプのやつだ。たおすだけならこの杖で殴ればいいんだが……ちょうどいいからこの杖の実力をみせてやる」
 クーさまはドラゴンスタッフを両手でかまえると、その場でくるりと回った。
 きゅいんっという音と共に杖が光る。
 砲丸投げでもするかのように、クーさまはそのままくるくると回り続ける。
 キュインキュインと杖が点滅を続ける。
 少しずつ光が強くなり、台風の目のように風が巻きおこり始めた。
 クーさまはさらに回り続ける。
 黄色く光っていた杖が緑色になり、音がどんどん速く大きくなる。青くはれていた空がくもり始め、黒く染まっていく。
 ギギュキキキキキイイイイイイイイイイイイイイイイイイ。
 耳ざわりな杖の不協和音に混じって、ゴロゴロと落雷の予兆がひびく。
 ただならぬ気配を感じたんだろう。
 眠っていたクモが8個の目をひらき、ササッと逃げだした。
 クーさまが杖をレイピアのように突きだす。
 夜のように黒くそまっていた空がわれて、激しい光が私の目を焼いた。
 なにもみえない。聞こえない。
 ただ、すさまじい衝撃で周囲の木々や岩、地面がふきとんでいくのを感じた。
 やがて。
 クーさまの回復魔法で視力と聴力がもどったころには、まわりの景色が一変していた。
 地面がえぐれている。
 クレーターってやつかな? 山を逆さまにしたら、きっとこんな感じ。
 あたりからは草木が消えて砂漠みたいになってしまっている。
 それなのに、クーさまこと私の身体が立っている場所だけ地面が残っている。まるで切り立った断崖みたいだった。
『クモはいったいどうなったんですか……?』
「跡形もなく消滅した」
『むごい』
 雷属性が効かない敵でも、圧倒的な攻撃力でゴリ押しすれば通用するらしい。
「クモにあたえたダメージのほとんどはふき飛んだ周囲の岩や木がぶつかった物理攻撃によるものだけどな」
『あー、なるほど……』
 最近ちょっと素で心を読まれることになれつつある。
 いいんだ、クーさまの封印をといていけば私のプライバシーも確保されていくはずだから。
「属性相性からすると、俺よりおまえの方が雷を上手くあつかえるようになるはずだからな。がんばれよ」
 私は彼の眷属だから同じ火属性なんだけど、雷属性との相性は私の方がちょっと良いらしい。
『はーい』

◆

 身体を返してもらって、北をめざして進むことしばし。
 前方に大きな建物がみえてきた。
 変わった形の家みたいなものが1つ。その周りには大小さまざまなテントがあって、たくさんの人々が行きかっている。地面に布をしいて商品をならべている人もいるみたい。
 馬やケモノを連れている人もいっぱい。
「お店……でしょうか?」
 こんなの初めてみた。
『行ってみればいい』
 クーさまが私の影に擬態する。
 おそるおそる建物に近づいてみると、そこにいるのはほとんど旅人のようだった。
 それぞれ盾や剣などを装備しているところをみると、冒険者と呼んだ方が合っているかもしれない。
 だれかに声をかけてみよう。
 そう思ったのに、足が動かない。
 足の動かし方を忘れてしまったみたい。手足がサビた鉄のように動かなくて、かすかに震えていた。
 あ、ダメだ。怖い。
 ルファスは平気だったから、もう大丈夫だと思ったのに。
 武器をもったたくさんの冒険者におそわれたらとても勝てないって考えたら、足がすくむ。
 笑顔で会話した人でも、私がバケモノだってわかったら殴りかかってくるって身をもって知ってしまったから……。
『ゲボク』
 クーさまはおだやかな声で私を呼んだ。
『その杖があれば、あいつらなんて皆殺しにできる。それに、たとえ斬られても殴られてもおまえは痛みを感じない。身体が傷んだら、何度でも俺が治してやる』
 低くて色気のあるこの声は、いつもえらそうなことばかり言うくせに、こんなときだけ妙に優しい。
「ありがとうございます」
 そうだ。どうせ私はもう死んでる。なにも恐れることはない。
 かなりぎこちない歩き方になってしまったけど、どうにか進むことができた。
 家の前では、女の人が笛をふいている。
 とっても上手だからしばらく聞いていたかったけど。同じように笛を聞いていた人たちが足元の帽子へコインを投げたのをみて、あわててはなれた。
 あれ、お金をはらわないとダメなんだ?
 他にはなにがあるんだろう。
 キョロキョロしていたら、優しそうなヒゲのおじさんが声をかけてきた。
「お嬢ちゃん1人かい? お父さんかお母さんは?」
「私1人です」
 答えると、彼はおどろいたように目を丸くした。
「ええっ、女の子1人でこんなところにくるなんてなに考えてるんだ。すぐにおうちに帰りなさい!」
 私みたいなのはめずらしいのかな?
 いわれてみれば、周りにいる冒険者たちは大人ばかりだった。
 たまに子どももいるけど、親といっしょ。
「ここは子どもがきちゃダメな場所なんですか?」
 おじさんは困った顔で説明する。
「そういうわけじゃないが……ここは冒険者のためのマーケットだよ。街道ぞいにはいくつかこういうマーケットがあって、冒険者が装備をととのえていくんだ」
「特に危なくはないような」
「とんでもない! マーケットには銀行の出張所があるからよく盗賊にねらわれるし、最近は人身売買をおこなう闇商人も出入りしてるってウワサだ。おまけに、この近くでモンスターの目撃情報があいついでる」
「モンスター?」
 ここからけっこう距離があるけど、クモ型モンスターならさっきたおした。
「なんていったっけな……くくば? いや、たしかバクバだ! 魔神を崇拝する邪教バクバの連中がモンスターをあやつって人をおそうんだとさ」
「えっ」
 魔神ってあの魔神?
 私の影のふりして聞き耳たててるこの魔神?
 クーさまを崇拝してる人たちなんて、いるんだ!?
「怖いだろう? さっさと帰りな!」
 おじさんに追いはらわれ、マーケットのすみっこへ避難する。
 それをまっていたかのようにクーさまが告げた。
『ゲボク、俺は邪教バクバとやらに会ってくる。おまえはここで買い物でもしてろ』
 え、やだ。こんな物騒なとこにおいてかないでください!
『甘ったれるな。これも修行だ。夜になったらフードを深くかぶれば目をかくせるし、傷ついたら俺が治してやるといっただろ』
 え~。でも、お金もないし……。
『この服を売れ』
 クーさまの言葉と同時に、私の両手にワンピースが出現した。
 いまのドラゴンローブを装備する前に着ていた、海で作った謎の服だ。
『じゃあな』
 いうが早いか、私の影が消える。
 あっという間に置いて行かれた……。
 邪教ってなんか怖いイメージだけどクーさまの味方らしいし。仲間でも増やすのかな?