14話 VSヒゲ熊ダルマッチョ


 恐れていたことがおきたっていうのに、私はちょっと安心してた。
 良かった、バレたのがネルバさんじゃなくて。

 強盗に嫌われたって、別にこまらない。
 坊主頭のヒゲクマ筋肉ダルマは容赦なく剣をふりおろす。

「ヒイッ」

 思わず頭を手でかばう。
 でも、彼のロングソードの方がくだけちった。
 おなかを突きさされたと思ったのに。ぜんぜんいたくない。

 竜装備すごっ!

 モンスターの攻撃だけじゃなくて剣まで防いでくれるらしい。
 大男は目玉が落っこちそうなほど目を見開いた。

「ハアアッ!?」

 ぽかーんと開けた大きな口にちょっとだけ笑いそうになる。
 だけどそれはほんの一瞬だけ。

 すぐに岩のようなこぶしが飛んでくる。
 あ、顔はまずい。そこ素顔だからつぶれたトマトみたいになっちゃう!

「顔面ぐちゃぐちゃはイヤー!」

 杖で受け止めようと思って、全力でふりかぶったら骨が見えた。
 おとぎ話で聞いたことがある、全身骨だけのモンスター。

 それを思いだしたけど、この骨はヒゲ熊ダルマッチョだったらしい。彼は全身まっ白な光につつまれて、感電しながらふっとんだ。

 100キロはありそうな巨体が10メートルくらい飛び、地面を削りながら転がっていく。

 土煙の中からあらわれた彼は黒こげで、白目をむいていた。
 杖で直接受け止めたこぶしはつぶれて、ひじのあたりまで骨が見えている。

「えっ……あの、ごめんなさい。大丈夫?」

 殺してしまったかと怖くなってかけよった。
 巨体はピクリとも動かない。
 そっと口元に手をあてると、息はしていた。

「良かった、生きてる」

 つぶやくと、まわりがザワついた。

「お頭がやられた……!」
「バケモノだ」
「あんな攻撃してくるモンスターなんて、聞いたことないぞ!」

 ダルマッチョのお仲間たちがうろたえている。
 弱そうな子どもと男1人だから余裕で勝てると思ってたみたい。
 それがじつはモンスターで、お頭がこんなことになって……。

 いまの状況を理解した彼らは、

「落ちつけ! 全員でかこむんだ!」

 残りの9人でいっせいに飛びかかってきた。

 お頭のカタキだからか、近くにいるからか。みんな私ねらい。クーさまは放置。ずるい。

「あわわわわわ……」

 とまどっている内に、お腹とか背中とかに軽い衝撃。
 剣やヤリで攻撃されたみたいだけど、武器の方が壊れて私は無傷。

 安心したのもつかの間。長い赤髪をぐいとひっぱられて、頭皮がつっぱる。ぶちぶちと髪が引きちぎられていく感触に、私の中の乙女心がキレた。

「なにすんのッ!」

 手足をバタバタしてふり払うと、明らかに骨が折れた音がひびく。

「げふっ!」
「ギャッ!」
「へぶっ」

 3人の男が血を吐いてたおれた。
 きっと、これも竜のローブのおかげ。
 暑い気候向けのペラペラ生地だけど、魔法でウロコでも織りこんでるんだろう。皮かもしれないけど。

「あのねえ! 髪の毛のばすのがどんなに大変かわかってる!? 坊主や短髪のおじさんたちにはわかんないかもしれないけど、髪ってのばすと痛みやすいんだよ!? だからすっごく手入れしてるんだよ!?」

 残りは6人。
 1人舌打ちして2人クーさまに走っていった。殺されてもしらないよ。私止めないからね!

 4人がこっちにおそいかかってくる。
 装備の防御力がバレたのかな。髪や顔、素肌ばかりねらってきて武器を投げてきた。

「女の子の髪を気安くさわるのも論外なのに、引っぱるなんて……ちぎるなんて最低だよ! ハゲちゃったらどうしてくれるの!」

 ナイフで髪が一房、切られた。
 だけどヤリは杖で打ち落とした。
 4人のうち、細マッチョが笑う。

「ハッ、やるかやられるかってときに”髪が傷む”だぁ? 女ってバカだな」
「はああ?」

 怒りボルテージが限界突破しそう。
 この男、マッチョ集団の中にはめずらしく、顔は整っている。
 でも嫌い。

 クーさまだってよく私をバカにするけど、それは許せるのに不思議だ。クーさまとこの男の外見が逆だったとしてもそう。
 私はイケメン大好きだけど、それでもイケメン無罪など無いとしれ。

 両手に握った雷竜の杖がまばゆく発光する。
 それはまるで、雷が落ちたような。
 まわりが見えなくなるほど激しい明るさに、男たちの目が焼かれる。短い悲鳴が耳に届いた。

 それでも男たちは立ちむかってくる。
 彼らの野太い腕が私の首にとどくまで、あと2秒。

 私の怒りに竜の杖がシンクロしているのがわかった。
 私と杖はいま心でつながっていて、一心同体。おたがいの感情が伝わってきて、混ざり合う。

 竜はささやく。

『あのクズどもを黒こげに』

 こちらも答えた。

「そうだね!」

 杖の先端についてる、竜の目玉。
 黒目の部分がネコみたいに細かったそれがギュンと大きくなる。

 たった一秒。
 でもすごく長く感じる一秒間。

 男の手が私の首をえぐる寸前、小さな雷がたくさん落ちた。

 ……気配が消えた。
 まぶしすぎる光が何度も点滅したから、前が見えない。目がチカチカする。

「クーさま、どこ?」

 記憶をたよりに歩くと、足になにかぶつかった。

「わっ」

 転びそうになって、だれかに肩をつかまれる。
 あの強盗集団かもしれない。
 とっさに杖を握りしめたけど、頭上から聞こえたのはしってる声だった。

「目に光耐性でもつけるか」
「クーさま!」

 彼が私の頭をなでると、失った髪がさらりとのびた。
 切れた素肌も再生されて、目に視力がもどる。
 魔神はまっすぐこちらを見おろしていた。

「なぜ手かげんした」

 地面には盗賊たちが転がっている。みんなたおせたみたいだ。
 ところどころコゲてて、気絶してる。

 ざまあみろ。しばらく全身の火傷に苦しめばいい。髪もぜんぶ燃やしてやった。
 ……本当は殺すこともできたんだけど、それはしなかった。

「マロボ島の男はみんなマッチョだから、マッチョを見ると故郷を思いだしちゃって……まあ、痛い目は見てもらったし、これくらいでいいよ」

 さんざん筋肉ダルマとかいったけど、じつは私マッチョは嫌いじゃない。
 お父さんを思いだすから。

 故郷のマロボ島はマッチョ率が高い。

 お父さんはマッチョだし、近所のおじさんもマッチョ。だからマッチョは身内、家族、親戚……そんなイメージが強い。そのせいで異性としては見れないし、まったくときめかないんだけど。まあそれはともかく。

 マロボ島であんなことがあったいまでも、マッチョを殺したくはならない。
 そう説明すると、クーさまはあっさりうなずいた。

「そうか。まあ、おまえはまだ殺しになれてないからな。今回は俺が代わりにやってやろう」

 止める間もなく血の雨が降る。
 いつかどこかで見た巨大な両手。
 それがバンバンブチブチと男たちをつぶしてしまった。

「……」

 おどろきすぎて、しばらく言葉がでてこなかった。
 両手が消えたあと、ぼうぜんと問う。

「殺したくないって、いったのに」
「だから代わりに」

 善意でやってくれたの? 余計なお世話。

「殺さないで欲しかった」

 黒髪の青年は不思議そうな顔をしている。

「なるほど。もっと痛ぶってからとどめを」
「ちがう」

 彼はじいっとこちらを見つめた。

「あんなに怒っていたのに? それにあいつらは完全におまえを殺す気でいた。モンスターだとバレてしまったし、生かしておけば確実に面倒なことになる」

「わかってるけど。私はもともと人だったから、人を殺すのは抵抗がある」
「バカじゃねえの」

 野太い声がひびく。
 ふり返ると、強盗だか追いはぎだかの”お頭”だった。

 最初に私が気絶させたから、少しはなれたところにいる。
 全身コゲちゃって、ヒゲもチリチリ。ぐちゃぐちゃにつぶれた右手をかかえて、木陰にすわっている。

 いつから目を覚ましてたんだろ?
 運よくクーさまの魔の手から逃れていたみたい。

「見てわかんねえか? 俺たちはもう数えきれないくらい人を殺してきたんだよ。女犯して金品うばって、奴隷に売って……さんざん悪事に手を染めてきた。なのに、自分だけは死にたくない、殺さないでくれとでもいうと思ったのか?」

 だまってかくれてれば逃げられたのに。
 彼は自分を殺せと告げた。