15話 悪魔の名を呼ぶとき、悪魔は必ずあなたに気づく

 魔神クーロアタロトスを信仰する”邪教バクバ”はけしてメジャーな宗教ではない。
 しかし世界各地でひっそりと根づき、信仰されている。
 その理由はさまざまだ。
 魔神クーロアタロトスは「強力な戦士であり、多くの魔物を配下としてあやつる」とされている。
 そのため、魔神を信仰すれば魔物からおそわれないと信じている者がいるのだ。これは魔物におそわれる機会が多い旅人や村人などが多い。
 他には魔神の力強さにあやかり、加護を受けることでパワーアップしたいと望むもの。これは主に戦士。
 そして、魔神の力を悪用しようとする者たち。

◆

 ユーグリアス王国と敵対しているタズタラナ国。彼らは邪教バクバと手を組み、ユーグリアス王国から魔神の心臓をうばおうとして失敗した。
 手ごまとして使っていた盗賊ジェネルと連絡がとれなくなり、魔神の心臓がどこへ行ったかわからなくなってしまったのである。
 ジェネルは単独行動を好み、仲間とまめに連絡をとっていなかったため、手がかりすらない。
 彼らはあちこちを手当たりしだいに探した。
 しかし、そのうちタズタラナ国と盗賊団は「この件からはもう手を引く」といいだした。
 ユーグリアス王国が魔神の心臓が盗まれたと公表したため、タズタラナ国からすれば、すでに目的ははたされたようなものだからだ。
 魔神の力は欲しかったが、ユーグリアス王国の名誉に傷がついただけでも満足。それに、魔神の心臓をうしなってパワーダウンしているいまなら戦をしかけるチャンスでもある。
 みつかるかどうかもわからない心臓探しにかまけているヒマはないのだ。
 盗賊団はタズタラナ国にやとわれていただけだし、もうジェネルは死んでいるだろうと見切りをつけた。
 最後まであきらめられないのが邪教バクバである。
 もちろん、邪教バクバの全員が熱心な信者というわけではない。魔神の加護めあてで信仰しているが、魔神の復活なんてどーでもいいという人もいる。
 タズタラナ国や盗賊と手を組むような者は、邪教バクバの中でも狂信者くらいしかいなかっただけである。
 彼らにとって魔神の復活は、魂をささげてでも叶えたい願い。
 きっと、魔神は頭が封印されているシアーナ共和国へあらわれる。
 そう信じて北へ進みながら、あちこちで魔神の心臓を探し続けていた。

◆

 ところで、当の魔神クーロアタロトスはまだ本調子ではない。
 しかし、雷竜を食べたことにより、いい感じに力をとりもどしていた。
 どれくらいかというと、ゲボクとはなれて単独行動ができるくらい。
 そして、魔神の力を借りてモンスターをあやつっている邪教バクバの連中の場所を探知できるほど。
 魔神がすべて封印されている間、世界から魔神の力は消えていた。
 しかし、心臓の封印がとかれた瞬間。
 全盛期にくらべればよわよわしいながらも、世界に再び魔神の力がよみがえった。
 それから各地で自分の力が使われていることはつねに感じていた。
 しかし、わずかなものなので気にしていない。
 人間にたとえるなら、口からはいた二酸化炭素をめぐんでやっているようなものだ。
 魔神の意思とはあまり関係なく、きちんと手順をふめば自動的に力をあたえる仕組みになっている。
 気に入らなければ拒否もできるが、よほどでなければしない。
 わざわざ相手を探知してその場へでむくなんてことも、滅多にしないのだが……今回は特別だ。
 この体は実体のない精神体。
 これを実体化できるほど魔力を回復できる”もの”が欲しい。
 邪教バクバの中で、もっとも強い魔力をもつ者を探していたら……むこうの方から呼ばれた。
「クーロアタロトスさま、どうぞお受けとりください。あなたさまへのささげものです」
 神の名前には力が宿る。
 名前を呼ぶことで神があらわれるとされているが、それは名前を呼ぶ声がすべて聞こえているからだ。
 特に、親しい者や魔力の強い者の声はよく聞こえる。
 つねに世界中から呼ばれてうるさいので、ふだんは意識して聞こえないようにしているが、今日はあえて耳をすまし、でむいた。
「なるほど。俺へのニエにするという名目で、おまえたちは各地でモンスターに人をおそわせていたのか」
 鉄さびを燃やしたような、むせかえる血とケモノの匂い。
 そこには複数の死体が転がっていた。
 馬車で旅をしていた商人一家をおそったのだろう。
 穴の開いた馬車は横転し、商品らしい荷物が道ばたにこぼれている。
 商人風の男、女、おさない子ども。用心棒らしい武装した男の残骸。死体にはどれも穴が開いていて、助かる見込みはなさそうだ。
 つがいなのだろう。ライオンタイプの一角獣がオスとメス1匹ずついて、死体を食べている。馬は逃げたのか、もう食べられたのかわからない。
 そのそばに、灰色のローブを着た男が立っていた。
 杖をかまえていて、目玉がこぼれ落ちそうなほど目を見開いている。
 恋しげに呼んでいたくせに、いきなりあらわれた魔神におどろいているらしい。
「グリフォンの翼にヘビの尾をもつ巨大なオオカミ……あああ、あなたさまはまさか!?」
「暴れるのはかまわないが、モンスターの食いかけなんか俺にささげるなよ」
 こんなところで勝手に殺したって、魔神の魔力の足しにはならない。
 レベルの高い魔法使いならそれくらいわかっているものだが、どうやら知らなかったらしい。
 なかなかの魔力を秘めているが、まだ若いし無知なのか。
 あるいは、封印されていた間に、知識を正しく伝える者がいなくなってしまったのだろうか?
 男が魔神をみつめる目には恐怖と愛が同時に浮かんでいた。
 ガタガタと震えて泣いているくせに、とても嬉しそうにほほをそめている。
「そうか、そうか。おまえ……いや、君は俺が好きなんだな。子どものころから憧れていて、俺のためなら何人殺したってかまわないと思っているわけだ」
「は、はっひ」
「それなら、俺に食われるのは幸せなことだろう?」
 ローブの男の顔から赤みが引いた。
 後ずさりして、いまにも逃げだしそうな気配さえする。
「そこの1角獣2匹と君を食べれば、実体化できるほどの魔力を得られそうだ。感謝するよ」
 気に入ったら、手下として連れて帰ろうとも思っていたのだが。
 ふつうに殺して食べた。
 やっぱり、手下はゲボク1人でじゅうぶんだと思う。
 昔はたくさんの部下を指揮したりしたものだが、たった1人を大事に育てるというのも悪くない。
 そんな風に考えるくらいには、魔神はあの少女を気に入っている。
 なんの力もないやせっぽちの子どもだが、長い封印からおこしてくれたことをとても感謝しているし。
 「バカな子ほどかわいい」というではないか。

◆

 クーさまがいないと、なんか心細い……。
 でもこれも修行っていわれたし、なんとかがんばろう。
 まずは服を売ってお金を作らないと。
「服の買取ってできますか?」
 近くのテントで道具屋を開いているおじさんに声をかけると、彼は服を広げてじっくりと観察した。
「これ、お嬢ちゃんの服かい?」
「そうです」
 透き通った海の色はとってもキレイだし、そこそこいいお金になると思うんだけど、どうだろう。
「ふーん……親が売ってもいいっていったの?」
 ここはそういうことにしておいた方が良さそうだ。
 子どもだけで買い物するのはめずらしいみたいだし。
「そうです。お使いで売りにきたんです」
「ま、10Gってとこだね」
 かなり適当な感じでそういって、おじさんがコインを投げてくる。
 10Gはふつうの服の値段だ。
 ちょっと少ないような……?
 とまどっていたら、おじさんはさっさと服をたたんでしまおうとする。
「やっぱり他のお店に売りに行きます。服を返してください」
「金はわたしたんだから、取引は成立だ」
 おじさんは嫌そうに顔をしかめる。
「私は合意してないです。返してください」
 食い下がると、おじさんは怖い声で低くうなった。
「さっさとあっち行きな! 商売の邪魔だよ」
 いたずらっ子をしかる親みたいな口ぶりだ。
 でも、私悪いことしてない。
 そう思うもののやっぱり大人は怖い。ゲンコツが飛んできそうな雰囲気にビビッて固まっていたら、通りすがりのおばちゃんがよってきた。
 身長は私と変わらないくらいだけど、横に大きくてぽっちゃりしている。
 きもっ玉かあさんて雰囲気だ。
「さっきから見てたけど、あんた子どもにそんなことして恥ずかしくないのかい!」
 あ、おばちゃんいい人っぽい。
 おじさんが舌打ちする。
「服を買いとっただけだよ」
「この服が10Gなわけないだろ!」
「うるせえな! 金には困ってなさそうだしいいじゃねえか。タダで巻き上げなかっただけ優しいと思って欲しいね」
「いや、無一文だからこの服が売れないと困るんですけど」
「ウソつけ! 弱そうなガキのくせに全身ハイレベル装備で固めやがって。おまえみたいなのは過保護で金もちの親がいるに決まってんだよ!」
 ええ……たしかに竜から作った装備だから良いものなんだとは思うけど。
 ちょっと見ただけでハイレベル装備なんてわかるもんなの?
 それに、うちの親はふつーの漁師だよ。
「とんだ悪たれジジイだね……お嬢ちゃん、あの服あたしに売らないかい? 500Gで買ってあげるよ」
「売ります」
 即答すると、おばちゃんはおじさんめがけてずずいと右手を差しだした。
「聞いただろ? その服はあたしのもんだ。さっさとわたしな!」
「横どりかよ」
 しぶしぶ、といった風におじさんが服をわたす。
 さっき受けとった10Gを返すと、すごいにらまれた。怖い。
「あたしの店はあっちにあるからついておいで。お金をわたすよ」
「はい」
 おばちゃんについていくと、本当にすぐ近くに彼女の店があった。
 売り子が店番をしていたらしく、そこのツボからお金をとりだしてこちらへ差しだす。
 数えさせてもらったけど、たしかに500G。
 こんなに高く売れるとは思ってなかった。これだけあれば色々買えそうだ。
「ありがとうございます。もう少しで大損するところでした」
 お礼をいうと、彼女はあきれたように笑った。
「バカだね」
「え?」
「麻でも綿でもシルクでもない。でも手ざわりはシルクそっくりで、海の色みたいに輝く不思議な服。こんなめずらしい服、王都にもってけば5000Gくらいにはなるよ」
「そんなに!?」
 クーさま、服屋になれるかも。
「おっと、そんな顔しても服は返さないからね。でも、差額分のサービスとして教えてあげるよ」
 おばちゃんはフフフと笑う。
 私を助けてくれたのは親切じゃなくて、レアな服が欲しいって下心だったんだ。
「その500Gで買い物をする前に、マーケットすべてを見てまわって、どんな商品がどれくらいの値段で売られているかをちゃんと確認すること。あと、そのお上品な言葉づかいもやめときな」
「変です……かな?」
 村長さんのお手伝いをすることが多かったから、年上には敬語ってしみついてるんだけど。
「べつに変じゃないよ。でもね、そんなご立派な装備で言葉づかいまでキレイときたら、貴族の娘と思われて誘拐されちまうのさ」
 貴族だなんて、会ったこともない。
 いや、騎士ってたしかほとんど貴族だから、あるかな? 王都のえらいおじさんとルファスはたぶん貴族だ。
「ありがとう、気をつけるね!」
 おばちゃんのアドバイスどおり、私はマーケットをすみからすみまで見て回ることにした。