15話 バケモノになんかなりたくねえや

「この腕じゃもう盗賊稼業はやってけねえ。かといって他にできることもねえし、仲間もみんな死んだ。生きてる意味がない」
 俺も殺せ、と大男はいう。
 ……なんだかめまいがしてきた。
「あの人、あなたの腕を治せるよ。ただ、失敗したらモンスターになっちゃうかもしれないけど……やってみる?」
 クーさまを指さして聞くと、彼はすぐ拒否した。
「冗談じゃねえ。これでも俺は人間として生まれてきたんだ。人として死なせてくれ」
 傷口からどくどくと大量の血が流れ続けている。ほうっておいても死んでしまいそう。
 なのに、男は平然とした顔。あぐらをかいてどっかりすわりこんだ。
「……なんでみんなそんなにモンスターを嫌うの? 私モンスターだけど、人と変わらないでしょ? 目が赤く光るだけじゃない」
「そう思ってんのはおまえだけだ」
 グローブみたいな手が私の首をしめた。
 すわってたのに、こんなに素早く動けるなんて。
 びっくりしてその手をはなそうともがいたら、杖を落としてしまった。
「……ッ」
 震えあがると同時に、大男の体がバラバラにくずれた。
 まるで、葉っぱをビリビリにちぎったみたい。
 血ってこんなに勢いよく飛んでいくものなんだ。人体ってどれだけ大量の血をたくわえてるの?
 大男の生首が傾いて地面に落ちていく。
 苦痛にゆがみながら、彼は引きつった笑みを浮かべた。
「髪、悪かったな。あいつ俺に懐いてたから。俺がやられたとお」
 私の首をしめていた手はすでに足元に転がっている。
 そのひじから先は切断されて、少しはなれた場所に。
 パズルのピースみたいに積み重なった体と臓物。
 視界をうめつくす赤色。
 むせかえる鉄の匂いに、吐いた。
 胃で消化してるわけじゃないと聞いたけど、生前と変わらないブツがでた。食べた直後だからかもしれない。
「服が汚れた」
 盗賊のお頭をバラバラにした張本人がつぶやく。
 速すぎて見えなかったけど右手で引きちぎったのかな。右手を中心に返り血にそまっている。
 クーさまが魔法で水をだして私たちの体を丸洗いする。
 それを見ながら、ようやく気づいた。
 きっと、大男はクーさまに殺されるために私を襲った。
 どうして?
 モンスターになりたくないのはわかった。もう死にたいのも理解した。
 でも、なにもしなくてももうじき死んでいたのに。
 考えても考えても、よくわからなかった。

◆

 名前も知らない男たちは、大きな穴をほって埋めた。
 それから私たちはずっと北上を続けた。
 北にユーグリアス王国の王都があるから、クーさまはそこへ行きたいらしい。
 3つくらい村や町があったけどスルーした。
 買い物はもう十分したし、そんな気分じゃなかったからだ。
 皮肉なことに、もう人は怖くなくなった。
 人ってこんなにあっさり死んでしまうんだなって思ったら……。人がモンスターを恐れる気持ちもわかる気がしたから。
 私だって、自分の村がモンスターに襲われた時は怖かった。
 いまだって、モンスターに遭遇すると怖い。
 でもふつうの人間は私よりもっと怖いんだ。きっと。
「ゲボク」
 ぼうっと考えごとをしていたら、美青年が顔をのぞきこんでいた。
 美青年のふりをしたバケモノというべきかもしれない。
 キレイなお人形を操っているだけで、本体はオオカミの姿をした魔神なんだから。
「ゲボク、なにかしゃべれ。おまえがだまってるとつまらない」
「気分じゃない」
 あれから何日かたったのに、元気がでない。
 なんでだろう。別に親しい人が亡くなったわけでもないのに。
「新しい服でも作ってやろうか?」
「いらない」
「人間の食べ物はどうだ。これなら魔力がふくまれているから、いまのおまえでも味わえるはずだ」
「いらない」
「……おまえはなにをすれば喜ぶんだ? 金か、宝石か? なんでもいってみろ」
「ほうっておいて」
 いまは1人でいたい。でも旅の道中でそういうわけにもいかない。
 だからぼうっとだまっているのだ。もう少し心の整理をさせて欲しい。
「……わかった」
 彼は大人しく引き下がった。
 両手でぶちぶちとその辺の木をひっこぬき、丸太をイスにする。
 そのままそこにすわって、目を閉じた。
 今日はここで休憩にするらしい。
 その横顔は無表情なのに、なぜか寂しそうに見えた。
 そんなわけないのに。
 申し訳なくなってきて、話しかけた。
「私は不死のゾンビになったけど、クーさまだったら私を殺せる?」
「殺さない」
 いきなり目の前にあらわれてビックリした。ちょっと怖い。テレポートしなかった?
「最初は体がなくて私の体が必要だったかもしれないけど。いまはもう別の体があるんだから、私いらないよね。足手まといにしかならないし。人に迷惑かけるモンスターとして生きるより、土にかえった方が世のため人のためなんじゃないかって」
「だまれ」
 ひんやりとした冷たい手のひらが口をふさぐ。
 マロボ島もそうだけど、このユーグリアス大陸は暑い。
 なのにこの手からはおよそ体温を感じない。やっぱり作り物なんだなあと実感した。
「ごちゃごちゃうるさい」
 透き通った青い瞳が怒ったようにこちらをにらむ。
 宝石の固まりみたいだ。アクアマリンのブローチがあったら、こんな感じかな。
「おまえが役に立たないのなんか最初からわかってる。おまえはただ俺のそばにいればいいんだ」
 たしか、お父さんたちを助けようとしてガケから飛び降りて。
 助けられなくておぼれ死にそうな時に出会ったんだっけ。確かにアレみて「役に立ちそう!」とはならないよね。
 そっと手をどけたけど、彼はその場を動こうとしない。ちょっと近いんだけど……。
「なんで? なんで役に立たない私をゲボクにしたの?」
 黒くて長いまつ毛が神秘的。
 故郷のみんなはまつ毛も赤いから、珍しくてつい見入ってしまう。
「気に入ったからだ。おまえの魂は美しい」
 まじめな顔でそんなこといわれたら、勘違いしてしまいそうになる。
「ウソだぁ。私けっこう悪いことしてるよ」
 私にそんな価値があるわけない。
 どこにでもいる、平凡な小娘だと思う。
「それでもだ。世界はもっと邪悪に満ちてる。少し陰ったくらいでその美しさは損なわれない」
 ニヘンナ村のみんなを見殺しにしたのに?
 つい先日、強盗を痛めつけてざまあみろと笑っていたのに?
 クーさま、目が悪いんじゃない?
「このままモンスターとして生きていたら、汚れてばっちくなっちゃうかもよ?」
「かまわない。清らかな魂が堕ちていくさまは面白いらしいし、それはそれで見てみたい」
「悪趣味」
 ちょっと引くわ。
 つまり私はおもちゃとかペットとか、そんな感じなの?
 クーさまがようやく表情をゆるめる。なんだか良い匂いがした。
 爽やかなハーブみたいな不思議な香り。
「おまえみたいなのはレアなんだ。あんまりいないし、いても俺には懐かない」
 ああ、この人昔フラれたんだって直感した。
 キレイな魂が欲しかったのに、叶わなかったんだね。
 そりゃあ、いわゆる良い人とか、聖人君子は魔神が嫌いだろう。
「私はそんなに良い子じゃないから、クーさまが好きなのかもね」
 フラれるクーさまを想像したら笑ってしまった。
 かわいそうだけど、いつものえらそうな態度とギャップがありすぎて、つい。
「落ちこんじゃっててごめんね。ゲボク生活がんばってみるよ」
「す」
「す?」
「……もう寝る」
 彼はさっさと背をむけてしまった。
 私は別に眠くないんだけど、いっしょに休むことにした。
 せっかく野宿セット持ってるし、使わないのももったいない。