16話 エーテルピア神

 むかし、むかし。
 エーテルピアという名の神さまがいました。
 本性は白い鳥。しかし変幻自在で、どんな生き物の姿にもなれます。
 エーテルピア神は慈悲深く、人間を愛しています。
 特に美しい娘が大好き。
 気に入るとさらって愛人にしてしまう、誘拐の常習犯でした。
 これが人ならとっくに死罪になっていますが、そこは神さま。
 いろんな美男に化けてくどき、必ず本人の同意をとる。さらった娘たちには極上の待遇をあたえる。そしてなにより、奇跡をおこして人を救う。
 そのため、人気の神さまです。
 特にユーグリアス王国は1番信者が多いところです。
「我々には神のご加護がある。必ず勝てるはずだ!」
 そう信じて、ユーグリアス王国は隣国に侵略。戦争が始まりました。
 しかし、エーテルピア神は隣国の民も愛していたのです。
 だからどちらの味方もしませんでした。
 その結果、ユーグリアス王国は負けます。
 戦争の代償として、王族が処刑されることになりました。
「神よ、どうか助けてください!」
 泣きさけぶ王女の声に神は応えました。
 処刑場へ姿をあらわし、隣国ヘイテスに告げたのです。
「私が身代わりになろう。その代わり、これ以上だれも殺さないでくれ」
 王女が美しかったから……だけではなく。
 愛する人々が殺しあう姿を見て、心を痛めていたからです。
 戦争でたくさんの犠牲がでたので、ヘイテスは怒っていました。しかし神の頼みです。ヘイテスはしぶしぶ受け入れました。
 エーテルピア神はスラエの木につるされ、処刑されたのです。
 ユーグリアス王国の王は反省し、
「今後二度と侵略戦争をおこなわない」
 と誓いました。
 人々は深く感謝し、いまでも祈りをささげています。

◆

「そういう話だったんだ」
 クーさまが語った神話を聞いて、軽くおどろく。
 難しくてわからないところもあったけど、人が神を殺したってこと?
 私が知ってる神話とちがう。
 むかし教わった話では、
「神は人を守るためにスラエの木につるされて処刑された」
 だけ。
 なんで神が処刑されるのか。
 どういう状況でだれから守ったのか、さっぱり知らなかった。
「ところで、なんでそんな話し方なの?」
 いつもぞんざいな口調なのに、神父さまみたいだ。
「カンペを読んでるからだ」
 クーさまの手には謎の本。
「かんぺ?」
「カンニングペーパー。約千年前に禁書指定され、焚書にされた聖書の原典」
「きん? ふん? ……なんて?」
「大人の事情で隠蔽された不都合な真実」
「いんぺーってなに?」
「秘匿された闇の歴史」
「……わざとやってる?」
 だからヒトクってなんなのさ!
「おまえはもう少し教養をつけないとな」
 彼はすずしい顔で私のおでこをつっつく。
 やっぱりバカにされていたらしい。
「きょうようって?」
 クーさまは1つずつ教えてくれた。
 彼は気まぐれにいろいろな知識をさずけてくれる。
 主に文字の読み書き、計算。言葉づかいなんかだ。
 ど田舎の平民には必要ないものばっかり。だけど、彼と旅をするなら覚えた方がいいらしい。
 そうはいっても、まだまだ全然わからないことばっかりだ。
 「ありがとうございます」と「ありがとうございました」くらいは覚えたけど。
 こんな気どった言葉、貴族やお金持ちくらいしか使わない。田舎娘丸だしの私がこんな話し方したら、笑われそう。そもそも使う機会あるのかな。
「で、まだ続きがある」
 魔神は神父のように聖書を開き、語りだした。

◆

 エーテルピアは死に、神の加護は消えました。
 隣国ヘイテスに領土の半分以上をうばわれ、軍事力も低下。
 ユーグリアス王国はとても弱りきっていました。
 そんな時、とある国で魔神が召喚されました。
 魔神は人々を凶悪なモンスターへ変えてしまいます。
 モンスターたちは世界中で暴れ、ユーグリアス王国は壊滅レベルの被害を受けました。
 このまま国が消えるのでは?
 王さまも民も、みんなそう思っていました。
 しかし奇跡がおきました。
 赤い、不思議な生き物があらわれたのです。
 小さな姿は妖精によく似ています。
 目鼻はなく、服も着ていません。全身が赤くてツヤツヤしていて、まるで水のしずくのようです。
「わたしは神の血から生まれた、神の娘リップル。父であるエーテルピア神の意思をつぎ、あなたたちを守ります」
 リップルは分身すると雨のように降りそそぎ、モンスターたちを次々と倒していったのです。
 それだけではありません。
 魔神を封印する時も大活躍でした。
 しかし、そのせいで力を使い果たし、命を落としてしまったのです。
「希望を捨てるな、エーテルピア神はいつか必ずよみがえる」
 リップルは最期にそう言い残して消えました。
 ユーグリアス王国は彼女のおかげで復興できたのです。

◆

「つまり、エーテルピア神がそろそろ復活しそうだから、食いに行くって話だ」
「そんな話してたっけ!?」
 食いに行くとか聞いてない。
 クーさまが持ってる聖書は少なくとも千年前のもの。
 千年かけて神さまが復活するってこと?
 人間とはスケールがちがいすぎて、ついていけない。
「前にカラスさんになにか頼んでたし。それでユーグリアス王国への嫌がらせはすんだんじゃないの?」
「あれはただの挨拶。本命は食事。この体を維持するだけでもそこそこ魔力を消耗するんだ。もう腹が減って死にそうだ」
 ニセモノの体だというのに、わざとらしくお腹なんかなでている。
「だからって神さまを食べるだなんて……そのへんのモンスターでも食べたら?」
「ザコモンスターは封印されてる間にさんざん食べた。もうマズイものはたくさんだ。これから俺は美味いものしか食べない!」
 グルメか。
 そもそも、神さまっておいしいの……?
 そんな話をしている間に、王都へついた。

◆

 ユーグリアス王国の首都ゴワルダ。通称、王都。
 そこにはでっかいオリみたいな建物があった。
 あれは城壁と城門っていうらしい。中に人がたくさん住んでるんだって。
 村のまわりにある、ケモノ避けの柵がパワーアップした感じ?
 城門では検問ってのがあるらしい。
 だから、わざわざクーさまの顔をかくして目立たないようにしてたんだけど……。
「王都っていつもこうなの……?」
 さすがにちがうよねえ。
 とは思いつつ、念のため聞いてみた。
「ギクアルがちゃんと仕事をしたらしい」
 とクーさま。
 ぎくなんとかってたしかアレだよね。あの人間の体で頭はカラスの。ちょっと前に会った怖いおじいちゃん。
「人が死んでないといいんだけど……」
 絶望的な思いでつぶやく。
 城門はあけっぱなし。門番らしき兵隊さんは道ばたでたおれてる。
 わずかに見える城門の中は、たくさんの人が横たわっていた。
「カア! カア! カア!」
 甲高いカラスの声がひびく。
 王都の上空はカラスの群れでまっ黒にそまっていた。