9話 魔神に願った王さま

 クーさまが服をくれた。雷竜の皮とかで作ったらしい。
「作ったって、いつのまに?」
 死体が消えて、ほんの数秒しか経ってない。
「いま作った」
「さっきの一瞬であのでっかい竜をぜんぶ食べて、服まで作ったっていうの?」
「なにか文句でも?」
「……」
 私は深く考えるのをやめた。魔神はなんでもできるのだ。たぶん。
「そういえば、クーさまっていま心臓しかないんだよね? 人間そっくりの仮の体はともかく、さっき出てきた大きな手はなんなの? たまにオオカミの姿にもなるし」
「心臓にやどる魂だ。さすがにこれくらいわかるよな?」
 サルに向かって「バナナは食べ物だ」と教えるような口調だ。
 「やどる」の意味がわからないのはだまっておく。たぶん、くっついてるとかそんな意味だろう。
「魂じゃないかとは思ってたよ? でも、魂が食事をするなんて聞いたことない」
「まあ、魔神だから」
 魔神って。
「……仮の体もできたし、いまのままでも別に不自由しないんじゃない?」
「そんなにこの姿が気に入ったのか、メンクイめ」
 メンクイがなにか知らないけど、悪口なのはわかる。
「それもあるけど、不思議でさ。このまま目立たない所でひっそり暮らすこともできるじゃん。封印ってどうしても解かなきゃいけないの?」
 クーさまは知能テストに失格したサルを見るような目をした。
「先に着がえてこい。いろいろ説明してやる」

◆

 むかし、むかし。
 とある国の王さまが魔神を召喚しました。
「戦争に勝ちたいから、力を授けて欲しい」
 その願いは叶いましたが、国は滅びてしまいました。
 魔神の力により、みんなモンスターになってしまったからです。
 人だったころの記憶は残っていません。ただ本能のままに動きます。
 彼らは敵国をたおしたあと、世界へちらばっていきました。
 急に強いモンスターがたくさんあらわれて、世界は大混乱。
 魔神はその様子を楽しくながめていました。
 しかし、それを怒った人たちがいたのです。
「おまえのせいで世界が滅びてしまう!」
 大きな被害を受けた5つの国です。
 彼らはみんなで力を合わせ、魔神に立ち向かいました。
 ところが魔神は不死身です。
 なにをしても死なないので、バラバラにして各地で封印することにしました。
 世界の中心といわれるユーグリアス王国が魔神の心臓。
 北の雪国、シアーナ共和国は魔神の頭。
 東の果てにある島国グパジーに魔神の右手。
 西の島国アリッタに魔神の左手。
 南国サファルカは魔神の両足。
 そして、世界は平和になったのでした。めでたし、めでたし。

◆

「というわけだ。お子さまでもわかるように簡単に説明したが、ここまではいいか?」
 聖典をそらんじるような口調でクーさまがいう。
 キレイな顔をながめられて目に嬉しい。
「うん」
「じゃあ、わかるな?」
「うん?」
「俺を封印したやつら皆殺しにしないとスッキリしない、俺の気持ちがわかるよな?」
 しゃべると台無しってこういう人をいうんだろうなぁ。
 口からでてくる言葉が邪悪、邪悪。
「わからない。クーさまが世界を滅ぼそうとしたのが悪いと思う」
 濃い水色の瞳がするどくこちらをにらむ。
「おまえどっちの味方だ」
「クーさまのゲボクだし、助けてもらったからしたがうけどさ~……世界滅ぼされたら私も困るよ」
「それなら世界を滅ぼすのは勘弁してやろう。別に他の国にうらみはないからな。ちょっと5つの国をぶちのめして、うばわれた体をとりもどすだけだ」
「そういうことなら……」
 うなずきそうになって悩む。
 これって止めるべき? いやでも私ゲボクだし。魔神についていくと決めたんだから……。
 迷っているうちに彼はいう。
「ただ、封印されてずいぶん弱ってしまった。この仮の体では本来の力の10分の1もだせない。もっと強い魔物をたくさん食べて力をとりもどさないといけない。だから魔物を探しながら進む」
 腰かけていた切り株から立ち上がり、魔神は私の頭に手をのせた。
「各地に封印された魔神の体をとりもどせ、ゲボク」
 ちょうど逆光になって、彼の背後がまぶしい。
 影でまっ黒にぬりつぶされたその全身は妙に不吉に見えた。

◆

 クーさまが私の心を読むのをやめたらしい。
「もともと読みたくて読んでたわけでもないし。おまえの心はいちいちうるさいからな」
 いままでは私の体を共有してたから心もつつぬけだった。
 でも体をわけたのでそうじゃなくなったとか。
 やった、お帰り私のプライバシー!
「いまでもその気になれば心を読めるから。逆らおうなんて考えるなよ。俺を裏切ったら死ぬよりひどい目にあわせてやるからな」
「はーい」
 他に行くあてもないのに裏切らないって。
 軽く返事したら、なぜかイヤそうな顔をされた。

◆

 雷竜をたおした後にもらった装備は3つ。
 1つは雷竜のローブ。
 雷竜はエメラルド色だったのに、これは落ちついた深緑。染めたのかな?
 竜の皮だなんてまったくわからない、つるつるした気持ちいい布だ。
 すっごく軽くてうすいのに、丈夫らしい。
 2つめは雷竜の杖。
 こっちはそのままエメラルドグリーン。
 遠くから見るといかにも「魔法使いの杖」って感じでカッコイイ。でも近づくとけっこうグロい。
 先っちょに大きな竜の目玉がついていて、生きてるみたいに動いてる。
 目が合う、目が合うよこの杖!
 3つめは雷竜のブーツ。
 ローブと同じ深緑のブーツ。ただの靴に見えるけど、これもなにかあるのかな?
「この装備ならそう簡単にやられないだろ」
 とクーさま。
 なんといっても雷竜から作った装備だし。いいやつなんだろうな~。
「いい装備なら、私よりクーさまが着た方がいいんじゃないの?」
「俺はもっといいの着てる」
「あ、そう」
 色や素材がちがって見えるけど、実は彼の服も雷竜素材らしい。
「おまえが戦力になるとは思ってない。でもせめて自分の身を守れるくらいには強くなれ」
 魔神はそういって私を巨大な穴にほうりこんだ。
 森にあったそれは、クマより大きい。
 でもクマの巣穴なら横穴のはず。
 私が落下していったそれは縦穴で、ぼよんとなにかにぶつかった。
 石とはちがう。木とも少しちがう。
 穴をふさぐほど大きなそれは、足元をうめつくすほど。
「なにこれ?」
 暗くてよく見えない。
 でもなにかがカサカサ動いている。
 穴のそばで立ってこちらを見下ろしたまま、クーさまが告げた。
「雷竜の杖を持てば、だれでも雷をあやつることができる。そいつに勝ってみろ」
「そいつ……?」
 杖をかがげると、杖が光りだした。
 照らされた足元にあったのは6つの目。
 そして、左右から大きなハサミが襲ってきた。
「うわあ!?」
 いきなり捕まった。
 なにこれモンスター? これと戦って勝てっていうの?
 2つのハサミでお腹をまっぷたつ。
 ヒイイと震えたけど、何回チョキチョキされてもなにもおきない。
「切れてない……?」
 切るっていうか、押しつぶされそうなほどごっついハサミなのに。
 もしかして雷竜のローブのおかげ?
「えい」
 杖でハサミをつくと、面白いくらいボロッとくずれた。
「ジジジジジジジジジジ!」 
 怒ってる怒ってる。
 残ったもう1つのハサミがハンマーみたいに振り下ろされた。
「わわっ」
 杖でハサミ殴ったら壊せるかな。
 そう思って杖をふったんだけど、外れた。というか、かわされた?
 ハサミが猛スピードで顔にせまってくる。
 顔は生身だ。雷竜装備じゃないから、つぶれちゃうかも。
 まずい。脳みそふっとんじゃう!?
 血の気が引いたけど、
「ジーッ!」
 モンスターは突然けいれんして、死んだ。
 一瞬しか見えなかったけど、全身を金色の光につつまれていたような……。
「……」
 もう動かない。
 改めて見ると、それはイモムシのような昆虫のような姿だった。
「クーさまが助けてくれたの?」
 頭上をあおぐと、彼は杖を指さした。
「ちがう。杖をふったとき、電撃がモンスターの体に当たってたんだ」
「あ、なるほど。ハサミに杖は当たらなかったけど、体に電撃が……電撃?」
 ぶんっと杖をふるとバシュッと小さな雷が走った。
 これ、人に当たったらとんでもない事になるのでは……?
「さすが竜装備。これならザコでも安心だ」
 震える私を魔神は満足そうに見下ろした。