9話 魔神の誘惑
魔力を使いはたしたらしく、クーさまは眠ってしまった。
しかたないので、私は黙々と山を登っている。
なんかドラゴンに興味しめしてたし。
エンジさんに悪いことしたから、もしサシャが生きてたら連れて帰ってあげよう。
私は死んでも蘇生されるから、ドラゴンそんなに怖くないし。
ウソですやっぱりめっちゃ怖い。
ドラゴンめっちゃ怖い!
さっきの村が足元に小さくみえるくらいまで山を登り、ようやく気がついた。
いままで頂点だと思ってめざしていた、緑のカタマリ。
あれは山の一部じゃなく、ドラゴンが丸まって寝ている姿だったのだ。
エメラルドのようにキラキラしていて、固そうな緑のウロコ。
2つの大きなツバサ。
顔と胴体はちょっとトカゲに似てるけど、私を一口で丸のみにできそうなサイズ感はただただ恐ろしい。
いったいどうやって作ったのか、ドラゴンの周りはごつい岩で囲まれ、いびつな城塞ができあがっている。
と、とりあえずサシャを探さないと……。
辺りをきょろきょろとながめていたら、音を立てていないのにドラゴンの瞳がカッと開いた。
ドラゴンがさけぶように大きな口を開けるとキーンと耳鳴りがして、それ以外の音が聞こえなくなる。
全身にビシバシ風がぶつかってきた。
呆然としている間に、目の前に光の柱がたくさん落ちてくる。
――雷だ。
光速で降り注ぐそれらを避けることなんてできない。
落ちた雷は岩をくだいて地面をえぐり、木々を燃やしていく。その衝撃波で、私はたちまちふっとんだ。
うわー、またクーさまに怒られるー。
ぐるぐる回る視界の中で、落下先に大きな岩があることに気づく。
脳みそバラバラになっちゃうことを覚悟したけど、岩とはちがう、やわらかくて温かいなにかが全身にぶつかった。
「ぐえっ」
それでも衝撃を殺しきれず、ごろごろと地面に転がる。
どうやらまだ体はくっついているみたい。
おきあがると、草むらで苦しんでいる青年がいた。
えっ、もしかしてこの人が私と岩の間に入って助けてくれたの?
下手したら死ぬよ!?
「だ、大丈夫ですか!?」
さらさらの金髪に赤紫の瞳。
男性としては華奢な体つきで、身につけた鎧には、見覚えのあるシンボル。
太陽を模したあのマークは王都……もとい、ユーグリアス王国のものだ。
「この前のお兄さん!? どうしてここに……」
あと名前なんだっけ。
青年がぱくぱくと口を動かすけど、なにをいっているのかわからない。
耳が聞こえないのだ。キーンって変な音だけがずっと続いている。
そういえば、海で泳いでるとき、耳に水が入ってこんな風になったことがある。
そのときは”耳抜き”したら治ったけど、これも治るかな?
鼻をつまんで耳へ空気を送ってみたらポンッという音といっしょに、すべての音が一気にもどってきた。
ドラゴンのおたけび。雷鳴がとどろく音。燃える木々、われる岩。地響き。
うるさくて頭がわれそうだ。
これじゃどっちみち会話なんてできそうにない。
安全そうな場所へお兄さんを引きずっていこうとしたら、それより先に彼がおき上がった。
ちょっとフラついてるけど致命傷ではないみたい。
お兄さんはこっちをみて、体をこわばらせる。
なにかしゃべったけど、周囲がうるさくて聞きとれない。
そうこうしている内に、上空からたくさんの岩がふってきた。ドラゴンがしっぽで落としている。
やばいやばいやばい。
私はダッシュでお兄さんをかかえると、飛び跳ねるようにしながら山道を駆け下りた。
山の中腹までつくと、逃げたことをさとったのかドラゴンの声が聞こえなくなった。
雷で照らされて明るくなっていた空は静まり、ダークブルーに染まっていく。
いつのまにか夜になっていたみたい。
夜になって身体能力アップしてなければ、とても男の人を持ち上げるなんてできなかっただろう。
「そろそろ降ろしてくれる?」
とまどったような声がひびく。
息がかかりそうな距離にお兄さんの顔があって、いろんな意味でドキッとした。
すぐさま彼を降ろし、飛びさがって距離をとる。
「そんなにおびえなくても」
彼はなんだかきょとんとしている。
私はいますぐ逃げようかどうか迷っていた。
だって、夜になったってことは……。
「君はモンスター? それとも人間?」
やっぱり、赤く光る目をみられてしまったみたいだった。
◆
青年騎士ルファスがシアーナ共和国をめざし、ビエト村をでたあと。
彼はすぐニヘンナ村へ引き返していた。
謎の怪光線により、ニヘンナ村が壊滅状態となってしまったからである。
すぐに救助活動をおこなったため、幸い死人はでなかったが、多数ケガ人がでた。
半分近く家が燃えて、備蓄がすべて台無しになってしまったと、彼らはとてもなげいていた。
怪光線に心あたりはないかと聞いたら、「ピスキーのたたりかもしれない」とのこと。
ピスキーが人間に化けて村に忍び込んできたため、殺して森へ埋めた。
仲間を殺された復讐かもしれないと村人はいう。
ピスキーなら、道中でたおしたはずだが……と聞くと、どうやら、ピスキーは島のいたるところにたくさん住みついているらしい。
「攻撃もやんだし、もう大丈夫だろう。気にしないでくれ」
村長はそういって、ルファスをさり気なく村から追いだした。
ビエト村でも感じたが、よそ者を嫌う傾向があるらしい。
「国に討伐隊を要請しようか?」
「いいよいいよ、どうせこないって。ピスキーは無限にわくからキリがないし、こんなへんぴな所に軍隊がくるもんか」
ケガ人がでているし、人が死んでもおかしくなかった被害なのに、そんなのん気でいいのだろうか。
後ろ髪を引かれる思いでマロボ島を後にし、またシアーナ共和国をめざす途中。
ルファスは山中で女性と出会った。
◆
私が答えないでいると、青年はほんのり眉を下げた。
「まあいいや。もうわかったと思うけど、この山の上にはドラゴンがいるから、近づいたらダメだよ」
そんなことをいって、また山を登ろうとする。
モンスターかもしれない相手に背をむけたことにもおどろいたけど、自分がいったこと忘れたのかな。
「あなたは、どうしてまた登るんですか?」
「ちょっと、人助け」
……さてはこのお兄さん、ビエト村で私と会ったこと覚えてないな?
私がクーさまの封印といちゃったことも、しらないのかもしれない。
「僕はルファス。ユーグリアス王国の騎士で、仕事の一環でシアーナ共和国にむかう途中だったんだけど、瀕死の女性をみつけてしまったんだ」
それってもしかして。
「サシャ?」
ルファスが目を見開く。
「知り合い?」
「キールのためにドラゴンの生き血をとりに行ったって、エンジさんが心配してました。キールは……もう亡くなったので、せめてサシャさんだけでも連れて帰ろうと思って、私はここに来たんです」
彼は申し訳なさそうに目をふせる。
「サシャは……ドラゴンの雷にやられて、もう長くない。応急処置はしたけど、とても村まではもたないと思う。それに”ドラゴンの生き血を手に入れるまでは帰らない”っていって聞かないから、彼女はむこうの洞窟に寝かせてあるんだ。できれば、サシャをアルタ村まで連れて帰ってやって欲しい」
あの漁村はアルタ村というらしい。いま初めてしった。
「ケガ人をモンスターの私にまかせて大丈夫なんですか?」
それにこの人、私の赤い目に気づいてビビってたみたいだったのに、いまはまるで普通の態度だ。
モンスターだよ? 怖くないの? なんで攻撃してこないの?
幼なじみの親だって殴りかかってきたのに。
「君は僕を助けてくれただろ? 信じるよ」
やめて惚れちゃう!
ただでさえ好みのタイプなのに、爽やかな笑顔でそんなこといわれたら好きになっちゃうじゃん!
凛々しいお顔でこっちみないで。
「じゃあ任せたよ。僕はドラゴンの生き血を手に入れてくる。キールは間に合わなかったけど、生き血があればサシャは助けられるはずだ」
そういうとルファスは岩陰にひそみながら山を登り始めた。
ドラゴンに気づかれないように近づく作戦らしい。
騎士とはいえ、彼だって人間なんだから雷に撃たれたら死ぬよね……。
心配だけど、いまは瀕死のサシャが優先だ。
教えてもらった洞窟に走ろうとしたら、
――ク……。
ん?
――ゲボクよ、ゲボク。
お休み中だったクーさまの声が聞えてきた。
なんですか? いまちょっと急いでるんですけど。
『あの男を食え』
へあ!?
なんでですか、嫌ですよ! 人肉はぜんぶNGですけど特にあの人は断固NO!
『ルファスとかいったか。あいつはなかなかの魔力を秘めている。血肉をすすればすぐに魔力が回復し、さらにパワーアップが期待できる』
ダメです、ダメダメ。いくらクーさまの命令でもそれだけはやりませんからね。
くぼみのような浅い洞窟に入ると、すぐにサシャをみつけた。
死んでる……。
とっさにそう思ってしまうほど、彼女は重症だった。
黒い瞳は開いたままで、まばたきをしていない。
ほんのかすかに呼吸をしているけど、少しでも動かしたら死んでしまいそうで怖い。
サシャは体の8割くらいが黒い炭のようにこげていた。
原型が残っている顔でさえ、髪が燃えて肌がただれている。
着ていたロングのワンピースはとけて肉体にはりついており、なんともいえない異臭がする。
これが人の焼ける匂いかと思うと吐き気がこみあげてきた。
「キー……」
キール、といおうとしたのか。
蚊の鳴くように小さい声がした。
彼女に謝りたい衝動にかられたけれど、そんな場合じゃない。
サシャを村まで運ぶのはムリだ。
エンジとキールをここに連れてこようか?
夜で身体能力が上がってるし、全速力で走ればなんとか……。
『死に目にあわせれば、満足か? 五体満足な娘をみた方がエンジは喜ぶだろうよ』
それは、そうですけど。
『このままではサシャは助からない。モンスターにするのも嫌なんだろ? 魔力が回復したら、俺がドラゴンをたおしてやろう。その血でサシャを助けられる』
魔神のささやきに心動かされていたとき、ドラゴンのおたけびがとどろいた。
ルファスがドラゴンにみつかったんだ。