18話 ゆき

「なんで殺さなかった」
 お人形さんみたいに整った、美しい顔で男が問う。
 彼は「理解できない」とでもいいたげに眉をひそめていた。
「さっき攻撃してきた兵士たちのこと、ですか?」
「そうだ。反撃したのは良かったが、威力が弱すぎる。あれじゃすぐ復活するだろう」
「人間は殺したくないです」
 そう答えると、彼はとても嫌そうな顔をした。
「おまえはもう人じゃないんだ」
「わかってますよー」
「人間はおまえのことを何度も殺そうとしてきただろ」
「ですねー」
「じゃあ、みんなぶっ殺せよ!」
「……えーと」
 いい子なんかもうやめてやる、と悪い子になったはずなのに。
 なぜだか私はまだ人を殺す気になれないでいた。
 いや、ちょっとちがうか。
 故郷のビエト村にあらわれた悪い人がまだ生きていて、目の前にいたらきっと殺すだろう。
 でも、さっきの騎士たちはなんにも悪いことしてない。
 私というモンスターがあらわれたから、みんなのために撃退しようとしただけ。
 だから、できれば殺したくないんだ。
「殺したいほど嫌いな人ができたら殺します」
「……」
 男は口元をへの字にまげて黙りこんでしまった。
「ていうか、やっぱりクーさまなんですね。人間になったんですか?」
「人に化けてるだけだ。心臓の封印が解けたことが知られているようだからな。もう本来の姿では警戒される」
「また私の影にかくれれば良いのでは?」
「自由に動けるだけの力をとりもどした以上、こっちの方が都合がいい。おまえどんくさいからな」
「あっ、いつのまにか、さわれるようになってる」
 彼の背中やうでをポンポンたたいてみたけれど、ふつうの人間と変わらないように思えた。
 なにでできてるの、これ?
 さらさらの黒髪がミステリアス。
「べたべたさわるな」
 にらまれた。怖い。盗賊みたいに柄が悪い。
「あと気になったんですけど。殺せ殺せっていうわりに、クーさまだって殺してないですよね?」
 本当はクーさまだって優しい心をもってるんじゃないの?
 からかい半分で聞いて、ちょっと後悔した。
「あいつらは利用できそうだったからな。リーダーを操れば小隊が手に入る。そのために種を植えておいた」
「え……あのリーダーっぽい人を魔物に変えちゃったってことですか?」
「ああ。あいつは寄生された魔の種に侵食され、じわじわと人でなくなっていく。ふだんは人として生活しているが、俺の命令があればなんでもしたがう良い手ごまになるだろう」
「なんかそれって……殺しちゃうより残酷なような」
 自覚がないまま寄生虫に体をのっとられるみたいで嫌だなぁ。
「おまえがそういうなら、そうかもな」
 クーさまの発言にドキリとした。
「わ、私はちがいますよ!? 魔物になるなんて思わなかったけど、いちおう自分で決めたことですから!」
「それならさっさと人を殺せるようになることだ。これからはおそらく、人の軍隊と戦うことになる。いちいち殺しをためらってるようじゃ足手まといだ。あまりウジウジしてるようだと、おまえも意思のないあやつり人形にするしかない」
「えっ」
「がんばれよ、ゲボク。俺も100年ぶりに得た話し相手を失いたくない。これでも、封印をといてくれたおまえには感謝してるんだ」
 感謝、というわりにその目は冷たい。
 いざとなれば、なんの慈悲もなく私という人格を消すのだろう。
 そう確信するほど彼の言葉には感情がこもっていなかった。

◆

 しらないところでパワーアップして帰ってきたクーさまのおかげで、旅は一気に進んだ。
 テレポートでユーグリアス王国とシアーナ共和国の国境まで飛んできたのである。
「ここから先は徒歩で行く」
 クーさまがしめしたその先は、みたことのないまっ白な世界が広がっていた。
 小麦粉みたいなものが空からたくさん降りそそいでいて、地面をおおいかくしている。
「クーさま、なんですかこの白いの!?」
 彼は水色の瞳を軽く見開いた。
 前を向いたまま、目だけでこちらをみる。
「なにって、雪だろ」
「ゆき? これがあのウワサの雪ですか? でも寒くないですよ」
「おまえはアンデッドだからな。暑さ寒さには鈍くなってる」
 クーさまが私を軽く見下ろす。
 クーさまは犬のときも大きかったけど、人になっても大きいなぁ。
「だが人は雪の中だと寒がるはずだ。その防寒具つけてろ。怪しまれる」
 私のカバンからはみでていたマフラーや帽子をみて、彼が告げた。
 クーさまの服にもファーや防寒具があらわれる。
 ……どことなく、彼の本来の毛皮に似ている気がする。
 故郷のマロボ島はずっと暖かいところだったし、雪の寒さを味わえないのはちょっと残念かも。
 なんて考えながらマフラー、帽子、手袋、くつ下などを装着。
 ついでに長い髪を大きな三つ編みにたばねた。腰まであるから、けっこう邪魔なんだよね。
 旅支度を完了させてカバンを肩にかけようとしたら、クーさまが手のひらをかざす。
 フッとカバンが消滅してしまった。
「私のカバン……」
 せっかく買ったのに。
 ショックで呆然としながらみつめると、クーさまが手のひらを上にむける。
 カバンがまたあらわれた。
「異空間にしまっただけだ。これくらいならいくらでも収納できる。荷物をとりだしたいときはいえ」
 ”いくうかん”とやらのことはわからないけど、要は「荷物もってくれる」って意味?
 どこか見えないところにしまっているという、彼の心臓の隣にでも置いてるのかな。
「ありがとうございます……?」
「ただでさえノロいおまえが重い荷物なんか背負ったら、足手まといなことこの上ないからな」
「そういうのツンデレっていうらしいですよ?」
「調子にのるな」
 クーさまは白い雪の上をずんずん進んでいく。
 私もあわてて後を追いかけたけれど。
「く、クーさま! 足がしずんで歩けません!」
 雪って歩きにくい。
 ジタバタ雪の中でもがいていたら、もどってきたクーさまに片手でかかえられた。
 そのまま無言で白い世界を進んでいく。
 その横顔が怒ってるように見えたので、大人しく運ばれることにした。

◆

 やがて、大きな城門がみえてきた。
 大きなお城がまん中にあって、それを囲むようにぐるりと壁がつながっている。
 門はいくつかあるようだったけど、そのうちの1つに近づいていくと、人が立っているのがみえた。
 門番ってやつかな?
 杖を装備した魔法使い風の女と、いかつい戦士風の男。
 男の方は背が高くてごっついし、地味な顔立ちのわりに眼光がするどくて怖い。
 女の方は絶世の美女だ。
 雪みたいに白い肌。力強くて大きな青い瞳。サラサラとたなびく銀の髪。
 胸はちょっとひかえめだけど、華奢な体つきが顔に似合っていて優雅だ。
 すべての造形がおそろしく整っていて、クーさまと同じくらいキレイ。
 こんなキレイな人が2人もいるなんて、世界って広い。
 うっとりと見惚れていたら、
「止まれ」
 美女は凛とした声で告げた。
「シアーナ共和国はいま、旅人の入国を許可していない」
 クーさま、どうするの?
 見上げた彼は平然と涼しい顔をしていた。