18話 大神官メルズーク
グリアス王国に異変がおきたのは、数日前のこと。
夜明けとともにカラスの大群が王都の空をおおいつくした。王侯貴族から平民まで、みんなバタバタとたおれていく。
無事だったのはたった1人。
「にゃーん」
ミケール国出身の大神官メルズークだけだった。
ネコの神族であるメルズークには呪いが通じない。カラスの悪魔が国に呪いをかけたのだとすぐに気づいた。
呪いをとくには、悪魔を殺さなければならない。
だけど悪魔は群れにまぎれてしまって、見つけられない。いそがなければ、飲まず食わずで眠り続ける人々が死んでしまう。
1人の限界を感じたメルズークは、まず仲間を増やすことにした。
5人くらいなら、祝福をあたえてめざめさせることができる。
やっぱり、まずは女王さまだよねぇ。
この腐りきった国を変えようとがんばってるし。あの子はたすけてあげなくちゃ。よそもののボクを受け入れてくれた恩もあるしね。
城へむかうと、自力でおきていた騎士がいておどろいた。
城内の警護をおこなっていた者だろう。まだ子どものような年だし、身分もそう高くはなさそう。なのに、大した忠誠心だ。
剣で自分の右手をつらぬいて、眠気にたえていたらしい。
ふらふらと壁にもたれながら、少しずつ城内を進んでいく。女王の元へむかおうというのか。
「ねえ、君は女王の味方かな?」
声をかけると、少年騎士は素早くふりかえって身がまえた。
侵入者だと思ったみたい。
でもメルズークの姿をみて、すぐに警戒をとく。
「大神官さま!」
「うん、ボクだよ~。で、どっち? 君は女王に命をささげられるかい?」
彼はふらつく体で律儀に敬礼した。
「もちろんです。私の母は女王陛下に救われました。この命、ご自由にお使いください」
「うん、信じてあげる。君の名前はなんていうんだい?」
「ルファスとお呼びください」
メルズークは彼の傷を癒し、祝福をあたえて呪いをといた。
◆
それから女王と4人の護衛騎士をめざめさせた。
合計6人に祝福をあたえたせいで、聖力が心もとない。あとは彼らにがんばってもらおう。
……なんて考えていたら、騎士たちが仲間われを始めた。
ルファスはけっこう戦力になりそうなのに。
「おまえはドアの外で見はりでもしてろ」
と謁見の間から追いだしてしまった。
新人で若いし、身分も低いから女王の護衛にはふさわしくない。
っていうのが彼らの言い分みたい。
この非常時に年や身分なんか気にしてる場合かなぁ。イラつくなぁ。
女王のそばに残ったのは、4人のベテラン騎士。
「民を救うため、私も城下でカラスを退治する」
いまにも駆けだしていきそうな女王さまを、みんなで止めている。
うちの女王さまはちょっと? いやわりとボーイッシュなお方。
髪は男みたいに短いし、胸もささやか。毎日騎士みたいな服きて剣ふりまわしてる。顔はとってもカワイイのにね。
「私は一生結婚しない」、なんて宣言してるけど。
護衛騎士のジンジャーとデキてることは、周知の事実。身分の差があるから、恋人としてそいとげるつもりなのかなぁ。
護衛騎士のバルガスは、女王さまに色目ばっかり使ってる。自分が女王さまと結婚して王さまになろうとでもしてるみたいだ。ヤだねえ、野心家って。
護衛騎士のゴードンは、女の王さまにしたがいたくないのかな。さっきからバカにしてばかり。ジンジャーでもバルガスでもいいから、早く結婚して退位しろっていってる。
護衛騎士のレーザーは……ずっとだまってるから、なに考えてるかわからない。
こまったなぁ。ボクふだん女王さまとそこまで絡みないから。ジンジャーとつきあってるってくらいしかしらなかったよ。
祝福かける人選まちがえたかな、これ。
なんて考えていたら、ザワッと全身の毛が逆立った。
なんかきた。なんかヤバイのがきたぞ?
カラスの悪魔ってレベルじゃない。ボクが逃げたくなるなんて、神クラスじゃないか?
「外の様子を見てくるよ」
メルズークはそういって城下町へむかった。
国をほろぼしかねない、バケモノの気配がしたからだ。
◆
クーさまと2人でお城へ入ったら、騎士が斬りかかってきた。
動きが早すぎて、よく見えない。
クーさまじゃなくて私だったら、とっくにみじん切りにされてるってことだけはわかる。だから大人しくすみっこにかくれていた。
あ、クーさまがなにかした。
いくつかの斬撃をよけて、デコピンを1つ。
たったそれだけで、騎士は派手にふっ飛んでいった。
お城の壁に人型の穴があいたよ。めちゃくちゃだ。3階から1階の庭園まで落ちていったし、たぶん死んでる。
彼が守るように立っていた、大きな扉。
クーさまはそれを乱暴にけやぶった。
中にも騎士がいたみたい。こわれたドアの下じきになって、騎士が1人気絶した。
「くせ者!」
3人の騎士たちがいっせいに斬りかかってくる。
「はいはいじゃまじゃま」
グロいよ、クーさま。
3人の騎士たちをそれぞれ一撃で殺してしまった。顔、胸、おなかに穴があいた死体が床に落ちていく。
それを、ふるえながら見つめるお姉さんがいた。
「よくもジンジャーを……!」
男みたいに短い髪。服は高価そうだけど、飾り気がなくて実用的。ズボンにブーツで、中剣を腰に下げている。
だけど顔がすごくかわいいし。胸もほんのりふくらんでるから、女だってすぐわかる。
20歳くらいかな? お姫さまというより騎士みたいな雰囲気だし。都会では女も騎士になれるのかも。
剣をかまえて突進してきた彼女を、クーさまは指先でつかんで止めた。
「女神ラエリアの召喚に必要なものは、”見目うるわしく、けがれなき乙女の死体と真名”だとギクアルがいっていた。おまえ、処女か?」
「うわああああああ!?」
思わずさけんでしまった。
「セクハラ! セクハラだよそーいうの! 初対面のお姉さんになんてこときくの!? 失礼だよ最低だよ! 女性にそんなこときいちゃダメ!」
クーさまは平気な顔でいう。
「純潔っていえばいいのか? ギクアルにはゲボクを使えといわれたが、イヤだったからちょうど代わりを探してたんだ。いなければ、その辺に転がってるメイドたちをかたっぱしから試そうと思ってた」
「じゅじゅじゅ……純潔とか試すとかイヤだとか……最低だよ!」
いきなりさけんだ私にポカンとしてたお姉さんも、怒りにふるえている。
「だれがおまえなんかに……! 自害した方がマシだ!」
人間バージョンのクーさまはすごい美男だけど。いきなりこんなこといわれたら、それは怒る。
クーさまはじつに不思議そうにこちらを見下ろした。
「なんかおまえら、カンちがいしてないか? 俺は乙女の死体、といったんだ。純潔をうばったら意味がないし、死んでくれるなら大歓迎」
「えっ?」
ふわふわと上からなにかが落ちてきた。
雪かと思ったら、白い鳥の羽根。
ほうっておいたら、羽根でうもれてしまいそう。それくらい大量にふわふわと落ちてくる。
まっしろでキラキラしてて、キレイ
室内なのに太陽の光がさしてるみたい。なんか光ってて、まぶしかった。
「羽根にさわるな。ゾンビくらいなら消滅する」
「ええ!?」
「神がきた」
クーさまが楽しそうにつぶやく。
彼につられて天井をみあげたら、びくっと肩がはねた。
お城の天井はどこへ消えたの? とけちゃったの?
天井がとけたみたいにでろんと変形して、穴があいてる。
穴のむこうがわから、バケモノがこちらをのぞいていた。
百? 千? 天井をうめつくすほどたくさんの白いツバサ。
その中央に、おそろしく大きな目玉が1つ。
丸い赤い瞳。
そのまわりをかこう、特徴的なアイライン。
鳥の目だと、思った。
「シソンニテヲダスナ」
しゃべる鳥にありがちな、ぎこちない発音。
高くて細い、かわいい声。
だけど、赤い瞳は殺意にあふれていた。