19話 女神ラエリア降臨


「キャアアアアアアアアア!?」

 お姉さんが天井を見てさけぶ。

 そのすきに、クーさまがさくっと彼女を殺した。
 うばった剣で胸をひとつき。

「あっひどい」

 王族を殺して神をおびきだす、とはきいてたけど。なんかかわいそう。

「ピイイイイイイイイイイイイ!」

 鳥がさけんだ。
 目玉しかないのに、どこから音だしてるんだろ。

 大量の白い羽根が、矢のように飛んでくる。

 私とクーさまを守るように、”手”があらわれた。
 みおぼえのある六本指。たまにでてくる魔神の両手だ。

 本体じゃなくて、魂だから? 半透明。たくさんの羽根にくしざしにされて、消えてしまった。

 だけどそのわずかな間に、彼はなにかやっていた。

 収納魔法で大きな布をとりだして、床に広げる。
 チラッと見たかぎりでは、魔法陣みたいだった。

「……」

 聞きとれなかったけど、呪文?
 血を流してたおれる彼女にむかって、なにかをとなえる。

 あたりが白い光につつまれた。

 クーさまが私の目に光耐性をつけてくれてから、雷を見ても平気になった。
 なのに、まぶしくてまぶしくて目を開けていられない。

 余計な色がいっさい混じっていない、純粋な白い光。

 強い風がふき荒れて、鳥の羽根をふきとばしていく。
 ひんやりと、空気の温度がさがった。

「魔神がわたしを呼ぶだなんて。どういうことかしら?」

 うふふ、とかすかな笑い声。
 女にしては低い。だけど高さもあって色っぽい。すごく独特なハスキーボイス。

「愛人の家に入りびたりの夫にじれてきたところだろ? 力をかせ。おまえの旦那を食わせろ」

 クーさまの言葉にバケモノの声がふるえた。

「ラ、ラエリア……!?」

 ついさっきまでとても怒っていたのに。まるで別人のよう。

 うっすらと目が見えるようになってきた。
 正面には、剣がささったままのお姉さんが立っている。

 胸から血を流したままなのに、いたがるそぶりもない。彼女の全身がうっすらと光ってる。短い髪がはためていた。
 これは……さっき死んだお姉さんじゃない。

 あの人は男の子みたいに中性的なふんいきの人だった。この人はどこからどう見ても女だ。

 おしとやかで仕草も洗練されていて……なぜか見てるだけでドキドキしてくる。彼女のためなら、なんでもしてあげたい。いや、しなければならない。すべてをささげてでも……。

「目をあわせるな。魅了される」

 クーさまが私の両目を片手でおおった。
 がらんとなにかが落ちた音。もしかして剣を胸からぬいた?
 室内なのに風がふく。

「そうね。そろそろオシオキしようと思ってたの」

 ラエリアと呼ばれた女神さまの笑い声がひびいた。

◆

 女神ラエリアは、エーテルピア神の妻である。
 生と死、恋愛、豊穣、生殖などをつかさどる。そして、嫉妬の神とも呼ばれている。

 恋多きエーテルピア神が愛人を作り、子を成すたび。
 彼女はありとあらゆる手で呪い、殺してきたからだ。

 あまりの所業にエーテルピアは怒り。ラエリアとの仲は冷え切っている。
 しかし、妻は夫の性癖をよく理解していた。

 女神ラエリアは召喚されるたび、清らかな乙女として生まれ変わる。

 そうなると、女好きの神は欲望にあらがえない。
 すべてを忘れて妻に夢中になり、七日七晩愛しあう。

 ラエリアはささげられた乙女の体に憑依する。そのため、エーテルピアが気に入るかどうかは乙女の外見しだいなのだが……。

 女神が満足すれば、見返りに奇跡をおこしてくれる。
 世間ではそのようにいい伝えられている。

◆

 はるか昔。
 カーラ帝国の王妃マリアンヌはエーテルピア神の愛人だった。

 彼女が産んだ子は、隣国ヘイテス王の子。
 ……ということにしてかくしていた。

 そのため、ラエリアに殺されずにすんでいた。

 ちなみにマリアンヌはもういない。彼女は女神の呪いで金色のバラとなった。そしてその日のうちに、庭師にハサミで切られて亡くなった。

 それから数百年。
 国名がグリアスに変わっても、神の血はほそぼそと続いていた。

 つまり現女王……リリアンは神の子孫である。

 さし殺された彼女を治療しようとしたのに。それより先に妻がその体で降臨してしまった。

 神が宿った時点ですべての傷は癒える。
 ふだんなら、「オオ、ラエリア。キミハウツクシイ」とうっとりするところだが。

「カワイイケド、シソンハネ……」

 さすがのエーテルピアもとまどった。
 まだ復活途中の不完全な姿だし、じゃま者もいるし。とてもそういう気にはなれない。

「子孫ですって?」

 女神から笑顔が消える。

「アッ」

 神が失言に気づくが、もうおそい。

「この国からあなたの気配がするのは、加護をあたえているからだと思っていたのに。……そう、それだけではなかったのね」

「マッテ、ラエリア。コドモタチハ、コロサナイデ……!」

 女神はうふふと優しくほほえんで、両腕をのばす。

「いらっしゃい、旦那さま」

 血縁者はムリ。
 そうは思いつつ。久しぶりに会った妻をだきしめるくらいなら……と近づいたときだった。

 彼女の手のひらから閃光が荒れ狂う。

 一秒にもならない間に、エーテルピアの肉体は細切れになった。
 目玉はみじんぎり。無数のツバサも、ようしゃなく焼かれて消滅していく。

「あなたが悪いのよ」

 ラエリアは聖母のようなまなざしで告げる。

「千年くらい反省なさい」

◆

 女神はエーテルピアの核を魔神にさしだした。
 目玉の中央にあった、黒目のところだ。

「あなたにはこれをあげるわ。残りはすべてわたしのものよ。今回は良い思いをできなかったのだから、これくらいの対価はいただくわ」

 魔神はリンゴみたいに目玉をかじり、女神はブーツのかかとを打ち鳴らした。
 あたりにちらばった神の遺体が消滅していく。

 彼女は指先で軽く口元をおさえた。
 そのほおは赤く、まるでキスでもしたかのよう。

「あら、意外といいお味……」

 女神はうっとりとつぶやいた。

 ちなみに、ゲボクはまだ魔神に目かくしされている。
 わけもわからずつったっている少女。無言で目玉を食べる魔神。

 彼らを放置して、女神は最後にしあげをした。

◆

 ふっと風が止んだ。
 まわりの温度がじわじわと元にもどっていく。

 クーさまが私の目から手をはなすと、すべてが終わっていた。

 目玉のバケモノはどこかに消えていて、屋根がないお城だけが残っている。不思議なことに、こわれた屋根のハヘンとかはどこにもない。

 女神がのりうつっていたお姉さんは床にたおれている。

 死んでいるのかと思った。

 でも、ちゃんと息がある。おだやかに上下する胸元。安らかな表情。なにか良い夢をみているみたい。

 たしかにクーさまがさし殺したはずなのに。

 やぶれた服のすきまを少しのぞかせてもらったら、傷口はキレイに消えていた。たおれてる騎士の上着をかりて、かくしておいた。

 剣はべっとりと血がついたまま、床にころがっている。

 少しはなれたところに、騎士の死体が3つあった。こわれたドアの下にも1つあるけど、たぶんにたような状態だろう。
 また人が死んでしまった。止められなかった自分がイヤになる。

 そう考えて、ふとおじさんの言葉を思いだした。

『バカじゃねえの』

 そっか、べつに気にしなくていいんだった。むこうだって殺すつもりでおそってきたんだから。どっちが死んでもおたがいさま。

 だいたい私はもう人じゃなくて魔神のゲボクなんだから。気にする方がおかしいんだ、きっと。
 ……そのうち私も、なんとも思わずに人を殺すようになるのかなぁ。まあ魔物だもんね。

「クーさま?」

 やけに静かだなと思ったら、彼はなにか食べていた。
 もうちょっぴりしかないけど。大事に大事にちまちまかじっている。あ、なくなった。

「おいしかった……」

 こんなイイ笑顔、はじめてみた。

◆

「いったいなにがあったの?」

 ごきげんの魔神に、いろいろきいた。

 あのお姉さんはこの国の女王さまだったらしい。
 クーさまもそうとはしらなかった。

 かすかに神の気配を感じてここに来てみただけだったと彼はいう。

 女神を召喚することに成功して、なんやかんやで神を食べられた。
 それなりに復讐もしたし。目的は達成したから、もうこの国に用はないと。

「魔力も回復したし、次は……なんだ、生きてたのか」

 クーさまがふり返ると、騎士が飛びこんできた。

 1階の庭園までふっとんでいた少年騎士だ。死んだと思ってた。気絶してただけだったのかな? もどってこなければ生き残れたのに。少し彼がかわいそうになった。

「よくも陛下を」

 緑の瞳が怒りに燃えている。
 騎士たちは死んじゃったけど、女王さまは生きてるよ。死体にかこまれて寝てたら、死んでると思うのもムリないけど。
 なんてのんきに考えてたら、

「行け、ゲボク」

 クーさまが騎士を指さした。
 ん?

「えっ、私?」

 魔力も回復したそうだし、いまクーさま絶好調だよね?
 たぶんこの騎士も瞬殺できると思うんだけど。

「おまえもそろそろ人を食べてみろ」

 あっ、その覚悟はまだなかったよ。