19話 人間は難しい

「娘が病気なんだ。一晩だけでも泊めてくれないか」
 だれよ、娘って。
 まさか私!?
 クーさまの言葉に笑ってしまいそうになり、あわてて唇をかむ。
 男の門番がちらりとこちらをみて、眉を上げる。
「こんなでかい娘がいるような年か? いくつのときに作ったんだよ」
「……50歳くらい?」
 さすがにそれはムリがある。
 ニコリともせずに聞き返したクーさまに、門番がどなる。
「ふざけるな!」
 クーさま、もしかして自分の人間バージョンの外見年齢をごぞんじない?
 ちょっと年齢不詳っぽい雰囲気あるけど、多めにみつもっても25歳くらいにしかみえないよ!
「い、妹! 妹なの。お兄ちゃんちょっとジョークが下手で……ごめんなさい」
 小脇にかかえられたままフォローすると、魔法使いが近づいてきた。
「息が白くないし、体が冷え切っているんじゃない? ちょっと失礼」
 彼女が手袋をとって、素手で私のおでこやのどにふれる。
 息が白くない? どういうこと?
「やっぱり! 氷みたい。早く温めないと」
 心配そうに眉を下げる彼女の口からは、白い煙がふんわりとでている。
 男の方も同じだ。煙のうすいタバコをすっているみたい。
「この国では、元気だと口から白い煙がでるの?」
「そうね。人の身体は温かいから、この国みたいに寒いところでは息が……」
 お姉さんと和やかに話している途中で、男がいきなりクーさまの背に剣を突き刺した。
 銀色に光るきっ先が、背中から肉をつらぬいて腹部へと飛びだす。
「いきなりなにをするんだ?」
 クーさまがきょとんとする。
 背後の男は冷や汗をかき、さけんだ。
「こいつら影がない! 血もでない! 2人とも魔物だ!」
 優しそうな顔でにこにこしていたお姉さんが目を見開き、即座に杖をふるう。
 ほんの一瞬。
 白い花みたいな、不思議な模様がみえた。
 気がつくと全身が動かなくなっていて、動こうとすると、ギシギシひっぱられるような、奇妙な感覚がする。
 え? なにこれ?
 動けない。声もでない。
 でも、ほんのりくもった視界で目はみえる。耳も聞こえる。
 あの短い時間のうちに私を地面におろして移動していたのか、クーさまは正面にいた。
 よくみえないけど、うっすら全身が白いもやでおおわれてる?
「子どもに化けるとは、狡猾な……!」
 魔法使いがクーさまめがけて杖を投げる。
 その背後では、こん棒をとりだしてクーさまの頭を殴ろうとしている戦士。
 危ない!
 思うだけでなんにもできない。
 私がみている前でクーさまの頭にこん棒がめりこみ、杖のするどい先端が彼の心臓をつらぬいた。
 クーさまが死んじゃう。
 息を飲んだ直後。
 岩のように固そうな門番の頭をクーさまが片手で握りつぶした。
 血と脳みそが飛び散っていく数秒の間に、彼は硬直する魔法使いに接近していく。
 ナイフを引き抜いたその右手をつかんで引きよせ、恐怖で青ざめた美しい顔にキス。
 ん!?
 キス!?
 なにしてんの!?
 凄惨な殺害現場でくり広げられるなまめかしい情事に、なぜかとても恥ずかしい気持ちになる。
 ちょちょちょっと! こちとら動けないし目もそらせないんで、そういうの目の前でしないでくれます!?
 うわあうわあうわあとパニックしていたら、美しい魔法使いの顔が茶色くしなびた。
 えっ?
 みるみるうちに老婆と化してしおれていき、黒い灰になって消えてしまう。
 最後には、彼女の服だけが残った。
 ええ……どういうこと?
 ぽかんとしている内にクーさまはお腹と胸に刺さったままの剣と杖を引きぬき、すてる。
 穴の開いた彼の身体には血どころか、骨も神経もなかった。
 汚い虹色とでもいうか、たくさんの色が混じりあった不思議なものが穴の内側にみえる。
 それも、彼が手のひらでなでるだけで発光しながら回復していく。
 どんなに人間そっくりにみえてもいまの彼の身体はニセモノで、よくできた人形でしかないんだ。
 ぽかんとしていたら、クーさまがこちらへ近づいてくる。
 彼がこちらにむかって手をかざすと、緑の温かい光があふれた。
 私の全身をおおっていたものがガチャガチャと音を立ててくずれていく。
「これ、なんですか?」
 ひろってみると、それは水のように透明で美しく、石のように固い。
「氷だ。この国には氷や水の魔法を使うやつが多い。さっきみたいに氷づけにされると動けなくなるから気をつけろ」
「はーい」
 答えながら、なんとなく彼の口元をみてしまう。
「なんだよ」
 2人の門番の死体や装備を雪に埋めながら、クーさまが問う。
 火炎魔法で地面に穴をほって、そこへほうりこんでいる。
「……クーさまのすけべ」
「あ”?」
 彼は不機嫌そうに眉間にしわをよせた。
「だって、ごつい男の人は適当に殺したのに、キレイな女の人はちゅーして殺すなんて……なんか、えっち」
 もじもじする私とは対照的に、クーさまは非常に冷めた目でいう。
「おまえは馬や牛の美醜がわかるのか? 欲情するのか?」
「わかりませんし、しませんけどー」
「同じだ、それと。おまえらの美醜なんかわからん。ただ男には魔力がなくて、女には魔力があった。それを効率よくいただくためにキスしただけだ。別に血を吸ってもいいんだが、厚着していて噛みつきにくかったからな」
 それはそれでちょっとつまらないような。
「本当に~? 私、犬やネコの美醜だったらわかりますよ?」
「しつこい。それより、息がどうとかいってたな」
「はい。人間は寒いところでは息が白くなるそうですよ」
 優しそうなお姉さんだったのに、悪いことをしてしまった。
 今回は正当防衛みたいな形になったから、まだ罪悪感は少ないけど。
 いずれ、積極的に殺しにいかなきゃいけないのかな……。
 お姉さんたちを埋めた場所にこっそり祈りをささげると、
「おまえは鶏や豚を食うたびにいちいち罪悪感を覚えるのか?」
 そうクーさまに呆れられた。
「元人間の乙女心は複雑なんですよ……って白!」
 ふり返ると、クーさまの頭部が白い煙でおおわれていた。
「タバコ……じゃないですよね。どしたんですかそれ」
「人の吐く息が白くなるのは、おそらく温度差と水蒸気によるものだ。だから体内に100度くらいの熱湯を入れてみた」
 クーさまはモクモク姿で仁王立ちしている。
「人の体温がどれくらいかはわかりませんけど、血が熱湯だったらヤケドしちゃうんじゃないですか? それに、なんかさっきの人たちと比べて明らかに白すぎますよ」
「じゃあ50度くらいか?」
 煙の量が減り、ちょうどいい感じになった。
「いい感じだと思います。人の体温はきっと50度ですよ」
「そうか。じゃあおまえの体液も50度にしておこう。ただし、切っても50度の湯しかでないから気づかれるなよ。血はでない」
「あと、ケガしたときに痛がるふりもした方がいいと思います。平然としすぎですよ」
 そういうと、クーさまは少し考えるそぶりをした。
「痛い。ああ痛い痛い。死んでしまいそうだ!」
 たぶん「左肩をケガした演技」なんだろうけど。
 左肩をてきとーにさすさすなでて、無表情でさけぶ姿はどこからどうみても「当たり屋の下手な芝居」である。
 すんごい棒読みだし。
「クーさま、人間のふり下手すぎ」
 地味にプライドが傷ついたらしく、それからは痛がる演技をしなくなってしまった。