20話 パッシブスキル「死亡キャンセル」
「にゃーん」
大神官メルズークは幸運の神に愛されている。
5歳のときに毒を盛られた。でも、神聖力にめざめて自分で解毒した。
暗殺者に追いかけまわされたのは、9歳のとき。たまたま父上が会いにきてくれて、たすかった。
12歳ごろ、すまきにされて川にしずめられた。川底にいたモンスターが浮上するときにひっかかって、岸へもどれた。
そんなことが何度も続いて。
ギスギスした王位争いに嫌気がさして、国をでた。
あいかわらずたまに命の危機はあるものの。必ずなにかがおきてたすかる。
そういう星の下に生まれたのだと、理解した。
そんなメルズークは怒っていた。
せっかく定住できそうな国をみつけて、いろいろがんばっていたのに。呪いなんかかけやがって。
怒りのせいか、ネコと鳥の相性か?
あっさりとカラスの悪魔をたおして、彼は油断していた。
「女王は無事かな……」
邪悪な気配のただよう神が城へむかった。いそがなければ。
1歩ふみだしたときだった。
死んだと思っていたカラスが、メルズークの背中から腹に穴をあけた。
完璧に五体バラバラにしてやったのに。どこにこんな力が残っていた?
口から血を流しながら、白ネコは考える。
答えは腹の穴から飛びだしてきた。
ただのカラスが5羽。
この悪魔はカラスの集合体でできていたのだ。どうりで、全身をバラバラにしても死なないわけだ。カラスの大群にまぎれた1匹の悪魔を探そうとしていたが、すべて悪魔だったのだ。
神聖力で治癒……しようとしたができない。祝福をあたえすぎて、もう力が残っていない。
あー、やんなっちゃう。くそったれ。ほんとに食べてやれば良かった。
メルズークの体がかたむき、落ちていく。
死を覚悟したとき、空からまばゆい光がふってきた。
流星よりも速い大きな光。まるで月が落ちてきたような、巨大な光。
町を、城を、空を、海を。
圧倒的な清浄の力が大地すべてをつつみこんだ。
「ギャアッ!」
王都をおおいかくしていた大群のカラスたちを、次々と光がつらぬいていく。
悪魔は1匹残らずチリとなって消えた。
やがて、王都の空が青さをとりもどし、光も消える。
メルズークはいま見たものが信じられなかった。
あの光は神……? ただでさえ魔神がいるのに、そこに神が降臨しただって? 城でなにがおこってるんだ? 今日が世界の終末か?
「う……」
「あれ? どうしてあたしこんなところで!?」
呪いで眠りについていた人々が目を覚ました。
「なんだか、すごくイヤな夢をみていたような……」
「俺も。夢の中でバケモノに全身を食われていたような……」
「アーッ! 思いださせるなよ、せっかくいま忘れそうだったのに!」
「おなか、すいた」
王都の人々はどんどんしゃべりだす。
道ばたにたおれたまま、メルズークは眉根をよせた。
「うるさいなあ。ボク死にそうなんだから、静かにして……ってアレ? いたくない」
ひょっこり体をおこしてみると、腹にあいた大穴がふさがっていた。
信じられないほどの神気をあびて、傷が癒えたらしい。
まわりにいる人々もそうだ。カラスについばまれて、あちこちケガをしていたはずなのに。すっかり傷が治っている。あれほどの力なら、もともとあった病気さえ消えているかもしれない。
まさに神の奇跡。
思いがけない幸運にめぐまれて、メルズークは眉を下げて笑った。
「アハッ、君、そんなにボクのこと好きなの?」
◆
「ギクアルがやられた」
城下町の方をみて、クーさまがつぶやく。
「えっ、助けに行ってあげなくて大丈夫なの?」
「跡形もなく消滅したからもうムリだな」
「私みたいに復活させたら?」
「跡形もなく消滅したからもうムリだな」
「……」
ちょっと感じ悪いおじいちゃんだったけど、かわいそう。嫌いじゃなかったよ。あなたのカラス姿はとてもかわいかった。
「それより、人間たちがめざめ始めた。ここにもだれかくる」
クーさまがチラリと少年騎士に目をやる。
食えといわれて杖をかまえたものの、私より強そうで。まだなんにもしていなかった。
「……」
彼は警戒しながらじりじりとこちらに距離をつめている。
「あっ、じゃあ、もう用ないし逃げよ! 食べるのはまたこん」
目がおかしくなったかと思った。
視界すべてに砂嵐みたいなノイズが走って。
パチパチとまばたきしたら、そこはもうしらない場所だった。
「なにこの白いの?」
足元の地面はまっしろ。
ここはどこかの草原みたいだけど、みわたすかぎり草木もまっしろ。遠くの山まで白かった。
空かは白い粉みたいなものが雨みたいに激しくふっている。
ゾンビになってから暑い寒いがわかりにくいんだけど。それでもなんとなく寒い気がする。
「雪。寒い北国ではよく雪がふる」
となりにいたクーさまが答えた
北国っていった?
「あの……どこここ?」
「シアーナ共和国だ。魔力も増えたし、テレポートした」
しあ……なんて?
とりあえずグリアス王国からは脱出できたみたい。
「よくも呪いなんてかけてくれたな!」って魔女狩りされずにすんで、よかった。
「この国ではなにするの?」
たしか、クーさまって自分の体をとりもどしたいんだよね。ついでに復讐もするとかどうとか。
ここに体があるのかな?
「あの……僕もいるんだけど」
遠慮がちに声をかけられてふり返ると、きらめく刃。
少年騎士が申し訳なさそうに剣をつきつけていた。
「なんでいるの!?」
完全に油断してたからビックリした。
なにかのまちがいかと思ったけど、クーさまがほほえむ。
ごちそうを食べたあとでキゲンいいみたい。やたらニコニコしてる。整った顔面が笑顔だと攻撃力すごくて、うっかりときめきそうになる。
「おまえのエサとして連れてきたに決まってるだろ。何日かけてもいいから、ちゃんと殺して食えよ。そいつはけっこう美味そうだ。負けたら何度でも復活させてやるからな」
でも、いってること鬼畜でつい真顔になった。
◆
女王リリアンはなにもない、まっしろな空間にいた。
そこには大きな白いヘビがいて、こちらをのぞきこんでいる。
金色の目をした、美しいヘビだ。光かがやいていて、きよらかな気品にあふれている。
これは神にちがいない。
ごくりと息を飲むと、ヘビは話しかけてきた。
「リリアン……あなたは不義の子。本来ならば殺しますが、わたしは、わたしにささげられた乙女を大切にする主義です。あなたに選ばせてあげましょう」
「不義!? そんなバカな……私の両親はそんな人では」
「親ではありません。遠い祖先がエーテルピア神とまじわったのです。あなたにはごくわずかに、神の血が流れています」
「そんな……!」
リリアンは身じろぎしようとした。
けれども体はまったく動かない。
彼女に許されているのは、そのまま話を聞くことだけだった。
貴婦人のような声で、ヘビはささやく。
「この国はゆがんでいます。王侯貴族は娯楽のために食べては吐くことをくり返し、貧民は腐ったパンのかけらで飢えをしのいでいる。奴隷制度がはびこり、女性をさげすむ風潮が根深い……あなたはそれを解決したいのでしょう?」
正体もしらないヘビの言葉に、リリアンは恐れおののく。
頭の中をのぞかれたような気がしたからだ。
「そのとおりです。私はこの国をもっと……選ばれた者だけではなくて、だれにでも優しい国にしたい」
「ならばわたしのしもべとなりなさい」
白いヘビは長い舌をゆらし、金色の瞳を優しげに細める。
「わたしは女神ラエリア。あなたはなにも考えなくていい。すべてわたしの神託にしたがい行動するのです」
◆
かつて、女王リリアンはあまり人望がなかった。
優秀な女騎士になれる器量はあったのだが、君主としてはカリスマに欠けていた。
ところが。
王都をおそったカラス事件をきっかけに、次々と人々を魅了していくようになる。
神の血をひく聖女リリアン。
彼女がそんな二つ名でよばれるようになるのは、もう少しあとの話。
……ちなみに、彼女の恋人ジンジャーは気絶しただけで生きていた。
残り3人の護衛騎士に関しては、「気にするな」と神託がくだった。
生と死をつかさどる女神ならば、彼らを生き返らせることはたやすい。だけど、その価値はないという。
レーザーは隣国のスパイで、リリアンを殺す機会をうかがっていた。
ゴードンはひどく女性を見下していて、あの性根はもう治らない。
バルガスはリリアンをレイプしようとねらっていた。
リリアンには、ジンジャーだけいればいい。心変わりや浮気はぜったいに許さないと女神はいう。もともと彼のことを愛していたので、特に問題はなかった。
以前と様子が変わったリリアンをみて、とまどう者もいた。
大神官メルズークだ。
彼は以前のリリアンの方が良いという。
「神さまのいうことは正しいかもしれない。でもさ、ボクは人にしかわからないこともあると思うんだ。前の君は人として、人間のことを考えてたよ。そんな上から目線じゃなくってね」
しかし、彼女にはとてもそうは思えない。
「あなたが神を否定するの? 大神官のくせに」
神託にしたがうようになってから、すべてがうまくいっている。大勢の人がリリアンを聖女と呼び、したってくれる。たくさん、たくさん、味方が増えた。敵だらけで毎日バカにされていた以前とは、大ちがい。
たった1人に嫌われたところで、なんだというのか。
リリアンは彼を遠ざけた。
私には、ジンジャーと女神さまだけいればいい。