21話 VS新米騎士
私の首に剣をつきつけたまま、騎士はクーさまに告げた。
「さっきの場所にもどれ」
魔神は笑う。
「状況がよくわかってないようだな。そいつは人じゃない。殺したければ殺すがいい」
すぐ復活させてもらえるだろうし、いたみもないってわかってるけど。目の前に刃物あるのってけっこう怖い。
ヤダなあ、首きられるのかなあ。
「……」
身がまえていたら、騎士はそっと私からはなれてクーさまに斬りかかった。
速い速い、見えないって。
いくつもの斬撃をかわして、魔神は指先を軽くゆらした。
馬車にひかれたみたいに騎士がふっとぶ。
すぐ受け身をとってもどってきたけど、もうクーさまに近づけなくなっていた。
なにこれ? 外がすけて見えるけど、半透明の壁があって進めない。大きな大きな箱みたい。騎士がげしげし壁をけるけど、ヒビ1つ入らない。
私とお兄さんは、謎の空間に閉じこめられた。
「クーさま?」
「ここで見ててやるから、がんばれ」
彼はそういって木をなぎたおし、イス代わりに腰かけた。
ちゃんと食べないとここからだしてくれないってこと!?
「うらみはないけど、ごめんねお兄さん」
雷竜の杖をかまえると、騎士がふり返った。
黒髪に白ずくめの僧侶服をきたクーさまは、雪ですごく見えにくい。
……いま考えると、神に仕える人の服装で神さまを食べたのかこの人。なんて罰あたりな。
でもお兄さんはダークネイビーに金の刺繍が入った軍服姿。ズボンも黒いから、ここではよくめだつ。黒のロングブーツはあったかそうに見えるけど、そうでもないみたい。
ついさっきまであったかい国にいたから、ぜんぶ夏むけのうすい生地なのだ。
顔色が悪いのはそのせいかな? なんだか寒そう。くちびるが青くなってる。
死ぬまえもあんまり寒い思いってしたことないんだけど。雪国の寒さってどんな感じなんだろ? 深い海の底より冷たいの?
「……」
このお兄さん、無口?
いや、こんな状況でぺらぺらおしゃべりなんかしないか。
寒いのか怖いのか、ちょっとふるえてる。
なのに目はそらさない。
大きな緑の瞳はまっすぐにこちらをみすえている。
ふわふわとゆれる肩上の金髪。中性的な顔だちに細身の体つき。16か17くらいかな。
……あれ? このお兄さん、よくみるとかっこよくない?
クーさまの外見が華やかすぎて気づかなかったけど、じゅうぶん美少年では?
美少年と見つめあってることに気づいて、ドキッとしてしまった。
恋愛経験のない田舎娘がカッコイイ男の子と目があったら、もうそれだけで好きになっちゃうわけで……。いやクーさまもすごい美形だけど、中身人じゃないから。まともな美少年ってだけで、なんかキュンとくる。
ダメダメなに考えてるの。
情がわくまえに……いや、好きになっちゃうまえに殺すのだ!
少年めがけて雷竜の杖を全力でふった。
バシュッと電撃が走る。
彼は大きく横へとんでよけた。さっきまでいた場所の雪がとけて、地面がみえた。
とりあえず感電させちゃえ。
ブンブンブンブンとめちゃくちゃに杖をふりまわす。あちこちに電撃を飛ばしまくったのに、騎士は素早くよけていく。
「よけるなー!」
ただの人間なのに、魔物化した私より速くない? 騎士ってみんなこうなの?
もういっそ、私が杖もってぐるぐるまわっちゃえ。これなら全方位に電撃とぶし、よけられないでしょ!
「へぶっ」
顔になんかぶつかってきた。
布?
バランスをくずしてたおれると、
「あのさ……君、人を殺したことないだろ?」
頭上から声をかけられた。
私がずっこけたわずかな時間に、すぐそばまで来ていたらしい。
布をとると、彼は隣に片ひざをついてこちらを見下ろしていた。どことなくあきれているようにも見える。
「えっと……あったような? いや、ある! あるよ!」
ちょっとビミョーだけど。私のせいで人を死なせてしまったことはある。
殺すつもりで殺したことはまだないけど……。
ほんとかよって顔で少年はいう。
「女王陛下や護衛たちは、君に殺されるほど弱くない。殺したのは、あの男だろ?」
あ、この布。彼の上着だ。寒そうなのに上着をぬいで私に投げつけたの? よけいに寒そうになってるよ。その腰にさげてる剣を投げれば勝てたのに。
「そうだけど、女王陛下は生きてるよ。女神さまが治してくれたみたい」
「陛下が!? 本当に!?」
「うん、寝てるだけ」
上着を地面において、そろそろーっと杖に手をのばしたら、杖とられた。
騎士はすっと立ち上がった。体を軽くななめにむけて、杖を背後にかくしてしまう。
クーさまほどじゃないけど、まあまあ身長差あるから。立ってるだけでちょっと怖い。
「ごめんね。ちょっと話したくて」
なんかこの人強くない? 私が弱いだけ? 勝てそうにないよ!
クーさまをみると、「行け! 殺せ!」とばかりに少年を指さす。怖いハンドサインばっかりしてくるよ、この魔神……。
なぐったり、けったりすればいいの? 気がひけるなぁ。でも杖はとり返せそうにないし。とりあえず足とかけってみた。スカッと空ぶり。
「君たちはどうして城をおそったんだ?」
なにもなかったかのように騎士が聞く。ダメだこりゃ。なぐってもよけられるよ、ぜったい。
「話すとすごーく長くなるよ」
「教えて」
勝てそうにないし、なんか殺す気が失せてしまった。
私はいままでのことをざっくり話した。
村がモンスターにおそわれて、死んで。魔神と契約してゲボクになって。モンスターとして旅をしている。これからも魔神の封印をとくため、各地をおそうつもりだと。
あと、グリアス王国をカラスの悪魔におそわせたこと。クーさまが女神を召喚して、神さまを食べちゃったこととかも。
「とても信じられない話だけど……そうじゃないとこの状況の説明がつかないから、信じるよ。君、さっきから目光ってるし」
「えっ」
いつのまにか、空には半分の月。
ずっと雪がふってるからわかりにくいけど、もう夜になっていた。
いつの日かみた、海にうつったブキミな自分の顔を思いだす。目の色が赤くなる、とかじゃなくてビカッって光ってるんだよね。怖いよこの目。
とっさに騎士から距離をとる。
見えにくい壁のギリギリまではなれたけど、彼は不思議そうにしていた。
「どうかした?」
「どうかしたって……モンスターの私とまだ会話をつづけるつもり?」
人とそっくりだから優しかっただけ。
目が光ってハッキリ魔物とわかれば、もう優しくしてくれない。みんなそうだった。
ましてや、私はさんざん攻撃してる。反撃されたって文句いえない。
「まだ少し聞きたいことがあるから」
近づいてくる。怖くてとっさに大声をだしてしまった。
「こないで! 話ならそこでして」
「なんでおびえてるの? なにもしないよ。君が攻撃しなければね」
騎士は杖を地面において、両手を軽くあげてみせた。
「君って元は人間なんだろ? 歳は? 名前はなんていうの?」
「……名前はゲボク。13歳」
「やっぱり、まだ子どもじゃないか」
自分だってたいして変わらない歳のくせに、少年がつぶやく。
「君は魔神にだまされてるんだよ。むやみに人を殺したり、食べたりしてはいけない」
雪ってふむと不思議な音がするんだ。
ザクザクと雪をふんで、彼が近づいてくる。
私の5歩くらい手前で止まって、彼は軽くかがんだ。
「ゲボクは名前じゃないよ。しもべ、家来、部下、子分、奴隷……そんな意味だ。君の本当の名前はなんていうの?」
優しくほほえんでくれたのに。どうしてか、わけもわからず腹が立った。
「ゲボクは、ゲボクだよ。他の名前なんてない」
元はあったけど、あれは人間だったころの名前だ。もう私じゃない。いまの私があの名前を使うとお父さんが悲しむ。
「……そう、じゃあゲボクちゃん。僕はルファス。グリアス王国の新米騎士だよ。送ってあげるから、家に帰るんだ。これでもいちおう騎士だから、僕から事情を話せば、きっとお父さんやお母さんもわかって」
「わかってない!」
聞きたくなくて、さけんでしまった。
「ルファスはなんにもわかってない。なにも知らないくせに、いいかげんなこといわないで!」
新米騎士さまはこまったように眉を下げる。
「目が光るのを気にしてるの? ちょっとまぶしいだけじゃないか。そんなに人と変わらないよ」
ずっと、だれかにいって欲しかったことをいわれた。
こんな優しい人がいるなら、もっと早く出会いたかった。
いまさらおそいよ。おそすぎたんだよ。
「これでも?」
彼にとびかかり、左腕にかみついてやった。
もう人にはもどれないし、家にも帰れない。
私は魔物として生きていく。