22話 私を人形にしてください

 武器をすてろ、といわれて杖を地面に置き。
 ロープでぐるぐる巻きに拘束されたあと。
「ギャアアアアア!」
 エドラの杖をひろい上げようとした兵士たちが次々に感電し、床にたおれていく。
「こいつ、抵抗するな!」
 兵士の仲間に殴られた。
 私の魔法のせいで杖にさわれないと思っているらしい。
「大人しくしてろ」
 クーさまが命じると、エドラの目がぱちりと閉じた。
 杖をおおっていた電流が消える。
「これで杖にさわれるはずだ。こいつはその辺でさらってきた、ただの子ども。魔法使いのふりをさせてオトリにしていただけで、本物の魔法使いは俺だ」
 彼の言葉に兵士たちがざわつく。
「聞いたことがある。外国には男の魔法使いが大勢いると」
「ああ、俺は見たことがあるぞ」
「杖がさわれるようになった」
「魔法使いは男の方だ」
 やっぱり、この国では魔法使いは女しかいないんだ。
 クーさまは抵抗せず静かにしている。
 もしかして、かばってくれたのかな……?
 めちゃくちゃ足を引っぱった後なのに?
 どうして、と考えている間に、とっても広い部屋へ連れて行かれた。
 大きくて豪華なイスが1つ。
 そのそばに、まあまあ豪華なイスがいくつか。
 床には赤いじゅうたんが敷かれていて、高い天井にはキラキラ光るシャンデリアがたくさん。
 左右の壁際には、魔法使いと兵士が交互に並んでいた。
 その中央にひざをつかされ、兵士が告げる。
「侵入者は領主さまが直々に尋問することになっている。領主さまがいらっしゃるまで、ここで待て」
 それきり、だれもしゃべらなくなった。
 周囲にたくさんの人たちがいて、こちらをギロリとにらんだままじっとしている。
 えらい人に会ったあと殺されるのかな……。
 考えたら、背筋が寒くなった。
 隣をチラリとみると、同じ状態のクーさまと目が合う。
 当たり前だけど、すごく不機嫌そう。
「ごめんなさい」
 小声で謝ったけれど返事はない。
 主の怒りは爆発寸前だ。
「やっぱり私にはできません。もう人形にしてください」
 それがムリなら殺して欲しい。
 すでに死んでるっていうなら、消滅させて欲しい。
 優柔不断で卑怯者の私は、クーさまと人のどちらかだけなんてとても選べない。
 これ以上悩んで迷惑をかけたくない。
「嫌だ」
 そうかわかった、って言われるとばかり思っていたから、聞きまちがいかと思った。
「嫌って、クーさまがいったんじゃないですか。できないなら操り人形にしてやるって」
「おまえがしゃべらなくなったらつまらないじゃないか」
 これ以上、足を引っぱるよりはマシでしょう?
 いおうとしたら、兵士に怒られた。
「ごちゃごちゃしゃべるな! 領主さまのおでましだ」
 領主さまとやらは、イスの横からあらわれた。
 あの辺に通路があったらしい。
「いつか来ると思ってましたよ、クーロアタロトスさま」
 あらわれたのは、60過ぎの男だった。
 外国から来た人なのかもしれない。
 この国の男性はみんなシンプルな顔の造形だけど、この人は鼻が妙に大きくてとんがっている。
 それに、ちっとも筋肉質じゃない。
 細身で骨っぽくて、皮膚の色も少しちがう。
 丸くはげた頭のはしに白い髪が少し残っていて、落ちくぼんだ瞳は青く光っている。
「だれだおまえ」
 クーさまが問うと、男の全身が内側からバリバリと裂けた。
 まるで花が開くように。
 頭がわれ、顔が裂け、胴体の内側が露出していく。
 気持ち悪くてちょっと目をそらしてしまった。
「お忘れですか。スカルコーンです」
 男の声がして視線をもどすと、彼はすっかりモンスターへ姿を変えていた。
 長い触手がたくさん集まった、イソギンチャクみたいな頭。
 ナメクジのようにつるりぬるりとした青い体。
 魚のヒレのような手足が小さくついていて、足はない。
 体の中身が透けていて、人の頭蓋骨みたいなものがお腹に入っているのがみえる。
 彼は鬼火みたいにあわく発光しながら、水中を泳ぐように宙に浮いていた。
「ああ、そういえばいたな、こんなやつ」
 クーさまがつぶやく。
「これが領主さま……? モンスターじゃないですか。シアーナ共和国はモンスターにのっとられたんですか?」
 近くにいる兵士たちに問いかけると、彼らはほとんど動揺せずに答えた。
「だまれ。領主さまは我が国の守り神、”雪の王”の配下だ。いわば神の使い。ただのモンスターといっしょにするな!」
 なんと、モンスターだと知っていながら、この領主さまに仕えているらしい。
「雪の王の配下ねぇ……同じ氷属性で相性がいいからって裏切ったのか、スカルコーン」
 面白がるようにクーさまがいう。
「主が封印されてしまったから、しかたなく次の主を探したのですよ」
 青い軟体生物はすいと宙を泳いで、彼の頭上にせまった。
「そうか。じゃあ帰ってこいよ俺のところに」
「ご冗談を」
 スカルコーンはケタケタと笑う。お腹のガイコツの口が動いていた。
「以前のあなたならいざ知らず。……力を失い、落ちぶれたいまのおまえに興味はない。私の養分にしてくれるわ!」
 千をこえる触手がぶわっとのびて広がり、クーさまの身体を次々とつらぬいていく。
 同時に魔力を吸収しているらしい。
 つらぬかれた場所は黒くそまって凍りつき、砕けていく。
 全身こなごなになっていくクーさまはなにを思ったか、自分を縛っていたロープを引きちぎって私をどんと突き飛ばした。
「エドラを呼んで逃げろ」
 自分が死ぬことへのあせりはないのか、もうあきらめているのか。
 水色の瞳は場違いなくらい落ちつきはらってこちらを見つめる。
「えっ」
 その言葉を理解するより先に、彼の身体がすべて消滅した。
 悲鳴をあげる余裕もない。
 全身を衝撃波になぶられて、気がつけば私はどこかの空中にほうりだされていた。
 白い。
 白い。
 白い。
 上も下も右も左もまっしろで、どこが空でどこが地面かもわからないまま、落ちていく。
 ぼすんと雪の中に落ちると、すぐになにかが背中にぶつかった。
 クーさまが異空間にしまっていた、私の荷物一式だ。
 きょろきょろと辺りを探すけれど、まわりは雪ばっかり。
 さっきまでいたお城からとても遠くにテレポートされたらしく、城門の影すら見えない。
「クーさま」
 彼はいない。
 そりゃそうだ。スカルコーンに全身を氷漬けにされて、穴だらけになって、粉々にくだけちってしまったんだから。
 死んだ……の?
 頭の中にさえ声は聞こえてこない。
「よかったね」
 良い子の私がささやく。
 これで世界は平和になった。たくさんの人がクーさまに殺される未来はふせがれた。
 めでたし、めでたし。
 私も晴れて自由の身だし、故郷へ帰ろう。
「いいわけないでしょ!」
 思わずさけんでしまった。
 独りごとをいう危ない人になってしまったけど、まあだれもいないしいいや。
 なんで私を逃がしたりしたの、クーさま。
 私がやるって言っておいて、敵の本拠地にのりこんだら怖気づいて、邪魔して。やっぱりできない、なんて言う足手まといを。
 どうしてもっと厳しく怒らないの?
 さっさと操り人形にした方がぜったい良かったのに。
 こんな足手まとい、城に置きざりにすればよかったんだよ。
 そうすればクーさま1人で逃げられたかもしれないのに、なんで私だけ逃がしたりするの?
 そりゃ、封印をといた私には感謝してるとか、封印されてる間ヒマだったから話し相手が欲しいとは言ってたけど、どう考えてもわりに合ってないよ。
 優しい良い人が自分のせいで殺されてしまったみたいで、ひどい罪悪感が襲ってくる。
 自己嫌悪で死んでしまいたい気分だ。
 そう、死んで……。
 死?
 そういえば、以前心臓をつらぬかれたとき、クーさまはぴんぴんしていた。
 「なかなか死なないからわざわざ封印されている」のだとも言っていたっけ。
 じゃあ、今回もまだ生きてるかも?
 魔力を回復したらあっさり復活したり……それはないか。
 目の前で粉々にされたんだし。
 それなら、残りの封印をといたらどうだろう?
 たしか頭、両手、両足、胴体がまだ封印されているはずだ。
 私がその封印をとけば、もしかしたら……。
 なに考えてるの? バカじゃないの?
 できるわけないじゃん、そんなこと!
「エドラ」
 頭とは裏腹に口が動く。
「エドラ、おいで」
 あたりは白い雪だけが静かにふっていて、なにもおこらない。
 涙がでてきた。
「エドラ、力をかしてよ! 私一人じゃなんにもできないの!」
 お願い、と言うと同時に、足の横にズドンとなにかが突き刺さった。
 私のふくらはぎを串刺しにしそうな勢いで、エドラの杖が空からふってきたのである。
 杖の先端にとりつけられた緑の瞳はこれ以上ないくらい見開かれていて、わずかに電気をおびている。
「……ほんとにきた」
 名前を呼んだだけで、自分であの城を脱出してここまで飛んできたっていうの?
 この杖は竜の死体の一部でしかないのに、まるで竜の魂が宿っているみたいだ。
 そっと柄の部分をなでると、エドラのまぶたが半分閉じて半眼になる。
 この杖は、クーさまの命令には忠実なくせに、私のことはナメているからあんまりいうことを聞いてくれないのだ。
「力をかして。クーさまをよみがえらせたいの」
 私は改めてエドラに頼んだ。
 クーさまがやられた敵に私なんかが勝てるはずない。
 わかってるけど、やるしかない。
 それに、彼を復活させるってことはたくさん人が死ぬということだ。
 それでもいいの?
 答えはでてない。
 でも、こんな終わりは嫌だってことだけはハッキリしてる。
 エドラはゆっくりとまばたきをした。
「……それってイエス? ノー? どっち?」
 聞いても答えはない。
 ただの杖なんだから当たり前だ。
「ありがとう」
 わかんないけど、イエスってことにしておこう。
 私はエドラの杖をもち、荷物を持って歩き始めた。