23話 ハヤブサ騎士団

 魔神の分身が砕け散ったあと。
 なにもない空中の一部に異次元の穴が開き、魔神の心臓があらわれた。
 身体から切り離されているにも関わらず、どくんどくんと元気に脈打っている。
 人とは比べようもないほど巨大なそれは、ゆっくりと輝きながら落ちてくる。
 スカルコーンは触手のすべてでそれを受け止めると、嬉しそうに「きゅるるる」とのどを鳴らした。
「これさえあれば、私も魔神に……」
 魔神がさっき逃がしたゲボクのことなど、どうでも良いらしい。
 いまにも喰らいつきそうな気配を察知して、周囲にいた魔法使いが声を上げる。
「お待ちください! それは元首さまに報告し、ささげるべきなのでは!?」
 その隣にいた別の魔法使いと兵士が「バカ」とでもいいたげに顔をしかめる。
 スカルコーンは腹にあるドクロの瞳で彼女にチラリを目を向けると、
「知ったことか」
 ガブリと心臓にかじりついた。

◆

 ごうごうとふり続ける雪の中、歩くこと30分。
 まだ1キロも進めていないのに、早くもくじけそうになる。
 歩きにくい……。
 1歩進むたびに太ももまで雪にうまってしまうので、ほとんど前へ進めないのだ。
 こんなんじゃ、お城に行くだけで1年かかっちゃうよ!
 もっと速く移動する方法はないのかな?
 雪の上にごろんと寝転がってみた。
 そのままゴロゴロと進んでいく。
 ……しずまないし、こっちの方が早いかも。かなりカッコ悪いけど。
 あ、ダメだ。身体に雪がくっついて固まってきてる。
 立ち上がってバサバサと雪を落としながら、ため息をつく。
 雪国の人たちはどうやって移動してるんだろ?
 みんな背が高くて足が長かったから、これくらいの雪は平気なのかな?
 考えていたら、手にもったままのエドラが目についた。
 そういえば、エドラはここまでどうやってきた?
 飛んできた。
 それなら……。
「エドラ、私をのせて飛べる?」
 聞いてみたら、杖がふわりと浮いた。
 やっぱり、できるんだ!
 おそるおそる、浮いているエドラの上にまたがる。
 ブォンッと急上昇して、落とされてしまった。
 もっとしっかりつかまって、バランスをとらないと。
「エドラ、もう一度」
 もどってきてくれたエドラの上に、今度は横向きにすわってみた。
 両手でしっかり柄をにぎると、エドラがゆっくりと上昇していく。
 風圧でくるんと回転しそうになったけど、なんとかふんばった。
「すごい」
 どれくらい高く上ったんだろう。
 さっきまで白い雪しか見えなかったのに、視界の隅に小さく森や海が見えた。謎の建物や、さっきのお城もある。
「あのお城まで……」
 飛んで、と言いかけたとき。
 城の方から邪悪なオーラが爆発したように放たれた。
 あまりのおぞましさにエドラから落ちそうになる。
 震えと鳥肌に襲われていたら、すぐに空が黒くそまった。
 城と森、そのあたりの雪からモンスターが次々に飛び出してきたのである。
 ある者は雪を駆け、ある者は大群で空を飛んで城からいっせいに離れようとする。
 大小さまざまなモンスターたちはこちらにも向かってきている。
 このままじゃ、空の上でモンスターにひかれる? ていうかふっ飛ばされて全身バラバラになりそう。
 いくら不死身でも、クーさまがいないと私は復活できない。
 そうなったら終わりだ!
 かといって、地面は地面で別のモンスターの群れがいるし、逃げ場がない。
「エドラ、逃げて!」
 とりあえず同じ方向へ逃げれば少しはマシかも?
 さけぶと、エドラが急発進した。
 両手でしっかりつかまっていなかったら、振り落とされていただろう。
 速い。
 空を飛ぶ鳥が止まって見えるくらいだ。
 束ねているのに、髪がばんばんゆれて背中にぶつかる。
 これなら逃げ切れる?
 ダメだ。もっと早いモンスターがいて追いつかれそう。
 それに、このままじゃどんどん城から遠ざかってしまう。
 なら、電撃でたおす?
 エドラは1度使うと5分くらい使えなくなる。
 このモンスターの大群を全滅なんて、とても……。
 どうしようどうしようとあせっていたら、このまえのクーさまが脳裏に浮かんだ。
 彼はエドラを使って周囲を吹き飛ばし、大地に大穴を開けてみせた。
 あれをやるしかない。
 連続攻撃できないのなら、1度の大技に賭けよう。
「エドラ、全速力であの丘の上におりて!」
 チッ、うるせーな。
 そんな意思が伝わってくるような眼力で、竜の瞳がこちらをにらむ。
「お願いしますエドラさま!」
 雷竜の死体から作られたドラゴンスタッフはさらに加速し、私のおしりは杖からずり落ちた。
 悲鳴をあげながら、なんとか両手でしがみつき続けること、10秒。
 ずざざざざざと地面にスライディングして丘の上へついた。
 エドラ、いまわざと地面に私をすりつけなかった?
 なんて考えているヒマはない。
 私のすぐ横を、パニックになったモンスターが横切って行った。
 その後には、視界をうめつくすほどの大群が近づいてきている。
 私は体勢を立て直すと、エドラをつかんでぐるぐる回った。
 10回チャージくらいじゃきっと足りない。
 モンスターたちにぶつかるギリギリの限界までチャージし続けて、できるだけたくさん消滅させる。
 エドラは回転チャージのたびにどんどん強い光を放ち始め、緑が金色、金色が赤色へと変化し、ついには黒くそまり始めた。
 キュインキュインという音だったはずなのに、いつのまにか亡者のうめき声のような、竜のおたけびみたいな音へと変貌している。
 モンスターの大群とぶつかるまで、あと25メートル。
 まだだ。
 あと10メートル。
 もうちょっと。
 あと3メートル。
 いま!
 どす黒い光であふれる杖をふったとき、とっさに後悔した。
 タイミングちょっと遅すぎたって。
 数えきれないほどエネルギーチャージした杖は、信じられないほど重くなっていたのだ。
 人の上半身がついたナマコみたいなモンスターに噛みつかれそうになったのと、私が杖を振り下ろしたのはほぼ同時。
 世界が黒くそまって、まっ白に光って。
 熱い風が強く吹いていた。
 あとなんだっけ。
 いつのまにか暗くなっていた空に、キレイな星がいくつもキラキラばちばちーって光ってて。
 気がついたら、ぜんぶなくなっていた。
 目の前にいた大群のモンスターたちはほとんどいなくなっていて、地平線のむこうの空にちょっとだけ飛んでいるのがいた。
 いま立っている場所以外の地面は深くえぐれていて、ガケみたいになっている。
 あんなに大量にあった雪はすべて溶けて蒸発してしまったみたいで、カラっと乾いた岩肌ばかりが広がっている。
 私……助かったの?
 足に力が入らなくて、しばらく地面にしゃがみこんでぼーっとしていた。
 雪がやんだ空は透き通っていて、月がよく見える。
 なんか、疲れちゃった。
 眠いし、おなかも空いたし……家に帰りたいなぁ。
 今日の晩ごはんなんだろ~?
 うとうとしていたら、おいしそうな匂いがただよってきた。
「おーい! おーい!」
 あれは人間かな?
 モコモコの防寒着と軽装のヨロイをつけていて、私が作ったクレーターの向こうから必死に手をふっている。
 1人だけじゃなくて、10人くらいいるみたい。
 何人かたおれてるみたいだし、助けて欲しいのかな?
 おなか空いたし、食べちゃおうか……ってなにいってんの私!
 人間は食べ物じゃないでしょうが!
 荷物の中からジュースをとりだして魔力を回復すると、アブナイ食欲はようやく落ちついた。
 エドラを使うと私の魔力も減るのかな?
 それとも、走ったりいろいろしたからエネルギーを消費しただけ?
 よくわからないけど、彼らに近づいてみよう。
 フードで顔をかくし、エドラにのってクレーターの上空をわたると、わらわらと人がよってきた。
 ケガ人以外が整列し、リーダーみたいな人が話しかけてくる。
「君すっごいねー! 僕らなんてもーすぐで全滅しちゃうとこだったよ! あははははー!」
 いきなりのハイテンションにちょっとびっくりした。
 ていうか、この人若い。
 私より年上だけど、ふつうリーダーってもっと大人がやるものじゃないの?
 周りにいる兵隊さんたちの方が年上だ。
 この少年はどうみても10代半ば。
 多くみつもっても10代後半くらいだろう。
 本当に彼がリーダー?
 チラチラ周りを観察してみたけど、やっぱりそうみたい。
 お貴族さまってやつ? それとも騎士なのかな?
 この少年が1番高そうな装備を身につけている。
 短い灰色の髪に、明るい緑の瞳。
 小柄だし、あどけなさの残るかわいい顔立ちだけど、姿勢や仕草がキレイで、どことなく品がある。
 上質な黒い装束の上に、モコモコの白い毛皮を着こんでいる。
 腰には見たことのない、細長い剣をさげていた。
 フードごしだから見えないかと思ってたけど、よく見える。
 クーさまがなにか細工してくれていたのかもしれない。
「僕はオズ。ユーグリアス王国に仕えるハヤブサ騎士団の小隊長だよ!」
 少年はにっこり笑って帽子をとり、右手を胸元へあてた。
「私は……ナナシ。ただの旅人です」
 てことにしておこう。
 なにその名前ってつっこまれたらどうしよう。
「ナナシ、君は命の恩人だ! よければ僕らの野営地に来ないか? お礼にご馳走するよ!」
 オズはまったく気にした風もなくそう告げて、帽子を被りなおした。