23話 ゲボク残機100


 シアーナ共和国では魔神の頭を保管している。

「魔神は火属性だから、氷づけにして海へしずめよう」

 封印したばかりのころは、そんな意見が多かった。たしかに、それがもっとも安全で確実だろう。
 しかし、当時のトップはそうしなかった。

 シアーナ共和国は氷の大地。
 作物はほとんど実らず、家畜も絶望的。寒すぎて魚もそんなにとれない。

 広大な領土だけがとりえの、まずしい国。
 ならばどうする?

 よその国へ出稼ぎに行くか、うばうしかない。
 シアーナ共和国はとにかく軍事力を強化した。女子どもでも戦ったほどだ。

「使えるものはなんでも使う。それが魔神の頭でも」

◆

 魔神の頭を使うようになってから、シアーナ共和国は負けしらずの大国となった。
 近くの国へどんどん戦をいどみ、吸収した。おかげで、いまは食にも金にもこまらない。

「侵略戦争なんて最低だ! 野蛮人どもめ!」
「おまえたちはうばうばかりで、自分でなにかを作ろうとしない!」

 おかげで世界の評判は最悪だが、それがどうした? 評判でメシは食えやしない。
 いつしか、シアーナ共和国に逆らえる国はいなくなっていた。
 かつて力を合わせ、ともに魔神を封印した4カ国でさえ。

「魔神の体を使うなんてこのゲス野郎!」

 抗議してくるけれど、本気で止めようとはしない。戦力差がありすぎて止められないのだ。
 シアーナ共和国に勝つなら、4か国がほろびる覚悟が必要だ。

 死にものぐるいでおそいかかり、心中する覚悟。
 そのくらいでないと、もはや勝てない。

 だが、彼らにそんな覚悟はない。
 かつて魔神と戦ったことで、大きな深手を負ったからだ。もう戦なんてしたくない。おとずれた平和を手ばなしたくないと願っている。

 だからシアーナ共和国はいつでも強気だ。

「魔神の体はあと4つもあるのだから、おまえたちも使えばいいのに」

 そう挑発したこともあった。

「あんなものを人に使ってはいけない。この世から消すべきだ」
「魔神の力に頼って政治をおこなうなんて、まちがってる!」
「おまえは悪魔に魂を売りわたした」
「……」

 否定派がめだつが、油断はできない。
 他にも魔神の体を使っている国があると、情報が入っていた。
 この中のだれかは、シアーナ共和国をおびやかす存在。
 だれだ?

「俺はあなたを支持するよ。持っている武器は使うべき」

 警戒していたら、むこうからすりよってきた。

「だから、仲良くしましょう」

 東の島国グパジ―。
 運よく同盟を結ぶことができた。

◆

 ……それから数百年。
 シアーナ共和国で内乱がおこった。
 いったい、どこの国のスパイにそそのかされたのか?

「悪魔の力にたよるな!」
「戦をやめて、平和に生きよう」

 そんな主張をする集団が反乱をおこしたのだ。
 戦争をやめさせるために戦争をするなんて、おかしな連中だ。

 しかもこれが初めてじゃない。
 魔神の頭を使いはじめたころから、ずっと。つぶしてもつぶしても……この手の集団は、どこからともなくわいてくる。

 歴代のトップからそう聞いていたし、学んでいた。
 だから、そんなにおどろくこともなかった。

 どうせ簡単にひねりつぶせる。主戦力部隊をむかわせるまでもない。
 そう思っていたのに。

 いままで、どこにこんなバケモノをかくしていたのか?
 わが軍は、たった1人の少女によって全滅させられた。

◆

「ゲボク、おまえ行ってこい」

 クーさまが自分の頭を指さす。
 もちろん人に化けた方じゃなくて、本体のずがいこつを。

「あ、やっぱり?」

 なんかイヤな予感したんだよね。
 それでも、いいたいことはいわせてもらう。

「アレ、私が勝てると思うの?」

 わからないけど、ずらっと整列した軍隊がとってもたくさんいる。
 この距離だとアリの群れを数えるようなもの。だから正確な数はわからないけど、3000人はいそう。

 だけど、これでも少ないんだろうな。
 あの人たちの敵っぽい方はもっといた。5000人くらいかな。

 それが魔神のファイアブレスでやられて、残り4000人くらい。
 魔法使いっぽい人たちがなんかわちゃわちゃしてるし。あれ、たぶんもう1回やるよね。

 そこに私がわって入って魔神の頭をうばう?

「ムチャぶりすぎない? クーさまがやった方が早いよ。そもそも私が役に立つとは思ってないって、いってなかったっけ?」

 文句をいうと、彼はうすくほほえんだ。

「俺はな、ザコがぶざまに戦ってるのを見るのが好きなんだ」
「悪趣味がすぎる」

「自分が戦うのはそんなに好きじゃない。なぜなら、俺が戦うとあっさり勝ってしまってつまらないから。とても腹がへってるとか、事情があるなら別だが」

 クーさまは幸せそうに自分の腹に手をあてた。
 なんにも入ってなさそうな、ひきしまったウエストしかないけど。

「エーテルピア神を食べたといっただろ? あいつは最高神。あいつが1番強くてえらいんだ。女好きゆえに妻や愛人には無抵抗。だが、純粋な力でエーテルピア神にかなうものはいない」

「へー」

「つまりエーテルピア神を食べた俺は、あいつらくらいなら一瞬で皆殺しにできる。な、つまらないだろ?」
「うわー」

「だから、おまえが1人でやれ。”なんでもする”っていっただろ」
「あー……」

 いったね。いったよたしかに。

「やるよ、やってやるよちくしょー!」

 ヤケクソでさけぶ私に、彼は楽しそうに笑う。

「100回くらい死んでもダメだったら、俺がやってやるよ」

 100回はほっとくつもりなんだ。

◆

 さっそく飛びだしていこうとしたのに。
 クーさまに首ねっこつかまれた。

「そのままだとすぐに100回達成してしまうからな。アドバイスしてやる」

 彼は私をぽいと雪になげすて、雷竜の杖をにぎる。
 緑の光につつまれて、お姉さんがあらわれた。

 20歳くらいかな?
 地面につくほど長い、緑の髪。

 細いけどでるところはでた、女らしい体つき。貴族みたいな服きてる。
 顔つきは気弱そうだけど、目がネコみたい。たれ目なのに、黒目がたて長で細かった。

 クーさまの魂みたいに、うっすらとむこう側がすけている。

「雷竜エドラの魂を人型で呼びだした。本性は竜だが、この方が話しやすいだろ」
「あなたが雷竜? この杖の? エドラって名前なの?」
「……」

 クーさまがすぐ食べちゃったから、あまり印象に残ってない。
 宝石みたいにキラキラしてて、キレイだったことは覚えてる。

 マッチョおじさんと戦ってるとき、ちょっとだけ心が通じ合ったような気もしたけど……。
 もっと気が強そうな感じかと思ってた。こんな大人しそうなお姉さんだったなんて。

「おまえがエドラにナメられてるから、杖も服も使いこなせてないんだ」

 クーさまはこちらにかまわず説明する。

「使い魔の主として、どちらが上かちゃんとわからせてやれ」

 なにそれ、ケンカしろってこと?
 お姉さんの顔色をうかがうと、ぷいとそっぽをむかれてしまった。