24話 ゲボク残機98

「こんにちは」

 とりあえず近づいて、あいさつしてみた。
 エドラはイヤそうに眉根をよせて、また顔をそむける。

「あの~、エドラ?」
「……」

 顔をのぞきこむと、にらまれた。
 下がり眉のままだけど、目に殺意がやど……。
 金色の光につつまれたかと思うと、私は地面にたおれていた。

「1回め」

 こちらを見下ろしたまま、クーさまが告げる。

「え? なにが?」
「いま、死んでた」

 彼が地面を指さす。
 私が寝ていた場所に小さなクレーターができていた。
 雪がとけて地面がえぐれている。焼けこげた肉片がちょっと落ちていて、ゾッとした。

「エドラの雷に撃たれたんだ。気をつけろよ、こんなクソくだらないところで死んでもらってはこまる」

 ほら、と杖をわたされた。

「この杖にあいつの魂がやどってる。便所にでも落としてやれ」

 エドラが涙を浮かべた。ふえ~んと両手で顔をおおってしまう。

「しないよ、そんなかわいそうなこと!」

「……そういえばこいつは、もともと別の名前があったようだ。人間には発音できない、長い名前だ。とてもバカには覚えられそうにない。だから、使い魔にするときにエドラと名づけた。もしかしたら、ザコにエドラと呼ばわれるのが気にくわないのかもしれないな」

 バカとかザコとか、ひどいいわれよう。
 だけど、本人に私の悪口をいってる自覚はないみたい。

 ただ事実をいってるだけって顔だ。心配そうですらある。それがまたムカつくんだけど。
 人の心がない魔神はほっといて、雷竜に近づく。

「ねえ、話をしようよ」

 手の中の杖からパチパチッと音がした。
 強い静電気みたいなものが、どんどんふくらんで……。

「おい少しは手かげんしろ。一方的だとつまらないだろうが」

 背後から大きな影がさしたかと思うと、杖が大人しくなった。
 ふり返ると、クーさまは少しはなれたところで見守っていた。

 緑髪のお姉さんはしくしく泣いている。
 なんかしらないけど、ずっと泣いててかわいそう。

「私なにかした? どうしてそんなに私が嫌いなの?」
「だって、弱いやん……」
「えっ」
「こんなカスみたいな下級モンスターの使い魔にされるなんていやや」

 やっと返事してくれたと思ったら、クーさまみたいなこといわれた。しかも方言っ子だった。
 大人しそうな顔して、意外と野生動物。

「えっと……魔神ならいいの? あなたを食べちゃった相手だけど」
「魔神はええよ。強いから。強い者にはしたがう」
「あー……じゃあさ、使い魔とかじゃなくて。友だちになろうよ」
「友だち?」

 涙が止まった。
 お姉さんはきょうみありそうな顔でこちらを見ている。

「友だちいたことないから、わからへん」

 なんと。

「そうなんだ。竜ってワイバーンとちがって群れたりしないイメージあるもんね」
「うちずっと彼氏とおったから」

 友だちいないけど彼氏はいるってパターンか!
 かわいい子にはだいたい彼氏いるよね。変なとこ人といっしょなんだね。

「彼氏はなぁ、氷竜やねん。ウロコがキラキラしてて、ツバサも大きくてめっちゃカッコイイねん。ツノが4本もあるし、しっぽも長~いし」

「そこ竜のカッコイイとこなんだ」
「ツバサちっさいのはあかんわ、オスとして見れやん」
「へ、へえ~……」

 ふと、視線を感じた。
 魔神がするどい瞳でこちらを見ている。

「だれがガールズトークしろといった?」

 クチパクだけなのに、はっきりそんな声が聞こえた。
 我に返って、遠くの戦場へ目をやる。

 なんかもう、戦闘終了してた。

 まだほんのちょっぴり生き残ってる人もいるけど、10人くらい。勝った方は魔神の頭を運んで、帰ろうとしてる。まずい、帰っちゃったら見失う。あとから探すのは大変だ。

「火竜もうちのこと好きやーいうてくんねんけどな。あいつ暑苦しいから嫌いやねん。ウロコもぜんぜんかがやいてへんし」

 ずーっと続きそうな恋バナから、話をそらしてみる。

「ね、ねえ、お姉さんのことなんて呼んだらいい? エドラはイヤなんだよね?」

 彼女はちょっとこまったように眉をさげた。
 だけど目つきはさっきとぜんぜんちがう。

「エドラって呼んでも……いいよ」

 はずかしそうにいわれて、なんかこっちがはずかしくなる。

「その代わり、うちに命令とかせんといてや? したら殺すで下級ゾンビごときが。身のほどわきまえや?」

 モジモジしながら、いうことが怖い。
 いまなんかでっかいキバがずらりと見えてたよ。

「あ、うん」
「あと……」

 エドラは目にうっすらと涙をためた。
 自分の長い長い髪を両手ですくう。

「最近ウロコのかがやきが悪いねん。ちゃんと毎日ピカピカにみがいて」
「ろくにみがいてなくて、ごめんなさい」

 汚れに強いから大丈夫だと思ってた。いわれてみれば、ちょっと杖がくすんできたかも……。

「うん……じゃあ、いこっか」
「どこに?」

 ふわりと浮いて、エドラが近づいてくる。

「魔神の頭とり返すんやろ」

 おでことおでこがくっついたと思ったら。
 私はすぽんと体の外にはじきだされていた。

◆

「二度とやらんからちゃんと覚えるんやで?」

 そういって、エドラは私の体で笑う。
 彼女は杖を横にすると、おしりをのせて地をけった。
 シュパッと空にとびあがって、みるみる地面が遠くなっていく。

「え!? この杖、飛べたの!?」

 ちなみに私も自動で飛んでる。
 歩いたりとかなにもしてないのに。エドラの後ろのちょっと上くらいで、固定されてるみたい。動こうと思えば動けそうだけど、怖くて動けない。

「雷竜素材の武器と防具やで? うちができることはだいたいできるよ」

 イナズマみたいなスピードで空をかけ、あっというまに軍隊に追いつく。
 エドラは上空で杖からふわっとおりた。

 落下しながら横むきに一回転。
 大きな大きなイカヅチが4匹のワイバーンをつらぬいた。

 私が杖をふったときと威力がぜんぜんちがう。
 私のがたいまつの炎レベルだとしたら、彼女の雷はキャンプファイヤー。

「ギイイ!」

 青い翼竜たちが黒こげになって落ちていく。
 彼らが運んでいた魔神の頭が雪原にころがった。

 地上の兵士や魔法使いたちがなにかさけんでる。
 オオカミによくにた黒いホネ。
 そのくちがこちらをむく。両目とくちの奥に青い炎がともった。

「あはっ」

 エドラが笑う。

「あたらへん、あたらへん。ノロマども」

 両手で杖にぶらさがったまま、高速移動。
 巨大な炎の柱が上空の雪と雲をかき消した。そこだけ別世界みたいに美しい夜空がのぞく。

 エドラは杖を下むきにかまえると、こんどはまっすぐおりていく。その勢いのまま、兵士の胸をつらぬいて着地した。

 異変に気づいて、まわりの兵士たちがみんな集まってくる。
 これって攻撃魔法かな?

 ガラスのような、水晶のような。半透明でピカピカしてて、冷たいもの。
 とても大きなそれがたくさん。

 地面から剣山みたいに生えて、私たちを串ざしにしようとする。エドラはぴょんぴょんとんでよけたけど、左足がつかまった。水晶みたいなそれが、足と地面とを固めてしまって、動けない。

 敵がいっせいにまわりをとりかこんだ。

「クソッ! なんだこのバケモノは!」
「かこめ! 殺せ!」
「モンスターだ!」

 こちらにむけられる大量の刃と杖。
 エドラは右足でえせ水晶をけった。あっさりこわれて、左足が解放される。

「氷が!」

 安全なところで、えらそうな男の人がさけぶ。
 このえせ水晶、氷っていうんだ。

「もう1度だ!」

 魔法使いがなにか呪文をとなえる。
 詠唱が終わるより先に、エドラは彼にむかって杖を投げた。

「うわっ」

 グロすぎて、思わず両手で顔をおおってしまう。
 彼女が投げた杖は魔法使いの脳みそをぶちまけた。

「ぐげっ」
「ガボッ」

 たくさんの悲鳴。
 そっと両手をはずすと、杖が他の人間の胸をつらぬいたところだった。

 杖が、生き物みたいに動いてる。
 カクカク曲がりながら飛んで、次々と兵士たちを殺していく。

 エドラはエドラで、魔法使いたちの相手をしていた。
 体は私のものなのに、どこにそんな力があるの?

 ドラゴンローブとドラゴンブーツのおかげなのかな。
 彼女は武器もなくつぎつぎと殺していく。

 ちょっとひじで殴っただけで腕が1本ちぎれるし。魔物らしいスピードで体当たりすると、敵の体がはじけとぶ。ブーツでけりとばすと、モーニングスターで殴ったみたいなミンチ肉ができた。

 目はらんらんと赤く光ってるし。正真正銘のバケモノだ。
 人がへってきたところで、エドラはちらりとこちらをふり返った。

 親ネコが子ネコに狩りの仕方を教えるように。
 見せつけながら人にかみつく。

 自分の体がバリバリムシャムシャと人を食べる姿なんて、見たくなかった。
 ふつうに殺してるときもそうだったけど、感覚が伝わってくるんだよね……。

 おいしい、だなんて。
 よろこんでしまって気がくるいそう。

 もうとっくの昔にくるってしまったのかもしれない。
 いろいろ限界で気絶しそうになったとき。

「もういい。あとは自分でやらせろ」

 クーさまの声がして、私は自分の体にもどされた。
 ぼとりと、両手から食べかけの死体が落ちる。雷竜の杖もそのへんに落ちていた。エドラはいない。杖の中にもどったのかな?

 いたみは感じないはずなのに。
 頭がいたくてぼーっとしていたら、首を斬り落とされた。

「あ」
「消えろバケモノめ!」

 兵士に頭をふみつぶされて、意識がとだえる。

「2回め」

 クーさまのカウントが聞こえた。