26話 ゲボク、怒る。

 空が明るくなってきた。
 朝日にかがやくのは、美しい雪原。
 私のまわりだけ、血と泥と死体でみにくく汚れている。

 その中央に、魔神の頭がころがっていた。

 私の全身よりも大きな、家みたいなサイズのしゃれこうべ。犬とにた形で、くちが長い。するどいキバがいくつもならんでいる。

 この頭を使われてたらヤバかったかも。エドラはすばやくよけてたけど、私はできる自信がない。
 ぼうっとながめていたら、背後で物音がした。

 逃げろっていったのに、またおそってきたの? そっちがその気ならもうしらないよ。
 杖をふりかぶろうとして、

「あっ」

 血の気がひいた。
 そこにいたのは小さな子どもだった。

 あぶない、あぶない。殺してしまうところだった。なんでこんなところに子どもがいるの?
 とまどっていたら、子どもはズンズン近づいてくる。

 6歳? 7歳? それくらい。
 あったかそうなモコモコぼうし。耳も首も、全身モコモコ装備でかためてる。小さなブーツがかわいらしかった。

 肩上くらいのキレイな金髪。白い肌。まつげバサバサで目の大きい、かわいい子だ。お人形さんみたいに愛くるしい。
 彼女は……なにかを大事そうにかかえていた。

 人間のうでだ。
 コートをきた、大人の……たぶん女性のうで。ひじから先は黒こげで、なくなっている。

「……っ」

 手がふるえて、杖を落としてしまった。
 自分がしでかした罪が、おそろしかった。
 私もしかして……この子の親を……。

「ありがとう」

 え?
 小さな女の子がつぶやいた。

「パパとママのかたきをうってくれて、ありがとう」

 まだ幼いのに泣かないし、さけばない。
 もうさんざん泣いて、声をからしたあとみたいだ。目も顔も赤くはれてる。こおりついた涙が少し残っていた。

 子どもらしくない。疲れたような、絶望したような……そんな暗い目をしてる。

「ちがうよ」

 私は彼女の前にひざまずいた。
 体から力がぬけて、たおれてしまいそうだった。

「私はそんなことしてない。あの大きなホネが欲しかったんだ。だから近くにいた人たちを殺しただけ。かたきをとるとか、思ってなかった。もしかしたら、私があなたの親を殺してたかもしれない。そんなやつにお礼なんかいっちゃダメ」

 女の子はじっとこちらをながめた。

「もしかしたら、なんて意味ないの。おこったことだけがすべてだよ」

 このセリフだけやたら大人びてて、口調がちがう。
 大人がいったことをそのままマネしてるんだ。

「……それはママがそういったの?」
「おばあちゃん」
「そう……」

 女の子の名前はルーシーちゃん。
 パパとママが悪いやつと戦うと聞いて、こっそりついてきたらしい。馬車の中にかくれていたそうだ。

 だけど2人とも魔神の炎で消し炭にされてしまった。残ったのはママのうで1本だけ。だから、なくさないように大事にもっている。
 こわいからずっと草むらにかくれていたらしい。

 ……クーさまの頭は悪用されただけ。そうわかっていても心がいたんだ。もっと早くとり返していたら、まにあったかもしれない。

「おばあちゃんはどこにいるの?」

 聞くと、おばあちゃんとおじいちゃんは無事らしい。
 ここから遠くはなれた村にいるそうだ。

 ルーシーちゃんをだっこして、杖で空をとんで。村の入り口まで送ってあげた。
 空をとぶのが楽しかったみたい。
 ほんの少しだけ笑ってくれた。

 ……そういえば、私も空をとぶの好きだった。夢で空をとぶたび、ほんとにとんでみたいって思ってた。
 死んだり殺されたりで必死すぎて。そんなきもちすら忘れてた。

◆

 ルーシーちゃんを送った、帰り道。
 私は杖にのりながら、あちこちながめていた。
 いつのまにか、ふり続けていた雪がやんでる。水色の空をみてたら、クーさまの目を思いだした。

「あ~……やっと終わった」

 魔神あいてに「なんでもする」なんていうもんじゃないね。
 くたびれて帰ると、クーさまがまっていた。

 この場所で黒くて長い髪は、よくめだつ。三つあみが風になびいてるのが、また絵になる。

 空よりも美しい、ハッキリとした水色の瞳。人間ばなれして整った、シャープな顔だち。スリムな人しか着こなせない、白ずくめの服がおそろしくにあう。

 ……ずっと聖職者のフリしてるつもりなのかな。おいしかったらしいし、気に入ってるんだろうな。

 いまわりとムカついてるのに。やっぱりカッコイイ。見惚れてしまう自分がにくい。
 でも、人間を魅了するために作った姿だろうから……しかたないのかな。

「頭は回収できた?」

 魔神の頭は消えている。

「ああ、よくがんばったな」

 私のぶざまな戦いを気に入ったらしい。
 クーさまはニッコリしていた。好青年って感じのさわやかな笑顔。なのにゾワッと鳥肌がたつ。

「やめてその顔なんかこわい」
「なんでだよ」
「またなんかさせられそーだからだよ!」

 彼は私の頭をわしゃわしゃなでる。

「とにかくおまえはよくやった。ご褒美をやろう。なにがいい?」

 ご褒美。
 魔神の気が変わらないうちに、私は答えた。

「休みたい! 文明的なところで休みたい!」
「もう少し具体的に」

「もう野宿はイヤ! どこか平和な村の宿にとまって2~3日くらいゆっくり休みたい! もちろん殺しはなしで! 魔物だってバレないように! ふつーの人間のごはん食べて、ベッドで寝たい! 道ばたなんて寝た気がしないよ!」

「おまえ、まさかつかれてるのか?」

 キョトンとした顔でそんなこというから。

「あたりまえだよ! 私はもう限界だよ! もうずーっとずーっと心こわれそうなんだよ! 私には癒しと休みが必要だよ!」

 全力でシャウトしてしまった。
 魔神は不思議そうに眉をひそめる。

「あんなに楽しいことしたのに。どうしてそんなにストレスがたまってるんだ? もう1回やるか? 大虐殺」

 本気でわかってなさそう。
 常識が通じないと気づいて、言葉につまった。

「あの……まさか、さっきの死んだり殺したりが楽しいことだっていってるの?」
「とても楽しい」
「この悪魔!」
「魔神だ」

 つかれる。とてもつかれる。
 でも、ここでしっかり説明しないと。また同じ目にあうのはイヤだ。

「いくら痛みがなくても、死ぬのはイヤだよ。人間を殺すのも……あるていどはしかたないかも、しれないけど。やっぱりイヤ。だからどっちもすごくストレスたまる。なるべくやりたくない」

「完璧に修復してるのに?」

 クーさまが私の髪をひとふさ、手にとった。切られたり、燃えたりした髪もキレイに治したって? だからなにさ。治せばいいってものじゃない。

「心にダメージがくるんだよ。何度も殺される私を笑ってみてるクーさまも、ムカつく。どーでもいいオモチャだから雑にあつかうんだ~って。私のこと、えづけしたドブネズミかなんかだと思ってるよね!? こわれたら、すぐすてるんでしょ!」

「とんでもない。こんなに大事にしてるゲボクはおまえしかいない」
「信じられるかあああ!」

「おまえのことはとてもかわいいと思ってる。バカでうるさくて退屈しなくて大好きだ」

「ウソつけえええええ。そう思ってたら見殺しになんかしないんだよ!」
「治せばいいと思ってた」
「そーいうとこだよ、そーいうとこ……」

 もうやめよう。怒るだけムダだ。こういう生き物なんだから。なにも期待してはいけない。

「……わかった」

 クーさまはこちらをしげしげとながめて、告げた。

「おまえに3日、休みをくれてやる」