27話 ゲボクの休日

 シアーナ共和国は魔神の頭をうしなった。
 だれがどのようにうばい、いまどこにあるのか?

 答えはだれもしらない。
 指揮官のポートマスは失踪。少ない生存者もほとんど逃げた。そのうち数人をつかまえて、聞きだしてみたところ。

「ローティーンの子ども1人に全滅させられた」
「少女の姿をしたバケモノがおそってきた」
「何回殺しても、ゾンビのようによみがえってくる」

 などと頭のおかしなことばかりいう。
 戦争のストレスで気がふれたか、ドラッグでもやってたんだろう。

 シアーナ共和国の大統領は、そう考えた。
 おそらく魔神の頭は反乱軍にうばわれて、海の底にでもしずめられたのだ。まだ地上にあるなら、とっくにだれかが使っているはず。

 そう考えたが、念のためありとあらゆる場所を探した。しかし、”頭”は見つからない。
 だからといって、戦争は急にやめられない。

 ……戦場への移送中に”頭”をうばわれたのはまずかった。

 アレさえあれば必ず勝てた。だから負けるはずがない、うばわれるはずがないと油断した。せめて、もっと大勢に護送させれば良かった。

 シアーナ共和国は数百年ぶりに、魔神の力なしで戦った。

 もともと軍事力には自信がある。金や食料もたっぷりあって、兵士たちも健康。100万をこえる軍隊がある。負けはしない。そう思っていたのに。

 シアーナ共和国は負けた。

 そして、この日から急速に落ちぶれはじめる。
 長く続いた戦争により、民はとてもつかれていた。平和にくらしたいと願うものも多く、士気は低い。
 国は必死にかくしていたのに。

「魔神の頭をうしなった」

 というウワサが広まって、戦場にでたがらないものも増えた。
 頭をうしなってすぐに、死傷者がたくさんでたからだ。

「戦争反対」を主張する内乱がいくつもおこった。

 しかし、あちこちにケンカをふっかけて財産をうばってきた国だ。

「秘密兵器がなくなってしまったから、もう戦争やめます。これからは仲良くしてね!」

 なんていったところで、受け入れてもらえるはずもなく。

「ふざけんなブッコロス!」

 いろんな国からボコボコにされてしまう。
 かつてないピンチに、シアーナ共和国はグパジ―帝国にたすけを求めた。

「たすけて! 友だちだよね!?」

 グパジ―は、

「え? そういや同盟くんでたっけ? わりーわりー。魔神の体もってないおまえにはなんの価値もないから、友だちやめるわ。じゃあな!」

 あっさり同盟を破棄した。
 シアーナ共和国がつぶれたのは、それから半年後の話。

◆

 魔神から休みをもらって、私たちは杖で空をとんでいた。
 ……そう、私たち。
 私は杖に横すわり。クーさまはその横でふつうに立っている。

 どーやってくっついてるのかはわからない。
 彼は杖に足をのせただけに見えるのに。ぜんぜんゆれないし落っこちない。たまに逆さまにぶらさがって遊んでるくらいだ。もちろん両手は使わずに。

「クーさま、自分でとべるよね?」
「乗り物にのりたいときもある」
「そんなもん?」

 まず宿をとる村を探したい。
 シアーナ共和国はなんか怖いから、別の国にした。

 そこそこはなれた、小さな国。
 海と山と、湖があるのどかな村だ。

 ここも雪が多いみたい。家も地面もまっしろだ。でも、子どもたちが楽しそうに遊んでる。大人の表情も明るいし、治安よさそう。旅人や商人も多い。あれにまぎれればなんとかなるかも。

「ここにする」

 村の近くの山に着地。
 杖からおりて、魔神に告げた。

「私ここで3日間のんびりしてるね。クーさまはどこかにでかけててもいいよ」
「俺も行く」
「え? 人間のふりするんだよ? クーさまにはむいてないと思う」
「おまえよりは上手い」

 ……そうなのかな? たしかに、彼はまだ1度も人外だってバレてない。ちょっとトラブルをおこしただけで。
 なんで私すぐバレるんだろ?

「あっ、目だよ! クーさまはなんで夜でも目が光らないの? 私そのせいですぐバレるんだけど」

「ザコとはちがうから。光らないように制御できる。光ってる方が暗闇での視界はいいけどな」

 とクーさま。

「いいなあ」

 この目のせいで、どれだけボコボコにされたことか。
 水色の目をみあげていたら、彼は軽く前にかがんだ。顔をのぞきこんでくる。

「目が光るのがイヤなのか?」
「うん」
「ならこれを飲むといい」

 魔神は両手をおさらみたいにあわせる。
 私のくちもとへさしだすと、その中に赤い液体がたまっていく。

「あのー……これって」

 そこはかとなくイヤな予感。
 魔神はニコリとほほえんだ。

「俺の血だ」

 ああやっぱり。鉄の匂いがしたもの。

「いらない」

 ブンブン首をふったけど、くちに押しつけてくる。ひいい。

 長いまつげがにあう、おキレイな顔がこちらを見下ろす。形の良いくちびるがゆっくりと動いた。ゾクゾクするような美声が、あやしくささやく。

「いいからさっさと飲め」

 飲んだ。飲んでしまった。
 あま~い。
 でもさらっとしてて飲みやすい。リンゴやブドウで作ったジュースににてる。
 飲みおわったとたん、強い眠気を感じた。
 あ、くらっとする。
 そこで意識がとぎれた。

◆

 目がさめると、なにかやわらかかった。
 なにこのフカフカ。毛皮?

 体をおこすと、知らない部屋。
 壁ぎわにかまどみたいなものがある。かまどじゃないけど、よくにてる。赤茶色の変わった石でできてた。中にはたきぎがあって、パチパチと燃えてる。

 この国さむいから、部屋を温めるためにあるのかな?
 天井も床も、だいたい木でできてる。窓があってカーテンしまってて。小さなイスとテーブル。それにベッドが2つ。

 そのうち1つで私は寝ていた。シーツの代わりに、クマの毛皮みたいなのをはおってる。
 ここはもしかして……人間の宿屋では!?
 ワクワクしてたら、ドアがあいた。

「あ、クーさまおはよ~」

 どこかへでかけていたみたい。
 部屋に入ってくると、私のベッドに腰かけた。

「夜だけどな」
「ここ、人間の村でしょ? クーさまが運んでくれたんだよね? お金はどーしたの?」
「タダでいいってよ。3日間たのしめ」

 んなわけない。

「……なにしたの?」
「3日とめろと頼んだだけ」

 んなわけない!
 急に背中がヒヤッとした。

 どうしよう、村人たちがみんな死んでたら。まさか「おまえがゆっくり休めるように全員殺しておいた」なんていわないよね? どこでなにをしてきたの?

「こここ殺しはなしでっていわなかったっけ?」
「殺してないさ。いいなりになるよう催眠をかけた」

 つまんなさそーに彼は答えた。

「……それって、3日後にはとける?」
「とける。すべて忘れる」

 良かった。本当に殺してたら、私たぶん発狂してた。
 お金の作り方はもう考えてある。あとでお金ができたらはらっておこう。

『なぁなぁ。うちのこと忘れてないやんな?』

 壁ぎわにぼんやり光るもの。
 雷竜エドラの杖だった。

「エドラおはよ~。休みだし、キレイにみがいてあげるね」
『うちの声きこえるん? 上級アンデッドになって魔力が上がったみたいやね』
「上級?」

 たしか私って下級ゾンビじゃなかったっけ?
 クーさまがうなずく。

「今日からおまえは上級アンデッドだ」
「それって、クーさまの血を飲んだから?」
「そう」
「もう夜になっても目は光らないの?」
「光らせることもできる。やってみろ」

 意外と簡単にできた。
 暗いところをじっとみつめて、目をこらす。

 それだけでパッと視界が切りかわった。たぶんいま光ってる。
 明るいところをみて、目を細める。もう光ってない。

「ありがとうクーさま! これで外にでても安心だね」
「たぶんな」

 ちなみに魔神はフロに入っていたらしい。

「ふろってなに?」
「生きてたころは汗をかいたらどうしてたんだ?」
「水あびだよ。川にドボンって入って薬草の汁とかで体洗う」
「それをぬるま湯でやるやつだ」
「へー」

 いわれてみれば、ここの川や湖は冷たそうだ。
 水は寒いとこおるらしく、カチコチつるつるしてた。

「クーさま人じゃないから汗かかないのに。ふろは入るんだね」
「ゲボクは寝てるし、俺ももう寝る必要がないからな。あまりにヒマすぎて」

 昔からたまに入ってたらしい。ヒマつぶしとして。
 そのせいか、みつあみもほどいてる。

 いつのまにか服もきがえてた。ちゃっかり冬むけの長そで長ズボン。魔法使いが室内できてそうな格好だった。クーさまって剣士系っぽい性格だけど。意外と属性は魔法使いだよね。ローブとか、長くてヒラヒラした服がすごくにあう。

「私もふろ入る」

 ここは2階だったらしい。
 1階へ行くと、宿屋のおばあちゃんがいろいろ教えてくれた。

 ふろはサウナとバスタブの2種類。
 サウナは他の人といっしょに入る。バスタブは個室。

 ふろ初心者だからバスタブにした。
 壁と床は灰色の石。
 バスタブ本体は白。ピカピカ、つるつるの長方形。ほんのり丸みがあってかわいい。
 そこにたっぷりお湯が入っている。

 ここにつかって石けんで体を洗うそうだ。石けんは薬草とはまたちがってて、良い匂いがした。
 ……なんかこの宿屋、高そう。宿代はらえるかな。

 ちょっと心配になったけど、いまは考えないでおこう。
 バスタブに全身をしずめて、びっくりした。

「おお……!」

 お湯きもちいい。
 魔物になってから温度ににぶくなっちゃった。だから、お湯につかってもなにも感じないのでは?

 なんて心配してたけど、ちゃんとあったかくてきもちいい。
 いたいとか、さむいとか。イヤな感覚だけ感じないようにしてくれてるのかな?

「水あび……じゃなかった。ふろサイコーだね、エドラ」

 ちょうど洗いたかったから、杖ももってきていた。

『うちもふろは初めてやけど……なんか汚れとれそうでええなぁ。いい匂いもするし』

 石けんで彼女を洗ってあげたら、よろこんでくれた。
 朝になったら、なにしようかな。