27話 危ない契約

「僕にはゲボクがユーグリアス語を話しているように聞こえるけど」
 とオズ。
「わたくしにはずっとシアーナ語に聞こえています」
 と姫。
「ずっと、ふつうにしゃべってるだけなんですけど……」
 なにがなんだか。
 とまどっていたら、おえらいさんの一人が口を開いた。
「別に珍しいことではありません。王妃の手先のモンスターたちだって、脳波を使ったテレパスで意思の疎通をとっています」
 おえらいさん……とまとめて呼んではいるけど、彼らはみんなユーグリアス王国の負傷兵みたい。
 ふつうの兵士たちとちがって立派な装備だしえらそうなオーラがあるから、えらい人だとは思うけど。
 シアーナ共和国の人はカーライルっていう騎士さんとお姫さまだけ。
 この場にいる人たちで、無傷なのは姫、ルファス、私だけだ。オズでさえ少しケガをしている。苦労したのね。
「そうなんですか」
 たぶんテレパスなんちゃらもクーさまの加護の1つだろう。
 適当にあいづちを打つと、姫と兵士たちが目くばせしてなにかボソボソ話していた。
 「思っていたより……」という言葉がかすかに耳にとどく。
 なんだかさっきから妙な雰囲気だなあと警戒していたら、姫が爆弾発言をした。
「契約の話にもどりますが、あなたに首輪をつけさせて欲しいのです」
 はい?
「やだよ!」
 優しそうな顔なのにSM趣味でもあるの?
 思わず鳥肌を立てて後ずさると、彼女はとても申し訳なさそうに目をふせる。
 白く長いまつ毛が輝いて美しい。
「わたくしとしても不本意です。少女のような姿をしたあなたに、こんな悪趣味なものをつけたくはありません……ですが、モンスターと人は相いれない存在。奴隷の首輪でもつけなければ、恐ろしくて共闘などできないという意見が多かったのです」
「奴隷の首輪なんて……それをつけたらモンスターが大人しくなるとでもいうんですか?」
「この首輪には奴隷契約の魔法がかけられていて、主人に逆らうと首がしまるのです。専用のカギを使わなければ外すことはできません」
 私を”ゲボク”と呼ぶ魔神はこんな道具で自由をうばったりなんかしなかった。いま思うとけっこう甘やかされていたような気さえする。
 それなのに、人間は私を奴隷あつかいするのかー、そっかー。
 本当に悪趣味だ。
 いまこの瞬間に姫のお母さんがこういう首輪をつけて売られているかもしれないのに、どうして私にこんなものをつけられるの?
「あなたは奴隷売買に反対しているんじゃないんですか? どうしてこんなものを……」
「奴隷を解放するために、王妃の手下から借りて研究していました」
「借りてって、よく貸してくれましたね」
「……気絶させたすきに、こっそりお借りしました」
 彼女は気まずそうに目をそらす。
 ひたいやほおに汗が浮かんでいた。
 それ”盗んだ”とか”うばった”とかっていうんじゃない?
「な、なるほどぉ……あー、でも、せっかくですが怖いんで、そろそろおいとま」
「もちろんあなたへのメリットも考えてあります」
 エドラをぎゅっと握りしめて逃げる準備をする私に、姫は続ける。
「魔神クーロアタロトスの頭がある場所へあなたを案内します」
「王妃が悪用してるなら、お城にあるんじゃないんですか?」
 お城の場所ならもうしってる。
「王妃の城は雪の結界でかくされていて、彼女に招かれないと入ることはできません。あなただけでは城をみることすらできないでしょう」
「えっ、スカルコーンがいた、あの緑で丸いお城はちがうんですか?」
「それはおそらく、大貴族ヴァレンティ様の城ですね。元首からこの地方を領地としてあたえられ、管理していましたが、いまは投獄されてスカルコーンにのっとられています。この国には似たような城が他に3つありますが、王と王妃のいる城はまた別に存在します」
「ええ……シアーナ共和国って大きいんですね」
 あんな大きなお城が何個もあるなんて、うちの故郷じゃ考えられない。
「お姫さま……ドロシーさまなら王妃がお城に招待してくれるんですか?」
「いいえ、むりやり結界を壊します。わたくしはその方法を知っています」
 さっきまで泣きそうな顔をしていたのに、気高くりりしい目つき。
 モンスターの大群で全滅しそうになるってことはたぶん弱いのに、どこからその自信がくるんだろう。
 まあ、証拠さえつかめればユーグリアスや他の国から援軍がくるっていってたし。勝ち目がまったくないわけじゃないのか。
 私1人じゃお城にたどりつくこともできないし、協力するしかないかも……。
 それに、このお姫さま良い子にみえる。
 首輪はすっごく嫌だけど、モンスターが信用できない人間側の気持ちもわかるし、信じてみようかな?
「わかりました。契約します」
 姫だけじゃなく、そばにひかえていた兵士たちみんながほっとした空気が伝わってきた。
 キレて暴れまわるとでも思っていたのかもしれない。
「私は反対です」
 いままで黙っていたルファスが口を開いた。
「なんで?」
 びっくりしてつい聞くと、彼はめずらしく眉間にしわをよせる。
 ふだん目つきが優しいし、やわらかい雰囲気だから怒ってもあんまり怖くないんだけど、こんな顔もできるんだ。
「君はもっと慎重に考えた方がいい。契約書の内容が本当にいま姫が話したことと一致しているのか、とか。奴隷の首輪なんてつけられたらどんなことを命令されても逆らえなくなるんだよ? その場の雰囲気に流されるべきじゃない。モンスターとはいえ女の子なんだからもっとよく考えて」
「ええ……」
 心配してくれてるってこと?
 あいかわらず優しいお兄さんだ。
 でも、私じつはアンデッドだから首しめられても大丈夫なんだよ。
 痛くないし、1度でも首をしめられたらその場で逃げてやるって考えてる。
 だって首きられても死なないし。
 いざとなったらエドラで逃げて、自分で首きって首輪外したらいいかなあって。
 そうならなくても、クーさまが復活したら首輪くらい外してくれそうだし。
 うん、やっぱりどう考えても大丈夫だよ!
 ……と自分の中では結論がついたけど、お姫さまや他の兵士たちの前ではさすがに言えない。
「ルファス。ユーグリアス王国の騎士という自分の立場を考えて発言しなさい」
 おえらいさんの1人がいう。
「騎士だからこそ、このような下劣なマネは見逃せません」
 ルファスは引かない。
「口をつつしめ!」
 と負傷兵。
 別の負傷兵はガハハと笑った。
「君は若い」
 ルファスがむっとしたように目尻をつり上げる。
「もう18です」
「世間しらずだといってるんだよ、ぼうや。少女のような見た目にまどわされたか? モンスターがよくやる手法だ。か弱い女子どもに化けて油断させ、本性をあらわして人を襲う」
「こんなに大人しいではありませんか。ついさっきモンスターの大群をたおして我々を助けてくれました」
「大群のモンスターを殺せるほど、恐ろしい実力を秘めたモンスターということだ。無力なら我々だってこんなに警戒したりしない。いまは善良そうにみえても、大した理由なく気まぐれで我々に襲いかかってくるかもしれない。彼女が悪気なくいつもどおりに行動した結果、人が死ぬこともあるかもしれない。そんな未知の相手をなんの制約もなく姫のそばに近づけることはできない。シアーナ共和国の大貴族のご令嬢の命は、君の首1つでは責任がとれない。戦争の火種にもなりかねないんだ。そうなれば100人以上が死ぬぞ。君のせいでな」
 頬杖をついたまま、カーライルも応戦する。
「あわや全滅というところを助けて頂きましたからね。ゲボクさんやルファス殿の良いようにしてあげたいところですが、姫を守りたい気持ちもわかっていただきたい。もはや王妃に対抗できるのはこのドロシーさましかおらんのです。ユーグリアスの兵士たちだけではシアーナの民の支持は得られませんからな。保険が欲しい。私もいまのところゲボクがそんなに有害な魔物にはみえませんが、事例がたくさんありますからな。奴隷の首輪をつけ、エサをあたえてモンスターを手なずけていた魔物使いがモンスターに食い殺された事例は山ほどあります。それも、長年飼って信頼関係ができていると信じていたモンスターにある日とつぜん裏切られた形が多いのですよ。数年かけて魔物使いが油断する瞬間をねらっていたわけですな。ルファス殿。あなたはゲボクと以前会って協力して人助けをした、といいましたが、それはいったいどれくらいの期間のことですか?」
「……1日2日ほどです……しかし」
 まだ反論しようとするルファスの肩をぽんぽんとたたく。
 なんかもう、申し訳ない。
「ありがとう。でも私モンスターだから大丈夫だよ」
 心配かけないように明るく伝えたんだけど、彼はけわしい顔で唇をかみしめてしまった。
 ああ、おいしそうな血がちょっとでてる。ハアハア……。
「あの、さっさと契約しちゃいましょう。もう夜も遅いですし」
 そう告げると、姫まで泣きそうな顔をしていた。
 本当に大丈夫なことを教えてあげたいけど、兵士たちに知られたらもっとヤバい契約させられそうだからいえない。
「ありがとうございます。できる限りあなたが快適に過ごせるようにしますから、武器や食料など、欲しいものがあればなんでもおっしゃってください」
 そういってさしだされたのは、首輪というより、ただの鉄のわっか。
 それに赤い液体で呪文みたいなものが刻印されている。
 腕輪みたいな小さいわっかだったのに、私の首に近づけるとぴったりサイズに大きくなった。
 同じ刻印がついたカギでかちりと閉めて、契約完了。
 羊皮紙の契約書は、文字が書けないから代わりに血判を……といわれたけど、血がでないといったら親指に赤インクをぬられてぽんと押した。
「今夜はここまでにしましょう。今後の作戦については、明日また会議をおこないます」
 小さなイグルーを1つ私室としてあたえられたので、そこで眠ることになった。
 ちゃんと簡易ベッドがあるけど、ドアがなくてたれ幕のような布が出入口にかけられている。
 とってもいそがしい一日だったなあ……。
 自分の荷物をとりだして眠るしたくをしていたら、
「ナナシちゃん」
 ルファスが私を呼ぶ声がした。