28話 ゲボクの休日・2
魔神に休みをもらって2日め。
1日めは眠って、フロに入るだけでおわってしまった。
今日はいろいろやるぞ!
とワクワクしてたんだけど……朝になるまで、まだまだ時間がある。
夜の町はアダルトな店しかあいてないだろうし。洗濯でもしてようかな。
1階に行くと、宿屋のおかみさんがよってきた。
白髪頭でぽっちゃりとしたおばあちゃんだ。
かわいい帽子にロングスカート。民族衣装の上に白いエプロンをつけてる。
「こんどはどうしたの?」
「服を洗濯したいんだ。服をほしてもいい場所ってあるかな?」
「服なら自分の部屋にほしな。外だとこおるし、盗まれちまうよ」
「そうなんだ」
おばあちゃんはジロリとこちらをにらんだ。
「あんた何歳?」
「13歳」
「まあ! 10歳かと思った。夜ふかしばっかりしてるから、こんなにちいちゃいのよ。もう寝なさい!」
「この国の人はみんなおっきいから、小さくみえるだけだよ。私の国ではふつーだよ」
このおばあちゃん、うちのお父さんより背高いかも。
「それでも、子どもは夜ねなきゃいけないの!」
しかられてしまった。
それが嬉しくってニヤけてしまう。
夜なのに、ちゃんと人間あつかいしてくれる。こういうのって久しぶり。
「なに笑ってんだい。おかしな子だね。親はなにしてるの? 夜はガラの悪い男がウロウロしてるんだから、自分の部屋からでるんじゃないよ。よその部屋にひきずりこまれたら、どうするんだい。悪いやつは抵抗できない子どもばっかりねらうんだからね」
「こんなにしっかりした宿屋に、そんな人いる?」
「そりゃあ、ボロ宿よりは少ないけどね。どこにでもいるよ、そんなやつ。ほら、わかったら帰りな!」
おかみさんは眉をつりあげた。
「うん、心配してくれてありがとう」
「ちゃんとカギかけるんだよ!」
「はーい」
フロントからはなれて、長い廊下を逆もどり。
もう夜中なのに、大きな笑い声がひびいている。
1階の奥は食堂。
ひらいたドアからは、お酒を飲んでいる人たちがみえた。色っぽいお姉さんが少しと……あとは男ばっかり。ここってそういうお店じゃないはずだけど。夜って、どこもそんな雰囲気になるの?
ドアからでてきた男の人が、チラリとこちらを見る。
目が合いそうになって、ギクリとした。
気のせいだと思うけど。品定めするような、イヤな視線だった。
おかみさんに変な話を聞いたばかりだし。1階におりるだけだからって、杖をもってきてない。雷竜のローブもブーツもない。フロに入ったから、ただのパジャマだ。
あわてて走って、階段をかけあがる。
「ふう」
あー、怖かった。
ため息をついたら、髪の毛をさわられる感覚。
「なんだよぉ、逃げることないだろぉ」
「ヒイイ!?」
さっきの人がついてきていた。
びっくりして距離をとる。だけど、男はぐいぐい近づいてきた。
「キレイな髪だねぇ、お嬢ちゃん」
よっぽどたくさん飲んだみたい。すっごいお酒くさい。タバコの匂いとまざってひどい体臭だ。顔も赤いし、目がねぼけてるし。正気じゃなさそう。
ろくに手入れされてない、長いヒゲ。油っぽいぎとぎとした髪。
ニタニタ笑うおじさん。
ぞわっと背筋がふるえた。
「おれぁ、昔っから赤毛の女が好きなんだ。どうだい、1ぱ」
おじさんのおでこに指がささった。
細くて長い、すらっとしたひとさし指。
いつのまにか、私の背後にクーさまがいた。
「こっ」
「殺してない、殺してない。今回はそういうルールだからな」
彼がするんとひとさし指をぬく。
指のつけねまでささっていたのに。血がでないし、傷あとすらない。
だけど、おじさんは腰をぬかしたように床へすわりこんだ。
左右の目がぐるんとちがう方向をむく。
「でへへへへ……うへへへへ……」
彼はよだれをたらしながら、笑い続けてる。
「なんか明らかにヤバいことになってるけど……これ、大丈夫なの?」
「生きてるよ」
クーさまは冷ややかにこちらを見下ろす。
「おそいと思ったら、なにしてるんだ」
ニコリともしてない無表情なのに。その顔をみたら安心して、泣きそうになった。
「クーさまありがとう!」
今回はたすけてくれた。
それが嬉しくて、彼にぎゅっとしがみつく。
「……」
魔神もだきしめ返してくれた。
「こんなやつ、いまのおまえならワンパンで殺せるのに。なにをそんなにビビってるんだ?」
「そうなの!?」
イヤだったけど、飲んでてよかった。魔神の血。
もうないと思うけど。またにたような目にあったら、半殺しにしよう。顔の形がわからなくなるまでなぐってやる。
「あの……あのさ、クーさま」
人外があやつる美青年人形は、私の頭をさわさわなでている。
「まえは見殺しにして笑ってたくせに。どうして今回はたすけてくれたの?」
「あのときは”ゲボク1人で戦う”ってルールだったから。いまはべつに、そういうゲームもしてないし」
「ゲームって……」
ゲームなんてしたおぼえ、ない。ルールとやらも、魔神が勝手に決めただけだ。
やっぱり理解できない、このひと。
私はそっと彼からはなれた。
部屋にもどりながら、聞いてみる。
「クーさまは……私がまた殺されかけたら、たすけてくれる?」
「気がむいたら」
そーいうとこだよ、そーいうとこ。
「エッチなことされそうになってたら?」
「それはたすける」
「……なんで殺されるのはたすけてくれないの?」
「死なないとわかってる殺しあいなんて、つまらないだろ?」
「聞けば聞くほどわからない」
頭がいたくなってきた。
痛覚はないはずだから、たぶん心の問題。
「すごい装備もらってるし。なんか強くしてもらったし。いつも守ってほしいってわけじゃないんだよ。私がひどいめにあってるのに、ゲラゲラ笑ってほしくない。それは悲しい」
「悲しい? なぜ?」
水色の瞳は、どこまでも不思議そう。
「味方じゃないみたいだから」
「……ふーん?」
悲しいっていってんのに。
なぜかクーさまは嬉しそうにしていた。
◆
宿屋のおかみさんにはああいったけど。
私は夜ねなくても大丈夫な、モンスター。
というわけで、夜のあいだに洗濯を終わらせた。自分のついでにクーさまの分もやっておいた。
あと、ついでのついで。彼の髪をポニーテールにしてみた。みつあみ以外もにあうと思うんだよね。今後もいろいろやっていきたい。ちなみに今日の私はみつあみ。逆に。
そして朝。
空が明るくなってから廊下へでたら……よっぱらいがまだいた。
「ちょっと、あんた変な薬でもやってんのかい? こんなところで寝るんじゃないよ!」
まだ正気にもどってないみたい。
おかみさんがこまった顔して話しかけてる。
「あれ、いつ治るの?」
ついてきたクーさまに聞くと、
「治らない。ずっとあのままだ」
さらっとそんなこといわれた。
いわれた言葉が重すぎて、足が止まる。
「な、ななななな治してあげて!? さすがにかわいそう。ちょっと怖かったけど、声かけてきただけじゃん」
「やだね」
ヘッと笑って、彼はおかみさんに声をかける。
「外へすててこい」
「いいよ」
おかみさんはぼうっとした目でうなずいた。よっぱらいの足を乱暴にひきずって、階段をおりていく。
「クーさま、あれはひどいよ。治してって! あんな状態で外にだしたら、すぐこごえ死んじゃうよ」
せっかくの休みなのに、メンタルがちっとも休まらないよ!
「しるかよ、そんなこと」
魔神の姿がふっと消えた。
右もみても、左をみてもいない。
逃げられた。