28話 国と国の難しい話

 たれ幕をめくって外をのぞくと、まず赤い炎がみえた。
 たいまつを手にしたルファスだ。
 お洒落さんだから、冬仕様の帽子と服もよく似合っている。
 彼は申し訳なさそうに眉を下げているけれど、意思の強い目でこちらをみつめる。
「こんな時間にごめん。話があるんだ」
 せっかく止めてくれたのに、首輪の契約をしてしまったことに怒っているのかな。
「それはいいけど……」
 部屋の中へまねくのはちょっと抵抗がある。
 彼は良い人だし、私もまだ13歳だから気にすることないんだろうけど、いちおう乙女のたしなみとして。
 こちらの迷いを察したかのように、ルファスが続ける。
「真夜中に女の子にむかってこんなことを言うのはとても失礼だとは思うんだけど、部屋へ入れて欲しい。大事なことなんだ」
 なにもしないから、と続ける彼をみて、さくっとたれ幕を開いた。
「うん、わかった」
 信じようじゃないの。
「ありがとう」
 ルファスはたいまつを持ったままイグルーの中へ入り、室内をすみからすみまで照らし……。
「やっぱり。なにをしているんですか!」
 夜中だから声のボリュームは押さえているけれど、吐きすてるようにうめいた。
 私にいったのかと思ったら、別のだれかの声がひびく。
「あーあ、みつかっちゃった!」
 ルファスの正面の空間が蜃気楼のようにゆがみ、虹色の光とともにオズがあらわれる。
 どういうこと……!?
 混乱している私に、オズはニコニコと手をふる。
「安心して! 夜這いとかじゃないよ! 着がえとか始めたら目をそらそうと思ってたし」
 会議が終わってから、ずっとここにいたってこと?
 まったく気づかなかった。
 身震いしていたら、冷ややかな声でルファスが説明してくれた。
「ハヤブサ騎士団は偵察と暗殺を得意とする部隊。団員はみんな光魔法で姿を透明にできる。透明化を見破るには、光で照らすと良い。姿は透明にできても、影は消せない。訓練された彼らは物の影に自分の影をまぎれさせるから、少しでもおかしいと思ったらよく確認するんだ」
「偵察が得意っていうのは、前にちょっと聞いた気がするけど……暗殺も得意なの?」
 ついつられてタメグチになってしまった。
 まあいっか、この2人話しやすいし。
「身をかくして、相手の油断をついて急所をグサーっていうのが僕らの得意技。まともに戦うと弱いんだけどね。あっ、でもこっちのお兄さんは強いよ! 黒ヒゲ騎士団はガチの武闘派集団だから」
 オズはあくまでもフレンドリーだ。
「ごまかさないでください小隊長」
 ルファスが彼をまっすぐににらむ。
「ナナシの装備を盗もうとしていたんですよね?」
「ええ!?」
 びっくりしてオズをみつめると、彼は笑顔のままなにも言わない。
「恩がある協力者に首輪をつけて、さらにこのうえ非礼を重ねますか?」
「ルファスってなんで彼女をナナシって呼ぶの? いちおうゲボクが本名なんだから、ゲボクで良くない?」
「女の子相手にゲボクだなんて、品性を疑います」
「頭が固いなー君は。国によっては魔除けとしてわざと嫌な名前をつけたりするらしいし、それといっしょじゃないー?」
「そんなことはどうでもいい……ごまかさないでください」
 ルファスが彼にじりじりと近づいていく。
 燃えるたいまつを持っているせいか、顔の影がこくてなんか怖い。
 たいまつでオズに殴りかかりそうな勢いだ。
 本当は当事者である私が怒るべきなんだろうけど、なぜかルファスがメチャクチャ怒ってくれているから、冷静になってきた。
「僕だって本当はこんなことしたくないよ」
 観念したようにオズがため息をつく。
「でもしかたないじゃん。国のためだよ。えらそうに色々いってくれるけど、ルファスだって上官に命令されたら逆らえないくせにー」
「僕の上官は騎士道精神あふれるすばらしい方なので、そんな命令しません」
「いいやするね。王に命令されたら逆らえないだろ」
「王はそんなこといいません」
「いうってば! 汚れ仕事はいつも僕らみたいな末端の部下なんだから」
 いつまでも続きそうな2人の言い争いに、つい口をはさんでしまった。
「あのー、なんで私の装備を盗もうとしたの? 命令されたとかどうかはいいから、理由を教えてよ」
 オズは我に返ったようにまた笑顔を浮かべた。
「そうだね、それくらいは答えてあげるよ。一言でいうと、ゲボクはどう見ても弱そうだから。動きが素人くさいんだよ。大群のモンスターを一掃した力は、君の実力じゃなくてその豪華な装備品のおかげじゃないかと僕らは考えた。実際、そうでしょ?」
 うわあ、バレてる。
「そうだとしても、私はいま首輪までつけて協力してるのに、どうして?」
「訓練された僕らが君の装備を使えば、もっと強くなれる。でも、素直に貸してっていっても貸してくれないだろうからね」
「だから、寝ているすきにこっそり盗もうとしたってこと? やだなぁ」
 協力するのやめようかなーって気になってきた。でも、私1人じゃ城にたどりつけないし……。
「ごめんね。でも、暴れたり逃げようとしたりしたら、痛いめにあうからやめておいた方がいいよ」
 それなら首輪をつけた時点でむりやり装備をうばうこともできたんじゃないかなー。
 私が自爆覚悟で暴れて、お姫さまがケガをするのを避けたかったとか?
「逃げて、ナナシちゃん」
 ルファスが正反対のことをいう。
「君と魔神が主従関係にあることはさっき聞いた。でも魔神は仮死状態で封印されてるし、君をしかる人はだれもいないだろ? もう魔神のことは忘れて、ただの魔物、あるいは人間として生きたらどうかな」
 それはちょっと前に悩んだことではある。
「小隊長は僕が足止めする。首輪はカギの所有者から1キロ以上はなれれば効果を失う。カギをもってる姫はいま寝てるし、僕が時間を稼げば、空を飛べる君ならなんとか逃げられるはずだ」
 ルファスはたいまつを地面につき差し、腰の剣へと手をのばす。
「ナメられたもんだね。たしかに力では負けるかもしれないけど……おまえを動けなくするくらいの技はあるんだよ?」
 オズはずれた帽子をくいと上げる。
 子どもみたいな顔立ちなのに、歴戦の猛者のような迫力があった。
「ちょっと、ちょっとまった! 私逃げないよ!」
 困った顔をするルファス。
 オズは表情を変えずにこちらをふり返った。
「魔神に命令されたからとか、首輪をつけられたから、じゃなくて。あくまで私の意思で魔神を助けたいの。そのためには、魔神が封印されてる場所まで行かなくちゃいけない。だからお姫さまたちに協力してるだけだし……心配しないで」
「どうしても?」
 ルファスは悲しそうな顔をする。
 子どもがモンスターに殺されたのを目撃したみたいな目だ。
「どうしても!」
 答えると、彼がため息をつく。
「だれも信用しないで。あの姫は優しそうだけど、それでも、シアーナ共和国の民を救うためなら君を犠牲にするだろうから」
「わかってる、わかってる」
 このお兄さんはちょっと深刻に考えすぎだ。
 気楽に返事していたら、オズがルファスをぶん殴って息が止まった。
「今回の処分は、これだけで見逃してあげるよ」
「それはどうも」
 ルファスはそれだけ言って、やり返さない。
 左のほおが赤くはれていた。
 私を逃がそうとしたから、騎士団への反逆行為ってやつになるのかな? なんか申しわけない。
「あのさ……お姫さまがウソをついてたらどうするの?」
 今日はいろんな話をいっぱい聞いて混乱したけど、これはちょっと気になってた。
 家族をうばわれた姫はかわいそうだけど、家族を救うためにウソをついて、ユーグリアスや他の国に協力を求めた可能性もあるよね。
 姫だけじゃ革命を成功できるほどの力がないから。
「王妃が魔神を悪用してるっていってるのはお姫さまだけなんでしょ? もし本当はそんなことしてなかったら……」
 王妃が国民に嫌われていたとしても、シアーナ共和国の元首であることに変わらないし。
 シアーナとユーグリアス王国は同盟国。
 まずいことになるのでは?
 そう指摘すると、オズが目を丸くした。
「思ってたよりはバカじゃないんだね」
「失礼だよ!」
 ニコニコしながらそんなことを思ってたの? 腹黒だこの童顔兄さん。
「別にウソでもいいんだよ。ドロシーさまが革命をおこしてくれた方が、ユーグリアスにとって都合がいいのは変わらない」
「なんで?」
「簡単にいうと、王妃……元首システィアーナはいま世界中から嫌われてて、うちの王さまも嫌ってる1人。彼女は同盟国相手にまで理不尽な要求ばかりつきつけるし、侵略みたいなマネするし。最近の態度はうちと戦争したくて挑発してるようにしか思えない」
「戦争が好きなのかな?」
「そのとおり。シアーナ共和国は戦争を繰り返してここまで成り上がった国だから、金や食料、物資に土地……またいろんな物が欲しくなったんだろう。強欲な女だよ。平和主義がはやりつつある最近の時代にそぐわない」
「へ……へえ」
 なんか難しい話になってきたぞ。
「このままではシアーナ共和国とユーグリアス王国、他の同盟国すべて戦争になる。ユーグリアスも昔はよく戦争したものだったけど、最近はなるべく戦争をさけているから困ってた。そんなときに、ドロシーさまから救援要請がきた。彼女は王妃とちがって平和主義者だ。新参者だから政治的にもあつかいやすい。だから、他の同盟国もいずれ協力してくれると思うよ。魔神を悪用している証拠があれば大々的に制裁するけど、証拠がなければこっそりやるだけさ」
「わかったような……わからないような……」
 けっこうオズたちも色々考えてるんだねってことくらいかな。
 お姫さまに一目ぼれしたから助けたいってだけの理由じゃなかったんだね。
「つまりー……大きな戦争をさけるために、小さな戦争をおこそうとしてるんだよ、僕らは」
 ユーグリアスとシアーナで争いたくないから、シアーナ国民同士でケンカさせて、こっそり片方に協力してるってこと?
「えっと、シアーナの王さま……元首は投票で選ばれるんでしょ? 姫じゃなくてもシアーナの人ならだれでもいいんじゃないの?」
「それは理想論だね。志としてはそうらしいけど、実際の元首は四大貴族の中から投票で選ばれる。そのへんを歩いてる平民が元首になることはまずないよ。だから、姫がもし亡くなったからといって僕らがそのへんのシアーナ人を新しい元首にしようとしても、シアーナ国民は納得しない」
「へー」
 そーいうシステムなんだ、この国。
 なんだかんだいって、やっぱり貴族が王さまになるんだね。
「王妃にとらわれた他の3大貴族を探す手もあるけど……どっかの国に奴隷として売られてるか、殺されてるかもわかんないしね」
「うん、なんとなくわかった」
 うなずくと、オズは眠たそうに手足をのばした。
「あーあ、もう朝になっちゃうよ。僕明日も早いからもう寝るね! おやすみー」
 へたしたら私と殺し合いになっていたかもしれないのに。
 まったく緊張感のない様子で彼はさっさと出て行った。
「僕も自分の部屋へ帰るけど……くれぐれも気をつけて」
「あ、ルファス!」
 その後に続くルファスに、あわてて声をかける。
「助けてくれて、怒ってくれてありがとう。私ルファスのことは信用してるから」
 彼は笑いそこねたように口元をゆがめた。
「……人間を嫌いにならないでね」
 私だって元は人間だったのに、その言葉が妙に胸に刺さった。