29話 ゲボクの休日・3

 太陽がのぼったばかりの朝。
 空は雪にかくされて灰色。もちろん地面も雪でカチコチ。
 そんななか、道ばたにすてられたよっぱらい。

「あひひひひひ」

 ほっといたら死ぬよね、これ……。
 教会にでもつれてってあげるか。回復魔法かけてもらったら、治るかもしれないし。

 肩にかつごうとしたんだけど、重くてもてない。おかしいな、ワンパンで勝てるっていわれたのに。ためしに近くの木をなぐってみた。

 グキィッ。
 木はびくともしない。代わりに私の手首がいたんだ気がする。
 能力が下がる昼間だから? でも、ぜんぜんパワーアップしてないような……?

「ねえねえエドラ。私ってほんとに強くなってるの?」

 声をかけても返事がない。
 みると、杖の先はただの緑の玉になっていた。
 黒目がない?

「エドラ?」

 みつめていたら、すうっと黒い線があらわれる。
 それがちょっと丸くふくらんで、トカゲの目みたいになる。いつもの目玉だ。

『……なに?』

 眠そうな声。

「もしかして寝てた?」
『うん。いまおなかいっぱいで眠いねん。10年くらい寝てたいわぁ……』
「竜って気が長いね。もう体がないのに、どうやってごはん食べたの?」

『杖で殺したときに血をすうねん。おぼえときや~。おなかペコペコやと雷だせやんよ?』
「へ~。じゃあモンスターとか殺したときに、杖をさしたらいいのかな?」

『まずいのはやめてや。……それで、なあに? そんなくだらん質問のために、うちのことおこしたん? 肉と皮燃やしてスケルトンに格下げしたろか?』

「おこしてごめんなさいエドラさま」

『よしよし、ええ子や。ちゃんと身のほどわきまえるんやで。うちが力かしたってるだけやからな? あんたが主人とか、勘ちがいしたらあかんで?』
「うん」

『返事はハイや』
「ハイ!」
『それで、ゲボクちゃん。うちになんのよう?』
「えーと……この人もちあげたいのに、できないの。私ほんとに強くなったのかなあ?」

 たぶん、夜になったらできると思う。でも、聞いてた話とちがうような。

『ゲボクちゃん、魔法使いタイプだからちゃう? パワータイプとちゃうやん』
「魔法使い? ……燃えろっ」

 手のひらで木の幹をパンッとたたいてみた。

「なーんて……え?」

 ふざけてやってみただけなのに。ごうっと木が燃えてしまってびっくりした。
 タテに長い大きな木。三角形みたいな形してて、私の4倍くらいの高さ。それがあっというまにメラメラと燃えていく。

「うーわー……」

 クーさまの青い炎とちがって、赤い炎。私の髪色とちょっとにてるなぁ。
 なんて、考えてるあいだに木は燃えつきてしまった。黒いすすだけが地面にふりつもっていく。

「うわぁぁぁ」

 こんなヤバい力、人間相手に使えない。へたしたら村ごと燃やしてしまいそうだ。

「私にはエドラがいればいいや……この力はなるべく使わないようにしよう」

 こわくなって杖をにぎる。

『えっなにそんな……はずかしいやん』

 顔がないから表情はわからない。でも、杖の目玉がぐるぐるまわっていた。
 これって照れてる……の?

◆

 私、強くなった! でも、筋力あんまりないみたい。
 ということで。

 私は男をひきずってつれてくことにした。
 足が1番もちやすいんだけど、かわいそうかな。じゃあ後ろからはがいじめにして……。

「さっきからなにしてるんだ?」

 クーさまがあらわれた。
 なにもないところから出てきた。でも、もういまさらおどろかない。

「この人を教会につれてって、治してもらうの」

「おまえに危害をくわえようとした男だろ。なんでそこまでする? おまえはこんなのが好きなのか?」

「ううん、ぜんぜんまったくこれっぽっちも好きじゃないよ。でも私のせいでこうなったようなものだから」

 わっせわっせと男を運んでいたら、クーさまにとられた。
 彼は男をポイっと道ばたにころがす。

「あっ、ひどい」
「治せばいいんだろ、治せば」

 クーさまが男の頭に5本指をつきさした。
 ぐっとつかむような動きをして、指をぬく。やっぱり血がでないし、傷あともない。だけど、右と左をむいていた男の両目が、ふっともどった。

「……なんだおまえら?」

 そばにいた私とクーさまをみて、キョトンとしている。
 ついでに酔いもさめたのかな。昨夜よりまともそうにみえた。

「あっ、もどった! よかったね」

 一生あのままだったら、さすがに後味が悪すぎる。
 男の返事より先に、クーさまが告げた。

「さっさと行け。二度とゲボクに近づくな」

 たぶん催眠てやつ?
 命じられた男は、やっぱりぼーっとした顔をした。
 寒がるそぶりもなく、村の外へでていく。

「上着もきてないし、手ぶらだけど大丈夫かな?」
「死ねとはいってない。勝手になんとかするだろ」

 黒髪の美青年はフキゲンだって顔をしている。

 無表情なときも多いけど、意外とコロコロ表情が変わる。よく笑うし、よく怒る。
 見た目は20歳くらいなのに。大人っぽいんだか、子どもっぽいんだか……よくわかんない生き物だ。

「なんでそんなに怒ってるの?」

 どっちかっていうと、殺されまくったときに怒って欲しかったよ。
 今回は「そんな怒るほどのこと?」って感じだ。なにかされてたら別だけど、未遂だし。よっぱらいがふざけて絡んできただけだ。

「おまえがあいつの心配ばかりするからだ」
「アハハ、そんな言い方したら、まるで嫉妬してるみたいだよ」

 なにはともあれ。
 心配事が1つ消えたし、やっとのんびりできそうだ。

◆

 せっかくの休みだし、町でお買い物がしたい。
 特に冬服。
 いままで暑い国にいたから、防寒用の服がない。
 でもお金がない。じゃあお金を作ろう!

 そんなわけで、カンタンなお金の作り方。
 まずクーさまに荷物をだしてもらう。森のマーケットで買ったもののうち、いらないものをぜんぶ売る。

 マーケットでは、いらないものでもジャンジャン買ってた。あの時はぜんぶ買わないと大損だったからね。
 だから不用品だけでも、けっこうな量だ。

 私にとって必要ないだけで、新品未使用だし。
 ”この国では手に入らない遠い国の品”ってことで高く買ってもらえた。

 意外と、服や工芸品より食べものの方が人気だった。トウガラシなんて、マロボ島じゃみんな使ってるんだけどな。
 これで宿代もはらえそうだし、しばらくお金にこまらないかも。

「それじゃあ、あとは1人でお買いものしてくるね! あとで宿屋に帰るから」

 エドラ寝てるけど、ちゃんと杖もってるし。1人でじゅうぶんだ。

「俺も行く」
「え、ヤダ。休みのときまでボスといっしょなんて気が休まらないよ」

 つい、軽い気持ちでいったんだけど。

「……」

 ショック受けたみたいな反応されて、ビックリした。
 いつもえらそうで、どうどうとしてるのに。
 切れ長の目を見開いて、三白眼みたいになってる。

 彼はめずらしくうつむき、とぼとぼと宿屋の方角へ歩きだした。
 ただそれだけなのに、なんかものすごい罪悪感。

「ご、ごめん!」

 追いかけて服をひっぱると、彼がふり返る。
 無表情だけど、いつもより元気がないように思えて、

「やっぱりいっしょに行こ。私クーさまと買い物いきたい!」

 そんなことを口走ってしまった。
 さよなら私の1人時間。