30話 ゲボクの休日・4

 宿屋の外で合流してから、クーさまにはフードを被ってもらっている。
 安物で悪いけど、キラキラすぎる顔面を封印するためだ。また人だかりができたら、こまる。

 私くらいの身長だと、近くによって見上げたら顔が見えちゃうけど……。子どもにだったら、見られても大丈夫でしょ。
 お店でアイテムを売ったときも平和だったのは、このおかげだ。

「クーさまって、犬に化けたりできないの? ずっと美形だと不便なときもあるんだけど」
「いいのか? おまえこの姿が好きなんだろ?」

「かわいい犬とかも好きだよ。だっこできるくらい小さくて、毛がふわふわしてて。目がまん丸なやつ」
「よわそ~……」

 そんな、思いっきりイヤそうな顔しなくてもいいじゃん。

「鏡でも見てろよ。そっくりなのいるから」
「……私のこと犬だっていってる?」

 ドブネズミよりはマシかも。なんて、よろこんでしまう自分が悲しい。犬殺さないでね。大事にしてね。

「めんどくせーから犬には化けない。生き物そっくりの体を作るのは、けっこう手間がかかるんだ。エーテルピア神じゃあるまいし。そんなにコロコロ姿を変えてたら魔力がつきる」

「そーなんだ」

「竜でさえ、1人の人間に化けるのがやっと。そう考えたらわかるか? 簡単に複数の生き物に化けられるやつなんてのがいたら、バケモノだな。ぜひ食べてみたい」

「えっ、でも、おとぎ話だったかな。その人が1番好きな人に化けて攻撃してくるモンスターがいたような……」

「あれは幻覚のたぐいだ。精神に作用してそう見せてるだけで、じっさいに化けてるわけじゃない」

「いろんなものに化けてイタズラする、イタズラおばけとか」
「クオリティが低い。あんなのといっしょにされてはこまる」
「へ~」

 ちがいがよくわからない。

 買い物をしようと露店に近づいたら、

「サムイ! サムイよその格好! もっと服キテ!」
「着がえてからオイデ! 死んじゃうヨー!」

 商人たちに追いはらわれてしまった。
 他の国からきた人たちみたい。ちょっとカタコト言葉。

「さっきべつの店でアイテム売ったときは、なにもいわれなかったのに」

 こっちは野外の露店だからかな? 店員さんが親切なだけかもしれない。
 どっちにしてもめだってるみたい。

 気づかなかったけど、いわれてみれば。せっかく色男を封印したのに、通行人からジロジロみられていた。
 クーさまは長そで長ズボン。私はローブをはおっているんだけど。もっとモコモコしたのをきないとダメらしい。

「あいつらだまらせてやろうか?」

 とクーさま。
 フードのはしから見える口元が笑っている。

「まって、なにもしないで。たのむから!」

 不吉な予感しかしない。
 でも、買い物しないと防寒具がない。防寒具がないと買い物ができない。どーしよっかな~。

 なやんでいたら、宿屋のおかみさんと目が合った。

 お買い物にきていたみたい。モコモコのコートをきて、野菜が入った手さげ袋をもっている。
 ポカーンと大きなくちをあけていた。

「信じられない! あんたたち、そんな格好で外にでたのかい!? よく生きてたね」
「私たちちょっと寒さに強くて……」

 彼女はきっとクーさまをにらむ。

「あんたこの子の連れだろ? 保護者ならもっとちゃんとめんどう見てやりな!」

 おばあちゃん魔神にケンカ売っちゃダメ! 殺されちゃうよ。
 ヒヤヒヤしたけど、彼はふつうに返事した。

「めんどうとは?」
「服!」

 おかみさんはそういって、私の手をひいた。

「宿屋にもどるよ!」

 シワシワで大きくて、やわらかくてあたたかかった。

◆

 ものの数分で宿屋へついた。
 カウンター横のドアをくぐって、奥の部屋へ。

 ここは彼女のプライベートルームみたい。他の部屋よりちょっとちらかってる。食べかけのおやつとか、おきっぱなしになっていた。

「あんたはそこでまつ!」

 クーさまをびしりと指さし、私を隣の部屋に。

「よかったら、あげるよ」

 わたされたのは、あったかそうな服一式。
 頭から足まで。部屋着からコートまで、たくさん。毛皮でできてて、モコモコしてる。おかみさんの服と同じテイストの民族衣装で、とってもかわいい。

「うちの娘が子どものころにきてたやつだけど。ちゃんと手入れはしてたから、まだきれるはずだよ」
「でも、どれも大事なものでしょ」

 おさがりというけど、新品みたいな状態だ。よっぽど大切にしてたんだろう。

「子どもが変な遠慮するんじゃないよ」

 おかみさんは服の山から1つつかんだ。

「ほら、こっちのコートはあたしが子どものときにきてたんだ。次に娘が使って、それっきり。古いけど物は良いから。あたしの親は、魔女に作ってもらった特別なものだといってたね。ほんとかどうか知らないけど。これをきてるとぜんぜん寒くないのさ」

「ほんとにもらっていいの?」
「まあ、タンスの肥やしになってたもんだから。もらっておくれ」

 おかみさんがニコリと笑った。大きな鼻がちょっとゆれる。

「あたしの孫は男しかいなくてね。こんなかわいい服きてくれないのさ」

 まるで本当のおばあちゃんみたい。
 自分の祖母を思いだして、胸が熱くなる。

 私のおばあちゃんは、けっこう前に亡くなってる。だから、話したことも数えるていど。だけど、とっても優しかったことは覚えてる。

「お名前おしえて、おばあちゃん。私はゲボクっていうんだよ」
「ゲボク? 外国の名前は変わってるねぇ。あたしゃハンナだよ、ゲボクちゃん」

 私は手ぶりで彼女をかがませると、

「ありがとう、ハンナさん」

 ぎゅっとだきついて、ほっぺにキスした。

「まあ、ふふふ」

 彼女は力強くだきしめ返す。私のほっぺにブチュウウとお返しのキスをした。
 くすぐったい。まるで実家に帰ってきた気分だった。

◆

「汚したり、破れたりしたら遠慮なくすてていいからね。思いでの服はちゃんととってあるし。服なんていつかはボロボロになるもんだから」

 じつはまだこの2倍くらい残してあるのよ、とハンナさん。物持ちが良い。

「でも、せっかくもらったから、大事にきるよ」

 とりあえず青いワンピースとコートにきがえた。
 厚手の生地だし、モコモコふわふわ。気温よくわからないけど、たぶんあったかい。
 それに青い髪飾りをつけて、髪もかわいくしてくれた。なんか2つのおさげをわっかみたいにしたやつ。

「まあかわいい! お人形さんみたいよ」
「えへへ」

 ハンナさんは私をだきあげてグルグルまわった。白髪頭だけど、けっこうパワフル。

「昼ごはんまだよね? ついでだから、食べていきなよ」
「えっ、あ、うん」

 そういえば、魔神の血を飲んだっきりなにも食べてない。人はふつう毎日2~3食くらい食べるんだった。
 ドアを開けると、顔をかくした不審者がまっていた。

「クーさまもきがえたの? あったかそうだね」

 いつのまにか、防寒具をきてる。
 フードを深くかぶってはいるけど、さっきみた通行人の服装とそっくりだ。マネして作ったのかな? すっかり忘れてたけど、服とか作れるんだった。この魔神。

「服たくさんもらったよ。にあう?」

 おばあちゃんにほめられて、つい調子にのった。
 でもどうせボロクソいうんだろーなー。

「ああ、かわいらしいな」
「は!?」

 まさかほめられるとは思わなかったから、鳥肌がたった。

「えっ、クーさまって人をかわいいとか思う感情あるの?」

 ウソだ! 頭のネジの外れた人外が女の子にかわいいなんていうはずない。ぜったいなにか裏があるんだ。

「にぎりつぶしてグチャグチャにしたい」
「急にこわいこといいだした」

 あなたの感情どーなってんの。

「かわいいものをみると、にぎりつぶしたくなる」
「そんなことされたら嫌いになるよ。しないでね。ぜったいしないでね。治せばいいとかないからね」
「そのくらいはさすがにわかる」

 アハハと笑うクーさま。
 どこまで冗談でどこから本気なんだか?

「この人はあんたの兄さんかい?」

 ハンナさんは不思議そうに私たちをながめていた。