32話 魔神の過去
彼はもともと別の世界にいた。
そこには魔界や天界があって、もちろん神もいる。
最初は清く正しく神に仕えていたのだが……あきてしまった。
「天界ってクソつまんねーな」
だから逆らって堕天した。
神と戦えば、きっと楽しい。
やがて、ただの悪魔から魔神と呼ばれるようになり……まあまあ楽しくくらしてた。
だけど、魔神には寿命がない。
時間が無限にあるものだから、やっぱりまたあきてしまった。
退屈しのぎに何度も神を殺した。しかし、神もまた不死身。
勝って負けて、勝って負けて……何度くりかえしても終わりがない。いつのまにか、ただのルーティンワークになってしまった。
「めんどくさ」
もう、神にすら興味がわかない。地上の探索もやりつくした。
こことはちがう、別の世界へ行きたい。
そう思いついてから方法を探した。
いろいろ試して、わかったことが1つ。
別の世界へ行くには、むこうから呼ばれる必要がある。
あちらからドアが開かれて、こちらも応じることで成立する。
つまりは召喚だ。
異世界に召喚されたくて、魔神はあちこちに種をバラまいた。
種……つまり魔神を召喚する方法を。本や大地。海や川、月と空にまで記したのだ。
召喚する力のないものには、読めない。文字を見ることすらできないだろう。
しかし彼は2つの可能性に期待していた。
1つ、観察者。
異世界とこちらを行き来するのはむずかしい。けれど見るだけならカンタンだ。
魔神はよく異世界をのぞく。
同じようなことをしてるやつが、あちらにもいるはずだ。
そいつが種に気づいて、召喚してくれるのをまつ。
2つめは上位存在。
魔神よりも強い力をもつ存在。召喚されなくても、別世界を行き来できるような。
それが魔神の意図に気づいて、あちらに連れてってくれないか?
期待してまつこと、約400年。
「アハハハハハハハ!」
とうとう、彼は異世界へ召喚された。
◆
異世界はすべてが新鮮で、おもしろかった。
「アハハハハハハハ!」
よくのぞき見てはいた。でも、じっさいに行ってみないとわからないことばかり。
ここには悪魔や天使は存在しない。魔神も邪神もいない。
なのに、神はたくさんいる。
この世界の神は不死であって、不死じゃない。寿命はなくほとんど死なないが、絶対じゃない。消滅してよみがえらないことが、たまにある。
そのせいか、新たな神も生まれる。まるで人間のように。
なんて奇妙な世界だろう。
「アハハハハハハハ!」
ここにいれば、しばらく退屈しない。
魔神は嬉しかった。
たまに元いた世界から呼ばれるが、すべて無視した。二度ともどる気はない。
ほうっておけば、そのうち種が消える。それで、うっとうしい呼び声も聞こえなくなるはずだ。
「アハハハハハハハ!」
まず、魔神は地上の人間たちと遊ぶことにした。
いきなりメインディッシュの神たちを選ぶのは、あまりにもったいない。
◆
「おお魔神よ! 我が願いを叶えたまえ!」
魔神を召喚したのは、人間だった。
ほんの少し魔力があるだけの、ただの男。いちおう人の王らしい。
彼は夢を通してあちらの世界をのぞき見ていた。そして、魔神がまいた種をみつけたのだ。
しかし、メリットがなければ召喚しようとは思わないだろう。
だから種にちゃんと書いておいた。
「魂とひきかえに願いを叶える」
と。
召喚者は願った。
「戦争に勝ちたいから、力を授けて欲しい。ただし魂は生贄からとってくれ」
死刑囚でも用意したんだろう。
兵士たちにとらえられた男が1人。おびえた目つきでこちらをにらんでいる。
「……」
異世界に召喚してくれた恩人だ。いろいろサービスしてやろうと思っていた。
だけど、そのやり方は気に入らない。
「いいよ」
魔神はニコリと笑ってキバをのぞかせる。
そして、国の者すべてをモンスターへ変えてしまった。
生贄として用意された人間はもちろん、召喚者も。兵士やメイドたち、平民もみんな。
「魂は生贄のものをもらう。でも、おまえになにもしないとはいってない」
説明はしたけれど、理解できてないだろう。すでに理性を失っていた。
彼らの頭にあるのは、隣国との戦争に勝つこと。それだけ。
「安心しろよ。ちゃんと願いは叶えてやるからな。アフターサービスだ」
◆
モンスターの大群が国をほろぼしていく。なかなか見どころのある光景だった。
願いどおり隣国をほろぼしたあと。
彼らはただの野生のモンスターと化した。本能のままにくらす彼らを観察するのは、まあまあ楽しい。
そのうち、生贄が人に討伐されて死んだ。
魂を回収したが、大した価値はない。
なんだこれは? 泥だんごかと思った。
外見は美しいのに、中身はヘドロみたいなやつだ。
食べてもまずいし、コレクションにもしたくない。試しに、ゲボクにしてみた。
「あ~あ~」
蘇生してゾンビにしたものの。知能が低すぎてつまらない。
できるのは「あ~」とうめくこと。人間にかみつくこと。それくらい。
1度モンスター化したから、人にはもどせないし……。
力をあたえて、悪魔にしてみる。
「けけけけけ! 人間どもを皆殺しにしてやるぜええ!」
ザコすぎてあっさり返りうち。魂ごと消滅してしまった。
質の悪い魂なんて、こんなものか。
次は質の良い魂を探してみよう。
◆
目をつけたのは、とある司祭。
ブタの神族だ。
神族というのは、前の世界でいう獣人にあたる者たちらしい。神に仕える高貴な一族だとか。神聖力をもっていたり、身体能力がずば抜けていたり……とにかく人より優れている。
見た目はただのブタ男。
しかし、星のようにかがやく魂の持ち主だった。
美しい魂はすばらしい。
食べればうまいし、力が増す。ただそばに置いて、コレクションしても良い。さんざん痛めつけて、もがき苦しむさまを楽しむやつもいる。堕落させて悪魔に変えてしまうのも、おもしろそうだ。これほどの魂なら、きっと強い悪魔になる。
なんにせよ、神にくれてやるのはおしい。
「おまえの魂とひきかえに願いを叶えてやろう。なんでもいってみろ」
美しい人間に化けてささやく。
しかし、
「あ、けっこうです。まにあってます」
まるで相手にされなかった。
だから、彼が弱ったときをねらって再びたずねた。
「死ぬのはおそろしいだろう? 寿命をのばしてやろうか。不死の悪魔にしてやってもいい」
疫病にかかり、司祭はベッドからおきることもできない。
病気のせいで全身がただれ、わずかにくちを動かすのがやっと。彼は苦しそうにうめきながら、かすかに笑った。
「命はいつか終わるから楽しく、美しいのですよ」
そして、すぐに天へ召された。
◆
ブタのメスに化けるべきだったか?
「オエッ」
少し考えて、気色悪くなった。
魔神はあくまで男性である。女性に化けたくはない。
美しい姿で男女ともに魅了することは、計算づく。
だが、性的なサービスまではしない。そういう願いを叶えたこともない。性魔じゃあるまいし。
そもそも。
無限の寿命を生きていると、繁殖して遺伝子を残す必要がない。したがって性欲自体もそんなにない。まったくないわけでもないが。特に必要性を感じない。
前の世界の神もそうだった。
だから、こちらの世界の神を知ったときはおどろいた。
神のくせに不倫だのセックスだの……性欲のかたまりだ。
ときには虐殺など、悪魔のようなことも平気でおこなう。なぜ邪神や魔神と呼ばれていないのか、不思議なくらい。
この世界では魔神さえ、”神”と呼ばれるのかもしれない。
しかし、あえて魔神と名のり続けることにした。
別の世界からきたことを忘れないように。