32話 VSスカルコーン③

 虫よけのお香みたいな、独特の匂いが鼻をくすぐる。
 おばあちゃんちを思いだすなぁ~。
 いい匂いにリラックスしそうになっていたら、周囲から悲鳴が聞こえてきた。
「うっ」
「うぐっ」
 スノーゴーレムたちに守られている魔法使いと弓部隊が苦しそうにのたうち回り、たおれていく。
「瘴気だ! 吸いこむな!」
 そんな声があちこちからひびいた。
 えっ?
 いわれてみれば、あからさまに”毒”っぽい霧なんだけど、私はなんともない。
 むしろ調子が良くなったくらいだ。
 まるで夜みたいに身体が軽い。テンション上がってきてさけびだしたいくらいだ。
 人間には有害で、モンスターには無害なのかも?
 それならチャンスだ。いまならきっとなんだってできる。
 浮きたつ心のままに、黒い霧の中へと突進していく。
 スカルコーンはその中心。
 大口を開けてもくもくと大量の霧を吐きだして身をかくしていた。
 エドラにのったままその口の中へつっこむ。
 ギザギザの牙に髪が絡まって、ぶちぶちとちぎれた。
 まだだ。まだ止まらんよ。
 私はそのまま魔神の心臓へ体当たりした。
 エドラの先端が心臓に突きささり、
「うわっ!」
 スカルコーンの絶叫とともに外へほうりだされていく。
 それがどうした!
「エドラ!」
 スカルコーンの頭上20メートルくらい。
 逆さまにぶっ飛ばされている最中でも、エドラはきちんと応えてくれる。
 黒霧の効果か、いつのまにかチャージも完了してる。
 いつもよりギラギラ発光しているところをみると、エドラもなんかブーストかかってる状態らしい。
 落下しながら杖をふるうと風よりも早く雷が走り、ドクロに大きなヒビを2本入れた。
「あはっ」
 もういっちょ!
 もう雷はでないから、エドラでそのままぶん殴る。
 ドクロの5分の1がふっとんだ。
「あははっ! あはははははは! あはははははは!」
 なんだか楽しくなっちゃってボコボコボコボコボコボコ殴り続けていたら、
「GYAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOO!」
 すっかりドクロの台座みたいになっていたお城の窓から、羽虫みたいなのがうじゃうじゃ飛び出てきた。
 大きさは人間と同じくらい。頭と両手があって、両手は羽根みたいだけど、羽根ははえてない。スカルコーンの触手と同じ、氷みたいな材質。足はなくて、しっぽみたいにつるんとしている。よくみると心臓のあたりに人のドクロ。
 それがざっと100匹くらいわーっとでてきて空へ広がった。
「き……きもい」
 ぞわっと肩をふるわせて、正気に返る。
 いつのまにか黒い霧はなくなっていて、私の身体もパワーダウンしていた。
 ラッキーだったのは、エドラが充電完了してること。
 そしてドクロの8割以上がなくなって、魔神の心臓がほぼ露出していたことだ。
 たぶんあとちょっとでたおせる。
 ……でも、そのまえに私が羽虫にやられそう。
 空へ広がった大群の羽虫たちはいっせいにこちらをみつめ、突進してきた。
「いやー!?」
 手っとり早くチャージしたくて、杖を地面に5回ついてから電撃をはなつ。
 全滅はムリでも、30匹くらいはやれると思っていたのに。
 なぜか杖からでたイカヅチは1つにまとまり、羽虫1匹だけをつらぬいた。
 なんで!?
 ちゃんと全員殺すってイメージしたのに……。
 不意にクーさまに教わったことを思いだす。
 城の兵士1人を気絶させようとしたとき。
 私が杖をぐるぐる回そうとしたら止められて、杖を地面につくようにいわれたっけ。
 もしかして、ぐるぐる回すのは範囲攻撃で、地面につくと単独攻撃になるの?
 目の前に羽虫がつっこんできて、反射的にエドラで殴りとばした。
 羽虫はぼよんとはじけて水をふきだし、消える。
 でも残り98匹が次々と襲いかかってくる。
 次の2匹を吹っとばしたところで、背中から体当たりされた。
 右胸のあたりから、羽虫の頭……白い2本のツノみたいなものがはみでている。
 悲鳴をあげたけれど、声の代わりに体液がでた。
 ツノがぬけて、宙に身体が投げ出されていく。
 地面をバウンドしたところで、また別の羽虫に頭つきされて宙をはねた。
 地面につくと今度は羽虫のしっぽでバシーンとぶったたかれる。
 そしてまた別の羽虫からの攻撃。
 やばい。袋だたきにされてる。
 いくら死なないからって、もう左足もないし。胸に穴もあいちゃったし。
 このままドッジボールにされてたらいずれ全身バラバラになりそう。
 考えている間に手からエドラが落ちてしまった。
「えど」
 杖を呼ぶ間もなく羽虫にふっ飛ばされ……
「遅くなってごめん!」
 まっさおな顔をしたルファスに抱きとめられた。
 スカルコーンに遠くまでふっとばされて、必死に走ってもどってきたんだろう。サラサラの金髪がボサボサだ。防寒具もいろいろ失くしたみたいで、顔がよくみえる。
「胸に穴あいてるけど大丈夫なのこれ!? 再生する!?」
「さ」
 しゃべろうとしたら口から体液がでてきて、ゲポォッとはいてしまった。
 視界に飛んでくる羽虫がみえる。
「あ……あぶな」
 背後から襲いかかってきた羽虫を、ルファスはふり返りもせずにちょっと体をひねっただけで斬りすててしまった。私をかかえながら、片手である。
「えっ」
 すごっ。
 なにいまの。背中に目でもついてるの?
「ごめんナナシちゃん」
 ルファスはいまにも泣きそうな顔をして、私の頭を優しくなでた。
 あ……見捨てられるのかな。
 そりゃそうだよね。乱戦状態だし、瀕死の味方をかばいながら戦う余裕なんてないよね。
「いいよ」
 うらまないよ。しかたないもの。
「君を安全な場所へ運ぶ余裕はないみたいだ」
「うん、わかってる」
 彼が罪悪感をいだかないように、なるべく平気な顔で笑ってみせたつもりなんだけど。
「だから、少しまってて。すぐにたおすから」
「ん?」
 どういう意味?
 私が理解するより速く、彼は動いた。
 人一人かかえているとは思えない速度で岸壁まで走り、そこへ私を横たえるとかばうように前に立つ。
 まさか、このモンスターの大群を一人でたおすつもり……?
 そのまさかだった。
 お兄さんほんとに人間?
 そう聞きたくなるような剣さばきで、彼は次々と羽虫を殺し始めたのである。
 人間だから息つぎとかしてるはずなのに、まったく止まらない。
 縦横無尽に動き続け、斬って突いてたたきつぶし、しまいには羽虫の死体を投げて羽虫をつぶしてしまった。
 ひたすら斬って斬って斬って斬り続けるその顔は、ふだんの優しい彼とは別人のように冷たく、怖い。
 モンスターの大虐殺を繰り広げるその姿はまるで手慣れた殺人鬼のよう……とチラリと考えてしまってすぐに打ち消す。
 助けてくれてるみたいなのに、それはあんまり失礼だ。
 彼は1人で逃げることもできたのに、こうして残って戦ってくれているんだから。
 バギインッと鈍い音がひびく。
 ルファスの炎の剣が折れてしまった。
「ルファス!」
 彼は一瞬こちらをふり返り、さわやかにほほえむ。
「大丈夫」
 いうが早いか彼は剣をすて、両手を合わせた拳と膝蹴りで羽虫を四散させた。
 ぶ……武闘派……!
 このお兄さん、見た目はインテリっぽいのにめっちゃ武闘派だ。
 よくみると折れた剣からは炎が消えて、ルファスの全身にうっすらと赤い炎がただよっている。
 火属性の補助魔法かな?
 雷属性の方が効くんだけど、雷属性の補助魔法は使えないみたいだ。
 武器を失ってからもルファスは大虐殺を繰り広げ、本当に羽虫を全滅させてしまった。
 たおれてもおかしくないくらいの運動量なのに、彼は乱れた息をととのえながらこちらへやってくる。
「ナナシちゃん、生きてる!?」
「人間じゃないから、別にこのままでも死なないよ」
 むしろ夕方になってちょっと回復してきた。
 そういうと、彼はほっとしたように笑う。
 そしてボロ人形のようになった私をだきかかえたとたん、スカルコーンの咆哮がとどろいた。
 あっ、そういえば本体がまだいたんだった!
 あわててそちらを見ると、ちょうどオズがスカルコーンにとどめを刺したところだった。
 周囲にも剣士たちがたくさんいるところをみると、羽虫が私とルファスを襲っている間にみんなでスカルコーンを総攻撃していたらしい。
 スカルコーンのドクロと心臓が黒い灰と化し、消える。
 わあっとオズたちが歓声をあげて、私はさーっと血の気が引いた。
 魔神の心臓が消滅しちゃったんだけど……クーさまはどうなるの!?
「クーさまは……魔神は死んじゃったの!?」
 どどどどどうしよう。
 すごくいまさらだけど、魔神の心臓を攻撃しちゃダメだったのかも。
 ガタガタ震えていたら、ルファスは困ったように眉を下げてほほえむ。
「魔神は死なないよ。魔神を封印してから、ユーグリアス王国は数えきれないくらい心臓を攻撃したんだ。何十回か心臓が消滅したらしいけど、1週間もあれば復活するんだって」
 どこまでも優しい、甘い声。
 おだやかな微笑が格好良くてドキッとしてしまった。
 そういえば、男の人にだきかかえられるのなんて、お父さん以外だと初めてかも……。クーさまに荷物みたいにかつがれたことはあった気がするけど、あれは本性ケモノだし。
 急にはずかしくなってきてソワソワしていたら、魔神の心臓があったあたりからまばゆい光があらわれた。
 白い閃光の後に、黒い光。
 夕方だったあたりが一瞬で夜よりも暗い空間につつまれた。
 空も地面もみえないのに、黒い羽根が舞っているのはなぜかみえる。
 人々がとまどう中心に、黒い翼をもつオオカミがあらわれた。
 大きく広がる2つの翼。
 犬と似ているけれど、犬よりも気高く、美しく、恐ろしいケモノ。
 深い青色の瞳は神秘的で、感情が読みとれない。
 しっぽにはヘビの頭がついていて、鎌首をもたげていた。
「クーさま!」
 武器をかまえ、警戒する兵士たちをたった1度のジャンプでとびこえて、ケモノはこちらへやってきた。
「これが……魔神」
 ルファスはしっかりと私をだきかかえたまま、後ずさる。
「大丈夫だから、おろして」
「でも」
「大丈夫!」
 彼はおそるおそる私を地面へおろし、肩をささえてくれた。
 クーさまは気にした風もなく、こちらに長い鼻先を近づけてくる。
「クーさま、あのときは本当にごめんなさ……うわっ」
 大きな舌でぺろんとおでこをなめられた。
 まさかこんな犬みたいなことをするとは。
 びっくりしている間にも、穴の開いた胸や左足、全身をぺろぺろとなめてくる。
「傷が……!」
 ルファスの声。
 みると、全身あちこちなめられた場所の傷がキレイに治っていた。
 胸の穴は服まで修復されているし、失った左足が生えていく。
 ケガがすべて治ると、クーさまはまた消えてしまった。
 空に月が浮かび、地面は青白い雪へともどる。
「クーさまが……」
 ぼうぜんとつぶやくと、ルファスがぽんと頭に手をのせてきた。
「不死身とはいえ心臓が消滅したんだ。きっと仮死状態で眠ってるんだよ。他のパーツをとりもどせば復活するさ」
「そうだったら、いいな」
 白い雪原はたおれた木々やモンスターと人間の亡骸で汚れている。
 思っていた以上の強敵で、味方がたくさん死んでしまった。
 それでも、とりあえずは勝利を得られたようだった。