33話 魔神の過去・2


 なんとなく、次は女をねらった。
 城という箱庭で、大事に大事に育てられた姫君。
 外見も魂も同じくらい美しい。
 世間しらずの娘だから、ちょっと優しくするだけで落ちるだろう。

「ずっと城の中にいて、退屈だろう?」

 そっと声をかけると、少女は目を丸くした。

「外の世界にはおもしろいものがたくさんある。おまえが望むなら、どこへでも連れていってやる」

「どこへでも?」
「そう。やりたいことはなんでもできる。魂さえくれるなら」

 楽勝だと思ったのに。

「遠慮するわ」

 彼女は首をふった。

「わたくしはいま幸せなの。いまの生活が大切だから、これ以上はなにもいらない」

 ならば、不幸ならなにかを願うのか?
 魔神はそのときがくるまで、じっとまっていた。
 生まれてから死ぬまで。人生すべてが幸せな人間などいない。不幸はだれにでもおとずれる。

 やがて、反乱がおこった。
 民衆たちの暴動がおこり、裏切った貴族たちがそれを援護する。

「俺たちのうらみ、思い知れ!」

 城は焼け落ちて、姫は兵士の手で床にくみふせられた。乱暴にドレスを破られ、胸元があらわになる。

「キャアアア!」

 どこからともなく魔神があらわれる。
 彼はニコニコしながら声をかけた。

「たすけて欲しいか? たすけて欲しいだろう? さあ契約だ。こいつらの首で首かざりを作ろう!」

 すると、その場にいた者すべてが動きを止めた。ちゃんと意識はあるのに、時が止まったように体が動かせない。
 歩きまわれるのは魔神だけ。そして姫だけが彼と話すことができた。

「やめて!」
「あっさり殺すだけでは不満か? いってみろ。どうして欲しい? みじん切りでも千切りでも、好きなように調理してやる」

 レイプされる1分前って姿のくせに。
 姫は涙を流しながらさけんだ。

「彼らも大切な国民よ。殺さないで!」
「は?」

 フリーズする魔神。
 彼女は自分にのしかかる兵士を見つめた。

「ごめんなさい。わたくしは自分のことだけでせいいっぱいで、あなたたちを守ってあげられなかった。王女として失格だわ……」

 そして、みずからの舌をかんだ。
 くちから血を流し、もがき苦しむ姫。

「つまらん」

 白けてしまって、魔神は姿を消した。
 再び動きだす兵士たち。
 姫をはずかしめようとしていた男は、

「し、死ぬな! 死なないでくれ……!」

 あわてて彼女のくちに手をつっこみ、窒息をふせいだ。

 さっきまで姫を犯し、殺して死体を見せしめにさらすつもりだったというのに。
 その場にいた兵士たちは、みんなで協力して応急処置をほどこした。

 手あつい看護を受けた姫は、反乱後もしばらく生きのびた。

 新しく王におさまった元宰相に嫁いだのである。夫には大事にされていたし、兵士や民からも好かれていたようだ。

 そして38歳くらいのころ。
 階段からうっかり足をすべらせて亡くなった。
 魂はもちろん天へとのぼった。

◆

 それから、なんやかんやあって魔神は封印された。
 ひんやりと冷たくて暗い海の底で、1人きり。
 退屈な数百年のあいだ。魔神は眠りながら考えていた。

「いつも優しくしてやってるのに。どうしてあいつらは俺になびかない?」

 ふつうの魂ならいくらでもとれる。しかし、魔神が見惚れるほど美しい魂は1つもとれない。
 あのキラキラしたやつが欲しいのに。

 美しい魂は、1万人に1人くらいのレアもの。だいたいみんな不幸体質で、早死にする。たまに例外もいるけど。
 みんなさっさと神の元へいってしまうから、とれないのか?

 もう100回は挑戦したのに、収穫ゼロ。
 とても自尊心が傷ついた。

 まえはどうやって手に入れたんだったか……。

 記憶をたどって、またショックを受けた。
 魔神は美しい魂の持ち主と契約できたことがない。神を殺したとき、大量に手に入れただけ。いま思うと、よだれがでるほど良質なものばかりそろっていた。

 1つくらい残しておけばよかった!

「まあいいさ。こちらの世界で神を殺せばいい。そしたらまた食える」

◆

 海の底に封印されて、身動きがとれず。
 魔神は近くにいたモンスターを食べながら、力をたくわえていた。

 最初のうちは良かった。見たことのない魔物たちが新鮮でおもしろい。けれど、ヒマつぶしになる強敵が少なすぎた。
 ボスモンスターにはナワバリがある。そのせいで、1度たおすと新しいのがやってくるまで時間がかかる。

 もうヒマでヒマで、しかたない。
 ふだんだったら相手にしないようなゲロマズまで食べた。早く封印をとくためには、たくさん食べる必要があった。

「しずかだ……しずかすぎる」

 最後にだれかと会話したのは、100年くらいまえ。
 死にかけの漁師が流れてきて、魂をいただいたときだった。ごくふつうの魂だったから、少し遊んだら消えてしまった。

 話し相手が欲しい。ちょっとうるさいくらいがいい。悲鳴だけでもいいから、だれかの声が聞きたい。退屈で退屈で、おかしくなりそうだ。

 元の世界の悪魔たちを召喚しようか? 魔力が足りない。
 そのへんの魚に力をあたえてしゃべらせるか? 食いまくったから、おびえて近づいてこない。

 だから、地上をのぞいてみることにした。

◆

 近くに島がある。
 そこの小さな村の1つが、モンスターにおそわれていた。

「お、これはいい」

 魔神のマイブームは人とモンスターの戦闘だ。自分で戦うよりも予測不能で、ワクワクする。

 人の顔がついたフナ虫? しらない魔物だ。封印されてるあいだに生まれた新種か? ずいぶん大量発生している。
 もうすぐ封印がとけそうだし。魔神の魔力の影響を受けて、増えたのかもしれない。

 村人300人に対して、モンスター1万匹。
 小さなモンスターとはいえ、あっというまに決着がつきそうな数の差だ。

 しかし、なかなか人もがんばっている。漁師1人で20匹くらいは殺しているじゃないか。足手まといの女子ども、老人を守りながら、どこまで戦えるかな。

 やっと見つけた退屈しのぎだ。なるべく長くがんばって欲しい。ここから加護でも飛ばしてやろうか。
 ウズウズしていたら、

「ん?」

 まばゆく光る魂を見つけた。

「なんだあいつ。美しいな!?」

 魂の美しさに身分は関係ない。
 外見も性別も。貧富の差や、年齢も。
 しかし、こんな人の少ないドいなかにいるとは思わなかった。

 清らかさはブタ司祭に負ける。
 優しさは姫よりおとる。
 キラキラぴかぴかとかがやく魂から伝わってくるのは……すなお、ポジティブ、脳内花畑。
 そして。

「すごく元気」

 モンスターに食われそうだってのに。なにを考えてるんだ?
 力強く燃える命のかがやきに、魔神は目をうばわれた。