33話 1つめのオーブ

 魔神が消えて、脅威はさったと判断したらしい。
 騎士たちはそれぞれ味方の手当てをしたり、周囲に落ちた武器や防具を回収したり。味方の死体を集めて、埋葬作業などを始めた。
 いろいろと指示をだしていたオズもひと段落したようで、こちらへやってくる。
「おまえさぁ~……戦うのほんっとへたくそだね! むいてないよ」
 どこからか知らないけど、戦闘中の姿をみられていたらしい。
「そんな言い方しなくてもいいでしょう」
 私といっしょに墓穴をほっていたルファスが手を止め、かばうように前へ立つ。
「彼女は部下ではなく、外部の協力者です。それも、あなたが頼んで連れてきたんだ。もっと丁重にあつかうべきではないですか?」
 べつに声を荒げたりはしてないのに、押し殺したような怒りが伝わってくる。
 なぜかこっちが怒られている気分になって冷や汗が流れた。
 ルファスはまじめだなぁ。
「魔神が治療したから良かったものの、この子はボロボロになるまでがんばって戦ってたんですよ。スカルコーンをたおせたのは彼女のおかげといってもいいくらいです」
 オズはけらけら笑う。
「ごめんごめん、別に侮辱したつもりはないよ。僕はゲボクに感謝してるし、今回ゲボクが戦いに大きく貢献してくれたことも認めてるよ、ありがとう、ゲボク」
 ルファスが壁になっていて見えにくいらしく、わざわざ斜めからのぞきこむようにして、オズがいう。
「そんな……かえって私が足をひっぱってしまったかも」
 たくさん死者がでているから、とても胸ははれない。
 でも少しでも役に立てたなら良かった。
「そうだね」
 オズはあっさりとうなずく。
「君は思ったとおり戦力になってくれた。でも、僕の部下たちが君の装備を使えばもっと上手くやれた。死傷者も少なかったはずだ」
「小隊長……」
 ルファスが低い声をだす。
 オズは気にも留めずにけた。
「だからさ、ゲボクの装備をルファスにゆずってよ」
「えっ」
 思いもよらない言葉だった。
「大事な装備だからゆずれないと、彼女はいっていたでしょう」
 ルファスは動じず、オズは笑う。
「僕にくれといったら嫌がるだろうけど、ルファスならOKするかもよ? 装備だけ彼に貸してくれたら、ゲボクはもう戦わなくていい。どう? ルファスだって、彼女が傷つくのは嫌なんだろ? ちょうどいいじゃん」
「僕は」
 ルファスがなにかいいかけたとき、
「小隊長! オーブを発見しました!」
 スカルコーンにくっついていた城を探索していた騎士たちがもどってきた。
 そういえば、オーブを壊さないとダメなんだったっけ?
「じゃあね。後で返事を聞かせてよ」
 オズは私にむかってにっこり笑うと、騎士たちを引き連れて城の中へ入って行った。
 オーブってどんなものなのか興味があったんだけど、すぐにオズが壊してしまったから見れなかった。
 これで、残りのオーブはあと3つ。

◆

 人の死体をみたのは初めてじゃない。
 故郷にいたときだって、死人がでたら埋葬を手伝っていたし。お葬式に参列したこともある。
 でも、それは今日みたものほどボロボロじゃなかった。
 名前はしらないけど、生きているときに顔をみたことがある。
 そんな人の頭がグチャグチャにつぶれていたり、内臓がはみでていたりするのは、さすがに辛い。
 私の装備をゆずっていれば、あの人たちは死ななかったのかな?
「ナナシちゃん」
 顔を上げると、ルファスが入り口に立っていた。
 あれから少し移動した場所に野営して、姫たちと合流。
 私はあてがわれた雪の家、イグルーの中で休んでいた。
「ごめん。何度か呼んだんだけど、返事がないからなにかあったのかと思って……入ってもいい?」
「もちろん。こっちこそボーっとしててごめん! 気づかなかった」
 ルファスはにこりとほほえみ、隣へ腰かける。
 スケアの代わりに夕食を運んできてくれたらしく、手にしたトレイには2人分の食事がのっていた。
 お姫さまが回復魔法を使えるらしいけど、スケアの傷は治ってないのかな。あとで様子を見に行ってみよう。
「これ、どうやって食べるの?」
 今日はテーブルがない。
 ルファスがトレイをゆずってくれたから、とりあえずトレイごとひざに乗せたものの。
 なんかよくわからない奇妙な食べ物だ。
 大きなコップがぶ厚いパンみたいなものでフタされている。わずかなすきまからは、美味しそうなバターの香りがただよっていた。
「こうやってスプーンでパンをくずしながら食べるんだよ」
「へ~」
 ざくっとパンをくずすと、白くてとろみのあるスープがでてきた。
 具材はなんだろう?
 キノコ、エビ、鶏肉、イモだ。
 パンに魔力回復効果はなさそうだから期待してなかったんだけど、スープをつけて食べるとパンもおいしかった。
 このスープ甘~い。
 ふと視線を感じて横をみると、ルファスがニコニコしながらこっちをながめていた。
 な……なにそのカワイイ顔?
「ごはん食べないの?」
「あ、うん」
 彼は我に返ったように眉を下げた。
「今日は、ごめん」
 急に落ちこんだような声。
「ルファスに謝られるようなことはなんにもないと思うよ?」
「君が地面に落ちたとき、かかえて安全な場所へ連れて行くべきだった」
「あれは私が大丈夫っていったし、べつに……」
「でもあんなにボロボロになって……痛かっただろ?」
 なんかものすごーく責任感じてそうな様子に、胸が痛む。
「や、あの。みんなには内緒にして欲しいんだけど、私じつは痛覚ないんだよ。食べ物が熱いとか冷たいとか、手でふれたものの感触とかはちゃんとわかるんだけど、ダメージにつながる痛みは感じないみたい。だから気にしないで! ちゃんと逃げられる機会はあったのに、自分から敵につっこんでいってああなっただけだから。クーさまにキレイに治してもらったし」
 ぜんぜん気にしてないよ! とアピールしたのに、彼は納得してない様子。
 私の正面へとまわり、ひざまずいてしまった。
 さらさらの金髪からのぞく赤紫の瞳はどこまでも真剣だ。
 端正な顔だちが近くにあるから、ついドキッとしてしまった。
 やっぱりルファスってかっこいいなぁ。
 人間バージョンのクーさまみたいな派手さはないけど、近所にいるちょっとカッコイイお兄さんて感じの、ほっとするタイプのイケメンだ。
「君は僕が守る」
「え」
「ずっとというわけにはいかないけど……ユーグリアス王国と君が協力している間は、もうあんなケガはさせないと誓うよ」
「……」
 顔に熱が上がってくるのが自分でもよくわかる。
 でもしかし。
 だかしかし。
「気持ちは嬉しいけど、そういうのは好きな女の子にいってあげて」
 私はそっと彼と向かい合うようにしゃがんだ。
「戦争みたいなものなんだから、ケガしちゃうのはしかたないよ。私だってそれくらいわかってて参加してるつもりだから、私のケガの責任をルファスがとるのは、ちがうと思う。私のケガは、私の実力不足のせいだよ」
 ね、と笑うと、ルファスは困ったように眉を下げる。
「君はまだそんな小さいのに、大人だね」
「ルファスとそこまで変わらないと思うけど……もう13歳だよ?」
「発展途上国じゃあるまいし、13歳で戦場にでてる子はほとんどいないよ。いてももっと後方の安全地帯だ」
 いわれてみれば、騎士たちはほとんどが20~30代のガチムチ男性。
 ルファスやオズみたいな細身の美少年は貴重な心のオアシスである。
「でもわかった。責任とって君を守るのはやめる」
「うん」
「君を守るのは僕の勝手な趣味だ」
「ん!?」
「女の子が傷つく姿なんかみたくないし……僕はナナシちゃんが好きだから」
 ふわっと爽やかに笑った表情はかっこ良さとかわいさをかねそなえていて、心臓をずぎゅんと撃ち抜かれた。
「なにいってんの!?」
「なにって、そのままだけど……」
 思わず舞い上がってしまいそうになるけど、きょとんとするルファスの態度は”妹みたいにしか思ってません”という風にみえてしかたない。
「好きな女の子っていうのは、そういうのじゃなくて……えーと、カワイイなって思う子とか」
「ナナシちゃんはかわいいよ」
「……ありがとう」
 もう、いいや。なんでも。
 これ以上続けられたらはずかしくて死にそうだったので、深く考えるのはやめた。

◆

 夕食後はまたお姫さまたちと会議。
 という予定だったんだけど、それより先にスケアに呼び止められた。
 大事な話みたいだからと、ルファスはちょっとはなれた場所で見守っている。
「ケガは大丈夫なんですか?」
「もう治った」
 彼女はイライラしたように眉根をよせ、オレンジの唇をかみしめている。
「良かった、心配してたんです」
 機嫌は悪そうだけど、ちゃんと立って歩いているし、ケガもきちんとふさがっている。
 ほっとしていたら、
「すまなかった」
 にらむような鋭い眼光で彼女がこちらを見下ろした。
「なんのことですか?」
「昼間のことだ」
 おまえもか!
「……謝ってもらうことなんて、なにもないですよ」
「本当は、あの程度のケガなら私は戦えたんだ。しかし、私の能力は貴重だ。失うわけにはいかないからと、少しの負傷でも下がっているように命じられている」
「それならしかたないじゃないですかー」
 私ぜんぜん怒ってないんだから、もういいじゃない。
「私は自分が許せない」
 ダンッとスケアが近くのイグルーを殴ってびっくりした。様子をうかがうルファスに手で「大丈夫」と合図しておく。
「よそ者でモンスターのおまえが瀕死の重傷になりながらもスカルコーンに大打撃をあたえているのに、どうして騎士の私が一撃もあたえられず、かすり傷ていどで引っこんでいるんだ……!」
「えーと……」
 ごめん、わかんないや。
 くやしくてくやしくて憤死しそうな勢いの彼女には、適当なことなんていえやしない。
 こめかみや首筋に血管が浮かび上がるほど興奮しているようだし。
「ゲボク」
 スケアはすっと身を引くと、びしりとこちらに指をつきつけた。
 とはいってもまっすぐ人差し指ではなく、なんか微妙に曲げている。こういう時でもまっすぐ人を指ささない礼儀正しさがあふれている。
「次は負けないからな!」
「う……うん……」
 キビキビすたすたとさっていく彼女の後ろ姿を見送りながら、呆然と思う。
 なんだこれ。