34話 魔神の過去・3


 じつは、美しい魂をもつ者の条件はわかっていない。
 けがれを知らぬ清らかさ? 博愛精神にみちた優しさ? 悪を許さぬ正義の心?

 ちがうね。やつらはみんな狂人だ。

 病気で苦しみながら、救いの手をこばみ。満足そうに亡くなったブタ司祭。
 自分を殺そうとした者を殺すなという姫。
 ふつーに頭おかしいだろ。あんなの。

 ……そういえばもっとやべーのもいたな。
 泥とアカにまみれて、ボロボロなのに。魂がダイヤモンドのようにかがやいていた、コジキのジジイ。こいつにもフラれた。

「金もちになって良いくらしがしたいだろう? 俺と契約すればメシもたらふく食える」

 そう声をかけたら、

「きょーみねえや。おら、好きでコジキやってんだよ」

 とかイカれたことをいって。
 冬の朝にぽっくり凍死しやがった。ちくしょう。
 こいつは清らかじゃないし、優しくもなかった。もちろん正義でもない。ただのこだわりが強いじいさんだ。

◆

 レアケースだが、人を殺しまくってた男もいたな。
 戦場で活躍して英雄と呼ばれてた。あいつの魂も美しかった。

 清らかで優しい人間が大量殺人などするものか。正義でもない。人にとって殺しは悪なんだろう?

 虫やケモノだって同族殺しくらいふつうにしてるのに。なぜ人はいけないと思うのか不思議だ。

 「人は群れでくらす生き物だから」というやつがいる。魔神の本性であるオオカミだって、群れでくらすんだが。いまのところまったく理解できない。同族だろうと敵は殺すものだ。

 ちなみにそいつは女に弱かった。
 だから、美女に化けた悪魔たちを連れてって誘惑させた。魔神は色じかけしないが、手下どもにはやらせるのである。

「かわいいボウヤ、あたしが優しくだいてあげる」
「やーん、私とよぉ」
「や、やめてください。そんなところさわらないで……」

 英雄は女悪魔たちにかこまれて、顔を赤くしていた。あと少しで落ちそうだった。

 しかし。
 白い光とともに、女神があらわれた。
 うろ覚えだが、たしか泉の女神?

「泉でおぼれないようになる」

 そんな、ささやかな祝福をあたえることしかできない。弱い神。
 英雄が少年だったころに祝福をあたえ、ずっと見守っていたという。

「悪しき者たちにまどわされないで」

 ハラハラと涙を流す女神。
 それを見たとたん我に返りやがって。

「あなたが初恋だった」だの「ずっと好きでした」だの……。なんかワチャワチャやってるうちに、女神がそいつを連れさって。

 英雄は戦神になり、泉の女神と結婚してしまった。
 人が神になるとか、神が結婚するとか。どーなってんだよ、ここの世界は。ちょっとおもしろかったから、いいけど。

◆

 ちっぽけな島で見つけたコイツも、なかなかイカれてる。
 ふつうの人間は、モンスターにおびえてなにもできず。泣きながら殺されて終わりだ。

 ましてや、まだ子ども。10代前半といったところか。
 母親や老人たちと山にかくれていたのに。なんでいきなりガケから飛びおりた? 自殺のつもりか?

 だけど魂はそういってない。
 村人はみんな絶望してるのに。この娘はまだ生きる気でいる。
 転げ落ちて死ぬかと思ったが、木の枝につかまって減速。モンスターの上に落ちた。

「きゃーキモイー!」

 きゃあきゃあとモンスターをふみつぶし、海へとはしる。
 そのあいだにフナ虫たちは足をのぼり、胴体をはう。全身を食われながらも、少女は止まらない。
 もう消えかけの命だってのに。どうしてあんなにキラキラとかがやいているのか。

 ……欲しい。

 もっとこっちにこい。あともう少しで”手”がとどく。
 あいにく本物の手はない。体は封印されている。だけど、小娘1人くらい幽体でもひろえる。

 彼女はとうとう海へたどりつき、身を投げた。
 その先には死にかけた2人の男。
 なにしてるのかと思ったら、どうやら彼らをたすけたいらしい。

「バカだな」

 体格のいい成人男性ならともかく。
 無力な子どもが行ったところで、死体を増やすだけ。
 このためにガケから飛びおりて、モンスターの群れにつっこんだのか? 本当にどうかしてる。
 魔神は笑った。

「おもしろいバカは大好きだ」

 きっと、おまえがいれば退屈しない。

◆

 予想どおり、少女は男たちをたすけられなかった。
 成人男性2人を水面へひきあげようとするが、できない。モンスターにやられた傷が全身にあるし、まもなく溺死するだろう。

 そんな状況でも、まだあきらめてないから感心してしまう。
 男たちから手をはなして、自分1人逃げればいいものを。子どもが大人をみすてたって、だれも責めはしないのに。

「まだまにあう。おまえの魂をよこせば、2人をたすけてやる」

 魔神だと名のると、少女はとまどいながらも受け入れた。

「私は? 3人ともたすけて!」

 まあちょっとキーキーいってたけど。

「それはできない。3人で死ぬか、2人たすかるかだ。わかったらさっさと”はい”といえ。あと30秒であいつら死ぬから」

「だだだだって! 魂よこせとかいわれても!」
「早く」
「じゃあ、2人だけじゃなくて村のみんなもたすけて! あのキモいフナ虫みな殺しにして!」
「いいよ」

 契約成立。

 少女の魂から神の祝福が消えた。魂をつつんでいた白い光が失せていく。代わりに、どす黒い煙のようなオーラにおおわれた。

 少女は死んだが、魂は天にのぼらない。もう俺のものだ。

 魔神は笑う。幽体の両手で、大事に大事にそれをとらえた。
 真紅のルビーみたいにかがやく、美しい魂。
 食べてしまったらもったいない。そうは思いつつ。あんまりおいしそうだったから、軽くひとなめ味見した。

「あまい」

 くちのはしが勝手につり上がっていく。

 海の底にしばりつけられていた”心臓”の封印が、完全にときはなたれた。
 美しい魂を食べると力が増す。
 これなら、地上へもどれそうだ。

 男たちは水をはかせ、回復魔法をかけて浜辺へころがしておいた。
 魔神が人間に回復魔法をかけると、たまに失敗してモンスター化する。
 もしそうなっても、

「生きてさえいれば契約違反じゃない」

 そうしらばっくれるつもりだったが、運よく成功したようだ。ふつうに意識をとりもどした。

 ボロボロだった少女の体は、1度たべてから作りなおした。魂に夢中で顔なんか見てなかったが、まあ顔も悪くない。かわいいじゃないか。長い赤毛が、魂の色とにていて気に入った。

 やっと手に入れたレアものだ。こいつはゲボクとしてそばにおこう。コレクションみたいなものだ。

 上質な魂だから、昔ゲボクにした人間みたいにはならないだろうが……念のため、いろいろ特別仕様にしてやろう。
 なるべく生前そっくりのゾンビにしたい。

 汗はかかないが、涙が流せるようにしよう。肉体がくさらないように保護魔法もかける。戦闘力はなさそうだが、消滅されたらイヤだな。俺の心臓をうめこんでやろう。

 そうそう、人の心は弱くてこわれやすいからな。痛覚や不快な感覚はオフ。味覚、触覚はオンにして……。ああ、まて。恐怖や不安などの感情までいじったら、性格が変わってしまう。調整、調整……。

 楽しくなってつい、いろんな機能を盛りすぎた。けっこうな魔力を使ってしまった。

 魔力で仮の体を作って、地上であばれようと思っていたのに。フナ虫どもを一掃することを考えたら、これ以上は使えない。
 女の体に入るのはイヤだが、しかたない。魔力が貯まるまでのあいだ、少女と体を共有することにした。

◆

 人面フナ虫どもを片づけたあと。

「ゲボクでいいや。どうせ私ゾンビだし……ゲボクって呼んで」

 村の人間たちの対応に、なにか思うことがあったらしい。
 少女は生前の名前をすてた。

 ゲボクと体を共有したのはわずかな間だった。

 しかし、その間ずっと彼女の感情や思考が伝わってくるのは疲れた。さすがにうるさすぎる。
 この小娘は、いちいちクッソどーでもいいことで泣き、怒り、傷つく。じつにめんどくさい。だけどすなおでなつっこくて、よく笑う。

 気まぐれに優しくしてやっただけなのに。よろこんではしゃぐ姿をみていると……なんだかむずがゆい気持ちになる。

 魔神のことを怖がりながらも、感謝しているし。好きだという。かわいいやつだ。愛しすぎて、たまにグチャッとつぶしてやりたくなる。

「……」

 殺気を感じとったのか、ゲボクが肩をぶるっとふるわせた。

「ゲボク」

 手まねきすると、警戒しながらもすなおによってくる。
 赤毛頭をさわさわなでていたら、

「クーさま、最近よく私の頭なでるよね」

 彼女は不思議そうにこちらを見上げた。

「……なでられるのが好きなんだろ?」

 このまえ。ゲボクの髪に他の男の匂いがついて、ムカついた。
 フロにも入ったし、もう消えたけど。それからなんとなく。自分の匂いをつけておきたくて、ついさわってしまう。

「うん、まあ。でもそれじゃ犬のさわり方だよ。もっとこう……しゃがんで」

 いわれたとおりにしゃがむ。
 ゲボクは、人に化けた魔神の髪を優しくそっとなでる。

「こんな感じ。あんまりワシャワシャやられると、髪がボサボサになってこまるんだよね」
「ふーん?」

 同じように彼女の髪をなでると、くすぐったそうに笑っていた。