34話 クレア村

 まっ白な雪におおわれた城。
 石でできた壁にかこまれた中庭で、幼い娘と青年が向かい合っていた。
「どうしてカーライルとは結婚できないの?」
 少女はモコモコした毛皮のローブを着こんでおり、きりきりと眉をつり上げている。
「ドロシーさま、歳がはなれ過ぎています。22もちがうんですよ。御父上とほとんど変わらないじゃないですか」
 同じく毛皮のコート姿の青年は、ハハハと笑った。
「カーライルはお父さまじゃないもん!」
「いっしょです。ただのジジイですよ。結婚は、もっと年が近い若者をお選びくださいね」
 話は終わりとばかりに、カーライルはひざまずいた状態から身体をおこした。
 ドロシーは逃がさないとばかりにそのコートをつかむ。
「メアリは"愛があれば歳の差なんて関係ない"っていってたよ!」
 カーライルは眉を下げて彼女の頭をなでた。
「……よいですか、姫さま。あなたが結婚できる年になるころには、きっと俺はもう寿命で死んでいます。もし生きていたとしても、結婚してすぐ死ぬでしょう。だからダメなんです。俺のことなんか忘れてしまいなさい」
 ドロシーは目を見開き、ぽろぽろと涙をこぼす。
「カーライル、かわいそう……」
「ああ、泣かないでくださいよ! 大丈夫ですよ、カーライルにはたくさん恋人がいるんです。だから独身でも、あと数年で死ぬとしても、かわいそうじゃないんですよ」
 ドロシーは泣きやみ、ぱちぱちとまばたきをした。
「たくさん……恋人がいるの?」
「はい、7人の恋人と3人の子がいます!」
 カーライルはほっとしたように笑顔で答える。
「最低!」
 ドロシーは思いっきり彼のほおをひっぱたいた。

◆

「ドロシーさま、ご気分でも悪いのですか?」
 声をかけられて我に返った。
 年老いたカーライルが心配そうにこちらをのぞきこんでいる。
 周囲にはユーグリアス王国の騎士たち。
 20代から50代までの者たちで、中にはカーライルと同じ35歳の者もいる。しかし、あきらかにカーライルの方が老けている。彼らは80くらいまで生きるそうだが、そのせいかみんな若々しく、元気だ。
 カーライルはユーグリアス人の50歳と同じくらいの外見にみえた。
 寿命の短いシアーナ人は成長が早い代わりに、老化するのも早いのだろう。
 いままで外国人と接する機会がなかったから気づかなかったが、こうして対面してみれば、寿命のちがいがハッキリとわかる。
 ……もしカーライルが彼らのように80まで生きられたら、自分と結婚する未来もあったのだろうか?
 バカなことを考えてしまった。
 いまさらどうしようもないし、もう終わった話だ。
 恋人や子がたくさんいるような男など願い下げだし、彼だって、「俺はあなたが3歳のころからそばにいるんですよ? そんな娘と結婚は考えられませんなぁガハハ」と笑っていたのに。
「考えごとをしていました。婚約の話でしたね」
 ユーグリアス王国からの支援の条件として”ユーグリアス王国の貴族と結婚すること”と最初からいわれていたのだ。
 結婚後、ドロシーがシアーナ共和国の元首となることは変わらない。
 しかし実権は夫に握られ、ユーグリアス王国の操り人形となる。
 それでもいいと答えたのは自分だが、肝心の結婚相手はまだ決まっていなかった。
「お相手はわたくしが選んでよいのですか?」
 確認すると、ジーク隊長がうなずく。
「我が王も鬼ではありません。革命を成功し、あなたが元首となってから1カ月以内に、候補者の中からお選びくださいとのことです」
 候補者は20人ほどいるらしい。
 相手を選ぶ自由はないだろうと覚悟していたため、これは意外だった。
 これなら好みのタイプくらいは聞いてもらえるだろう。
「わかりました。ではそのようにさせて頂きます」
「ちなみに、いまここにいる我々も候補者ですよ。私と彼らには妻子がいるので候補外ですがね」
 ジークは笑って自分と部下を何人か指さす。
「はあ……」
 そういわれても、ここにいるメンバーはだいたい30代。
 ドロシーは13歳。
 お断りである。
 カーライルは初恋の人だが、彼が好きだっただけであって、べつに年上趣味ではない。
 なるべく年の近い男を選ぶつもりだ。
「はいはーい! 僕立候補しまーす!」
 オズがニコニコと手をあげる。
 そういえば、彼は18くらい。
 この中では最年少だった。
「おまえには爵位がないが……まあこの戦争での活躍しだいといったところか」
 ジークがあごひげをなでる。
「まだ生き残れるかどうかもわかりませんので、元首になってから選ばせていただきますね」
 ドロシーは事務的に答える。
 はじめて出会ったときからオズの好意は伝わっていたが、どちらかというと女顔で小柄な彼は好みではなかった。
「失礼します!」
 ちょうど話の区切りが良いところで、イグルーの外から声がかかった。
「ルファスです。ナナシを連れてきました」

◆

 お姫さまたちがいるイグルーに入ると、もうみんなそろっていた。
 たぶん、私には聞かせられないような大事な話でも先にしていたのだろう。
「今回の戦い、ご苦労でした。戦いの様子はずっと見守っていましたよ」
「あ、ありがとうございます」
 スカルコーンの姿を映していた、あの四角い道具を使っていたのかな?
 お姫さまのねぎらいに答えると、ジーク隊長が口を開く。
「ところで、君は魔神に杖の使い方やその装備について教わらなかったのかね?」
「教わりましたよ?」
 隊長が鼻で笑う。
「その割にはまったく使いこなせていないようだが? ずいぶんとお粗末な戦い方だったな。まるで農具のクワを手に逃げまどう農民のようだったぞ」
 ルファスがムッとした顔でなにかいおうとしたので、とっさに手で止める。
 これくらいの軽口は気にしないってば。
「私は、あんまり戦ったことがないんです」
「そんなもん見ればわかる。せっかくの神器を! 雷をだせるこん棒みたいにあつかっている愚かさが許せんのだ!」
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
 杖をよこせ、といわれるかと思いきや、隊長は一冊の本をとりだした。
 かなり傷んで使い古された分厚い本だ。
 そのページをパラパラとめくりながら、彼は続ける。
「私の見たところ、その杖には雷竜の魂が宿っている。意思があるのだ。いわばおまえの使い魔も同然。竜のように高い知能と力をもつ使い魔だぞ? ありとあらゆる使い道がある」
「えっと……具体的には?」
「例えば、伝説の英雄黒ヒゲ男爵。彼は神からさずかった聖剣を1度投げるだけで100匹のオークを全滅させた。自我をもつ聖剣は黒ヒゲの命令を理解し、みずから右へ左へと飛びまわって逃げまどうオークたちを串刺しにし、黒ヒゲの手にもどってきたという」
 黒ヒゲ男爵なんて初めて聞いたけど、なんかすごい人らしい。
「それならできるかもしれません」
 うなずくと、ジーク隊長はびしりとこちらに指をつきつけた。
「そしてそのローブとブーツ! 雷竜のウロコからできているな!?」
「そ、そのとおりです……」
 片足を失ったときに落としたブーツはルファスが回収してくれた。
「雷竜のウロコでできたローブが氷属性の攻撃で破れていたのが不可解だが……火属性の魔神の加護がついたせいで、かえって氷属性に弱くなってしまったのかもしれんな」
 隊長は本を読みながら独り言のようにつぶやく。
 あの羽虫が小さな炎の矢で砕けていたのは、属性の相性のおかげなのかもしれないな、などとぼんやり思った。
 よくわからないけど、彼の口ぶりでは属性って大事なものみたいだから。
 スカルコーンが氷属性じゃなければ、クーさまも平気だったのかもしれない。
「とにかく、そのローブとブーツにもなんらかの特殊効果があるはずだ!」
「あ、はい。もともとの私の運動能力より、すごく速く動けるし、ジャンプもできます。あと鉄の剣くらいならはじき返せるみたいです」
「他には?」
「え、ないと……思います」
「雷竜のローブとブーツがそれだけのはずがない! もっとよく調べておけ!」
「はい」
 どうやって、と聞くヒマもなく、ジーク隊長はテーブルの上に地図を広げる。
「よし! では本題に入るぞ。我々はこれからクレア村へ移動し、人員と物資を補給する!」
 彼がしめす場所は、三日月型のシアーナ国のまん中に近い場所だ。
 どうどうと村なんて入って大丈夫なのかな?
 こちらの不安を見透かしたように、隊長は告げた。
「おまえたちが戦っている間、我々はなにもしていなかったわけではない。クレア村と連絡をとり、住人たちを味方にするため説得していたのだよ。ユーグリアス王国からの新たな支援もそこへとどくよう手配してある」
「そうなんですか」
 それは助かる。
 ワイバーンが来たときにちょっと人も増えたんだけど、それ以上に死人がでたし。
 いまいる人数だけでは正直心もとなかった。
 ふと目が合って、姫が補足説明する。
「クレア村はわたくしの故郷。地理を知りつくしており、住民たちもみなわたくしの味方です。しかし王妃と雪の王がいる城にもっとも近いため、危険な場所です。気をひきしめてまいりましょう」
 ついて早々に戦うことになりそうな、予感がした。