35話 世界征服できるかな?

 数百年まえ。
 グパジー帝国は4カ国と協力して魔神を封印した。
 そのわけまえが魔神の右手。

「魔神の力は、この世にあってはいけないおそろしいもの。悪用されないように、各国が責任をもって保管しておくこと」

 盟約を破ったら、他の4国がフクロだたきにしてやる。

 そう告げられたが、守る気なんてまったくなかった。
 最強の武器を手に入れたのに、使わないなんてバカげてる。

「これを使って世界征服してやるぜヒャッハー! グパジー帝国バンザイ!」

 魔神の右手には、異世界の悪魔を召喚する力があった。だから、軍事利用するためにたくさん召喚しようとした。
 そうしたら、魔力をそそぎすぎたのか? なにかまちがえたか?

 魔神の右手が暴走した。

「アーッ!?」

 グパジー帝国のものすべてが、モンスターへ変わってしまったのである。

 ツノとか羽とか生えてるし。下半身が魚だったり、頭がカエルだったり……。
 変わりはてた姿になってしまって、みんな絶望した。

「イヤアアアアアア! ナンテコッタアアアアアアアア!?」

 けれど、皇帝陛下は気に入ったらしい。

「これはこれでよくね?」
「そ……そっすか?」

 陛下だけほぼ人間のままなの、ずるい。
 なんて思ったが、えらい人相手にいえる者はなく。
 その日からグパジー帝国はモンスター国家と化した。

◆

 モンスターの軍隊を手に入れたグパジー帝国。
 これなら世界征服も楽勝……かと思われたが。皇帝は用心深かった。

「魔神の体をもってる4カ国にバレたら、まずいんじゃね?」

 彼らにフクロだたきにされたら負ける。モンスター化して強くなったとはいえ、魔神の力には勝てない。

 グパジー帝国がもつ”魔神の右手”はこわれてしまっていた。
 暴走してから、ピクリとも動かない。

 そこで、表むきは人のふりをすることにした。
 外国との交渉は、人に化けられる者にまかせる。
 そして、

「ぼかぁ魔神の体なんか使ってません。ちゃんと人間ですよ。人間ですってば!」

 としらばっくれた。

 4カ国は、

「あいつ、もしかしてこっそり魔神の体を使ってるんじゃないか? 大量のモンスターをしたがえていると、スパイから情報がとどいてるんだが?」

 とうたがっているが、まだ証拠をつかんでない様子。
 まさか全国民がモンスターになってるなんて、夢にも思うまい。

 そうやってごまかしながら、グパジー帝国は次々と戦争をしかけた。
 近くにある国をどんどん侵略し、吸収していったのだ。4カ国に勝てるくらい、強大な国になりたかった。

 しかし、なかなかうまくいかない。
 長い時間をかけてグパジー帝国は強く、大きくなってはいる。
 だけど4カ国もまた、強くなっていた。

 特に、

「魔神の頭を使ってますけど、なにか? 文句あんのかぶち殺すぞ!?」

 とおおっぴらにいいはなつ、シアーナ共和国。
 この国だけは敵にまわせない。好戦的すぎる。

 他の3国は魔神の体を使いたくない、平和主義。よほど追いつめないと戦争なんかしないだろう。
 グリアス王国は女王が即位してから、国が乱れていた。

「女王さまありがとー! くらしやすくなったわ!」

 とよろこぶ声と。

「あんな小娘の命令にしたがえるか!」

 という声があり、内乱がおきそうな気配がする。
 だから、次に戦争をしかけるならここだろう。

 ひそかに準備をしていたら、女王が女神のしもべになったらしい。
 神託を受けるようになってから、人気が急上昇というウワサ。

「女王さまめっちゃステキやん……」

 そんな信者が増えつつあるそうで、様子見している。
 魔神があらわれたのは、そんなときだった。

◆

 グパなんとかって国の雪原についた。
 これからどこへ行くんだろうと思っていたら、

「右手の気配がない」

 とクーさまがつぶやいた。
 ちゃんと右手はついてるけど、これは彼が作ったニセモノの体らしい。いま探してるのは本物のほう。

「でも、この国のどこかに封印されてるんだよね?」
「そのはず」
「右手のところにテレポートすればいいんじゃない?」

「テレポートは万能じゃない。行き来できるのは、事前に魔法陣をかいてマーキングしたところだけ。マーキングが消えたら使えないし。魔力の波動で敵に気づかれることもある。……こいつみたいに」

 彼の手前に半透明の壁があらわれた。
 岩石みたいな氷がたくさん、壁にぶつかってくる。
 ガガガガガガッ!

「えっなに」

 壁が氷を防いでいる。だけど、そうとう冷たいみたい。壁の形にそって氷ができ始めた。
 ギンッ!
 変わった形のロングソード?
 するどい刃がむこうがわから刺さったと思ったら、クーさまの壁がくだけて消えた。

 長い剣をかまえた人影。
 その人は流れるように剣をふるい、クーさまの首をはねた。

「く」

 クーさまだいじょうぶ!?
 さけぶより先に、「アハッ」と楽しそうな笑い声。

「やるなあ、おまえ」

 血はでない、みたい。
 胴体から切りはなされて落ちていく、美しい顔。
 こんなときだってのに、彼は嬉しそうにニッコリ……してたんだけど。

「ぶち殺す」

 巨大なオオカミの姿に変わって、人影の上半身を食いちぎってしまった。
 ほんの一瞬だけ怒ってる顔がみえたんだけど……あんまり怖すぎて私は腰をぬかしていた。

 ひいいいいぃぃぃ。

 なんかいま、人でもオオカミでもない顔してた。まさに悪魔って感じのトラウマになりそうな不思議生物っていうか……。しばらく夢にでそう。あっ、私もう夜に寝ないから夢とか見ないんだった。

 バリバリムシャムシャ。
 剣ごとかみ砕いて、魔神は人影をのみこんだ。
 かわいそうに。男か女かさえわからない内に死んでしまうなんて。

「アレ作るの時間かかるしめんどうなんだよ。しばらくこの姿でいる」

 ぺろりと口元をなめて、オオカミがいう。

「……」

 この姿で何度か会ったことあるのに。最近ずっと人間の姿だったからかな?
 なんだか、しらない人……じゃない。しらないケモノみたいで、怖かった。さっきヤバいものをみたし。

「ゲボク?」

 魔神が近づいてくる。

「ひええ……」

 小屋くらいでっかい、バケモノサイズのオオカミだ。ふみつぶされそう。
 背中には鳥みたいな、黒いツバサ。

 顔はたしかにオオカミなんだけど、なんかいろいろ悪魔っぽい雰囲気。たまにでてくるクーさまの幽体ハンドは、人間の骨格に近い感じ。だけど、いまは四つ足歩行だからか、ケモノっぽい手足だ。もしかして2足歩行に変形できる?

「怖いのか」

 こちらに鼻先を近づけていたオオカミが、ふいと顔をそらした。
 さっき人をかみちぎったのを見たばっかり。私もあんな風にかみちぎられるんじゃないかと、ヒヤヒヤしてしまう。

「……」

 だけど、なんだか横顔がさびしそうに見えて……大きな耳にふれてみた。
 ぴくっと犬耳が動く。
 でも彼はじっとしてて、さわらせてくれた。
 モフモフ……モフモフ……。ここは犬といっしょかも。やわらかくって、あったかい。……ん? あったかい?

「クーさま、体温がある」
「頭はとりもどしたからな」
「へ~」

 これがクーさまの本当の体かと思うと、ちょっと不思議。
 頭や首すじ、顔もなでちゃう。まっくろなワンちゃ……オオカミなんだけど、毛ヅヤがいい。このサラサラの毛、どこかでさわったような?

「あ」

 人間バージョンのときの髪の毛だ。長さはちがうけど、質感がよくにてる。
 目もいっしょだ。

 神さまといわれたら納得する、神秘的な雰囲気のお顔。
 おそろしく美しいオオカミさん。
 その水色の瞳は人のときと同じ色。にらんでるような冷めた目つきも、いつもとまったく同じだった。

「よかった、ちゃんとクーさまだ」

 首すじにぎゅっとだきつく。
 毛皮につつまれて、すごい癒し効果。宿屋の石けんと、血の匂いがする。

「……」

 そういえばさっきバリバリ食べてたね。
 体をはなしたら、ぺろっと顔をなめられた。
 食べないでね?