35話 司祭フリッツ

 すべてが氷でできた美しい城。
 透き通った白い氷は深い青と淡い緑色に輝き、虹のように幻想的な雰囲気をただよわせている。
 城の内部は鏡状に光が反射しており、広間に集まった20人ほどの人物を40人にも80人にも見せていた。
「スカルコーンとセイレーンが死んだって? だれが殺したの?」
 玉座に深く腰かけ、足を組んでいる女性が問う。
 シアーナ共和国の元首、あるいは”通称王妃”のシスティアーナである。
 結い上げた金髪を飾るのは、白銀の王冠。
 女性用のティアラというべきか。雪の結晶を模して作られたらしいそれは一見シンプル。しかしよく見ると、びっしり寄せ集めたダイヤモンドの集合体だ。
 ドロシーやカーライルと同じく耳はウサギのように長く、ぴんととがっている。目と同じ色の青いピアスがゆれていた。
 ビスクドールのように整った顔をしていて、まつげが長く、目が大きく。アイラインがとてもくっきりしていて目力が強い。
 白くほっそりと長い首には赤い首飾り……と思いきや、生々しい傷跡がついている。
 処刑されたときの傷だろう。
 首と胴体はくっついているものの、傷跡はカサブタになっておらず、いまにも血が流れ落ちそうだ。
 暖かそうな青いドレスを着てはいるものの、スリットが入っているためひざ上くらいから素肌があらわになっており、防寒性はあまりなさそうな格好。
 周囲にひかえる騎士たちのような毛皮のブーツではなく、走りにくく寒そうなハイヒール。
 それなのに彼女は少しも寒そうなそぶりがなく、吐息が白くそまることもない。
「逃亡したドロシー姫に他国が協力しているようです」
 王妃にひざまずいたまま、ロッソ大臣が報告する。
 高そうなローブ姿の太った男だ。
 こちらは緊張した面持ちで白い息をハアハア吐いている。
「他国ですって?」
 ドロシーと聞いた段階では余裕の表情だった王妃が、眉根をよせる。
「確認した限りではユーグリアス王国とアルバ帝国の兵が姫と行動を共にしているようです」
「なんですって!? 敵の人数は!?」
「2国合わせて200人ほどの少数です。こちらに気づかれないように姫を支援しているつもりなのでしょう。痕跡を残さないように気をつけているようですが、すでにクレア村とヴァレンティ城が陥落していますから、間違いないかと。ドロシー姫と地域住民たちにセイレーン、スカルコーンをたおす力があるとは思えません」
 シアーナ共和国の女には雪の王により強い魔力があたえられている。
 しかし彼らはすべて氷属性。同じ属性のスカルコーンとセイレーンをたおすには圧倒的なレベル差が必要となるのである。
 氷属性の弱点、雷か炎属性の兵士がいるにちがいない。
「ドロシーなんてザコはどうでもいいけれど、ユーグリアスとアルバが協力してうちに攻めてきたならばほうっておくわけには行かないわ……」
 王妃が怒りの形相で玉座から立ち上がり、一歩進んだとき。
 大きな大きな2つの手があらわれて彼女をつつみこんだ。
 人間たちが吐く息に似ている。実態のない水蒸気のような白いモヤでできた手だ。
 手のひらの部分は王妃の身体をすっぽりつつむほど巨大だが、腕は異様に細くて関節がなく、いびつに歪んでいる。
 化けるのが下手なモンスターが人間のマネをしているような奇妙さだ。
 腕と手以外の身体はなく、宙からいきなり生えている。
「怒らないで、わたしのかわいい人。わたしがみんな殺してあげる」
 恋人にささやくような甘い男の声がひびき、王妃が顔を赤くする。
 しかし、照れ隠しのように彼女は口元をきゅっと引き結び、仏頂面を浮かべる。
「邪魔しないで。ただ殺せばいいというものではないのよ。ユーグリアスとアルバの兵の何人かは生け捕りにして賠償金をぶんどってやらなくちゃ! 協定違反よ! それに、魔神の力も試してみたいし……」
「わたしの力だけではたりませんか……?」
 しゅんとしょげたような声に、王妃がうろたえる。
「ちがうわ! そういうことじゃなくて、あなたはこの雪の大地からでられないから、国のためには国外で使える力が必要なのよ」
 雪の王は雪の大地シアーナ共和国の中ならば無敵。
 しかし、”雪の王”だからこそ国外へでられないという最大の弱点をかかえている。
 簡単にいうと、彼にとって外国は暑すぎて、溶けて死んでしまうのである。
 だからこそ、いままで挑発を繰り返して敵をシアーナ共和国へおびきよせる戦法しかとれなかった。
 だが、いつまでもこの手は使えない。
 雪の王が国外へでられないことは、もう諸外国に気づかれているだろう。
 最近どこの国もシアーナに攻めてこなくなった。
 しかし戦争を続けていないとシアーナは生きていけない。
 だから禁忌である魔神に手をだしたのだ。
「必要ありません。あなたはずっとここに居ればいい」
 白い手はゆらりゆらりとゆれて、王妃の頭をそっとなでる。
「そういう問題じゃなくて……わかったわよ、じゃあドロシー姫たちの軍勢を殺してきてちょうだい。ユーグリアスとアルバ兵はなるべく生け捕りにしたいけど、もし殺しちゃったら死体は残しておいてね!」
「はい。それでは出かけてきますが、あまりイライラしてはいけませんよ。わたしはあなたにずっと笑っていて欲しいのです」
「はいはい。行ってらっしゃい、あなた」
 王妃がニコリとほほえむと、白い手は彼女の頭をもう1度なでてから霧のように消えていく。
 王妃は恋する乙女のようにため息をつくと、
「なに見てんのよ!? あんたたちもさっさと行きなさい! 姫はおそらく残り2つの領地もねらってくるはずよ!」
 待機したままの大臣たちを追いだした。

◆

 クレア村は思っていたより都会だった。
 雪山にかこまれているから、田舎といえば田舎なんだろうけど、私の故郷とはぜんぜんちがう。
 村というより城下町みたいなところ。広くて人がたくさんいるし、レンガ造りの建物やランプが並ぶ街並みはとってもお洒落だ。
 隊長さんがいっていたとおり、クレア村はすっかり味方らしく。
 到着すると同時に味方の野営地に案内された。
 雪山の木々にかくれるようにたくさんのイグルーが並び、馬やケモノ、騎士たちが待機している。
「しばらくここで待機。村に入ってもいいけど、村に入るときはあまり目立たないようにね。あと合図があったらすぐにもどれる範囲にいること」
 オズからみんなにそういう指示がでて、私たちも自由行動になった。
 どうしようかな、と考えていたら、ルファスが走りだした。
「フリッツ司祭さま! お久しぶりです!」
「ルファス! 大きくなりましたね」
 ルファスと親子のように抱き合っているのは……巨人みたいな男性だった。
 シアーナ共和国の男性も2メートルくらいが平均身長だから、私からすると巨人だったんだけど。この人はそれ以上に大きく、2メートル50センチくらいあるし、横のサイズもかなりぽっちゃりしている。
 頭のてっぺんだけ髪をそっている変わった髪形。
 ずんぐりむっくりした丸顔。
 ひらひらしたロングスカートみたいなローブを着ているんだけど、魔法使いとはタイプがちがう服。
 〇に棒がついたようなマークがちらほら刺繍されている。
「ゴズのことは残念でしたね」
 ルファスを地面におろして、フリッツがいう。
「はい。ですが、国のために戦って死んだのですから、父も本望でしょう。”たくさん人を殺した自分がベッドの上で楽に死ねるとは思っていない”と、生前よくいっていました」
 ルファスはうなずき、こちらをふり返る。
「フリッツ司祭さま、紹介します。この子はナナシ。魔神の手下でモンスターなのですが、わけあって協力しています。良い子です!」
 えへんと胸をはられてちょっとはずかしい。
 良い子は魔神を復活させたりしないと思うよ……。
「魔神の手下でモンスター……!?」
 司祭さまがびっくりしている。
「ルファス、人と魔物が共に生きることはできません。悪魔にまどわされてはいけない!」
「人と仲良くできた、第一号かもしれません」
「……モンスターの協力者がいるとは聞いていたが、まさかルファスと関わりがあるとは」
 悪びれもせず、堂々としているルファスをみて、司祭さまがしぶい顔をする。
「ナナシちゃん、こちらはユーグリアス共和国のフリッツ司祭さま。死人を蘇らせ、失った身体の部分さえも再生させる奇跡のお方なんだ。なにかあったら司祭さまを頼るんだよ」
「司祭さまにさっそく嫌われてるみたいだけど……?」
「まさか! フリッツ司祭さまは僕の父と親しくて、小さいころからのつき合いなんだ。司祭さまは君がモンスターだからって差別するような方ではないよ」
 ほんとかなぁ?
「……まあ、君が戦闘中に負傷したら、回復魔法くらいはほどこしましょう。モンスターに神の祝福が効くかどうかはわかりませんが」
 しぶしぶ、という様子で司祭さまが告げる。
「よろしくお願いします」
 と返してから、ふとたずねる。
「死人を蘇生できるなら、ルファスのお父さんをよみがえらせてもらったら?」
 司祭さまが眉を下げる。
「死者の蘇生や回復魔法にも制限や限界はあるのです。死後、時間が経って腐敗が進んでいたら蘇生できないし、蘇生術が使えるのは1人に1度だけ。身体の欠損が多く、血液や骨などが足りない場合は代替品になる材料が必要となる……などさまざまな事情でそれはできないのですよ」
「そうなんですか」
 クーさまでさえ死者の蘇生はできないといっていたし、魔法も万能じゃないんだなぁ。
「ね、良い子でしょう」
 ルファスがにこにこと司祭さまに声をかける。
 司祭さまはそんな彼を横目でチラリとみたあと、真顔でこちらに少し顔を近づけた。
「ルファスが懐いているようなのでとりあえずあなたを信用しますが、もしもルファスを裏切ったら……あなた、地獄に落ちますからね」
 まったく信用されてない。