37話 レッツゴー空中戦

「ギイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」

 ヘビのバケモノが大口をあけ、クーさまにかみつこうとする。
 彼はというと、オオカミの長いくちをパカッとひらいた。

 青い炎がチカチカッと光る。
 あ、これシアーナでみたことあるやつ。

『やめて!』

 エドラがさけんで、びっくりした。
 彼女がクーさまを止めるなんて、初めてだ。そもそもほとんど話しかけないのに。

 魔神もおどろいたみたい。撃とうとしていたファイアブレスをフッとかき消す。すばやくはばたいてヘビの突進をかわした。

 頭をかわしても、長い胴体がうねって体当たりしてくる。
 それを連続でかわし続けながら、彼はエドラにたずねた。

「どうした?」

 ヘビがUターンしてキバをむく。かみつかれそうで、ヒヤヒヤした。

『アレ、うちの彼氏です』

 杖の先にある目玉から、ハラハラと涙がこぼれ落ちていく。
 私は必死でクーさまの毛にしがみついていた。めちゃくちゃゆれる。ふりおとされそう。逆だちみたいになっちゃってるよ。

「えっ、彼氏って氷竜じゃなかった?」

 たしか、エドラと友だちになったときにノロケていたはず。

――彼氏はなぁ、氷竜やねん。ウロコがキラキラしてて、ツバサも大きくてめっちゃカッコイイねん。ツノが4本もあるし、しっぽも長~いし。

「でもアレ、羽根がないよ。ウロコも、キバも、ツノも……」
『たとえ骨だけになっても、あのセクシーなしっぽを見まちがえたりせえへん』

 エドラは泣き止まない。
 こぼれ落ちた涙がどんどんこおっていく。

 彼女の本来の姿は、ずっとまえにみた緑の竜。だけど、このまえ見た人の姿で表情を想像してしまう。どこか気弱そうなお姉さんだったな……。いまもきっと、眉を下げているんだろう。

「おまえまでゲボクみたいなことをいうのか? 殺すなって?」
『ちがうねん、あいつはうちに殺させてください!』

 えええええ。

「なんで!? せっかく彼氏と再会できたのに。仲間にして、いっしょに旅しようよ!」

『アレはもう話せやん。うちのこともわからんようやし……めっちゃかっこよかった彼氏のあんなみっともない姿、これ以上みてられへん』

 ヘビのバケモノ……元氷竜がアイスブレスをはなった。
 とっさに魔神がツバサでガードする。でも、さすがに防ぎきれなかったみたい。
 クーさまの黒いツバサがどんどん白く、こおりついていく。

 ズガガガガガガガガガガガガガガガッ!

 長い! なんでそんなに息もつの?
 クーさまの犬耳、顔、上半身……全身がこおっていく。

 目のまえがまっしろで、ほとんどなにも見えない。
 だけど、雷竜の杖だけはギラギラとまばゆく光っている。エドラは吹雪の先をまっすぐ見つめていた。

 彼女は悲しんでて、怒ってる。
 氷竜をこんなにしたなにかに。

『うちの彼氏……ローグはいさぎよい竜やった。こんな姿で現世に残るより、死にたいはずや。こんな自慢のウロコもなくなってしまって……ほんまはだれにも見られたくなかったやんな? かわいそうに……だから、うちがトドメさして楽にしたるんや』

「勝てるのか?」

 クーさまがきく。
 羽根がこおって上手く飛べなくなったらしい。落下しはじめて、体が宙に浮く。飛ばされないように、彼の毛をしっかりつかみなおした。

 そこで気づく。
 クーさまと雷竜の杖がこおってるのに、私はぜんぜんこおってない。

 なんで?
 素手の両手なんか、まっさきにこおりそうなのに。こおりついた杖をにぎっても、ぜんぜん平気だ。顔と足もいつもどおり。

――あたしの親は、魔女に作ってもらった特別なものだといってたね。ほんとかどうか知らないけど。これをきてるとぜんぜん寒くないのさ。

 このコートをくれた、ハンナさんの声がよみがえる。
 まさか、このコートのおかげ? すごいよハンナさん! 本当に魔女が作ってくれたやつなのかも。ありがとうハンナさん!

 まさか氷竜対策に使われるとは思わなかっただろうけど……たすかった。

『勝ってみせます!』

 エドラがさけぶ。


「てつだうよ」

 彼女は杖だ。体がないと不便なはず。
 声をかけると、竜の目玉がくるりとこちらをむく。それにむかって笑いかけた。

「友だちだからね!」
『……せやったね』

 エドラも笑う。くちはないけど、声が笑ってた。

「じゃあ、がんばれよ。俺はあっちを相手してくる」
「あっち?」

 なんか気になることいってた。でも、きいてるヒマがなかった。

 ゴキボキイッ。
 そんな音がしたと思ったら、クーさまの手が犬手じゃなくなってて。ひょいとつままれて、氷竜めがけて一直線。

「ヒッ」

 ほうり投げられて、私とエドラは流れ星のように飛んでった。
 移動が楽になったよ、ありがとクーさま。でも次から予告して。

 彼はどんどん落下してたけど、まあだいじょうぶでしょ。魔神だし。

 氷竜に近づいてから、杖に飛びのった。
 ビュンビュンと波のりのように空をかける。私がこおってたらこんな風には動けなかったな。杖がこおってても、体が無事なら戦える。

「エドラ、また私の体を使ったら?」
『あれは魔力の消費が激しいねん。うちは雷に全力をそそぐ。コントロールはたのんだで、ゲボクちゃん』
「わかった! 行くよ!」

 こんなでっかいバケモノ、私1人じゃぜったいムリ。戦う気すらおきない。だけど、エドラがいるからこわくない。
 2人ならきっと、だいじょうぶ!
 私は氷竜の上空でおりると、杖を両手でふりかぶった。

◆

 魔神があらわれたときいて、グパジー帝国は大パニック。
 なんせあの魔神だ。
 数百年まえに封印された、わざわいのみなもと。
 右手だけで、国民すべてをモンスター化した。本体がきたら、どうなることか。世界が滅亡するんじゃないか?

「あいつは封印したじゃねえか。なんでいるんだよ?」

 皇帝は魔神を封印した関係者である。
 彼もなかなかいい歳だった。人間やめてから、もう数百年になる。

「ンー、右手はまだ氷龍がもっていますからなぁ。残り4カ国の封印が1つか2つ。とけたのではないですかの」

 臣下のじいさまがいう。
 元はふつうのじいさまだったが、いまは手のひらサイズ。
 小人のようだが、なかなかの凶悪面だ。ハカマ姿で机に正座している。

「このまえ、シアーナ共和国が戦争に負けたっつってたな」

 皇帝はピンときた。

「あの野郎、しくじりやがってええええええ」

 やだあ魔神こわーい。
 皇帝は両手で顔をおおった。
 封印するとき、アレだけ大変だったのに。またやるのお? やだあ!

「ちょっとまて。封印とけたっつっても1つくらいじゃねーの? まだ完全な力はとりもどしてないだろ。いまならヤれるんじゃね?」

「ン……2つかもしれませぬ。伝わってくる魔力の波動が強すぎまする……陛下も感じているのでは?」
「……」

 イエス。ついさっきまでは、そうでもなかったのに。
 魔神はこちらにどんどん近づいてきているらしい。さっきから背筋がゾワゾワしていた。
 皇帝はびっしりと冷や汗をかく。

「あいつ、自分の右手をとり返しにきたのか?」
「たぶんネ」

 とじいさま。
 皇帝はあきらめたように、顔から両手をそっとはずした。

「やられるまえに、やるしかないな。勝てば魔神の力がもっと手に入る。一気に世界征服も夢じゃねえ」
「ンー、勝てますかのう」
「どのみち俺らに逃げ場はないぞ」

 魔神からは逃げられない。

「やりましょ、陛下!」
「やりましょ、やりましょ!」

 家来たちはノリ気だ。
 魔物化してから知能が落ちたんじゃねえかと思う。

「伝令。人間でも強いやつは戦わせろ」

 グパジー帝国は近隣諸国を吸収合併し続けている。
 つまり、人間の兵士もいるのである。

「国外で戦争中のやつらも全員よびもどせ。総力戦だ」

 グリアス王国を探るため、彼らの領土にちょっかいをかけていた。
 あくまで様子見だったので、そこまで戦力はさいていないが。魔神相手に余裕はない。全軍で戦う。

「グパジー帝国に栄光あれ!」
「グパジー帝国に栄光あれ!」
「グパジー帝国に栄光あれ!」

 家臣たちが盛り上がる中。
 皇帝は、

「こいつらオトリにして逃げよっかな?」

 なんて考えていた。