38話 わんこ大戦争
「ギャオオオオオオオオオオオオオッ!」
氷龍が魔神を発見して、おたけびをあげたとき。
「あっ、陛下! 空にでかい犬が!」
グパジー帝国の者たちも魔神をみつけた。
「うわきやがったああああ! 戦闘用意!」
最後にみたのは数百年まえ。
あんまりおぼえてないが、小さくなっている。封印されて力をうしなったのだろう。
しかし、外見はそのままだ。ツバサの生えた黒いオオカミ。……ただオオカミと呼ぶには毒々しすぎる。オオカミのバケモノ、というほうがしっくりくる姿だ。
遠くからうす目でみれば、犬みたいでかわいくみえないこともない。
しかし、彼らはしっていた。
近くでみればやはりバケモノである、と。
猛獣にただよう独特のふんいき。ひとめみただけで強いとわかる。捕食者のもつ威圧感が、本能的な恐怖をよびおこす。
だから、氷龍にやられて魔神が落ちてきたとき。
皇帝と古参たちは油断しなかった。ひたすら戦闘にそなえていたのである。
「やったー! 魔神が死んだぞ! なんだよえーじゃん!」
よろこんでいたのは、新参のひよっこばかり。
ムリもない。彼らは百年も生きてない。魔神というものをしらない。
「あれくらいで死ぬなら、苦労しねえんだよなァ~……」
皇帝陛下がため息をつく。古参たちはウンウンうなずいた。
「やったか!? やってない! なんてやりとり、昔50回くらいやりました」
「あいつ死なねえから、動きを封じるくらいしかできることねーんだよな。目玉くりぬいても手足切っても、平気そうにしてるしよ」
◆
魔神が地面に落ちた瞬間。
ドオンと音をたてて大地がゆれ、われた。
島の土台にヒビが入り、強烈な衝撃波がとんでいく。
落下地点で待機していたモンスターたちが、100匹ほど死んだ。抵抗するまもなく、衝撃波でつぶされたのである。近くにあった町の建物がふきとび、つぶれていく。
わずか5秒間。
ゆれがおさまるまで、だれも動けなかった。
ふりつづける白い雪。まいあがった茶色い土煙。
そこに、生き物の影がぬっとうつった。
「攻撃、用意!」
まず、最初にしかけたのは人間チーム。
水や氷属性の魔法が使える者。あるいは、その属性が付与された武器をもつ者たちである。
魔神は火属性のケモノ。
水か氷でなければ、ダメージすら入らない。封印によって弱体化しているかもしれないが……あまり期待はできない。
ピウンピウンピウンピウン……。
魔法使いチームの頭上に、水の玉があらわれた。彼らが杖をふり、呪文を詠唱するたびにふくらんでいく。
ただの玉ではない。10人がかりで圧縮させた、高濃度の水のかたまりである。
水球は海のようにうずまき、激しさを増していく。
ゴオオオオオオオオオオオオ……。
杖をもつ魔法使いたちの腕はふるえていた。重力に押しつぶされるとでもいうかのように。足はふらつき、呼吸が乱れていく。大量の汗をかいて湯気がでていた。
「攻撃、はじめ!」
水球がパアンとはじける。
大量の水はまっすぐとびだして、魔神らしき影をつらぬく。
手ごたえあり。城を一つ、破壊できるほどのパワーをこめた一撃だ。死んでいなくても、致命傷くらいは負っているはず。
と思われたが、あわれなケモノの悲鳴はきこえてこない。
代わりに、
「つめたっ」
顔に氷水かけられた、みたいなのん気な声がした。
ズン、ズン、と影は大きく長く、のびていく。
ゴキバキボキゴキゴキュッ。
骨がぐちゃぐちゃに変形したような、奇妙な音がひびく。
「がんばって準備してるからまっててやったのに、このていどか。ガッカリだよ」
ものの数秒で、太陽にとどきそうなほど大きくなった。
「もういい、死ね」
魔法チームはふみつぶされて、死んだ。
彼らは遠距離攻撃のチームだ。ちゃんと1キロくらいはなれた場所にいた。まさか、そんなところまで足がとどくなんて思わなかったのだ。
つかれきった魔法使いたちは、逃げることすらできなかった。
◆
「まさかこれで終わりじゃないよな? 少しは俺を楽しませろ」
魔神は第2形態へ変化した。
第1形態の四つ足歩行とちがって、2足歩行タイプである。頭はオオカミのまま。フサフサとした長い毛が髪のようにみえる。
いったいどこにかくしていたのか?
首から下には金属製のヨロイ。魔法使いのローブと軽装の甲冑が混ざったような服装だ。体もオオカミのままなのに、骨格だけは人のよう。長いしっぽがゆらゆらとゆれていた。
オオカミの神族がいるなら、こんな感じだろう。
ただし、おそろしく大きかった。
城よりも、山よりも大きい。雲に軽く手がとどく。
封印されて、弱体化したから小さくなったのではない。身動きしやすいようにあのサイズでいた。それだけだったのだ。
ちなみに、人間の武器チームはとっくに攻撃をはじめていた。魔神の足をチクチク攻撃している。しかし、ダメージがなさすぎて気づかれてないのである。
「あいつぜんぜん弱ってなくね? これもう逃げた方がよくね?」
皇帝は城の最上階でつぶやく。
その気になれば、氷龍を両手でつかまえることだってできるはず。なのに、氷龍にやられっぱなしで反撃もしないなんて、らしくない。
魔神は氷龍に興味をなくしたように、城の方ばかり見ている。
なにをたくらんでいる?
ふと、目があった。
黒いオオカミがニヤリと笑う。
「あ、みつか」
一般的な炎の色は赤やオレンジ。青い炎は、約10000度以上の高温である。
魔神のくちから、超高温の炎がはなたれた。
炎というより、もはやビームである。
グパジー帝国の城は一瞬でケシズミと化した。
◆
魔神はちらりと氷龍をみる。
そこでは、ゲボクたちがチョロチョロ動きまわっていた。
「……」
長いしっぽがかすかにゆれる。
チクッ!
「ん?」
なにかかゆい。
ふとみると、魔神の全身にモンスターたちが群がっていた。町にいた連中が変形したらしい。クモのような動きではいまわり、かみついている。
羽根があるやつらは羽虫のようにとびまわっている。さっきから、水魔法やら氷魔法をとばしていたらしい。
ちょっと冷たいのが不愉快だ。
「消えろ」
魔神の青い目がまばゆく光る。
「ギャッ!」
まるで熱されたバターのように。
青い光にてらされたモンスターたちは、とけて落ちていく。
「汚いな」
魔神は眉をひそめ、指先でそれをはじく。
一掃できたのはいいが、体にへばりついてしまった。あとで洗おう。
「……やっぱり、あいつのマヌケな戦いっぷりを見てる方が楽しい」
ちょっと期待してたのに大したことないし。つまらない。
魔神が背後をふり返る。
まだグパジー帝国の連中が全滅したわけではない。
しかしもう残っているのはザコばかり。右手はあっちにあるし、興味が失せていた。
ところが。
「ゲボク?」
ほんの少し、目をはなしただけだったのに。
ゲボク、雷竜、氷龍。
だれもいなくなっていた。