41話 悪魔メトメタ召喚

 悪魔メトメタの能力は雷と暴風雨。
 魔法陣の発動と同時に、天候が変わる。

 雪でおおわれた、まっしろな空。それが、本のページをめくるように闇へそまる。

 百本近い雷光を体にまとわせたメトメタは、ケモノににていた。
 頭から左右に広がり、枝分かれしたイカヅチ。空へつながるそれは、鹿のツノのよう。

 全身は発光していて、シルエットだけしかわからない。
 両手が大きすぎるが、上半身は人。下半身はやはり、鹿のようなヒヅメがある。

 悪魔は、光の速さでヘビガメをつらぬいた。

 まともに見ることができた者は少ない。ほとんどは残像だけ。
 しかし、ヘビガメの悲鳴は国中にひびいた。

「ジャアアアアアアアアア!」

 効果はばつぐんだ!

 深い海のそこ。固い甲羅の中で眠っていれば、無敵のヘビガメ。
 けれど生身の部分はよわかった。

「我らが神よ」

 悪魔は神の双頭をひきちぎり、魔神へささげた。
 止める者はいない。メトメタが近づいただけで、感電死したからだ。

「ごくろう」

 そっけなく告げられた一言に満足して、悪魔は消える。
 魔神はまだ本来の力をとりもどしていない。長居すれば負担になってしまう。

 それに、敵が死んだならいる意味もない。彼にとっては戦いこそがごほうびなのだ。

◆

「ひ……ひでえ。かわいいヘビガメさまになんてことしやがる……!」

 グパジー帝国の皇帝陛下は、犬ネコよりヘビやカメが好き。
 ヘビガメさまの死に、鼻水たらすほど泣いていた。

 ちなみに魔神の『やっちまえ』ボイスは地底までひびいた。音がでかすぎてウサが気絶。死にかけてるのに、そちらはスルー。そういう男である。

「なん百年かかっても、このうらみはらしてやるからな!」

 遠メガネで地上を見ながら、皇帝がさけぶ。
 そのとき魔神と目があった。

『そんなにがんばらなくていい。おまえはいま、ここで死ね』

 地下シェルターで身をかくしているのに。すぐそばにいるみたいに声が近い。

「まさか、俺が見えているのか?」

 遠メガネは魔神にくらべたらちっぽけな機械だ。なのになぜ気づかれた?
 皇帝の背中を汗がつたう。

 ヘビガメの死体を食べて、魔神は回復。
 第3形態へ進化していた。

 青い炎のカタマリである。頭や手足、しっぽや羽まで。すべて燃えさかる炎でできている。けれど体のシルエットはオオカミそのもの。ちなみに四つ足。

『しらなかったのか? オオカミってのは耳がいいんだ。ずうっと聞こえていたよ。おまえのハラたつ話し声がな』

 ドオンッと縦に大地がゆれた。
 ドンドンドンドンドンドンドンドン激しい横ゆれがはじまり……地下シェルターの天井がわれた。

 そこから巨大な青い瞳がのぞく。

「ヒエッ」

 魔神と皇帝は同じ火属性。同じ属性だと、あまり攻撃が効かない。
 だが、両者のレベル差がかけはなれていれば、同属性でも通用する。

 魔神はまだ封印がとけきっていない。レベル50ほど。

 皇帝には、味方のモンスターを支配する能力がある。しかし肉体的には人間とほぼ変わらない。鬼のツノが生えてて、ちょっと体がじょうぶなくらい。攻撃力だけなら、レベル7。

 まともに戦えば、魔神の圧勝だ。

「まっ、まてまて! 降参する! 降参するから……」

 同じ火属性を焼きつくすほどの、地獄の業火。
 彼は悲鳴をあげることすらできなかった。

◆

 ずっとふり続いていた雪がやんだ。
 悪魔メトメタがさってから、また白い空にもどっていたのに。

 少しずつ気温が上昇するとともに、空が青くそまっていく。
 つもった雪がとけて、こおりついた木々が緑をとりもどす。止まっていた時間が動きだしたように、花が咲きはじめた。

「おっと」

 黄金の光につつまれて、魔神の右手がもどってきた。幻影の右手と重なり、ぴたりとくっつく。
 どこかで、本体の骨が消滅したらしい。

 もともと魔神は不死身である。肉体が消滅しても、いずれ復活する。
 いままでは右手が封印されていた。だから、再生しなかった。

 しかし封印ごと消えたのなら、本体へもどってくる。
 だいたい心臓へいくのだが……心臓はゲボクにあずけているため、こっちにきたらしい。

「やったな、あいつら」

 炎のオオカミがほほえむ。
 しかし、だれもいない空をみてしっぽを下げた。

「……どこいった?」

◆

 守護神ヘビガメと皇帝が死んだ。
 だが、グパジー帝国はまだほろばなかった。

「お父さま……」

 皇帝には娘がいたから。
 昔は息子もたくさんいたのだが、みんな死んでしまった。後継者あらそいで殺しあったからだ。

 生き残った娘、マツリ姫。
 彼女も魔神の力を受けて、魔物化している。

 上半身は着物姿の美少女。しかし、下半身はヘビである。

 特にこれといった能力はない。彼女は父親ににず、平和主義だった。そのため、いままでずっとかくれていた。

 ……じつをいうと、皇帝が世界征服したかったのは彼女のためである。

 昔グパジー帝国はよわくて小さな国だった。
 まわりの国はみんな敵で、なんども侵略されていた。

 しかし姫は気弱で大人しく、とても戦国で生きていけそうにない。
 そこで父がはりきった。

「パパにまかせなさいマツリたん! 君が安心してくらせる世界を作ってやるからな!」

 その結果がこれである。
 「はりきりすぎちゃった」ではすまないほど、人が死んでいる。

 父の暴走を止められなかった姫は、心をいためていた。

「私はこれから、父の罪をつぐなおうと思います。まずはご迷惑をおかけした国へおわびを……」

「おまちください! しばらくは陛下が生きているふりをするべきです」

 ちゃっかり生きのこっていたウサがいう。死体と思われて、殺されなかったのである。

「ン、わしもそう思います。陛下はさんざんケンカを売っておりましたからな。陛下が亡くなったといってすぐ下手にでては、ひどいめにあいますぞ」

 小人のじいさま。

「そうかしら……? 政治のことはよくわからないわ。あなたたちのいうとおりにしましょう」

 姫はうなずく。
 家臣の中から、自分の代わりに政治をおこなってくれる者をえらんだ。

 城は燃えつきて、味方は半減。
 ボロボロの状況で、みんなでたすけあって生きていくことにしたのだ。

「どうしましょう。父がむかし同盟をくんだシアーナ共和国が、援軍をたのんできたわ……たすけてあげたいけど、ムリよね。うちもボロボロなんだもの」

「心を鬼にしてキッパリことわりましょう。私が陛下っぽいお返事を送っておきます。同盟も破棄しましょうね」

「まあ、たのもしいわウサ」

 しかし、それも長くは続かなかった。

 皇帝が死んだせいだろうか?
 みんな、だんだん本物のモンスターへ近づいていった。

 体はまえからそうだったし、人食や共食いもしていた。
 だけど、なんだかんだで心は人間らしかったのに。

「私たち、なんで人間のふりなんてしてるのかしら……? もうお父さまもいないし。世界征服とか、どーでもいいじゃない……?」

 人間のふりをして国家としてくらす。
 その意味がわからなくなってきた。

 国とか政治とか、きょうみない。べつにモンスターだってバレてもよくない? ”グパジー帝国”にこだわらなくても、そのへんの森や海でくらせばいいじゃない? 家をたてて、集団でくらす必要もないよね。

 そんな風に考えるようになってきて……マツリ姫が解散を宣言。

「グパジー帝国は今日でおしまい。もう、みんな自由にくらしましょう」

 そして、みんな野生に帰った。
 グパジー帝国があった場所は、別の国にうばわれた。

 しかし、マツリ姫は野山で楽しくくらしている。
 世界征服はできなかったが、皇帝もあの世でよろこんでいる……かもしれない。