42話 アリッタ共和国へようこそ
グパジー帝国は東のはてにある島国。
その、ちょうど正反対の場所。
西のはてにはアリッタ共和国がある。
美しい水色の海に、小さな5つの島がならぶ場所。
その上空には動く城。
「ほわわ~ん」
丸い、ぼうしのような体をもつ生き物……クラゲ。
その頭の上に、城がのっているのだ。
ただのクラゲならつぶれてぺしゃんこ。
しかし城をのせたまま、フワフワと宙をただよっている。触手は短く、魚のヒレのようだった。色は黒と赤紫。いかにも毒がありそう。
このクラゲはアリッタ共和国の守護神、カイゲツさま。
この国に魔神の左手がある。
そして、このすぐ近くにグリアス王国の領海もあった。
グリアス王国は広く、アリッタ共和国とはなかよし。なにかあればたすけあっている。
そんなところに、グパジー帝国がちょっかいをかけてきた。
何度もグリアス王国の領海へ侵入し、挑発してくる。
そのたびに、グリアスとアリッタが協力。グパジー帝国を撃退しているのだった。
「キリがないですね」
大きな木造船の上。
空とぶモンスターを弓で撃ちおとしながら、ルファスがいう。
金髪に緑の目、すらっとした細身の青年。
グリアス王国の新米騎士である。元は王城で警備などしていた。しかし大神官について、ここへ派遣されてきた。
「にゃーん」
大神官メルズーク。
彼は白いネコの神族。右が金、左が水色のオッドアイ。金の首かざりやピアスなど。アクセサリーをじゃらじゃらつけている。細身の短毛種。紫色の布を体にまいて、服にしていた。
こちらも元は王城づとめ。女王に嫌われ、左遷されてこの前線にきた。
「うーん、イヤな予感がするなぁ。君、死にたくなかったらボクの近くにいるんだよ」
しゃべりながら、ネコは光魔法をはなつ。たくさんの光の玉につらぬかれ、ゴーストたちがチリとなった。
「ギャアアッ」
ゴーストとは主に人間の幽霊がモンスター化したもの。
手など体の一部しかなかったり、全身があるものもいたり。姿かたちはさまざま。
共通点は人をおそうこと。
今回のゴーストたちは人をおそい、船を破壊しようとしていた。海で死んだ幽霊たちは特に船幽霊(ふなゆうれい)と呼ばれ、船をしずめようとすることが多いのだ。
「ご心配なく。自分の身くらい自分で守れます。そもそも私はあなたの護衛です」
ルファスは弓を連射し、モンスターを3匹おとす。
「グギッ」
「ギャッ」
「ビイッ」
船は大量のモンスターにかこまれていた。
空からは飛行タイプやゴースト。海からは水陸両用タイプが攻めこんでくる。
敵はモンスターばかりで、人間はいない。
だが、このモンスターたちはグパジー帝国の手先だ。いつもいつも、帝国の方から飛んでくるからすぐわかる。帝国がモンスターを使役していることは有名だった。
「なに、領海にモンスターがわいた? 船もおそわれたって? そいつぁ大変だなぁ~」
「うちは関係ありませんよ。証拠ないだろ?」と毎回シラをきるグパジー帝国。
まだ本気で戦争をしかけるつもりはなさそうだ。しかし、時間の問題だろう。こっちが先にキレて開戦するかもしれない。
「ルファスって、自分の希望でここにきたんだって? 後悔してない? 毎日毎日ゴミ掃除のくりかえしなんて、退屈でしょ?」
「いえ、任務ですから……それに、アリッタ共和国の近くにいたいんです。探している人が、あらわれるかもしれなくて」
メルズークはパッと目をかがやかせた。
「えー? なになに、女? クッソまじめなカタブツくんかと思ったら~」
空からおそってきた、飛竜タイプの魔物を光魔法でつらぬく。
「ギイイッ!」
飛竜といっても、目玉が1つしかなく。体も小さくて細い。名前に「竜」がついているだけのザコである。雷竜や氷竜の足元にもおよばない。
「子どもですよ。ちょっと……保護してあげたくて」
ルファスは甲板のエビ型モンスターを射撃する。
バシュッ!
仲間の騎士が殺されそうになっていたからだ。たすけられた男が、軽くこちらへ手をふる。ルファスが目礼した。
「ボクから見れば、君もまだまだ子どもだよ」
「僕は……私はもうすぐ18。グリアス王国では成人です」
ちょっとムッとした顔でルファスがいう。
メルズークはくすっと笑うが……ぶわっと毛を逆だてた。
「みんな! 海面のやつを攻撃して! ザコはほっといていい!」
船から少しだけはなれた海面。
美しくすきとおった水色に、黒いものが広がっていく。
黒い液体のようなそれは丸くふくらみ……巨大なモンスターへ変わった。
鼻はない。手足もない。ボールみたいな体は長い髪の毛でおおわれている。人間そっくりの目が2つ。大きくあけたくちの中には、これまた人間のような歯。どこかブキミでグロテスク。
それがパックリくちをあけ、息をすいこみはじめた。
ズオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
まわりの空気をすって強風をひきおこす。海水をすいこんでうずしおを作った。
グリアス王国とアリッタ共和国の船が、どんどんひきよせられていく。船体がかたむいて、船のりたちが顔を青くした。
「せっ、船長! 早く逃げてくださいよ!」
「いまやってる!」
「た、大砲を……!」
「撃つまえに舟がしずむっての!」
彼らはマストにしがみついたり、帆をあやつったりと大あわて。
戦闘中だった騎士たちも、おちないように船にしがみついた。海へおちたら、すぐに飲みこまれるだろう。
「でかい」
ルファスは目をねらって弓を射た。しかし、くちにすいこまれてしまう。あれでは剣も通用しそうにない。
「うげー、苦手なタイプ」
メルズークは両手で印をくみ、海めがけて特大の光魔法をはなった。
虹色にかがやくレーザービーム。
しかし、巨大な魔物には効かなかった。
「はあ!?」
すばやく海の底へもぐって、よけたのである。
すいこみ攻撃は中断されたが、海が大きく波たつ。
「デカブツのくせにすばしっこいなんて、ムカつくなぁ」
舌打ちするメルズーク。
ルファスがまわりの海を警戒した。
「いったいどこへ……」
船が大きくゆれる。
乗員すべてに重力がかかり、体が宙に投げだされていく。
巨大モンスターが船の下へもぐり、頭つきで船を投げとばしたのだ。
「うわああぁっ!」
船がこなごなに破壊され、空中分解。乗組員や騎士たちがふっとんでいく。ルファスとメルズークもなすすべなく、落下をはじめた。
落下地点には、さっきの巨大モンスター。
大きなくちをあけ、すいこみを始めてまちかまえている。
「クソッ」
メルズークが光魔法の詠唱をする。
しかし、
「ぶっ」
自分の首かざりが顔にあたって、詠唱が中断された。
アクセつけんの、やめよっかなァ~。
メルズークは死を予感した。
そのとき。
『伝令! 伝令! ただちに帰還せよ! 魔神を撃退すべし!』
どこからともなく、謎の声がひびきわたった。
おそらく敵の能力だろう。
「魔神!?」
ルファスが目を見開く。
『りょうかい。ただちにきかんする』
巨大モンスターは吸引をやめ、野太い男の声でしゃべった。
ザブンと海中へもぐり、まわりのモンスターもそろって逃げていく。
ルファスたちはそのまま、海へおちた。
波は荒れているが、もうモンスターはいない。すぐにアリッタ共和国の船に救出された。
「ハァ~、ヒヤヒヤした。今回もありがと、神さま」
ずぶぬれの毛皮をふきながら、メルズークは神に祈る。
彼は幸運の神を信仰している。今回も神がたすけてくれたと信じているのだ。
「魔神がグパジー帝国にあらわれたんでしょうか」
ルファスは自分の体をふきもせず、ぼうっとしている。
「そうみたいだね。グパジーなんてボコボコにされちまえばいいんだよ」
メルズークが負傷者を確認していたとき。
遠くの空に黒い雨雲が広がった。
このあたりはほとんど雨がふらない。自然現象ではなさそうだ。強い魔力の波動が伝わってくる。毛がチリチリして、静電気みたいになっていた。
カッと空が光る。
もともと昼間だから明るい。しかし、さらに目を焼くほどの光があふれた。
ルファスや人間たちが手で目をおおう。
光耐性をもつメルズークにはすべて見えていた。
激しい雷光の嵐とともに、巨大な龍の影が雲にうつったところを。そして。その影がバラバラにくずれて、小さな人影がふっとんだところも。
風に流されて、こちらの方へおちてくる。
「ん……アレ女の子かな?」
メルズークの小さなつぶやきに、ルファスが目をあける。
「どこですか!?」
「あっち」
ネコが器用に指さす。騎士の少年はすぐさま海へ飛びこんだ。
「ルファス!? およいで追いつけるわけないだろ」
止めても聞いちゃいない。
彼は少女の落下地点までおよぎ続けた。