44話 メラメラごうごう

 たとえば1匹の犬がいるとしよう。ドロだらけで汚くて、やせこけた犬だ。
 それを見た人の反応は?

「汚い、近よるな! みにくいものなんて、見たくもない。あっち行け!」

 だいたい半分くらいはこう。
 次に多いのは無関心。

「かわいそうだけど、かかわりたくはないね」

 そして残るは?

「うわあ、なんてボロボロの犬だ! 僕が幸せにしてやりたい!」

 ……世の中には、こんな物好きもいるのである。
 理由はさまざま。

「犬がかわいそうだから」

 だったり。

「汚い犬をピカピカにみがくことによろこびを感じる」

 だったり。

 汚い犬をフロに入れてフワフワにして。エサをたくさんあげて太らせる。愛情をたっぷりあたえてかわいがり、幸せにする。

 そんな行為を好んでおこなう変わり者が、たまにいる。
 騎士の少年ルファスは、まさにそんなタイプだった。

 ゲボクとはじめてあったときも、

「なんかこの子ほっとけないな……」

 と思っていた。

 そんな少女と再会してみたら、全身ケガだらけでボロボロ。さらにメルズークが攻撃したせいで、ゾンビまるだしのみにくい姿に。

 ルファスはもう、完全にスイッチが入ってしまった。

「この子は僕が守ってあげなくちゃ……!」

 父性なのか、保護欲なのか?
 よくわからない感情が、メラメラごうごう燃えあがってしまったのである。

◆

「ゲボクちゃん、僕はルファス。まえにグリアス王国の王都であった騎士だよ」

 さらさらキラキラの金髪。私の目は黄緑っぽいけど、彼の目はおちついた深緑。ネコみたいな形したぱっちり二重に、女顔。スラリとした細身の美少年だ。

 彼は床に片ひざをついて名のる。ベッドにすわる私と、目線をあわせてくれたらしい。
 カッコイイお兄さんに見つめられて、ちょっとドキドキした。

「ルファス」

「そう。君の手あてをしたいんだけど……アンデッドの治療ってなにをすればいいの?」

「手あて? 治療? アンデッド?」

 ちょっとなにいってるかわからない。私どこかケガしてるの?
 自分の両手を見つめて、

「うわっ」

 血の気がひいた。
 左手がない! ヒジのあたりでちぎれたみたい。切断面がすっごくグロいことになっていた。

 それに右手もなんか変。指の骨がいくつかおれてるみたい。それに、皮膚がとけたように穴があいてる。中の肉や骨がのぞいていた。

 グロいよ~、グロいよ~。

「かっ、回復魔法で治して……」

 たのむと、ルファスは眉をさげた。

「それが……君に回復魔法を使うと消滅してしまうらしくて……あちこち肌が焼けこげてるのも、回復魔法を使ったせいなんだ。ごめんね」

「あ~……ちなみに、回復魔法を使ったのは彼じゃなくてボクですよ。お嬢さん」

 でっかいネコが軽く手をあげる。
 全身まっしろで、紫色の布っぽい服。人間みたいに2足歩行。左右の目の色がちがう。どこか神秘的なネコちゃんだ。

「モンスターだから殺さなくちゃと思ってね。ルファスに怒られちゃった」

 ほほえみながらそんなことをいう。ちょっとはなれた壁にもたれて、こちらの様子をうかがっている。
 もしかしてこのネコ、敵なの? やけに色っぽくてカッコイイのにな。

「彼は神族だから、神聖力を使うんだ。アンデッドに神聖力を使ったのがダメだったそうだから……魔術師の回復魔法ならだいじょうぶかもしれない」

 とルファス。
 ネコはやれやれとため息をついた。

「モンスターに回復魔法を使ってくれるイカレた魔術師なんかいないよ」

「いるよ。いつも回復魔法でキレイに治してくれるんだ」

 そういうと、ルファスがちょっとイヤそうな顔をした。

「……魔神のこと?」

「まじん? なにそれ?」

 なんか聞きまちがえたかな。
 室内にびみょ~な空気が流れた。

「魔神だよ、魔神。クーさまって呼んでるんだろ」

「だれそれ? しらない」

「……えっと、じゃあ、回復魔法で治してくれるって。だれのこと?」

「え? ……だれだっけ? 私そんなこといったっけ」

 頭でもいたいのか、ルファスが眉間をおさえる。

「あの……自分のこと、どこまでおぼえてる?」

「13歳。名前はゲボク……あれ? アカネじゃなかったっけ? どっちかな?」

「あらら……回復魔法で脳みそとけちゃったかな?」

 ネコが心配そうにつぶやく。眉は思いっきりさがってるのに、口元はほくそえんでいた。

「大神官さまがあんなことするから! どーしてくれるんですか!」

 ルファスがネコの胸ぐらをつかむ。

「おいおい、ボク護衛対象で君の上司。忘れないで? モンスターを船に連れこんだ罪で投獄されたいかい?」

「……ッ」

 ルファスは舌打ちして手をはなした。
 あのネコ上司なんだ。いいな~。

 大神官と呼ばれたケモノは、ゆっくりこちらへ近づいてくる。

「べつにいいじゃないか。君、この子を拷問して魔神の情報をききだしたかったのかい? ちがうだろ?」

 ルファスは私の前に立ちふさがった。

「ちがいます」

「ボクけっこう君のこと気に入ってるんだよね。こんなことで処分するのもかわいそうだし。条件しだいで見逃してあげてもいい」

「条件とは……?」

「1つ、この子がだれかを傷つけたら君がちゃんと殺すこと。2つ。この船からおりたら、人間に近づけないこと。3つ。この子から目をはなすときは、カギかけてオリに入れること」

「オリだなんて……!」

 ルファスが怒る。

 え、私オリに入れられるの? なんかこわい。でも、ルファスがかばってくれてるっぽいし。だまって成り行きを見守ろう。

「それがおたがいのためでしょ? 人とモンスターがであったら、どちらかが死ぬんだから」

「……わかりました」

 いい負かされちゃったよ、ルファス。
 彼は申し訳なさそうにこちらをふり返った。

「それでいいかな、ゲボクちゃん? イヤならこのネコ殺して口封じするしかないんだけど……」

「きこえてる、きこえてる! きこえてるからね、ルーファース!」

 ネコはぷんぷん怒っている。

 ……なにがなんだか、よくわからないよ。いまわかるのは、ルファスは味方っぽいってこと。あとこのネコ。悪ぶってるけど、けっこう優しい気がする。

 だってなんかえらいんでしょ? いますぐ私とルファスを逮捕する、とか。殺すことだってできるんじゃないかな~?

 それをせずにちゃんと説得してくれてるし。嫌いじゃないよ。こわいけど。

「1つききたいんだけど」

 話しかけると、2人がこちらをふり返る。

「私ってモンスターなの? お父さんもお母さんもいるし。人として生まれたはずなんだけど……」

 彼らはだまって、顔を見合わせた。