45話 きっと心配してる

 部屋がかすかにゆれている。船のゆれ方だ。ここは海の上みたい。お父さんがたまに船にのせてくれるから、なんとなくわかる。かぎなれた、潮の匂いがした。

「……もうすぐ陸地につくから。そのあたりは、おちついてから話すね」

 ルファスは悲しそうな顔をした。
 そばのタンスをあけて、「あっ」と声をあげる。

「ポーションがある! 飲んでみて」

 薬ビンや包帯が入った、タンスのひきだし。
 そこから、青い液体が入ったビンをさしだした。

「まあいいさ。ルファスの給料からひいておくから」

 ネコは腕ぐみしながら見守っている。

「いくらでも払います」

 即答するルファスにおじけづいてしまった。

「ちょっとまって! 私お金もってないよね? これ高いの? あとではらえっていわれてもこまるよ」

「僕のおごりだから気にしないで。こんなの100本でも1000本でも買えるから」

 見るからに貴族だし。お金もちなんだろうけど……こわいって。それは。こちとら平民のど庶民なの。ポーションなんて高級品、めったに飲まないよ。

「ルファスにおごってもらう理由がない。なんでそんなに親切なの?」

「人に優しくするのに、理由なんている?」

 すきとおったキレイな瞳でいわれて、言葉につまる。
 もしかしてこの人、めちゃくちゃ良い人……?

 自分の心が汚れている気がして、目をそらした。

「じゃあ、もらうね。ありがとう……ございます?」

「ふつうに話してくれたらいいよ」

「あ、うん。敬語わかんないからたすかる」

 思いきってポーションをひとくち。

 しゅわしゅわしゅわ~……。
 くちの中にフシギな味が広がった。甘いような、辛いような。さっぱりしてて、クセになるお味。

 気がついたら飲みほしていた。もっと飲みたい。もっともっと、魔力が必要だ。血を飲めばもっとてっとり早い……。

「よかった。顔のヤケドが治ったね。ただれも消えてる。あとでもっとポーション飲ませてあげるね。上級ポーションなら、左うでも生やせるかもしれない」

 私のほおをなでて、ほほえむルファス。

「まって。ヤケドっていった? ただれ? 私どんなヤバイ顔してたの!?」

 両手だけでもグロいと思ったのに。もしかして顔はもっとひどかった?
 彼はニコッと笑う。

「残りは包帯をまいてかくそうか」

◆

 顔が汚れてたらしい。ぬれタオルでふいてもらった。ケガの血なのか、タオルがまっかになってしまった。

 そういえば、左うでからは血がでてない。どこもぜんぜんいたくないのも変だ。ポーション効果かな?

 全身に包帯をまいてもらって、頭からシーツをかぶった。
 その状態で、ルファスが私をだっこして船をおりるという。なんか足もおれてたから。

「いて」

 こちらへ手をのばして、彼が小さくつぶやく。

「肩ケガしてるよ。ルファスも治療しなきゃ」

「えっ、ああ……さっきまでモンスターと戦闘してたから。それでケガしちゃって」

 よくみるとひどいケガだ。大量の血が胸までしみこんでる。肩の肉がえぐられて、骨がみえそうだった。

「にゃーん」

 大きな肉球が彼の肩に近づく。金色の光とともに、ルファスの傷が治った。回復魔法だ。

「いろいろと貸しにしておくよ。モンスターをつれこんだ罪。上官の胸ぐらつかんだ罪。ポーションと治療代。後日きっちり精算してもらうからね」

 ネコは大きな瞳を彼にむける。

「ありがとうございます」

 無愛想にお礼をいうルファス。さっきから思ってたけど、なんだかネコには塩対応。犬派なのかな。

「君はモンスターとの戦いで負傷した。回復魔法で傷をいやしても、しばらく安静しないとまた傷がひらく。うしなった血も半分くらいしか復活しない。……だから、ルファスに1ヶ月間の休暇をあげよう」

「感謝します、メルズークさま」

 さっきと同じ無愛想。だけど、なんだか目がかがやいているルファス。

「意外と現金なやつだな君って」

 白ネコはやれやれいいながら、先に舟をおりた。

 アリなんちゃら共和国の港についたらしい。
 たくさんの人たちが出迎えにきていた。

◆

 お貴族さまの金銭感覚ってどーなってるんだろ?
 船をおりてすぐ。ルファスは灯台(とうだい)を買った。

 宿屋ではなく、家でもなく。灯台。
 海のそばにある高い塔(とう)みたいなやつ。夜に灯りをてらして、船の目印になったりするアレ。

 どーかしてるよお金もちって。

「いまは使われてない、昔の灯台らしい。とりこわす予定のものだったから、古くて汚いかもしれない。ごめんね。町から遠くて、人がこないからちょうどいいんだ。がんじょうなカギもついてるそうだから」 

 なんかえらそうな人と話してるなと思ったら。そんなことを聞いていたらしい。

「そ、そう……」

 このままルファスについてっていいのかな。ありえないけどさ。ルファスがもし悪い男だったら、私へんなところに監禁されて外にでれなくなるよね?

 売られたりとか、殺されたりとか……。

「すぐ掃除するからね!」

 ルファスは見当ちがいなフォローをする。掃除くらい自分でやるって。

「ありがとう」

 彼をうたがった自分がはずかしい。お金もちなんだから、変な目的ならもっとキレイな子を買えるよね。美少年だから、女の子にモテるだろうし。ルファスを信じよう。

 私は大人しく運ばれた。

◆

 石づくりの長い灯台。その屋上はガラスばりのドーム。あそこが魔法で光るのかな? 中に器具があるのが、すけてみえた。

 中はオンボロだけど、じゅうぶん住めるレベルだった。
 かつては、ここで泊まって働いてる人がいたのかな。トイレやフロ、ベッドまである。掃除すれば使えそうだ。

「ここには魔法のカギがついていて。出入口と窓はこのカギを使わないと開けられない」

 ルファスがカギをみせる。
 金ピカの高そうなカギが、あわく緑に光っていた。

「生活用品とか買ってくるから、中でまっててくれる?」

「買い物なら私も……あっ、そうか足おれてたんだ。いってらっしゃい」

「大神官との約束があるから、町へ連れては行けないけど……欲しいものがあればなんでもいって」

「じゃあ、きがえ」

 さすがに、破れた服のままはイヤ。

「わかった」

 それから、ルファスはなにかとめんどうをみてくれた。

 まずポーション。

 上級ポーションは非売品で、買えなかった。騎士としてお仕事中なら使える。でも、いろいろ申請手続きしないといけない。きびしく管理されてるし、もちだすことはできないらしい。

「ごめんね」

 そんなわけで。買ってきてくれたのが大量の中級ポーション。

 あとで「やっぱり金はらえ」っていわれたら、一生タダばたらきかも……。でも、このままだと日常生活すら不便だし。えんりょなくもらっとこ。

「もうおなかいっぱい」

 10本飲みつくしたら、限界がきた。もうおなかチャポンチャポンいってるよ。
 ルファスは私の手足を診察して、ほほえんだ。

「……よかった。これでほとんどのケガが治ったね。あとは左うでだだけど。これ以上飲んでも効果がないみたいだ。やっぱり上級ポーションが必要だね」

「そのことだけど……私、家に帰りたい」

「えっ」

 緑の瞳がびっくりしたようにこちらを見つめる。

「上級ポーションなんて、おそれ多くて使えないよ。左うではないけど、家に帰ればだいじょうぶ。じゅうぶん生きていけるよ」

 手足の骨折も治ったし。田舎の村でのんびりくらすだけなら、できるはず。

「お父さんとお母さんも心配してるだろうし。家まで送ってくれないかな?」

 ルファスはためらいがちに私の手をにぎる。なんでにぎった?

「それはかまわないけど……記憶をなくす前の君は、家に帰りたくないみたいだった。本当に、家に帰ってもだいじょうぶ? このまま、ここで静かにくらすことだってできるよ」

 彼は私がモンスターだといった。
 ルファスもくわしくしらない。だけど、私がそう話したらしい。

 村をモンスターにおそわれて、私は死んだ。
 そしてそのとき、

「私の魂をあげるから、どうか村のみんなをたすけて……!」

 魔神と契約してモンスター化。ゲボクになったって?

「ほんとに……? 私そんなこというかなあ……?」

 たとえば、村長さんと自分。どっちかしかたすからないっていわれたら自分を選ぶけどな。悪いけど死にたくないからね。

 過去の私、話盛ってない? それか、ルファスが勝手に美化して想像してない?

「それに、私が死んでるって?」

 そっと自分の胸に手をあてる。そこにはちゃんと心臓がある。ドクンドクンと脈うっていた。

「……生きてると思うよ? 心臓うごいてるし」

「そうなの?」

 ルファスが目を見ひらく。

「うん、だから家に帰る」

 親がいるのにルファスに世話してもらうって、なんか変だし。

「わかった。手配に数日かかるから、少しまってくれる?」

 まだ納得してなさそうなふんいき。
 でも、家に送ってくれると約束してくれた。