47話 ゲボクの里帰り

 私の故郷、マロボ島に帰る日。

「にゃーん」

 ルファスがネコを連れてきた。

「やあやあ、お嬢さん。こんにちは。数日ぶりだね」

 今日はアクセサリーなし。いかにも聖職者って感じの服をきてる。
 改めてみると、大きなネコだ。まっしろな体はスラリとしてて、ルファスよりも大きい。

 ルファスが178cmくらいだから……このネコ、185cm? まって、耳は身長にふくめるの? 耳をふくめないならルファスと同じくらいかも。

「こんにちは!」

「あれ? こわがらないんだね。ボク、君のこと殺そうとしたんだけどおぼえてない?」

「ネコは気まぐれな生きものだし。ルファスが連れてきたのなら、だいじょうぶなはずだから」

「ふーん、ずいぶん信用されたもんだね?」

 メルズークにいわれて、ルファスは照れたように笑う。

「魔法スクロールでマロボ島へ行こう。メルズークさまが同行するならって、条件つきで許可をもらったんだ」

「そうだったんだ」

 うなずくと、メルズークにジロジロみられた。

「なんか、髪切った? ケガもだいたい治ったし。ずいぶん見ちがえたね」

「髪はこげてたから、ルファスが切ってくれたんだ」

 腰まであったけど、いまは肩上。ばっさりショートヘアにしてしまった。ちょっとドキドキ。

「おまえ……切りすぎだろ。女の子がショートヘアってまずいんじゃないの、この国では? ボクの国でいう、女の丸ぼうずみたいなもんだってきいたよ?」

 メルズークがドンびきって顔でルファスをみる。

「変かな?」

 髪をつまんできくと、ネコはびみょうな顔をした。

「いやかわいいよ? でもさ……まだまだ偏見おおいよ、女のショートヘア。これから親にあうっていうのにズボンまで……なぐられるの覚悟しろよ、ルファス」

「私がルファスにやってみたいっていったんだよ。ロングヘアも好きだけど、1回くらいはショートもいいかなって」

 服も今日はズボン。

 親がぜったい怒るだろうなってわかってる。だからやったんだ。こんな娘でも受け入れてくれるか、しりたくて。

 受け入れてもらえたら、安心してマロボ島でくらせる。

「にあってるよ」

 ルファスがほほえんだ。

◆

 魔法スクロール。

 羊皮紙(ようひし)に魔法陣をえがいたもの。丸めた状態で保管されることが多い。だから巻物(まきもの)、つまりスクロールと呼ばれる。

 いろいろ種類があるけど、今回はテレポート。
 この紙をやぶると、テレポートできるらしい。

 使いすてだし、どこへでも行けるわけじゃない。場所を指定して、魔法使いに作ってもらうそうだ。
 なんかすごい高そう……。お値段が気になるけど、きけなかった。

「へー……」

 ルファスの説明をきいて、私はその紙をつついた。

 初めてみた……はずなんだけど。どこかで、だれかが使ってたような? 気のせいかも。こんなの使うの、お金もちか魔法使いくらいだろうし。

「じゃあ、行こうか」

 ルファスがビリッとスクロールをやぶる。
 景色がぐるぐるとまわって、強いめまいがした。

「わ」

 よろけたら、ルファスが支えてくれた。

「ありがとう」

 そこはもうみなれた景色。
 生まれたときからずっといたから、山をみるだけでどこかわかる。

 ここは、ニヘンナ村の近くだ。

 私の家はビエト村。ニヘンナ村は友だちがいるところだ。お父さんの仕事について、よく遊びにきてたっけ。

「友だちに会いに行っていい?」

 きくと、2人がうなずいた。

「この島にいられるのは3日間だけだよ。その間に答えをだしてね。ルファスとくらすか、島へのこるか。……ちなみに、島にのこるなら監視はつけさせてもらうよ。君はモンスターなんだから」

 とメルズーク。

「よく考えて、アカネちゃんが幸せになれる場所を選んでね」

 とルファス。

「うん……」

 返事したものの。私はひそかに冷や汗をかいた。
 足が動かない。

 なんで? 急に足の動かし方がわからなくなった。歩くって、どうやるんだっけ? 足が石になったみたい。

「アカネちゃん?」

「ごめん、なんか足が動かなくて……手、ひいてくれる?」

「こう?」

 ルファスが私の右手をにぎる。あっさり足が動いた。

「あ、歩けた」

「……ここに、イヤな思いでがあるのかな」

 彼は探るようにこちらを見つめる。金色のまつげが美しいと思った。

「まさか……ただの小さな村だよ」

 ルファスは手をつないだまま、隣を歩いている。急に不安になってたずねた。

「私の手、きもち悪くない? 手汗とか平気?」

「汗なんて、みんなかくだろ? 気にしないよ」

 そういってくれてホッとする。優しい人だ。

「うでは変じゃない? 左うでがないって、きもち悪いかな?」

 キレイに包帯をまいてもらったけど、かくしようがない。すぐ気づかれるだろう。

「僕はそう思わない……だれにいわれたの、そんなこと?」

 ルファスは問いつめるようにたずねた。

「……」

 昔いわれた言葉だってバレたのがはずかしくて。とっさに言葉がでてこなかった。うでについては、ただの夢だけど。

「辛いなら、帰ろう。自分から傷つきに行くことないよ」

 表情をやわらげて、優しく彼はいう。だけど、うなずくわけにはいかなかった。

「行く。みたいものがあるし、あいたい人もいる」

「アカネちゃん……」

「おーい、お2人さんこっちこっち」

 メルズークが手をふる。いつのまにか先に行っていたらしい。
 草木がおいしげる丘のむこうに、なにかあるみたい。

「もうおちついたから、手はなして」

「イヤだ」

「えっ」

 つないだ手が熱い。大きな手にぐっと力がこもった。

「君はまだ子どもで、弱くて、とっても傷ついてるくせに。どうしてそんなにがんばるの? なんにもしなくていいって、いってるのに」

 金髪がさらりとゆれる。緑の瞳は悲しそうにこちらをみつめた。

「……もっとたよってよ。君のためなら、なんだってするから」

 そんなこといってもらったの初めて。嬉しいけど、申し訳なく思った。

 なんか、ルファスが過保護すぎてちょっと気おくれするっていうか……。私のこと5歳くらいだとかんちがいしてない? こう見えていろんな敵と戦ってきたし、どうってことないのに。

 ……敵? 戦う? 私が?
 
 頭の中がぐちゃぐちゃになりそう。でも、ルファスの心配そうな顔をみて我に返った。

「ありがとう。でも、だいじょうぶだよ。私けっこうメンタル強いんだ」

 メルズークのまつ場所へ行って、腰がぬけそうになった。

 丘のむこうには、ニヘンナ村があった……はず。
 なのに、そこにはボロボロの廃墟があるだけ。友だちどころか、だれもいなかった。