48話 生き血のフルコース

 ルファスに連れられて行った場所には、イグルーではなくちゃんとしたテントが建てられていた。
 ここでサーカスでもするのかと思うほど大きく、毛皮でできた豪華なテントだ。
 見たことのない造りだし、たぶんアルバ帝国って人たちが作ったんだろう。
 周囲でアルバ帝国の人たちが使っているテントはこれより質素で小さいけれど、作りや色がだいたい似ていた。
 たいまつで明るく照らされ、たき火で暖かい……らしい。
 私は寒暖差をほとんど感じなくなっちゃったけど、空気が変わったのはわかる。
 ルファスの横顔も嬉しそうだし。
 奥には、久しぶりに会うお姫さまがいた。
 今日はドレスじゃない。
 すっごくアルバ帝国っぽい異国の衣装を着ている。
 ”キモノ”っていう、東洋のドレスらしい。
 赤を基調とした長い絹を何枚も重ねたようなゴージャスな服。
 白髪に赤い目の彼女にはよく似合っているけど、周囲の空気はピリピリしている。
 姫の右隣にいる護衛騎士、カーライルさんはいまにも人を殺しそうな目をしている。
 左隣のオズでさえ、いつものヘラヘラ顔ではない。
 スケアは患者服とでもいうか、司祭に蘇生してもらったときに着ていたパジャマをまた着てふらふらしている。
 なんか嫌な予感がするなぁ……。
「お帰りなさい、ゲボク。ルファス。まずはあなたたちの話を聞かせてください」
 人払いはしてあるから、とドロシー姫が口を開いた。
 雷竜の杖をとりもどしたこと、オーブを壊してシアーナ城を目撃したこと。
 グリコの町であったことなどを話すと、姫はうなずいた。
「結界がとけて城があらわれたのはわたくしたちも確認しています。それで、あなたたちの無事もわかりました。そのときから話し合っていたのですが……わたくしたちはゲボクと魔神に血をささげることに決めました」
「えっ、いいんですか!? スケアとの勝負に負けたのに?」
 ついスケアをふり返ると、彼女はめずらしく暗い顔をしてうなずいた。
「かまわない。私のプライドなど、人の命には変えられない」
 あんなに嬉しそうにはりきっていたのに、なにがあったのやら。
「……スケアが向かったステラの町はひどい有様だったそうです」
 お姫さまが告げて、スケアが説明する。
 ステラの町は元首、別名王妃システィアーナの肯定派だった。
 モンスターがトップに君臨し、その下に人間が仕えている。
 そして彼らは人間を飼育していた。
 飼育して、いずれ戦士として戦場へだす者と、奴隷として売る者を選別して出荷する。
 モンスターや王妃に逆らえず……という者もいたが、喜んでしたがう者もいたという。
 彼らの言い分は「王妃さまにしたがっていれば飢えることはない。感謝している」だそうだ。
「だからといって、同じ人間に対してどうしてあんなことができるのか……あんな生き方、間違っている」
 スケアは苦々しくつぶやく。
 簡単に事情を聞いただけだから想像するしかできないけど、よっぽどひどい光景をみてきたんだろう。
「わたくしは、家族をうばった王妃をけして許しません」
 愛らしく優しいだけだと思っていた姫の目には明確な殺意が宿っていて、思わず息をのんだ。
「だからこそ、同じように家族をうばわれた民の気持ちもよくわかる。……それにね、これはオマケ程度の理由なのですが……」
 ちょっと恥ずかしそうに彼女がコホンとせき払いする。
「このままじゃ姫をアルバ帝国にとられそうなんだよね」
 オズが先に告げた。
「アルバ帝国はユーグリアス王国と同じくらいの大国でライバルでもある。魔神の心臓を失ったミスもあるから、この戦でもっと活躍しないと僕らはアルバ帝国に逆らえない」
 姫が革命のために援助を求めた国のうち、応じたのはユーグリアス王国とアルバ帝国のみ。他の国は援助してくれそうなそぶりはあったものの、劣勢とみて手を引いたらしい。
 大貴族の娘であり、革命の旗頭なのでどちらかの国と結婚することになるだろうと姫は覚悟していたそうだ。
 別にどっちでもいいと思っていたのだが……。
「アルバ帝国と結婚した場合、わたくしは第6王子の5人めの側室になるそうです。しかしユーグリアス王国では重婚制度はありませんし……気になる人ができたので、ユーグリアス王国を選びたいのです」
 意味ありげに姫とオズが見つめあう。
 カーライルが嬉しそうに笑った。
「私の命の恩人ですからな! 姫を側室にしようなどという無礼なアルバ帝国は許しませんが、オズ殿ならば安心して姫を任せられるというもの!」
「カーライルはわたくしの父や兄も同然。わたくしの家族を命がけですくってくださったオズには胸打たれるものがありましたの……」
 と姫。
 そうとうカッコイイ助け方をしたらしい。
「ちょっと見ない間にいろいろあったんですね」
「ゲボクのおかげだよ、ありがとう!」
 オズが目を細めた。
 王妃に負けたくないし、アルバ帝国に姫をとられたくないから魔神の力を頼るっていうのも、なかなか危険だと思うけど……都合がいいから黙っていよう。

◆

 そんなわけで、アルバ帝国に気づかれない内にささっとみんなから血をもらうことにした。
 スケア、フリッツ司祭、オズ、ドロシー姫の血がそれぞれグラスにそそがれ、テーブルに並べられる。
 赤黒い液体はちょっとだけとろみがあって、とっても美味しそうな香りがする。
 フルコース料理で埋めつくされたテーブルにいるみたいな感じ。
 それも超一流のフルコースだ。そんなの食べたことないけど。
 見てるだけでお腹が空くので、さっそくスケアから一口。
「あま~い」
 オレンジジュースみたい。
 口に入れた瞬間、脳みそが幸せ。
 一気に飲んじゃうのがもったいなくてちょっとずつ味わっていたら、スケアが嫌そうな顔をした。
「おまえ本当にモンスターなんだな。血をそんな顔して飲むなんて……」
「魔力がある人の血はおいしいですから」
 答えながら、ふらついているスケアをみる。
「なんだか調子が悪そうですね。パジャマ姿だし、寝ていた方がよくないですか?」
「そうなんだよ。スケアは瀕死の状態から回復したばっかりだから、まだまだ寝てないとダメなんだ。それなのにゲボクと話したいからってムリしておきてるんだよ。寝てろっていってるんだけどね~」
 オズが代わりに答える。
 ステラの町での戦いは激戦で、スケアはアルバ帝国と協力してなんとか勝ったらしい。
「ゲボクと話したいなんていってません! 魔神を見張らなければいけないからおきているだけです!」
 スケアが険しい顔でさけぶ。
「そうなの」
 フリッツ司祭の血はお酒みたいな味がした。
 ワインが入った料理を食べたことがあるけど、ワインによく似てる。
 苦くて嫌いな味だけど、魔力がどんどん体内に満ちていくのを感じる。
 オズの血は意外とコンソメみたいな味がした。
 オニオンスープだこれ!
 ごはん代わりにくいっと飲み干してしまった。
 そして最後はお姫さま。
 けっこうお腹いっぱいになってきたから不安だったんだけど、ちょっと鼻を近づけただけで食欲が回復した。
 予想どおり、甘い。
 でも胃もたれするようなくどい甘さじゃなくて、とっても上品な感じ。
 最高級のショートケーキを紅茶といっしょに頂いているような……。
 うっとり味の余韻にひたっていたら、私の全身が黒く発光し始めた。
「うわわっ」
 お姫さまのロイヤルな血から得たパワーがあふれ出していまにも暴走しそうになり、ジタバタしていたら、
「よくやった」
 黒い光ごと魔力を根こそぎ吸いとられたのを感じた。
 全力疾走したあとみたいに体がだるくなる。
「クーさま」
 黒髪の美青年こと、人間バージョンの魔神が背後に立っていた。