50話 迷いゲボク、探してます
そのあと。
とても大ごとになってしまって、かくすこともできず……。ゴチェフはすみやかに逮捕され、裁判がひらかれた。
「ゴチェフの罪と罰を決めるぞ裁判」である。
酒によってカイゲツさまに願いごとをした。
そしたら途中で魔神があらわれて、カイゲツさまを殺してしまった。
ゴチェフは正直にすべてを話して、みんなにあやまった。
守護神が死んでしまったし。魔神の封印までとけてしまったわけだ。
死刑を覚悟している。
「どうしてこんなバカなことを?」
裁判官が問う。
「余命半年っていわれたから、1人で死ぬのがこわくって……どうか俺の命だけでゆるしてくれ! 家族は関係ないんだ!」
「いや、べつに死ななくていいですよ。あなた死刑にはなりません。家族もね」
「へっ?」
まさか、こいつも×××××よこせとかいうんじゃ……。
「カイゲツさま、どうぞこちらへ」
裁判官の言葉に耳をうたがった。
スタッフが小さな水槽を台車にのせて運んでくる。その中には、手のひらサイズのクラゲがいた。
「ハアイ」
ききおぼえのある少女の声。ゴチェフはぶるりと肩をふるわせた。
「かか、カイゲツさま!? 魔神に殺されたはずでは……」
「そおよ。色男に殺されるの、ちょっとコーフンしたわハアハア。抵抗できないくらい好みのタイプだったのよ。食べられてもいいとまで思ったのに、食べてくれなかったのよねぇ。急いでたのかしら?」
野太い男の声でクラゲがしゃべる。
「あの……×××××みたいな声になってますけど」
「だれが×××××じゃい! ア”ア”ン!?」
裁判官がコホンとせきばらいを1つ。
「……カイゲツさまは不死身の神。死んでも、すぐに復活されるのです。完全に復活するのに100年くらいかかるそうですがね」
「しばらくはただのクラゲだわね」
かわいい女の子の声にもどって、クラゲはうなずく。
裁判官は説明した。
「魔神におそわれたのはうちだけじゃありません。グリアス王国、シアーナ共和国、グパジー帝国がやられたそうです。この3国が勝てない相手ですから、うちが勝てるわけもなく……カイゲツさまだけですんで運が良かったといえるでしょう」
「おいジジイ、アタクシのまえで良かったとかいうな」
「そうですか、それは良かった……」
ゴチェフはホッとする。
「×××××もぐぞコラ」
「それだけは許して!」
ゴチェフと裁判官が下半身をかくした。
やがて、裁判官が背筋をのばす。
「しかし。カイゲツさまを呼び、国民を危険にさらす願いをしたことは変わりません。あなた元首クビです。あと全財産没収。これまでまじめに働いていましたし、人望もある。これくらいで良いでしょう」
判決がでた。死刑にならずにすんだ。
……しかし、ゴチェフはあんまり嬉しくなかった。
いまたすかったって、どうせ半年後には死んじゃうんだよな……。
「そうそう、ゴチェフどの。あなたライライ病で余命半年だといわれたそうですが……治るかもしれませんよ」
裁判官がいう。
「えっ?」
「ライライ病はアリッタ共和国では不治の病です。しかし、グリアス王国ではふつうに治せる病気だそうです。けっこう有名な話なのに、あなた知らなかったんですねぇ。医者にいわれませんでした?」
「エーッ!?」
ゴチェフは頭をかかえる。
いわれてみれば……グリアス王国がどうのこうの、と医者がいってたかもしれない。
余命宣告されて頭がまっしろになって、ぜんぜんきいていなかった。
「お……お……」
まだ生きられるというよろこびで、体がふるえる。
次に、なれない酒を飲んで暴走した自分を思いだす。
「おさわがせ、しました」
あまりのはずかしさに、ゴチェフは赤面した。
一文なしになってしまったので、実家に金をかりて。グリアス王国の治療を受けたあと。
働いて借金を返しながら、ゴチェフは趣味を始めた。
人生を楽しまないまま死ぬなんて、イヤだから。
「前元首のゴチェフって俺たちのこと殺そうとしたらしいぜ」
「サイテー」
ゴチェフの評判は地に落ちた。町へでかけると、たまに生卵ぶつけられる。
だが、なぜだろう?
評判がよかったときより、ずっと楽だ。
「ゴチェフさま最高!」
「大好き!」
なんていわれていた時は、1つのミスも許されなかった。
ささいなミスが命とり。すぐにゴシップは広まり、誹謗中傷がとんでくる。だからみんなに嫌われないよう、いつも人の顔色をうかがっていた。
いまはみんなに嫌われている。つまり、いまさらどんなミスをしても大して影響ないってこと。
俺は自由だ。
「ハハッ」
「なあに、思いだし笑いなんかして」
妻のミリーが眉をひそめる。
裁判のあと、
「俺といっしょにいるとおまえもいじめられる。だから息子を連れて外国へ逃げろ」
そう告げたのだが、
「あの子はもういい年した大人よ。外国でも1人でくらしてゆける。私はあなたと残ります」
といってくれて、ここにいる。
正直まったく美人ではないが、最愛の妻である。
「いや、俺は幸せ者だなあと思ってね」
ゴチェフの残りの人生は、とても楽しくなりそうだ。
◆
魔神がアリッタ共和国をさったあと。
「はい、ゲボク!」
悪魔イザベラはニンマリと笑った。その胸には、小型犬をだいている。
とても毛なみの良い、長毛種。赤っぽい茶色と白の毛はフワッフワ。いかにもさわり心地がよさそうだ。
ウルウルした、つぶらな瞳でこちらを見ている。
「ちがう」
魔神は冷ややかに告げた。
「元人間の女アンデッドだといっただろうが。13歳。身長154センチ」
イザベラはびっくりしたようにくちをまげる。
「えーっ、人間を犬にしたんじゃなかったんですかァ? だって魔神さまの恋愛対象って哺乳綱食肉目イヌ科(ほにゅうこうしょくにくもくいぬか)でしょ? オオカミだし! 同じ犬畜生(いぬちくしょう)っていうかァ」
彼女は人の話をきかない。3女がいれば少しはきくが、だいたいこんな感じだ。
「……」
魔神はそっと犬を彼女から受けとる。地面へおろすと、犬は飼主の元へ走って行った。
「キャンキャン、キャンキャン!」
「べすちゃあああん!」
飼主が犬をだきしめる。悪魔にムリやりうばわれて、ずっと泣いていたのである。
「あっ、そうか。小型犬じゃなくて中型犬だったんスね! いっけな~い」
イザベラが長い舌をだしてかわいこぶる。
魔神は彼女を爆発させてやりたい衝動にかられた。内臓をまきちらしながらこいつがふっとんだら、スカッとするだろうなぁ。男だったらたぶんやってた。
「ヒッ」
そんな殺気を感じとったのか、イザベラは急に大人しくなった。
「もういい。帰れおまえ」
「了解!」
悪魔イザベラは魔界へ帰った。
◆
悪魔3姉妹、長女ミザリー。
1つ目の彼女は、人間の少女を20人くらい連れてきた。
どれも13歳くらい。身長もだいたいあっている。赤毛で髪が長くて、やせっぽっち。緑の瞳。
「きゃあああああああ!」
「たすけて!」
「バケモノに殺される!」
「おかーさーん!」
すべて人ちがいだったが、特徴はあっている。
「その調子でたのむ」
魔神はきげんよく告げる。
「……」
ミザリーはくちがないので、無言でカーテシーをする。
ちなみに、さらった子どもたちは家に帰した。
「悪魔が子どもをさらいにくる」
とウワサになった。