54話 悪魔

 長い赤髪を1つにたばねて、みつあみにしてる。化粧はリップ以外ほとんどしてない。ちょっとそばかすが浮いてる。スリットの入ったノースリーブの紺色ワンピース。赤い布を腰でむすんで、ベルト代わりにしてる。

 見なれた母の姿だ。

「なにそのカッコ! 男のマネなんかしてみっともない。にあってないわよ。変だからやめなさい」

 冷たくいわれて、ひるみそうになる。
 怒らせるためにわざとやったけど、やっぱり怒られた。

 私は女の子らしいのが好きだから、べつにいいけど。こういうのが好きだったら、心おれてたかも。

「どーだっていいよ、そんなこと。それより、大事な話があるよね?」

「親にむかってなんてくちきいてるの!?」

 お母さんが声をあらげる。
 ふんいき変わったと思ったけど、気のせいだったかな?

「私が本物の娘だと思う? ピスキーだとは思わないの?」

 そういうと、彼女は思いだしたようにだまった。
 警戒した目つきであとずさりする。

「……そうね。あの子は死んだわね」

「男になって帰ってきたらイヤ?」

「あんた男になりたかったの!?」

「……」

 ちがうよ、ちょっとあなたを試したかったの。

 変なかっこした不良娘でも愛してくれるか、どうか。それが平気なら、モンスター娘を受け入れてくれる可能性もちょっとはあるかなぁって……。

「いまさら帰ってきてどうするのよ。村のみんな、あんたが魔物にとりつかれたことしってんだから。ふつうにくらせるわけないでしょ」

 あ、みんなしってるんだ?

「そっか」

「……そのうで、どうしたの?」

「わからない。気づいたらなくなってた」

「わからないって! そんな××××みたいな体になったら結婚できないじゃない。どうするのよ」

 やっぱり、左うでがない娘はイヤみたい。

「いいよ、べつに。モンスターは結婚なんてしないから」

「あんたねえ……!」

 お母さんは大きなため息をつくと、優しい声でたずねた。

「……いままでどこにいたの? ごはんとか、ちゃんと食べてるの?」

「親切な人が保護してくれて……ずっと家にいてもいいって、いってくれてる。でも、この島に帰るかどうかで迷ってて……」

 彼女はきびしい顔をした。もともとの顔だちは優しそうなのに、表情がこわい。

「親切な人って、エロジジイじゃないでしょうね。あんた、まさか売女(ばいた)みたいなマネしてたんじゃ……」

「しないよ、そんなこと」

 お母さんはちっとも私のことわかってない。信用もしてない。娘にむかって売女とかいう?

「とても紳士的な人だよ」

「男なのね!? 世間しらずのイナカ娘だからってだまされてんじゃないの? ちょっとここに連れてきなさい!」

「……もういいよ。お父さんの顔だけ見たら、でていくよ。無事かどうかしりたかっただけだから」

「まちなさい! まだ話の途中で」

「ローレル?」

 なんてタイミング。

 リーナが呼んでくれたんだろうけど。しげみの奥からお父さんがでてきた。ローレルはお母さんの名前だ。彼女の声がきこえたんだろう。

「おと……」

 お父さんは私が大好きだ。昔からずっとやさしい。甘やかされてた自覚ある。
 だからきっと、

「おかえり。よく帰ってきてくれた」

 ってよろこんでくれると思ってた。

 でもお父さんは武装してて、とってもこわい顔してた。
 すぐそばに村の男たちもいる。50人くらい? みんなで武器もって、なにしにきたの?

 目があっただけですくみあがってしまって、動けなくなる。

――バケモノめ!

――あの目を見ろ! あいつはピスキーだ!

――オノ持ってこい!

 武器をもったニヘンナ村の人たち。かこまれる私。
 そんな光景が頭にうかんだ。

 私、まえに殺されたことが……?

「……ッ」

 さっと腕をひかれた。
 お母さんが私を背中にかくす。

「リーナちゃんのかんちがいだったみたい。しらない男の子よ。アカネじゃない」

 赤い髪にかくれて少し見えるのは、太いうで。身長170センチ80キロの筋肉ゴリラだ。顔もいかつい。力もちだから、よくアクロバットな遊びをしてもらったっけ。

 ヤシの実をすででつぶした時はちょっとひいたよ。お父さん。

「かんちがい……? さすがに男とはまちがえないだろ」

 お父さんがいう。口調はいつもの彼なのに、どうしてモリをにぎりしめてるの? いまからみんなで漁にでも行くの?

「女の子がズボンなんかはくわけないじゃない」

「それもそうだな。変態じゃあるまいし」

 お父さんそれ時代おくれ。都会じゃこんなの、ふつーだよ。
 思ってることがぜんぜんいえない。だって、ふんいきがおかしくて……。

 まるで、みんなで私を殺しにきたみたい。

「ぼうず、いちおうツラみせな」

 この声しってる。
 ビエト村の住人、ジェスターおじさんだ。生まれたころからずっとしってるご近所さん。

「あの……前髪きりすぎたから見せたくないって……」

 か細い声でお母さんがいう。
 まさか、かばってくれてるの? まえは見すてたのに。あれ? ……まえって?

「どけ!」

 おじさんが乱暴にお母さんをおしのける。

「おい、妊婦だぞ! 手荒なことすんな!」

 お父さんの言葉につい、いってしまった。

「えっ、お母さん妊娠してるの?」

 新しい子どもができたから、私はもういらないの?

「……」

 お母さんがうつむく。そして、そっと私からはなれた。

「アカネ」

 お父さんは目を見ひらいたあと、悲しそうに眉をさげる。
 村の男たちが武器をかまえた。

◆

「にゃーん」

「そこをどいてください」

 ルファスは正面に立つ男をにらむ。
 大神官メルズークはほほえんだ。

「まあ、もうちょっと様子を見ようよ。お嬢さんが本性あらわすかもしれないだろ?」

 ネコは耳が良い。じつは犬よりもすぐれている。ルファスも人間にしてはよくきこえる方だ。
 とぎれとぎれだが、アカネたちの会話はきこえていた。

「女の子がおそわれてるんですよ。なにをのんきなことを!」

「ゾンビだよ? ちょっとくらいケガしても平気さ。むしろ、魔物の自覚ができて好都合かもね」

「……もうけっこう。勝手に通りますから」

 ルファスが駆ける。
 メルズークはなぐって止めようとしたが、かわされた。追いぬかされてすぐ、ネコは呪文を詠唱する。

 ルファスとメルズークのまわりが丸く光につつまれた。

「これは……光の結界!?」

 半透明な白い壁にジャマされて、ルファスは足を止めた。

◆

 そのころ、リーナは泣いていた。
 彼女はアカネとの約束どおり、彼女の両親だけに声をかけた。

 アカネの母は話をきいてすぐ、1人で彼女の元へむかった。ここまでは良い。
 でも、彼女の父は……話をすると、村のみんなにすぐバラしてしまった。

「アカネに化けたモンスターがまたもどってきた! 今度こそ俺たちを全滅させるつもりかもしれない」

 そういって男たちを集めた。”魔物狩り”をするという。

「ちがうよ、モンスターじゃないよ! アレは本物のアーちゃんだったよ!」

「リーナちゃん……信じたくないかもしれないけど。アカネはもう死んだんだ。俺たちの目の前で魔物に食われた。生きてるはずない」

「そんなこと……あっ、そうだ! ネコ神さまといっしょだったの。きっと神さまがたすけてくれたんだよ」

「アレは神さまなんかじゃねえ。もっとおそろしくてブキミな……悪魔だ」

 村の青年、ダドリーがいう。

「ビエト村のもんは、1度みてるんだ。悪魔にとりつかれたアカネがよみがえって、魔物を殺すとこ。いちおう村をすくってくれたから見逃したんだが……そのせいでニヘンナ村がやられた。すまねえな」

 武器を手に集まっていた、ビエト村の男たちがうなずく。彼らはくちぐちに謝罪した。

「まって……村をすくったってなに? 魔物を殺したって? あの子が!?」

「魔物になっても俺の娘だ。俺の手で始末をつけたい。たのむ」

 アカネの父、ゲイルはきいちゃいない。

「ああ、わかった。トドメはおまえに刺させてやる」

 男同士でどんどん話を進めていく。

「ちょっとおじさ」

 止めようとしたら、うでをつかまれた。リーナの父ハンザだ。

「いいかげんにしろ! おまえはまた魔物に化かされて……おまえのせいでみんなが死んじまったらどうするんだ!」

 右手をうしない、片うでになってもすごい力だ。びくともしない。

「お父さん、いたい」

「しばらくここで反省してろ!」

 リーナは納屋に閉じこめられた。カギをかけられ、ドアの前に重しまでおかれたらしい。
 ドアをあけようとしたけど、とてもあけられなかった。

「……」

 ほこりっぽい床にうずくまり、リーナはため息をつく。

 あの子、本当に魔物だったのかな……? 人をおそうために人のふりをしてたの?

 でも、ふつうに会話できてた。ぜんぜん変じゃなかった。目も光ってなかったし。ピリピリしてるお父さんたちの方がこわい。

 そう思うものの、やっぱり魔物はおそろしい。
 ニヘンナ村が燃えたとき、リーナは村にいた。あのときは死ぬかと思った。

 あれを、あの子がやったのだとしたら……。
 でも、そんな感じじゃなかったし。なにか事情が……。

 フッと視線を感じた。

 音でも光でもない。視線だとしかいいようがない、ふしぎな気配。

 納屋の天井近くに窓がある。木の棒をはめこんだだけの、小さな窓だ。
 そのわずかなスキマから、バケモノがこちらをのぞきこんでいる。

 人間の女の子みたいな形なのに、赤い肌。目鼻口がない。両手が羽になっている。コウモリみたいな、大きな耳があった。

 悪魔。

 とっさにそう思った。魔物なんてレベルじゃない。見た目はそこまでこわくないのに、威圧感がおかしい。クマが目の前にいるみたい。背筋が勝手にふるえだす。

「ヒッ」

 リーナがあとずさりする。
 でも、悪魔はすぐ消えた。まるで最初からだれもいなかったみたいに。

 目の錯覚。気のせい。
 そんな風には絶対に思えない。さっき見た姿がまぶたに焼きついていた。

 ダドリーは「アカネが悪魔にとりつかれた」といった。

 まさか、さっきのバケモノのこと? アレが、アーちゃんのふりしたバケモノの正体?

 こわい。
 とても、話が通じる存在には思えなかった。

「ごめん……ごめん、アーちゃん……」

 リーナは泣いた。
 さっきまで、たすけられるならたすけたいって思ってたのに。目の前にあらわれた悪魔がこわすぎて、もう関わりたくない。

 あの悪魔はアーちゃんと関係ないかもしれない。あの子はきっと本物だった。そう感じた。

 だけど、それがかんちがいだったら?

 やっぱりさっきの悪魔がアーちゃんのふりしてて。みんなを殺しちゃったら……。
 そんなの重すぎて、責任とれない。とりたくない。

 本物かもしれないし、ニセモノかもしれない。
 こんなあやふやな状況で、彼女の味方じゃいられない。

「ごめん。さよなら」

 もしまた目の前にあらわれたら、くちをきかずに逃げよう。
 リーナはうずくまり、自分のひざをかかえた。