54話 雪の王と世界で1番美しい女の子・前編

 むかし、むかし。
 雪の精霊は1人ぼっちでした。
 しかしいつしか1人に飽きてしまい、氷の大地に命を増やすことにしました。
 精霊は海や空、大地にたくさんのモンスターを作り、雪と氷しかない大地を国にしました。
 生みだしたモンスターたちは雪の精霊のことを”王さま”と呼んでしたってくれます。
 これでもう寂しくない。
 しばらく平和に暮らしていましたが、また寂しくなりました。
 モンスターたちはそれぞれつがいを作り、繁殖します。
 彼らにはいわゆる家族がいますが、王にはそれがありません。
「お寂しいのなら、どうぞわたくしとつがいましょう」
「いえいえ、わたしと!」
 王を好きだといってくれるモンスターはそれなりにいましたが、なんだかピンときません。
 彼らは自分の分身、あるいは子ども、配下……そんな存在であり、恋愛とかそういう対象にはならなかったのです。
 氷の国へ人間がやってきたのはそんな時でした。
 草木が生えず、生き物のいない極寒の地。
 そんな過酷な場所に人間は住めません。
 しかし、雪の王がモンスターや寒さに強い植物をたくさん作ったことで、少し良い環境になっていました。
 それに気づいて、移住しようとした人間たちがいたのです。
「お願いです。どうか俺たちをここに住ませてください。他に行くところがないんです」
 多少マシになったとはいえ、まだまだ人が住むには厳しい環境です。
 なのにこんなに必死になるなんて、本当に困っているのでしょう。
 王はこころよく許可しました。
 そしてまたしばらくはみんな仲良く暮らしていました。
 王のつがいはまだ見つかりませんが、これはこれで……。
 そう思っていましたが、平和は長く続きませんでした。
「人間が増えてきたので、俺たちだけの国を作りたいんです。雪の王はモンスターたちと、人間は人間だけで暮らしましょう」
 雪の国と人の国、2つに分けたいということでした。
 特に異論はないので、いわれたとおりにします。
 ところがそれがいけなかったのでしょう。
 国を2つにわけて50年も経つと、人間とモンスターの仲が悪くなってしまったのです。
 殺し合いを始めた彼らをみて、王は悲しみました。
「やめなさい。私はみんなで仲良く暮らしたい」
 しかし彼らはいうことを聞きません。
「だって人間が雪の王を侮辱したんです!」
「モンスターが俺の友達を殺した!」
 王のため、家族や友人のため。
 あっちの海で魚がとれてずるい。こっちの国はなにもない。
 こっちの国の方が人口が多いのに領土がせまい。
 いろんな言い訳を口にして、彼らはたびたび殺しあいます。
 雪の王はうんざりして、心を閉ざしてしまいました。
「雪の国はなくします。もう私はなにもしない。勝手にすればいい」
 国をなくしたモンスターたちはそれぞれ野生に帰り、人間たちは氷の大地を丸ごと手に入れました。

◆

 人の国の名前が何度か変わり、シアーナ共和国になってからのこと。
 モンスターたちはすっかり順応していましたが、人間たちの生活は厳しそうでした。
 ほとんど日光が差さず、雪ばかりで植物はろくに育たない。
 ケモノが少ないから肉もとれないし、魚くらいしか食べ物がない。
「ひもじい、ひもじい」
「もっと魚をくれ。こんなんじゃたりねえよ」
「肉が欲しい」
「この雪さえなければケモノも植物もきっと増えるのに」
「寒くて冷たい雪なんて、大嫌い」
「この憎たらしい雪は俺たちを閉じこめるオリみたいだ」
「また雪のせいで家がつぶれちまう」
 そんな声が毎日あちこちから聞こえてくるのです。
 雪の王はそれをただ静かに見守っていました。
 昔から、氷の大地に住む人間たちは雪が大嫌いです。自分たちが毎日つらい寒さで凍えるのは雪のせいだからです。
 みんなで仲良く暮らしていたときでさえ「寒いから雪をふらせないでくれ」と頼まれたものです。
 嫌われるのは慣れていました。
 だから、
「雪が好き」
 という人間を初めてみつけた時はとてもビックリしました。
 まだ小さな7歳くらいの女の子。
 システィアーナは雪の上を駆けまわり、雪ダルマや雪ウサギを作って楽しそうに遊びます。
 そしてまっしろに輝く雪原をみて、
「なんて美しいのかしら」
 とうっとりするのです。
 そんな子どもは他にいません。
 子どもが雪を褒めたり、雪で遊ぼうとすると「遊ぶヒマがあるなら働け!」と親がしかりとばすからです。
 だからふつうの子どもはみんな親のいうことをそっくりまねて「雪なんかなければいいのに!」というばかり。
 でもシスティアーナはちがいました。
「雪のせいで人が死んだ」
「雪のせいで食べ物がない」
 まわりの人たちにそんな風に怒られても、
「だからなに? 美しければそれでいいのよ。わたくしはまっしろで美しい雪が大好きよ」
 とせせら笑うのです。
 しかし彼女がそんな風にのん気なことをいっていられるのも、お金持ちの貴族だからです。
 冷たくて腰が痛くなるような雪かきは使用人がやる。
 あかぎれだらけの手で氷のように冷たい水で皿洗いや洗濯をしなくてもいい。
 傷1つない美しい手のまま、たくさん着飾って生きていける。
 暖かい家の中で毎日おなかいっぱいごはんを食べられる。
 好きなときだけ雪で遊べる。
 雪が好きなんていえるのは、そのおかげです。
 なんて自己中心的でわがままで、他人の気持ちに鈍感な少女でしょう。
 それでも、王はシスティアーナがすっかり気に入ってしまいました。
 好きです、愛している、尊敬している。
 そうモンスターたちに何度いわれても心にはひびかなかったのに。
 身内ではなく、なんの利害関係もない別の生き物に「好き」だといわれたことがとても嬉しかったのです。

◆

 システィアーナは貴族の娘だ。
 シアーナ共和国の元首となる資格をもった家の1つに生まれた。
 といっても、帝王学や政治のことなんて学んでいない。
 おまえは美しいから、ただそれだけで価値がある。
 難しいことはすべてパパに任せなさいという両親の教育方針によるものだ。
 ひたすら甘やかされて育ち、やがてライバルたちが謎の失踪をとげて元首となった。
 シアーナ共和国は世界でも有数の美形ぞろいの国と呼ばれている。
 その中でもシスティアーナは特別華やかで、”世界一美しい少女”といわれた。
 その評判のおかげで「システィアーナみたいに耳が長くなれば自分も美人になれるかもしれない」と自分の耳をひっぱってのばそうとする女たちが続出した。もちろんなるわけないのだが。
 元首となってからシスティアーナがやったことといえば、いつも通り着飾って楽しく過ごしただけである。
 基本的に仕事はすべて父親にまかせ、たまに指示された原稿を暗唱したり、パーティで踊ったりしたくらいだ。
 そんな幸せな日々が終わってしまったのは、父が暗殺されたから。
 犯人は捕まっていないが、複数の武器でめった刺しにされていた。
 きっと恨みをもつ者たちに集団で襲われたのだろう、と家臣は告げた。
 母は自分と同じで、政治のことなんてわからない。
 姉や妹たちは父の政策でみんな他国へ嫁いだ。
 兄や弟はいたらしいが、「男はいらない」と父が殺してしまった。
「元首さま、ご判断を」
 次々と家臣たちから持ち込まれる仕事の山を前にして、システィアーナは頭をかかえた。