55話 VSお父さん


 しまった、バレた。
 失言に気づいたときには、もうおそかった。お父さんがモリで私の胸をつらぬく。

 ズシンと全身がゆれて、涙がこぼれた。

「ちょっとはためらってよおおおおお! 久しぶりにあった娘と話したいとか、思わないわけ!? 魔物だっていうのがかんちがいだったらどーしてくれるの!? ひどいよ、お父さん!」

 私は泣いた。お父さんも泣いてた。彼はボロボロ涙を流しながら、うめく。

「血が……でない」

「えっ」

 いわれて見てみれば、たしかに血がでてない。まだ胸にモリがささってるから? でも、まったく血がにじまないなんて、おかしくない?

 それに……ちっともいたくない。

「やっぱりバケモノじゃねえか!」

「あんな状態でベラベラ話して、平気そうな顔してやがる……」

 ジェスターおじさんとダドリーがいう。他のみんなも気味悪そうにしてた。私も自分にドンびきだよ。
 魔物、魔物とはきいてたけど……ほんとにゾンビだったんだね。

「子どもに化けるなんてタチの悪い」

「さっさとトドメさせ! ちんたら話してっと情がわいて殺せなくなるぞ!」

 男たちがけしかける。

「やっやめ……」

 お父さんは私の首すじに片手をおくと、モリをひきぬいた。

 赤い肉のはへん、おれてくだけた骨。服のきれはしがとびちっていく。
 血はでないけど、内臓や肉はちゃんと赤いんだ? そんな、どうでもいいことを考えた。

 胸にいびつな穴があく。
 そこから心臓がこぼれてしまわないかが、すごく心配だった。まだつぶれてないよね?

 手で穴をおさえて顔をあげると、お父さんと目があった。
 村のだれかから借りたんだろう。いかつい彼の手にはオノが光っている。

 あ、首きられる。

──そう理解した瞬間。頭の中に映像がうかんだ。

 嵐の夜のくらい海。
 にごった海面にうつったバケモノの姿。

 赤くビカッとブキミに光る両目。きられた生首をかかえてすわりこむ、首なしゾンビ少女。全身どろまみれで、雨にぬれてて汚くて……あのときも胸に穴があいてたっけ。

 ああ、思いだした。思いだした。私はたしかにアカネじゃない。

 海で死んだあのときから、魔神のゲボクになったんだった。

「よけた!?」

 ジェスターおじさんがさけぶ。
 そりゃよけるよ。いたくなくても、斬られたくないからね。

「私もう人間じゃないって、すっかり忘れてたよ。でも、思いだしたから……二度とこないよ。安心して、お父さん」

「俺をお父さんと呼ぶなあっ! おまえはアカネじゃない! ばけもんだ!」

 お父さんはブンブンブンブン両手でオノをふりまわす。

 キャーこわいこわい!
 内心ヒヤヒヤだけど、なんとかよけきった。

 マロボ島の男はみんなマッチョな漁師。モンスターとも戦いなれてて、とっても強い。
 だけど竜や軍隊とくらべたら、おそいね。

「もうこないけど、そのまえに……1発なぐらせろおおおおおおおお!」

 私は彼のふところに入って、全力ビンタした。
 ほんとはグーにしたかった。でもグーでやるとたぶん、私の手の方がつぶれちゃうから。

 スパアン!

 良い音なったけど、しょせん小娘の力。モンスターになっても力はあんまり変わってない。ゴリラボディはビクともしなかった。

 でもポカーンとした四角い顔をみたら、ちょっとスッキリ。

「じゃあね! さよなら恩しらずども!」

 私はくるっときびすを返し、はしった。
 もうここに用はない。逃げろ逃げろ~!

「まっ、まて!」

「逃がすな!」

「追え!」

 キャーみんな速ーい。
 攻撃はかわせたけど、はしるとバランスくずしがち。やっぱり片腕がないとはしりにくいね。

 ……追いつかれたら、どうしよう。手足おさえつけられたら、抵抗できないかも。
 あせってたら、

「アカネちゃん! おくれてごめん!」

 ルファスがはしってきた。

「だいじょうぶ、自分でなんとかした! でも逃げるのてつだって!」

「まかせて!」

 彼はさやがついたままの剣で村人たちをたたきのめした。
 速すぎてよくみえない。でも、それぞれ急所に1撃だった。あれ、ルファスってもしかして強い……?

 近くにいた5人くらいが気絶。追ってきていたお父さんと、のこり40人ちょっとがひるんだ。
 ルファスはお父さんをきっとにらむ。

「ゾンビとはいえ、胸に穴あけるような父親のところへは返せない。娘さんは僕がもらいますから!」

「誤解をまねくよ、そのいいかた!」

 彼はさっと私を横だきにすると、はしってにげだした。
 男にしては細いのに、どこにこんな力があるんだか? 人をかかえてこんなスピードではしれるのがすごい。

「あっ、そうだ! ニヘンナ村のことはごめん! あそこまでやるつもりなかったよ! でも、先に攻撃してきたのはそっちだからね! リーナをさらうつもりなんてなかったよ。おわかれをいったら、島をでようとしてたんだから!」

 ルファスの肩ごしにさけぶ。
 お父さんは目をまん丸にしてた。

「そ……そんな筋肉のない男は許さーん!」

 ルファスは細マッチョだから、筋肉あるよお父さん。腹筋われてるし、腕とか足とかカチカチだよ。はしりまわる人の体型。

 ちなみにクーさまはもうちょっと肩はば広くてガタイがいい。こちらもスリムだけど。
 ……私ゴリラボディは異性としてみれないの、ごめんねお父さん。

「よせっ、話をきくな!」

「あんなのぜんぶデタラメに決まってるだろ! 魔物にまどわされるな!」

 村の男たちがなにかいってる。いいたいことはぜんぶいったから、もうほうっておこう。
 ルファスのおかげでどんどん距離がひらいてるし。逃げきれそうだ。

「メルズークは?」

「結界こわしたらすねたけど……さっきの場所にいるはず。合流しよう」

 元ニヘンナ村の廃墟。
 そこで、白ネコはなにかと戦っていた。

◆

 悪魔3姉妹、すえっ子キルベルちゃん。
 彼女はマロボ島で魔神の気配を感知した。

 ゲボクにちがいないとあたりを捜索中……いいものを見つけた。

 ネコの神族。

 本物の神にはおとるが、強い神聖力をもっている。悪魔にとって神族は天敵。しかし、ごちそうでもあった。

 格上なら逃げる。だけど、これくらいなら……いける!
 キルベルはメルズークにおそいかかった。

 だけど、なかなか殺せない。そんなに強く見えないのに、のらりくらりと攻撃をかわされる。
 イライラしてきた、戦闘中。

「メルズークさま、手をかしましょうか?」

 新たなエモノがとびこんできた。
 魔神の気配をただよわせた少女。……と彼女をだきかかえた青年。

 キルベルはうれしかった。

 美しい魂をもつ者を味見してみたい。だから、魔神を呼ぶまえにこっそりゲボクを味見しようと思ってた。
 ところが、この青年。ゲボクに負けずおとらず、魂がかがやいている。

 ゲボクを食べたら、魔神が怒る。
 でも、この青年は関係ないはずだ。食べていい!

『ご、ち、そ、う!』

 くちがあったら、よだれをたらしていたかも?
 青年めがけてとびかかるキルベル。

 目はないが、魔力を放出することによってまわりの状況をしることができる。だから、カンタンに彼をとらえられるはずだった。

 ところが、気づけばキルベルは何者かにだきしめられていた。
 ケモノのように全身をおおう、ふわふわの白い毛皮。あたかくてやわらかい、ネコ特有のしなやかな体。

 メルズークが耳にくちを近づけて、甘くささやく。

「こらこら、君はボクねらいだったはずだろ? ダメじゃないか、浮気しちゃあ」

 ゼロ距離からはなたれる神聖力。

『アアアアアアアアアアアア!』

 熱い。まぶしい。体が燃える。全身を光につらぬかれる。
 燃えつきてチリとなるまえに。キルベルは最期の力をふりしぼった。

『お姉さまぁ!』

 この断末魔はミザリーと魔神にとどくはず。
 きっとカタキをとってくれる。ざまあみろ。

 キルベルは笑いながら消滅した。