56話 世界のすみっこで祈ってる

 娘のことはあまりかわいいと思えなかった。

 髪や目の色は私とおなじ。でも嫌いな姑に顔がそっくりだったから。せめて夫とにてればよかったのに。どうしても、顔をみるたびあの女を思いだす。

 自分にそっくりだとかわいがる義母。娘が彼女になつくのも、面白くない。
 アンタはしらないだろうけど。そのババアはお母さんをいじめてたのよ。そんなのに、なついてんじゃないわよ。

 ……だけど、すてるわけにもいかないし。人なみに手間をかけて育てたつもり。

 娘が魔物に食い殺されたときは泣いた。
 悪魔にとりつかれてよみがえったときは、ただおそろしかった。

 お母さんお母さんとしっぽふってついてきたあの子が、バケモノになってしまうなんて。

 大人しく村をでてってくれて、ホッとした。
 みんなあの子のことを忘れて、平和にくらしてたのに。どうしていまさら帰ってきたりしたの?

 娘はもう死んだ。
 わかっているけど、どうしても気になってあいに行った。

「お母さん」

 久しぶりにあった娘はグレていた。
 髪を男みたいに短くして、ズボンなんかはいて。みっともない。女顔だからぜんぜんにあわない。

 悪ぶってたけど、まだ母親の私が恋しいみたい。

 愛してる。好きだと目に書いてある。あまったれなところは、生前の娘そのままで。バケモノになったのはかんちがいだったの?

 大群のモンスターを焼きはらった、おそろしい姿が目に浮かぶ。

 この子にあんなことできると思えない。
 だけど……。

「どけ!」

 村のみんなはそう思ってはくれなかった。
 私のおなかには赤ちゃんがいる。ムリはできない。アカネをかばったら、私たち家族まで殺される。

 夫だって、やりたくないけどがんばってる。かわいがってた娘を殺すなんて、イヤだろうに。
 ……ううん、娘じゃない。アレは娘のふりをしたバケモノ。本物が死んだところを、ちゃんと見たんだから。

 それでも娘そっくりだから。殺されるところなんて、見たくない。悲鳴もききたくない。
 だから娘と男たちからはなれて、ひたすら歩いた。

 人気のない道をえらんでいたら、失敗した。
 村からはなれすぎたみたい。こんな山の中にいたら、ピスキーにおそわれるかも……。

 心配していたら、やっぱり。ピスキーじゃないけど、モンスターがあらわれた。

「ヒッ」

 目の前の木から落ちてきたのは、小さな魔物。
 クモのように長い手足に、赤い目玉が3つ。くちが1つ。

 寄生型モンスター、”シーキーズ”だ。

 動物の鼻やくちから体内へ寄生して卵をうむ。寄生された動物は呼吸ができなくなる。苦しみ、のたうちまわって死ぬ。その死体がシーキーズの幼虫のエサとなる。

 エサとなる動物には、人間もふくまれる。

「……ッ」

 はしろうとしたら、ころんでしまった。最近おなかが大きくなってきて、バランスがとりづらいせいだ。

 カサカサカサカサカサカサ……。

 シーキーズが近づいてくる。

「いやあっ」

 シーキーズはよわい。おちついてたたきつぶせば、それでおしまい。
 わかっているけれど、こわくて動けない。

 もし寄生されたらたすからない。そこからたすかった者はいない。

 子どものころ、寄生された死体をみたことがある。100匹くらいのシーキーズに食いあらされて、穴だらけになって。とてもきもち悪かった。

「だっ、だれかっ」

 たすけて!

 シーキーズがピタッと足を止める。まるで、なにかにおどろいたみたい。
 かと思うと、ササーッとはしるように逃げていく。

「え……?」

 たすかった……?
 ぼうっとしていたら、真上から大きなものがふってきた。

 ドオンッ!

 地面がグラグラとゆれる。小さなクレーターができていた。

 なに? 山くずれでもおきた? それとも落石?

 土けむりがひどくて見えない。

「キルベルの悲鳴がきこえたから来てみれば……」

 男の声がする。若い娘がきいたら、声だけでほれてしまいそうな良い声だ。
 少しずつ砂ぼこりがおさまっていく。

 そこから、バケモノが顔をだした。

 耳の大きな黒い犬。顔だちはキツネとにていて美しい。……だけど、大きすぎる。牛よりも馬よりも大きな犬なんて、いるわけない。

 だいたい、犬ならもっとかわいげがある。犬は人を仲間としてあつかってくれる。

 だけどこのバケモノは、人をエサとしか思ってない。

 そんな冷たい目つきをしてた。

「おまえ、ゲボクの母親だな? においがにてる」

 しゃべった! こいつがしゃべってたの?

 長い鼻をフンと動かして、ケモノはいう。
 それでようやく、これはオオカミ型のモンスターかもしれないと思った。犬とはちがう、まっすぐなしっぽもある。

「……」

 うまく頭がまわらなくて、言葉がでてこない。
 完全に土けむりがはれて、バケモノの全身がよくみえる。前足1つで私をふみつぶせそうだ。

「ゲボク本人のにおいもする。娘とあったな? どこへ行った?」

「……」

 ふるえていたら、ケモノが舌うちした。

「つまらんやつだ。もういい。ここまでくれば自力で探せる」

 アカネたちがいる方角をむく。鼻がききそうな見た目だし、においとやらでわかるんだろう。

「ゲボクって、アカネのこと?」

 かすれた、か細い声がでた。

「食べるの……?」

 バカなことをしてしまった。せっかくバケモノがさっていくところだったのに。どうして彼をひきとめたのか……。
 ケモノが横目でこちらをみる。

「いや、むかえにきた」

 その青い目が、声が。とても優しくておどろいた。
 バケモノ同士で仲がいいのね。仲間なのね? 私をみる目とぜんぜんちがう。

 このバケモノ、アカネが好きなんだ。

「あの子あげるわ。どこか遠くへ連れてってやって。バケモノが人間の村にいたって、幸せになれないから」

「いわれなくても、もう俺のだ」

 オオカミがはしりさっていく。木々がなぎたおされて、ケモノ道ができていた。
 ……アカネが殺されるまえに、まにあうといいけど。

「ごめんね、アカネ。ここじゃないどこかで幸せになって」

 優しくしてあげられなくて、ごめん。あんたのこと、たぶんあんまり愛してない。
 バケモノでも自分の娘だからって、かばうこともできない。

 だけど死なれたら悲しいし。どっかで笑っててくれたらいいと思う。
 このきもちは本当だ。

「……私、あんたのことは愛せるのかな」

 そっと自分のおなかをなでる。
 また義母そっくりの子が生まれたら、どうしよう?

 アカネのときみたいに冷たくしてしまったら……そう思うとこわい。

 ポコポコッ。

 赤ちゃんがおなかをける。まだよわい胎動がくすぐったい。

「愛せなくても殺しはしないから、安心しな」

 こんどはもっと……ちゃんと、優しくしてあげよう。
 なんとなく、そう決めた。