56話 さよならの予感

 シアーナ城の中、私室にて。
「わたくしは冗談が嫌いよ。本当のことを話しなさい」
 システィアーナは報告にきたアラクネのほおをひっぱたいた。
 アラクネは王妃の護衛とメイドをかねている。
 愛らしい人間の少女の顔だが、目が8つ。
 華奢な上半身は人間そっくりで白と黒のメイド服を着ている。
 しかし、下半身はアンバランスなほど巨大なクモの足が8本スカートからはみだしていた。
「雪の王がお亡くなりになりました」
 眉1つ動かさず、無表情のままアラクネは再度告げる。
「王が死ぬわけない!」
 システィアーナはもう1度その顔をひっぱたいた。
「だって雪の王はこのシアーナ共和国にいる限り無敵のはず。何度でも再生できるんでしょう? 死ぬとしたら国外へでた時だと、何度も聞いたわ! あの人がわたくしを置いて国外へ行くはずない!」
 王妃の顔は青ざめ、手がぶるぶると震えていた。
 雪の王はぜったいに勝つと彼女は信じていた。
 すぐにもどってくると思っていたし、「危ないから窓辺に近づいてはいけないよ」といわれたから、雪の王の戦闘を見守らず、自室でくつろいでいた。
 それが、死んだ?
 信じない。
 信じたくない。
 死に目にあえなかった。
 最後の会話もすごく適当で、優しくしてあげられなかった。
「はい、国外へは行っていません。王はこのシアーナ城の前で革命軍に敗れました。敵に想定外の実力をもった魔法使いがいたようです」
「魔法……使い。だれ? いったいどんなやつが王を殺したの?」
「長い赤毛に緑の瞳。10歳くらいの少女です。ゲボクと呼ばれていました」
「ゲボク……」
 ふっとシスティアーナが笑う。
 その美しい眉間には深いしわがきざまれ、サファイアのような目から大粒の涙がこぼれた。
「殺してやるわ」
 アラクネは無表情のままひざまずく。
「お供いたします、我が王の妻、システィアーナさま」
 まったく同じ声で、同じセリフを繰り返す声がいくつもひびく。
 同じ部屋の天井に、たくさんのアラクネが逆さまにぶら下がっていた。彼女たちはみんなまったく同じ外見で、100匹はいた。

◆

 海から上がって氷の大地にもどると、ルファスがたおれた。
 さすがに氷の海を泳ぐのは生身の人間にはきつかったらしい。
 顔から血の気が引いて青ざめ、ガタガタと震えている。
 どうしよう、回復アイテムなんてなにも持ってないよ!
「おどきなさい!」
 オロオロしていたら、見覚えのある人影がテキパキと動いた。
 皮でできたやわらかい水筒をとりだし、ルファスになにかの液体を飲ませる。
「カハッ!?」
 青白い顔が一瞬で赤くそまった。
 辛いのか暑いのか、まっかな顔をしてゴロゴロのたうち回っている。
「なにを飲ませたんですか? フリッツ司祭さま」
「唐辛子入りウォッカです」
 なんかすごい辛いお酒らしい。
「ちなみにユーグリアス王国では18歳から飲酒OKです」
「あ、はい知ってます」
 私の故郷マロボ島はユーグリアス王国の領土だから、法律はいっしょである。
 18歳になってもこんなお酒は飲みたくないなあ……。
 すました顔でお酒をしまい、司祭はルファスに着がえをわたした。
「あ、ありがとうございます」
 私にも着がえをくれたけど、タオルだけもらって軽く体をふいておいた。
 雷竜のローブを脱ぐわけにはいかないし、服が濡れても凍っても私は平気だからこのままでいい。
 ふとみると、回復したルファスがフラフラしながら着がえはじめたので、あわてて後ろを向いた。
「えっと、みなさん無事ですか? なんかいっぱい海に落ちてましたけど」
 話しかけると、司祭はいかつい顔をさらに険しくした。
「もちろん大丈夫ではありません。私は回復部隊と共にここへ残って救助作業を続けますから、あなたはルファスと共に王妃をたおしに行きなさい。王妃が魔神の頭を悪用すれば、みんな死にます」
「わかりました」
「ただ……この混乱でアンナとトリルが行方不明になってしまいました」
「えっ」
 グリコの町から連れてきたちっちゃい子2人だ。
 たしかどちらも7歳で、大人しい女の子と、死にかけていた男の子。
 男の子が元気になったとは聞いていたんだけど、この戦場で行方不明ってまずいのでは?
「町にもどる余裕がなかったので、最後部の回復チームで面倒をみていたのですが、申しわけない……」
「こちらこそ、司祭さまにまかせっぱなしにしてごめんなさい」
 海に落ちたのか、モンスターにやられてしまったのか……。
 わからないけど、早く助けてあげないと。
「いえ、か弱い子羊たちを守るのも、神のしもべたる私の使命。気になるでしょうが、アンナとトリルのことは私に任せてもう行きなさい。魔神がゲボクなら勝てるといったのです。なにか秘策があるのでしょう」
「……」
 自信ないです。
 とはとても言えず、私はルファスとシアーナ城へ向かった。

◆

 雷竜の杖に2人乗りしてシアーナ城へむかったものの、広すぎてどこに王妃がいるのかわからない。
 どこから入ろうかな?
 上空からながめていたら、いままでなにもしていなかったなんとか帝国の人たちがいっせいに城へ攻め入っているのがみえた。
 とはいっても、お城は海にぽっかり浮いている状態だからみんな舟だし、私たちの方が早いけど。
「あの帝国の人たち、私たちが雪の王をたおすのをまってたのかな?」
 聞くと、まだ気分の悪そうなルファスが解説してくれた。
「うん、そういう約束だったんだ。僕らだけで雪の王をたおせたらドロシー姫と結婚する権利をくださいって。王妃にそなえて戦力を残しておかないといけなかったしね」
「そうなんだ……結婚するのは姫なのに、姫が決めちゃダメなの?」
「かわいそうだけど、そうだね。今回は運良くオズと相思相愛になれたからいいけど、基本的に王侯貴族は政略結婚だから」
「ルファスも?」
「貴族といっても、色々あってね。僕はそんなご立派な身分じゃないから、自由だよ」
 彼は苦笑して、声をひそめた。
「それよりナナシちゃん。魔神の頭をとりもどしたら、すぐに逃げるんだ」
「えっ?」
 帽子にマフラー、毛皮のコート。
 顔がほとんど見えない防寒具姿でも、合間からのぞく素肌は美しい。
 さらさらの金髪と金のまつ毛は先が少し凍っていて、寒そうだ。
 つり上がり気味の赤紫の瞳はまっすぐにこちらを見つめていた。
「さっきの魔神さんの魔法はすごかった。でも、すごすぎたんだ。王都の魔法使いだってあんなことをできるかどうか……」
「すごいと何がまずいの?」
「武力として目をつけられた。味方にとりこもうとするか、脅威として殺そうとする人たちが増える。アルバ帝国、ユーグリアス王国、シアーナ共和国……3国にねらわれる」
「え、でも元々魔神は5つの国と敵対してるし、世界中で恐れられてるんでしょ?」
「魔神の全盛期だった100年前の人間はもうみんな死んでる。いま生きてる人間はそこまで魔神に本気じゃなかったと思う。でも、あんなの見せられたらみんな本気になる」
「……でも、私いまユーグリアス王国の奴隷ってことになってるんでしょ? ユーグリアス王国が助けてくれるんじゃないの?」
 いまだに奴隷の首輪をつけたままだし。
「君がこのまま奴隷でいたいなら良いけど、ユーグリアス王国は君を逃がさないように更になにかしてくるかもしれない。王妃をたおしたら用済みあつかいして殺そうとする可能性もある」
「それはイヤだな。クーさまはすべての身体をとりもどすっていってたし、私たぶん次は他の国に行くよ。ずっとユーグリアス王国にいるわけにはいかないかも」
「そうだよね。だから、次に会ったら僕も敵だ」
「え!?」
 いままでずっと優しくしてくれたルファスのいうこととは思えなくておどろいた。
 でも彼はあくまで真剣だ。
「……本当は僕も君といっしょに行きたい」
「くればいいじゃん! いっしょに魔神のゲボクやろうよ!」
「ごめん。仕事やめるなら引継ぎしないといけないし、故郷に母がいるから、僕が国を裏切ったら母が処刑されるかもしれない。それになにより……僕はまだ魔神をあまり信用できない」
「……」
「だから、いいね? 魔神の頭をとりもどしたら、すぐに逃げるんだ」
 私はだまってうなずいた。
 さびしいけど、しかたない。