57話 死ぬまえに恋がしたかった


 元ニヘンナ村の廃墟。

 ルファス、メルズークと合流できてちょっと安心した。村のみんなは逆上しちゃって話が通じない。でもルファスたちは理性的だから、ちゃんと聞いてくれそう。

「だいじょうぶ? モンスターにおそわれてたの?」

「うん、よくあることさ。ボクは傷1つないよ」

 白ネコにきくと、彼はにんまり笑った。

「それで……なにかモメてたようだけど? 収穫はあったの?」

 右が金で、左が青。色ちがいの目がこちらをじっと見つめる。

「じつはさっき記憶がぜんぶもどったんだ。ニヘンナ村を燃やしたのは、たしかに私だった。でも……」

 正確にはクーさまが私の体で勝手にやったんだけど。彼のせいにするのはなんかちがうから、私がやったことにしよう。

 あのときは怖かった。リーナが死んだらどーしてくれるんだふざけんなって。でもリーナ無傷だったし。ケガをしたのは、私に攻撃した男たちだけ。死人がでてないとわかったらスッキリした。

「先にひどいことしてきたのはあの人たちだから。大人しく罰を受ける気はないよ」

 無実の村人たちを皆殺しにしたっていうなら、死刑もしかたない。そう思ってたけど、ちがったから。
 べつに彼らが罪を犯したわけでもないけどね。やられたから、やり返しただけ。

 ルファスはともかく、メルズークはおそいかかってくるかな?

 警戒したけど、彼は軽くうなずいた。

「そお。まあ話はだいたいきいてたから、事情はさっしたよ」

 あの距離で?
 ちょっとおどろいたけど、耳大きいもんね。きこえるのかも。

「現時点では証拠不十分。君がこの村を燃やした証拠はない。ボクが確認したのは、お嬢さんが自分の父親をビンタしただけ。ま、家族ゲンカだよね。わざわざボクが処罰するようなことじゃないかなぁ。ボクいそがしいんだよねぇ」

 ネコはヒゲをそよがせる。

「感謝します、メルズークさま」

 ルファスがお礼をいう。これって、見逃してもらえるってこと?

「ありがとう!」

 彼のマネしてお礼をいうと、ネコ耳がぴんとゆれた。

「それで、どうするの? ここに長居すると、島民たちがおそってきそうだけど?」

「あ、それなんだけど……」

 私はルファスにむきなおった。

「ごめん、ルファス。私やっぱりクーさま……魔神のところに帰るよ」

「ダメ!」

 まさかそんなこといわれると思わなかったよ。人を甘がみしちゃった犬をしかるときみたいなテンションでいうじゃん。

「魔神そこまで悪い人じゃないし。けっこー優しいところもあるんだよ」

「13歳の子どもをボロボロになるまで戦わせて、たすけにもこないのに? 騎士だって戦にでるのは14歳からだよ。君は自分がどんなに過酷な環境にいたか、わかってないんだ。もっと優しい人なんて、いくらでもいる!」

 彼は心配そうに眉をさげている。

「だ、だいじょうぶ! 私もう14歳になったよ! いつのまにか誕生日すぎてたみたい。それに、戦うのは大変だけど、強くなれるのは嬉しいんだ。村のみんなに攻撃されたとき、まえはよけられなくてボコボコにされたけど。今日はちゃんとよけられたし」

「僕のところへいれば、もう戦わなくていいんだよ。僕といるのがイヤなら、1人でくらせるようにもできるし」

「ルファスがイヤなわけじゃないよ。クーさまは私のわがまま、だいたい叶えてくれるんだ。イヤっていったことはやめるし。服とかお金とかちゃんと用意してくれる。ケガもキレイに治してくれる」

「それぜんぶ、僕でもできる。ケガは、上級ポーションを手に入れて必ず治すから」

 う~ん、ちがう。そういうことじゃない。なんていえば伝わるのかな?

「あなたはいい人だし、人として好きだけど……私はクーさまのそばにいたいんだよ」

「……ッ」

 金髪の美少年は、ショックを受けたようにだまりこんでしまった。ごめん、ほんとごめん。

 なんか告白されてふったみたいなふんいきになっちゃった。ルファスはべつに私を恋愛対象として好きなわけじゃないのに。

 かわいそうな子だと思って、やさしくしてくれてるんだよね?

「どうして僕じゃダメなの?」

 緑の瞳が悲しげにこちらを見つめる。
 むずかしいこと聞くなぁ。そんなの、私もよくわかってないよ。

「いままで、ずっといっしょにいたのはクーさまだから……かな? いっぱいたすけてもらったんだよ」

 村がモンスターにおそわれた、あの日。

 私が殺されるまえにルファスがたすけてくれてたら、きっと好きになった。一生ついてって、お嫁さんにしてってたのんだかも。

 でも、そんな奇跡はおきなかった。

 モンスターを殺してくれたのは、おそろしい魔神だったのだ。

「あのさあ、お二人さん。うしろ、うしろ」

 くすくす笑っていたメルズークが私たちの背後を指さす。
 そこにはふぁっさふぁっさとしっぽをゆらす、オオカミがいた。

 全身まっくろで、クマよりも大きい。姿形は神さまみたいに美しい。だけど、どことなく邪悪さがにじみでてる。

 水色の瞳は切れ長でつりあがってて、いかにも冷たい感じ。口元もだいたいムスッとしてて、ぜんぜんやさしそうに見えない。ツンとすましたふんいきがなつかしい。

「クーさま!」

 あえて良かった。どうやって探せばいいか、わからなかったから。

 かけよって前足にだきつくと、頭に軽くキスされた。……犬、じゃなくて。オオカミだから、キスじゃなくって匂いかいでるだけかもしれない。

 スキンシップ? マーキング? なんだろこれ。まあいいか。

「話はきこえてた。ゲボクが世話になったらしいな。俺の手下を殺したから殺そうかと思ったが、見逃してやる」

「手下って?」

 きくと、宙にモンスターがあらわれた。
 コウモリ? 吸血鬼? よくわからないけど、羽根のはえた老婦人。

 喪服みたいなまっくろドレスで、顔は1つ目。肌は赤い。半透明のボールに入ってて、なんかあばれてる。怒ってる?

「こいつの妹を殺しただろ? 匂いが残ってる」

 クーさまはまっすぐメルズークを見つめる。

 いわれてみれば、さっきメルズークと戦ってた魔物とにてる。ずいぶん歳がはなれてるけど、親でも孫でもなくて、姉妹なんだ?

「うん、ボクがやったよ。世界の異物である悪魔をへらすのも、ボクの使命。魔神を相手にするのはちょっとヤダけど、そこの1匹だけならひき受けたいな」

「そうか? なら好きにしろ」

 魔神の近くに浮いていたボールが、シャボン玉みたいにはじけた。中から魔物がとびだしてくる。
 妹を殺されて怒ってるみたい。老婦人がめちゃくちゃ魔法を乱発して、ネコはのらりくらりとかわしていく。

「アカネちゃん……本当に魔神のところへ帰るの? 彼は人をたくさん殺すかもしれないよ」

 ルファスがきく。

 ビエト村がおそわれた、あのとき。たしか私は「死ぬまえに恋がしたかった」って願ってた。
 ルファスなら理想どおりのお相手だ。

 魔物とかじゃなくて、ちゃんと人間の男の子だし。女の子みたいな顔や、ネコ目も好み。年も18歳だから、4歳差でちょうどいい。

 騎士だからお金にもこまらない。やさしいし、ここで逃がすのもったいないなぁ~ってすごく思う。
 そういう目で見てもらえてなくても、そばにいれば可能性あるかもしれないし。

 そんなよこしまな思いもあるけど、しかたない。
 恋はできなかったけど、もっと大事な存在ができたからいいんだ。

「覚悟の上だよ。さすがに、なんの罪もない人たちを虐殺したりしないって信じてるし」

 しないよね!?
 ふり返ると、魔神は私の頭にあごをのせた。うーん、良い毛なみ。魔神のくせにおひさまの匂いする。

「またどこかで会ったらゲボクって呼んでね。アカネは人間だったときの名前だから、使いたくないんだ」

「ゲボク……ちゃん。気が変わったら、いつでもいって」

 ルファスがこちらを見つめる。緑の瞳はどこまでも心配そうで、良心がとがめた。本当にだいじょうぶなんだけどな……。

 「この子は魔神に洗脳されてる」とか思ってそう。

「うん、ありがとう」

 そう返事したら、すぐに目の前がおかしくなった。

 空から地面まで、あちこちにはしるノイズ。太い線、細い線。黒、赤、ピンク、オレンジ。目がチカチカする。頭がおかしくなりそうなめまいがして、グルグルとまわる。

 魔神のテレポートだ。こんどはどこへ行くんだろ?