57話 VSシスティアーナ(魔神の頭)

 シアーナ城に近づいてきたとき、それは海の底からあらわれた。
 うっすら青みがかった白いかたまり。
 シアーナ城と同じくらい巨大なそれは津波や洪水を引きおこしながら空へと上昇していく。
 船で上陸しようとしていた帝国の人たちがあわてふためいてるけど、とても助けられないのでがんばって逃げて欲しい。
 空に浮かんだ巨大な氷はバキンッと音を立ててわれ、中から骨がでてきた。
 あー……クーさまの頭って、こういう感じなんだ……。
 それは、犬の……いや、狼の頭蓋骨だった。
 皮膚や肉はついてない。
 目玉もなく、歯並びの良い牙だけがある。
 頭蓋骨だけで首から下はないけど、代わりに黒と紫のもやみたいなものでおおわれている。
 そのもやの向こうに、王妃らしき人影がみえた。
 シアーナ城の入り口の前に立っていて、豪華なドレス姿。
 周りにはメイドさんっぽい人たちがたくさんいる。
 私としては目の前の骨さえとりもどせれば王妃は殺さなくていいんだけど、王妃をたおさないととりもどせないんだろうな~……。
 不意に、空が赤くそまった。
 まだ昼過ぎなのに夕方になったのかと思うくらいあざやかだ。
 空気の燃える匂いが鼻をつき、暖かい風が全身に激しくぶつかってくる。
 さっきまでいた空間を巨大な炎の洪水がうめつくしていったからだ。
 悲鳴を上げる余裕もない。
 まばたきする時間もおしくて、必死で杖の舵をとる。
 きりもみして空中旋回しながらみたのは、巨大な狼のガイコツがあんぐりと口を開けているところだった。
「あれって、お姫さまがいってた魔神のなんとか……」
「ファイアブレス」
 ルファスが訂正する。
 気を使う余裕がなかったので、めちゃくちゃな軌道で飛んじゃっていた。
 そのせいか、彼は両腕だけで杖にぶら下がっている。
「私の腰につかまってくれて良かったのに」
「強くつかんだら痛いかと思って」
 そんな場合か。
 とか思ってる間に彼は自力で杖の上によじのぼった。腕の力だけでよく登れるなぁ。
「話には聞いてたけど、ブレスってレベルじゃないよあれ……」
 なんとかよけられたけど、ほぼ全体攻撃だ。攻撃範囲が広すぎる。
 消し炭にされても私はクーさまが助けてくれるけど、ルファスは死んでしまう。
 彼だけでもどこかに避難させた方がいいのかも。
 ……ってあれ? もしかして、私なら勝てるってまさか。
 何度負けても復活できるからいつか勝てるって意味じゃないよね?
 勘弁してよクーさま。
 操られているとはいえ、あの頭もクーさまの一部なんだから手加減くらいしてくださいよ!
 ぞぞ~っと肩を震わせていたら、ルファスが冷静に指摘した。
「でも姫の話よりは攻撃範囲がせまくなってるし、氷のフィールドだから火力は弱くなってるはずだよ」
「あれで!?」
 なんて話してる間にまたファイアブレスがきた。
 ブレスを吐くっていうか放つっていうか撃つ?
 撃つ前にお口の前に小さな炎の渦が集まってくるみたい。
 再び空中をがむしゃらに飛びまくってなんとかよけると、ルファスが分析した。
「1度ファイアブレスを撃つと5分くらいインターバルが必要みたいだ」
「雷竜の杖と同じだね」
「魔神の体力は膨大すぎてたおすのに時間がかかる。魔神の頭は無視して、インターバルの間に王妃をねらった方が良さそうだね。いままで1度も戦った記録がないし、おそらく王妃はそんなに強くないはずだよ」
「そんなこといっても、なぜか私ばっかり狙ってくるから、逃げるだけで4分くらい使い切っちゃうよ」
 1分で近づける距離じゃないし、逃げているうちに遠ざかるからほとんど近づけない。
 地上にいる王妃はまっすぐに私の方を指さし、魔神の頭はそこをねらう。
 おかげで、放置されているなんとか帝国さんたちが無事に上陸している姿がみえた。
 あ、またファイアブレス来た。
 ルファスが酔ったり、振り落とされないか心配になるレベルで飛びまくって逃げる。
「ナナシちゃん、僕は王妃に接近してみる。即死の魔眼に気をつけて」
「あの、見ただけで死ぬっていうやつだね」
「そう。魔神の情報は魔物図鑑にも少しだけ登録されてるんだけど、図鑑によると光を浴びただけでも強烈な毒をくらうらしい。光りそうだと思ったらフードをしっかり被って素肌をかくしてね」
「ありがとう」
 海をただよっている帝国の船の上空へ近づくと、ルファスは船めがけて飛びおり、身軽に着地した。
 彼は1度だけこちらに手をふり、すぐに帝国の人たちと交渉を始める。
 ちょっと心配だけど、ねらわれているのは私だし。
 これで彼に気を使うことなく全力で飛び回れるから良かったのかも。
 一息ついたとき、まばゆい青い光がみえた。
 魔神のガイコツには目玉がない。
 なのに、暗く穴があいてくぼんだ目の奥に青い光がたしかにチカチカと点滅している。
 水色と緑と深い青が混ざった、この世のものとは思えないくらい美しい光だ。
 えもいわれぬ輝きに魅了されそうになって、我に返る。
 やばいやばいやばい。
 いってるそばからアレ。魔眼が発動する予備動作なんじゃない?
 さっきまでファイアブレスの準備でお口がぱかーんと開いていたのに閉じてるし。
 雷竜のローブのフードを深くかぶり、魔神に背をむける。
 手はローブでかくしてるし、足はタイツとブーツでかくれてるから大丈夫。
 光をみないようにぎゅっと目をつぶったけど……。
 これ、いつまで閉じてればいいんだろ。いま攻撃されたらかなりヤバいけど、うっかり光をみたらまずいし、判断が難しい。
 もう大丈夫かな?
 ちょっとだけ片目を開けてみる。
 空にも海にも異変はない。
 もう終わったみたい。
 くるりとふり返ると同時に、魔神の両目がまばゆい閃光を放った!
 ひどい!
 フェイントかけるなんてひどい!
 予備動作のチカチカとは比べようもないほどの圧倒的な光が私をつらぬいた。
 わあ~キレイ!
 びっくりするくらいまぶしい満月が2つ降りてきたみたい。
 光の速さはものすごい。
 もうどうあがいても逃げられないから諦めて現実逃避してたんだけど、私に異変はおこらなかった。
 ん?
 あれ? なんで?
 魔神の両目から光が消えて、インターバルタイムに入っても私はなんともない。
 クーさま……というか王妃が攻撃ミスったのかな?
 地上の様子をうかがってみると、そこには地獄絵図が広がっていた。
 無事だった人はちゃんと防御してたんだろう、布とかを手にもっている。ルファスも無事だ。
 帝国の人たちはあらかじめ準備していたらしく、大きなシーツを集団でかぶっていた。
 でも防御しそこねた人たちは……目鼻口から大量の血を吹きだしてバタバタとたおれ、もがき苦しんで絶命していく。
 遠いから小さくしかみえないけど、赤いところがどんどん増えていくさまが恐ろしかった。
 ひえええええ……みんなあんな風になってるのに、なんで私無事なの?
 ケガもないし、全身異常なし。
 毒くらってないし、死んでない……ん?
 もしかして、私クーさまの加護があるから魔神の毒は無効だったりする?
 さらにいうなら、すでに死んでるアンデッドだから即死攻撃が無効だったりとか……?
 雪の王の攻撃はダメージくらう技だから効いたけど、こういう呪いタイプの即死技は効かないのかな。
 いやでもファイアブレスは髪の毛ちょっとこげたよ? 毛先3センチくらい持っていかれた。
 考えてもわからないものは、考えたってしかたない。
 とりあえず魔眼は私に効かないみたいだ。
 絶好のチャンスを得て、私は王妃めがけてまっすぐつっこんだ。