59話 時限爆弾


 ここには植物も海もなんにもない。空と砂しかない。
 こういうのを砂漠(さばく)っていうのだと、魔神が教えてくれた。

 そのサバクで、いままでのことを話していたんだけど……。

「ねえちょっと、なんかさっきから距離感おかしくない?」

 クーさまは岩にこしかけて、私をひざにのせていた。

「イヤなのか? おまえの方からさんざんだきついてきたくせに。好きだ好きだとあんなに熱烈にうったえておいて、いまさら?」

「そんなこと……したっけ?」

 身におぼえはあるけど。もうちょっと軽いノリだった気がするよ。

「しただろ、何度も」

「あはははは……犬、じゃなかった。オオカミのときは気軽にスキンシップできるけど。人間の姿してるとちょっとね……いろいろ問題があるじゃんか」

「俺にとってはどっちもおなじだ」

「これからは気をつけ……わー! わー! わー!」

 なんかふっつーにキスしようとしてきてビックリした。
 乙女のくちびるをあっさりうばおうとしないで!

 両手で彼の顔をおさえたら、不満そうな声がした。

「ひどいやつだな、その気にさせておいて」

 キレイな水色の目に見つめられて、顔が熱くなる。トウガラシたくさん食べてくちが熱くなったことはある。でも、顔ってこんなふうに熱くなることあるんだ? 人体ってふしぎ。

「まって、ちょっといろいろ心の整理させて!?」

 なにがなんだかサッパリだよ。
 深呼吸して、1つずつきいていくことにした。

「たしかに私はクーさま好きだよ。でも、恋愛対象かっていわれたらよくわからない。友だちでもハグくらいするし……クーさまは私をそういう意味で好きなの?」

「さあ?」

「さあ!? キスしようとしておいて!?」

 人の純潔をなんだと思ってるんだ!

「こんな感情をいだいたのは初めてだから、よくわからない。キスしたくなったから、しようとしただけ」

「……」

 そんなふうにいわれたら、怒れない。
 でも、そこ大事なポイントだと思う。

 クーさまが私のこと恋愛対象として好きっていうなら……よし結婚しよう! って覚悟するくらいには好き。人間みたいに式とかあげなくてもいいから、妻として大事にしてね。妻として。

 でも、飼主がペットの犬ネコにちゅーするノリだったらこまる。すごくこまる! そんな軽いノリでキスしてたまるかぁ! 責任とってよお!

 ……いや、私だって「キスしたらぜったい結婚」とかいうほど重くはないよ。
 でも、せめて恋人としてキスして欲しい。ペット感覚でちゅーするな。

 みたいなことを、魔神に熱く語った。
 いわなきゃわからないからね、この人外は。

「ふーん?」

 クーさまは笑っている。

「ちゃんと話きいてた?」

 彼はすっと私の髪をなでると、ごく自然にほおにキスした。ちゅっとわざとらしいリップ音がひびく。

「ぴっ」

「これくらいなら、いいだろ」

 耳元でささやかれて、腰ぬけそうになった。
 い、いい声してる~。ひきょうなくらい色気のある低音にやられて、心臓がバクバクとはねた。

 逃げるようにクーさまのひざからおりる。

「……大人が子どもにキスしちゃダメなんだよ」

「へえ? よく親が子どもにしてるけどな」

「クーさまがやるとなんかドキドキするからダメ!」

 実年齢は1000歳とかかもしれないけど。見た目は20歳くらい。

 20歳が14歳にキスって……あれ? そんなに悪くない気もしてきた。6歳差くらいなら結婚してもおかしくないし。キスくらいなら、いいのかな? でも、なんかはずかしいし。

「何歳ならいいんだ?」

「えっ?」

 おもしろがるように彼がきく。

「成人年齢は国によってちがうだろ。おまえは何歳で大人になる?」

「じゅ……16」

 マロボ島では16~18歳くらいで結婚する。

「あと2年か。それくらいなら一瞬だな」

 とクーさま。
 外見とちがって長生きしてるから、時間の流れが速いらしい。

 なんか時限爆弾をセットしてしまったような気がするけど……。とりあえず時間をかせげたから、いっか。

 ところで、なんの話してたっけ?

◆

 かなり話がそれたけど。
 私とクーさまはおたがいにいままでの話をした。

 封印された魔神の体はあと1つ。このサファルカ国で最後なこと。
 私がルファスたちにお世話になってたこととか、いろいろ。

「氷竜をたおすためにエドラが犠牲になって……」

「エドラ? だれ?」

 魔神は雷竜エドラのことをすっかり忘れていた。

「ウソでしょ!? クーさまが雷竜の杖とかローブとか作ってくれたのに」

「ああ……そういえば、あずかってた雷竜のローブとブーツがこわれてたな。そのせいか」

 エドラが昇天したときに、雷竜装備はすべてこわれてしまったらしい。

 おばあちゃんにもらった魔女のローブも破れてしまったし。いまあるのはふつうの服だけ。武器もないからちょっと心細い。

「攻撃力と防御力ありそうな装備ちょーだい」

 クーさまが守ってくれるとか、もはや期待してない。
 むしろ楽しんでこいよって戦場にほうりこむよね、この魔神。だったら装備くらい要求してもいいと思うの。

「あっ、あと。私も収納魔法をおぼえたい! いちいちクーさまに荷物とりだしてもらうのめんどうだし。はぐれたときにこまったから」

 お金も服もぜんぶクーさまがもってるから、不便でしかたない。

「迷子になんかなるからだ」

 彼はそういって立ちあがる。
 いくら本性が大きいからって、ちょっと背高くしすぎじゃない? 立ってるとそれだけで威圧感がある。

「近くの町へ行く。装備と魔法はそれから」

 さらさらと風になびく黒髪が影にとけこんで、美しかった。

◆

 クーさまは封印された体をほとんどとりもどした。だから残り1つくらい楽勝だと思ってた。
 でも、そうじゃないらしい。

「この国の神は最強クラスの火属性。おなじ火属性だから、攻撃くらってもそんなにダメージはない。その代わり、俺の攻撃はまったく効かない」

「むこうの攻撃はちょっと効くってことは、クーさまより強いの?」

「強い。まともに戦ったら勝てない。そこをズルして勝つのが楽しいんだ」

 くくくと笑う魔神。悪い顔してるな~。
 この世界で1番強いエーテルピア神をたおしたときは、奥さんを利用したんだっけ。

 こんどはなにをするんだろ?

「クーさま速すぎぃ」

 もうエドラがいないから、移動は歩き。というかはしった。クーさまは飛べるけど、なんかはしりたい気分だったらしい。そういうところ犬っぽいんだね。

 がんばって追いかけてたら、

「おそい」

 って投げとばされた。

「キャー!?」

 1キロくらい空とんでた気がする。砂に着地したとしても、このいきおいだと頭つぶれちゃわない?
 ヒヤヒヤしてたら、落下地点で受け止めてくれた。魔法で衝撃をやわらげてたから、ケガもなし。

 よかった、「回復魔法で治してやるからべつにいいだろ」とかいわれなくて。何度かクレームを入れた成果が、いまここに。

「わ……なんかすごい」

 顔をあげると、大きな川があった。
 川のほとりには町。だけど、いままでにみたどの国ともちがうふんいき。

 やたら四角かったり、三角だったり、丸いのがあったり……。
 きわめつけに、巨大なネコの像がおすわりしていた。