59話 VSシスティアーナ③

 うわっ王妃さまうるわしい!
 とても意地悪そうな顔立ちなんだけど、造形があまりに美しく、愛らしいのでそれすらもチャームポイントだ。
 ほのかに香るバラの匂い。
 ダイヤモンドの集合体で作られた豪奢なティアラ。ゆれる金髪はシルクのよう。
 ぱっちりと大きなサファイアの瞳。下から見上げても美しい、完璧な鼻。唇はふっくらと女性らしく、バラ色のほお。
 ほっそりとした華奢な首筋には、チョーカーのような赤い傷跡が生々しく残っている。
 青い上品なドレス姿だけど、豊かなバストと足の曲線美はかくしきれない。
 背中をけっとばされたばかりだというのに、絶世の美女を前にしてつい、見惚れてしまった。
「おまえがわたくしの夫を殺したゲボクという魔法使いね。死んでわびなさい!」
 びゅんっと平手が飛んでくる。
「ご、ごめんなさい!」
 私はそれをあっさりとかわした。
 ルファスのいったとおり、彼女自身はあんまり強くない……ぶっちゃけ、弱いみたい。
 不意打ちで背中をけっとばされはしたけど、いままで戦ってきたどのモンスターより動きが遅い。
 殺気にあふれた瞳でにらまれていなかったら、ふざけているのかと思ったくらい。
 たぶん、当たっても大してダメージなさそう。
「このっ、よけるんじゃないわよ!」
「えーと……あなたに恨みはないんですけど、ごめんなさい。あなたを捕まえないと、たくさんの人が困るみたいなので」
 ぶんぶん殴ってくる彼女を適当にいなしながら、足払いをかけた。
 ちょっと足を引っかけただけなのに、王妃は見事にすっ転んだ。
 重たいドレスを着ているせいで動きにくいみたい。
「よいしょっと」
「無礼者! はなしなさい! わたくしをだれだと思っているの!?」
 彼女の両手を背中へまわし、まとめてつかんで歩かせる。
 同じ女性とはいえ、本気で暴れる人間の力だ。
 人間の時ならとてもおさえられなかっただろうけど、アンデッドになってパワーアップしたいまなら簡単におさえられる。
 成人男性くらいの筋力はあるんじゃないかな、いまの私。
 みっちり鍛えている軍人の男性に勝てる気はしないけど、一般女性くらいなら勝てそう。ちなみに女騎士スケアには負ける。彼女は全身ムキムキなのだ。
 キャンキャンほえる王妃さまを半ば引きずりながら、帝国の船へ近づいていく。
 すると、船で待機していたらしい兵士たちがこちらへよってきた。
「王妃をとらえたのか!」
「はい、魔神の頭も回収しました」
 そう答えると、船からわらわらと兵士たちがでてきた。
「でかした! 俺たちの勝利だ!」
「革命成功か!?」
 口笛をふき、いやっほうと飛び跳ねる男たち。お下品なスラングをさけぶ者までいる。
 たしか礼儀や上下関係に厳しいと聞いていたはずなんだけど……?
 ユーグリアス軍と比べると、帝国軍の方がちょっと柄が悪いような気がした。
 大きなほら貝を吹き、海の向こうで救助作業を続けているユーグリアス軍や帝国軍へなにか合図をしている。
 見覚えのある小男がいたので、王妃の拘束を代わってもらった。
 さっきからハイヒールでげしげし踏まれて困っていたのである。
「ルファスが……あっちにいる人たちが魔眼の毒にやられてたおれてるんです。助けてくれませんか?」
 これまた見覚えのある大男、ジアンが怖い顔をこちらへ向ける。
「魔眼でやられたら助からね。あきらめろ」
 怖い顔だが、怒っているわけではないらしい。
 その声は意外と優しかった。
「で、でも、光をあびてすぐによけたんです! まだ生きてます!」
「気の毒だがな……魔眼の毒に解毒剤はねえだ」
「そんな」
 絶句していたら、ジアンがふと眉根をよせた。
「おまえ、もしかしてゲボクか?」
「ちがいます!」
 ジアンから逃げてルファスのところへ駆けよると、彼は目と口から血を流し、たおれていた。
「ルファス、しっかり」
「……」
 返事はない。だがまだ死んでない。息はある。
 フリッツ司祭を呼ぶ時間はなさそうだし、解毒剤がないということは呼んでもムダかも。
 彼はもう蘇生できないのに。
「クーさま! クーさまなんとかしてください!」
 やけくそでさけんだら、返事があった。
『もう少し寝かせろ』
「いいから! 早く! 助けて!」
『わかったわかった』
 ルファスをふくめ、周囲でたおれている兵士たちの身体が青い光につつまれた。
 魔眼とはちょっとちがう、深い青だ。
「う……」
 ルファスが目を開ける。
「大丈夫!?」
「……ナナシちゃん? 王妃は、魔神は?」
「王妃はとらえたし、魔神の頭も回収したよ。痛いとことかない?」
「……平気」
 彼が身体をおこして、ようやく安心した。
 周囲の兵士たちも次々とおき上がっている。
 ん? そういえばクーさまが魔法をかけたらモンスターになるんじゃなかったっけ?
 ふと気づいて血の気が引いたけど、すぐに魔神が告げた。
『安心しろ。俺の毒を抜いただけで、特に魔法を使ったわけじゃないから大丈夫だ。たぶん』
 たぶんて。
「……ルファス。もしなにか体に異変がおきたら遠慮なく相談してね」
 場合によっては強制的にゲボク2号へジョブチェンジだ。私は歓迎する。ついでに他の兵士たちも魔神に受け入れてもらえばいい。
 そうこうしている内に、空から大きなワシが2匹舞い降りてきた。
 スケアだ。その背にはオズとドロシー姫、護衛のカーライル。
 そして、迷子になっていたアンナちゃんとトリルくんがいた。
 良かった、ちゃんと見つかって保護されたらしい。
 なんでこんな危険な最前線に連れてきたのかはわからないけど……。
 王妃へ近づいていく彼らをながめていたら、ルファスがささやいた。
「ナナシちゃん、いまの内だよ。早く逃げて。アンナとトリルは後で僕が村まで送っていくから」
 そういってお金が入った小袋までわたしてくる。
「これは君の分の報酬だ。さあ早く、気づかれないうちに」
 戦闘に参加した者はみんなお金をもらえるらしい。いわれてみれば、そうか。
「ありがとう、元気でね」
 そーっと物陰へ移動すると、私は杖へ飛びのった。
 次はどこへ行けばいいんですか? クーさま。
『そうだな……とりあえず南下して、東にでも行くか』
 白くてキレイな雪が見れなくなるのはちょっと寂しいかも。
 名残おしく雪をながめながら、私は全力で杖を飛ばした。

◆

 迷子になっていたちびっこ2人組をみつけて保護したのは、スケアだった。
 アンナとトリルはアルバ帝国軍の船にもぐりこもうとして、怒られていた。
 危険な最前線へ送りこまれているのは、アルバ帝国に合併された少数民族や奴隷がほとんど。
 帝国本土出身の貴族は来ていないとはいえ、恐ろしいことをするものだ。
 いまのシアーナ共和国は、人を人とも思わない恐怖政治の国。
 しかし、革命を手助けしているアルバ帝国も負けずおとらずの独裁政権なのである。
 貴族の機嫌をそこねたら、ここに派遣されている兵士すべての命がなくなる。
 そのため、帝国軍の兵士たちは絶対服従。
 上からの命令があればなんでもやるといわれている。
 いまは対シアーナのために協力関係ではあるが、できるだけ関わりたくはない。
「助祭さまたちから離れてはいけない。どうしてこんな所にいるんだ」
 連れもどした子たちは、いった。
「王妃に会いたい」
「遊びじゃないんだぞ、ふざけるな!」
 スケアがしかりつけたが、子どもたちはあきらめなかった。
「助祭さまいった」
「パパとママがいなくなったのは王妃のせい」
「パパとママがいまどこにいるか、王妃に聞きにいく」
「……おまえたちの親は、もう死んだんだ。どこにもいないし、帰って来ない。あきらめろ。自分の命を大切にするんだ」
 真実を伝えると、予想どおり子どもたちは泣いてしまった。
 罪悪感で胸がしめつけられるようだが、ここは戦場だ。子どもを甘やかしてやれる余裕はない。
「わかったらここで大人しくしていろ」
 スケアがきびすを返そうとしたとき、引き止める者がいた。
 ドロシー姫だ。
 ほら貝の音がひびく海上を指さし、彼女はいう。
「王妃をとらえたそうよ」
 姫は子どもたちの頭をそっとなでた。
「戦いは終わったから、もう大丈夫。王妃に合わせてあげる」
「ドロシーさま!?」
 いったいなにを考えているのか。
 たしかに戦闘終了の合図がきた。魔神の姿も消えたし、王妃はとらえられた。
 しかしそれでも万が一ということがある。
 まだ安心すべきではないだろう。
 こちらの言いたいことがわかったのか、姫は重ねて告げる。
「わたくしも王妃に家族をうばわれました。父と母、兄妹たちに、乳母。親しかったメイドも、みんな……この子たちと同じです。民のうらみを直接王妃に聞かせてやりたいのです」
 大人しくてひかえめで、優しい姫さま。
 愛らしい彼女の瞳は復讐に燃えていた。