60話 呪いの言葉

 兵士たちにとり押さえられ、地にひざをつく少女。
 うわさ通りの金髪碧眼の美貌をみて、彼女が”王妃システィアーナ”だとドロシーは確信した。
「はじめまして、わたくしはドロシー・アル・エストアと申します。システィアーナさま。あなたはなぜ、反逆されたかわかりますか?」
「おまえたちがヴァカだからよ」
 彼女はぺっとつばを飛ばした。
 かばってくれたオズの右手が汚れて、ドロシーは眉間にしわをきざむ。
 あくまでも堂々と王妃は続ける。
「あなたは健康的ね。ほおもこけていないし、ちゃんと歩けているわ。わたくしが元首になるまでは、食糧難でガリガリにやせたガイコツのような者たちが国中にあふれていた。貴族でさえ、毎日おなかいっぱいはごはんを食べられなかったわ。……まあ、わたくしは飢えたことなんてありませんけれど。いいこと? あなたがいまこうして生きて、キレイなドレスを着ていられるのは、わたくしが一生懸命に奴隷を売ってお金を稼いであげたからなのよ? がんばって働いたわたくしに寄生して生きてきたヒモ貴族のくせに、救世主のわたくしをまた殺すというの? この恥知らず! 恩知らずどもめ!」
「元首が民を救おうとする。それは正しいことね。でもあなたはやり方をまちがえた」
「お腹がふくれた後ならいくらだってキレイごとをいえるわよね。他にどんな方法があったというの!? わたくしを倒したあと、あなたはいったいどんな手段で1億5千万人を養うというのかしら?」
「シアーナ共和国はユーグリアス帝国とアルバ帝国の属国に下ります。その代わり、食料などの支援を頂ける話になっています」
 ドロシーが告げると王妃は両目を見開き、嘲笑った。
「バカね! おまえたちは本当におろかだわ! 国民すべて他国の奴隷になるというの? わたくしの政策よりも悪いじゃないの!」
「でも、家族がいっしょにいられる。家族がバラバラにされて、知らない他国へ売られることはない。あなたの気まぐれで殺されることもないし、ひどい扱いはしないという約束もして頂きました」
 オズの顔をみると、安心させるように彼はうなずいてくれた。
「おバカさんね。そんな甘い言葉を信じているなんて。どうせユーグリアスもアルバも、いつかわたくしと同じことをするわ」
 ドロシーはあえてその言葉を無視した。
「アンナ、トリル。いいたいことがあればいってやりなさい」
 子どもたちに告げると、トリルは王妃に殴りかかった。
「おまえがとうちゃん殺したんだ! 人殺し!」
 まだ小さいとはいえ、シアーナの男の力だ。
 全力で殴られて王妃の白いほおが赤くはれ上がる。
 泣きながらボコボコ殴り続けるトリルをだれも止めなかった。屈強な騎士にやらせなかっただけ、感謝して欲しい。
 美しい顔がはれてデコボコに変形してきたころ、アンナがカーライルのひざをたたいた。
「剣、ちょうだい」
 その意味をさとって、さすがに止める。
 王妃に同情したわけではない。
「やめなさい。あなたの手が汚れる」
「ちょうだい」
 カーライルが困ったように肩をすくめてこちらをうかがう。
 ドロシーは息をついた。
「……やらせてあげなさい。ただし介錯はするように」
「死体も燃やした方がいいね」
 黙って見守っていたオズが口を開く。
「過去、蘇生されることをふせぐために2回首をはねたんだろ? それなのに彼女はよみがえった。もう生き返らないように死体を燃やそう」
「そうね」
 会話の最中にアンナが王妃の胸を剣でつらぬき、カーライルが王妃の首をはねた。
 宙をはねたその首が”燃やす”という言葉を聞いたとたん、目の色を変える。
 地面に落下してすぐ、再び飛びはねた王妃の生首は悪鬼のような形相でドロシーめがけて襲いかかった。
 ドロシーの喉笛を噛みちぎろうとしたそれを、オズがとっさにたたき落す。
「く……首だけで動くなんて」
 ドロシーが後ずさる。
 地面に転がった王妃の首はまだ殺意もあらわにこちらをにらんでいる。
 夕焼けにそまる空の下で、その両目が赤く光っていることに気づいた兵士が声を上げた。
「こいつ、アンデッドだ! そうか、人間としてよみがえったんじゃなくてアンデッド化していたんだ!」
 しかしその首は兵士によってあっさりと踏みつぶされた。
 粉々に踏みくだかれている最中、王妃はなにか口を動かしていた。
 どうせ呪いの言葉だろうとばかり思っていたが、ドロシーの長い耳はそれを正確にとらえた。
「ああ……愛しいスノウ。いま行くわ」
 胸の奥に燃えさかる復讐心が初めてゆらいだ瞬間だった。
 カタキを討った瞬間というのは、もっとスカッとするものだと思っていたのに。
 それはどんな呪いの言葉よりもドロシーの心を重くした。


◆


 王妃の死体を燃やし、骨も粉々にして海へまいたあとのこと。
 オズは気配を殺してひかえているルファスへ声をかけた。
「ゲボクを逃がしたね?」
「なんのことでしょう?」
 オズが拳をふりかぶる。
 ルファスはよけなかった。
 赤くはれたそのほおをみて、オズは嫌そうに顔をしかめる。
「これで2度めだ。……あ~あ、お堅い騎士さまがハニートラップに陥落したなんて、情けない。王に忠誠をささげた騎士だろ、おまえ。なにやってんの? ねえ?」
「王に顔向けできないようなことはしていません」
「へえ?」
「もともと、彼女とは雪の王をたおすまでの一時的な協力関係だったはずです。彼女は約束をはたした。もう自由の身のはずです」
「ルファス。あんたそもそも魔神の心臓をとりもどす任務についてたんじゃなかったか? 魔神の心臓と頭、持ち逃げされちゃってるじゃん。それについてはどう言い訳するのさ? あんな危険物を野放しにして、本当にいいと思ってるわけ?」
「……僕らは魔神に恩があると、思いませんか? 自分の頭をとり返すためとはいえ、魔神は力を貸してくれました。あなただって加護を受けたし、魔眼でやられた兵士たちを一部ですが、助けてもくれた。僕にはあの魔神がそんなに危険な生命体だとは思えません」
「殺人鬼にちょっと優しくしてもらったら、過去の殺人を許すのか、君は」
「そういうわけでは……」
「ああ、もういーよ!」
 オズは軽く地面をけった。
「なんでもっと上手くやらないわけ? 僕はね、ルファスのことも気に入ってるんだ。だから今回の戦功をたたえてゲボクを貴族にして、おまえと結婚させようかとも思ってたの! あの魔神はゲボクに甘いみたいだし、ゲボクさえ味方にとりこんじゃえば魔神を制御できたかもしれないのに! おまえが逃がしたりするから台無しだよまったく! こんな失態されたら、おまえを処罰しないといけないじゃないか!」
「え」
 ルファスは目を丸くしてきょとーんとしている。
 オズはがしがしと自分の頭をかくと、部下へ命じた。
「しばらくそいつを見張ってろ。処罰は後でいいわたす」
 魔神にしても、ゲボクにしても。
 あんなすさまじい力を見せつけられてしまっては、逃がしたくても逃がしてやれない。
 後を追うため、オズはドロシーに手を差しだした。
「首輪のカギをかして」