61話 外道と書いて魔神と読む

 なんか体がおかしい?
 違和感に気づいたときにはもう遅く、私は杖から落下していた。
 手足が動かない。
 それにとても眠かった。
 まるで睡眠薬でも盛られたみたい。
 直前になにか食べたりはしてないから、ちがうはずだけど……。
 ぼすっぼすっと雪の上に落ちて転がると、すぐになにかが近づいてきた。
「だれ?」
 だれもいないのに、足音がする。
 近くに落ちていた雷竜の杖がふわっと浮き上がったと思ったらバチッと電撃が走る。
「あっ、ヒット判定になっちゃった」
 つぶやきと共に、男の姿があらわれる。
 みたことのないグローブを装備したその人は、雷竜の杖をつかんで立っていた。
 服装からいって、ユーグリアス王国の魔法使いみたい。
 えーと……えーと……なんか見覚えはあるんだけど。
「だれ?」
「ロブです。オズの部下の」
 もこもこローブのフードをちょっとだけずらして彼は挨拶した。
 顔全体がみえたけど、やっぱり知らない人だ。
「……だれ?」
 前に話したことあったっけ?
「ロブです! 初対面じゃありませんよ! 地味で影がうすいせいでよく忘れられがちですけど!」
 半泣きで彼がいう。
「そーなんですか」
「隊長の命令で、光魔法で姿を消し、ずっとあなたを尾行していました」
 ストーカーかな?
「体が動かないのは、その首輪の主に逆らって逃げようとしたからです。この首輪は逆らったときに首をしめるだけでなく、奴隷を眠らせることもできるんです。あなたもご存じのとおり、シアーナ共和国には遠見ができる魔道具もあるので、いまごろオズ隊長もこちらへ向かっているでしょう。……だから、どこへ逃げてもムダですよ。さあ、みんなの所へ帰りましょう」
 どうして? 約束はもう果たしたんだから、私はもう自由の身のはず。
 そういおうとしたのに、口が動かない。
 眠気がいよいよ限界で、意識を失いそうだった。
 ロブさんとやらが私を抱き上げる。
「まて」
 知らない声とたくさんの足音。
 ぼやける視界の中で、物陰からなんちゃら帝国の人たちが5人くらいでてきたのが見えた。
「その奴隷、こちらによこしてもらおうか」
 なんかみんな白ずくめで、黒い2つの目と黄色い肌だけがちょっと見える。
 こういうの保護色っていうんだよね。いままで雪にまぎれて身を隠していたのかも。
「……これはこれはアルバ帝国の方。恐れ入りますが、これはシアーナ共和国の次期元首、ドロシー姫お気に入りの奴隷なのです。おわたしするわけには」
「殺れ」
 白ずくめが鋭く命令すると、残りの4人がロブへ襲いかかった。
 おお? なに、仲間われ?
 ロブは地面の雪へ手をつくと、巨大なスノーゴーレムを生成した。
 雷竜の杖と私をかかえてゴーレムへ乗り、包囲網を突破しようとする。
 しかし白ずくめたちの方が強かった。単純に人数の問題かもしれないけど。
 3人がかかりの火炎魔法みたいなものでスノーゴーレムの手足を溶かし、残り2人がスノーゴーレムを駆けのぼってきたのである。
 とっさにロブも短剣で応戦するけど、私と杖を片手でかかえたままでは動きが鈍くて。
 彼は首をかき切られて死んでしまった。
 ああ、ロブさん……どこで会ったか忘れたけど、どうか安らかに……。
 というか、私も殺されるのかな?
 ドクン、ドクン、と。なくなったはずの心臓の音がする。
 手足を失った人がないはずの痛みに苦しんだりするというし、そういうやつかな?
 いったいなにをされるのか。
 不安と緊張でドキドキしてるのに、眠気に逆らえず、私は目を閉じた。

◆

 次に目を開けたときには、すべて終わっていた。
 寝ている間にクーさまがぜんぶやってくれました。
 ってことなんだろうなあ、たぶん。
 まっ白な雪原だったのにあたりは血で染まっている。白ずくめファイブはみんな事切れていて、ロブと同じくたおれている。その体に早くも雪が積もっていた。
 ふぁっさふぁっさと優雅に羽ばたく黒い翼。
 寒気をものともしない、もこもこの毛皮。
 青く美しい瞳。
 しっぽのヘビで睨みつけながら、オオカミバージョンのクーさまは楽し気に笑っていた。
 犬みたいにヘッヘッヘッと笑っていればかわいいのに。残念ながら悪魔じみた、牙をむくような笑みだ。
 大きさはコロコロ変わるんだけど、いまは広い雪原にいて気兼ねする必要がないからか、なかなか大きい。
 ドラゴンくらいのサイズで、彼はなにかを見下ろしていた。
 それは醜いナメクジだった。
 私と同じくらい大きくて、目玉が2つ飛びだしている。
 ナメクジはめそめそと涙を流しながら、なにかを必死に訴えていた。
「クーさま、どうしてナメクジをいじめてるんですか?」
 泣いてるじゃないか、かわいそうに。
 声をかけると、ナメクジは助けてとでもいいたげにすがりついてきた。
 あっいや、ヌメヌメする。同情はしたけどさわられたくはなかった!
 ヌメヌメを我慢して鳥肌を立てていたら、クーさまがとんでもないことをいった。
「それはオズだ」
「えっ」
 ナメクジがこくこくとうなずく。
「ど……どうしてこんなことに!?」
 魔神をあなどった代償だと、彼は話した。
 白ずくめファイブを全滅させたあと、オズがここに到着したらしい。
「ゲボクはみずからの意思でユーグリアス王国の奴隷になった。ゲボクの所有権はこちらにあるから返して欲しい。魔神もゲボクについてくるというなら、歓迎する」
 とそんなことをいった。
「拒否するならゲボクをずっと眠らせたままにする」
 私がてきとーにサインしたあの契約書は、ユーグリアス王国とシアーナ共和国への「一時的な協力」ではなく「未来永劫の隷属」を誓うものだったそうだ。
 あれは魔道具の1つらしくて、あれにサインすることで首輪の力が発動する。
 私が眠ったままカギを壊すと、永久に目覚めない。
「僕を殺してカギをうばおうとしたら、死ぬまえにカギを壊す」
 とオズはいったらしい。
 だますなんてひどい! 初耳だよそんなこと。
 知らなかったとはいえ、本人が合意して成立した契約だ。
 魔神のクーさまでも、これを破棄することはできない。
 つまり奴隷の首輪はカギでしか外せない。契約の破棄もいっしょだ。
 ……封印がすべて解けて完全復活した後ならできるらしいけど、いまはムリらしい。
 そこでクーさまは、オズをブサイクなナメクジモンスターへ変えてしまった。
「人間にもどりたければゲボクから奴隷の首輪を外せ」
 といって。
 それでこのナメクジは泣いているわけだ。
「……」
 私をだまして首輪をつけたオズたちもどうかと思うけど、クーさまもなかなかひどいような……。
「どうした、ゲボク? なぜ顔を引きつらせている。契約書を読みもしないでサインしたバカのために貴重な魔力を使って助けてやったというのに」
 気づけば首筋に違和感が。
 首に引っかかっていたのは、カギがささったままの奴隷の首輪だった。
 外れてる。
 足元には、ビリビリに破られた契約書も落ちていた。
 とりあえず首輪を地面にすてると、いつのまにか近くにクーさまがいた。
 息のかかりそうな距離で、オオカミが牙をむく。
「なにか、俺に、いうことが、あるだろ?」
 ぶち殺すぞコラァとでもいいたげな瞳だ。
 牙をカチカチ鳴らしてるのが恐ろしい。
「すっ」
 私はあわてて両手を組み合わせ、地にひざをついて魔神に祈った。
「すみませんでした! 助けてくれてありがとうございます! クーさま最高! 大好き!」
「……二度とするなよ」
 オオカミはフンと鼻を鳴らした。
「さて、面倒なのがまた来ないうちに行くか」
「えっ、オズを人間にもどしてあげないんですか!?」
 それそれほんとそれ!
 とばかりにナメクジが鳴く。ぴきゅあーとかいってる。
 おかしいな。クーさまの魔法で外国語でも翻訳されるはずなのに、なんでナメクジ語はわからないの?
 ……あっいやわかる! よ~く聞いてみたらちゃんと人間語だこれ!
 ただ、声がすごく変になってる上に早口だから聞きとりにくいみたい。
 こんなの、あるんだ……。
「前にいわなかったか? 俺は人間をモンスターにするのは得意だが、モンスターを人間にすることはできないと。だからこいつはここに放っておく。そのうち野生に返るか、人に討伐されるだろう」
 クーさまの言葉に、ナメクジの顔が絶望にそまる。
 これから愛しのお姫さまと結婚だってのに、なんてひどいことを……。
「げ、外道……さすがにそれはかわいそうですよ! せっかく美少年だったのに!」
 美男美女は世界の貴重な財産である。できるだけ守ってあげなくてはならない。
「こいつに惚れたのか」
 青い瞳が氷のように鋭さを増す。
「いやそういうんじゃないですけど、結婚相手のお姫さまがかわいそうじゃないですか! ちゃんと首輪も外してくれたし、どうにかできないですか?」
「簡単にいってくれる……」
 実にめんどくさそうな顔をして、クーさまはナメクジを見下ろした。
「じゃあこいつはスパイにしよう」
 ナメクジの全身が黄色く光り輝いた。
 男にしては小柄だけど、生意気そうな美少年の姿があらわれる。
 地面にひざをついたオズの顔は蒼白で、ちょっと震えていた。ムリもない。
「見た目だけは、元通りにしてやった。だがおまえの本性はナメクジのままだ。魔力を糧に変化しているから、魔力がつきたらナメクジにもどる。寝ているときもナメクジの姿だ。しかし、俺の怒りを買ったらそのかりそめの姿も失うことになるぞ」
「そんな……っ」
 クーさまの言葉にオズがおののく。
「ユーグリアス王国とアルバ帝国、あといくつかの国が俺をまた封印しようと狙っているらしいな? ついでにゲボクも手に入れようとしている。とても邪魔だ。……オズ、俺がなにをいいたいのか、わかるよな? 賢く働けよ」
 要するに「手下になれ。国を裏切れ」と?
「……っ」
 オズは青い顔をしてうなずいた。
 クーさまが笑う。
「オズ、スケア、ルファスにドロシー姫。おまえたちに魔神の加護をあたえたのは俺が優しいからじゃない。いつでも監視し、処罰できるようにだ」
 えっそうなの?
 詐欺じゃない?
「俺がじきじきに加護をあたえたおまえたちは、常に俺に監視されている。遠くはなれた場所にいても、おまえたち全員を醜いモンスターへ変えることなんか造作もない。現に、距離をおいて警戒していたおまえを一瞬でナメクジにしてやっただろ?」
 お姫さまやルファス、スケアまでナメクジにするつもりだろうか。
 本気でやめてあげて。
 加護を拒否したフリッツ司祭は賢かった。
「……まあそう悲観するなよ。自殺されたら台無しだからな、希望もあたえておいてやろう。いまはまだ、遠距離攻撃くらいの加護しかないが、おまえたちの忠誠心を認めたら、さらに強い加護をあたえてやろう」
 オオカミは楽しげに目を細める。
「そして、西南にあるプトティラ国には変わり者の神がいる。スーディプスという名だ。やつは謎かけが好きで、その謎を解いた者の願いを1つなんでも叶える。やつならおまえを人間にもどすことができるだろう。答えをまちがえるとその場で食い殺されるがな。ハハハッ」
 魔神は悪魔のように笑いながら、私の服のえりくび部分をくわえて持ち上げた。
 膨大な魔力が動く気配がして、脳みそがガクンとゆれる。
 ……気がつくとオズは消えていて、私たちは緑の草原に立っていた。