61話 慰謝料もらいにしのびこむ
なんかいい匂いする。
香水? お香? たまにオシャレな人がつけてるよね、こういうの。女用と男用でちょっと香りがちがう。どっちでも使えるタイプもあるそうだけど……これは男ものっぽい匂い。
マロボ島でもはやったな~手作り香油とか。水あびするときに花でうめつくすと、お花の香りになるとか。
やったことあるけど、準備と片づけがめんどくさすぎて続かなくて。洗髪後にちょっと花の蜜をつける、でおちついた。
「……おはよ~」
「おはよう」
目をあけたら、クーさまと目があった。私は宿屋のベッドで寝ていたらしい。
彼はだらけたかっこでソファにすわっている。私が寝てる間にきがえたのかな? サファルカ国っぽい服だ。
「きがえたんだ? にあってる」
いままで露出ゼロの僧侶服だったから、肌を見せるのが嫌いなんだと思ってた。でもべつに気にしないみたい。
ハダカじゃないけど、かなり胸元があいた服をきてる。そんなに見せちゃっていいの?
さっきの男の子なんて上半身ハダカだったけど、なんとも思わなかったのに。なんで服きてる方がエッチなんだろう。
腕と胸元しか肌みせてないのに、色気がすごい。
足首まですっぽりかくす白いローブに、赤い布の上着。上着はフードとして頭にかぶって、日よけにすることもできそう。
丈は長いけど、夏用のうすい素材だから、すずしげだ。長い黒髪はみつあみにしてる。くつはサンダル。
私がおなじ服きてもこうはならない。男に色気で負けるって、どうなんだろ……。
「もっと見たいなら、ぬごうか?」
じっと見てたからバレたらしい。はずかしくて、あわてて目をそむけた。
「ぬがなくていい」
「ゲボク」
クーさまは笑いながらささやく。
「なに?」
「さわってみるか?」
「さわらない! セクハラ禁止!」
にらむと、彼はほおづえついてこちらをながめた。
おもしろがってる時の顔だ。ふざけてからかっただけみたい。
「赤い顔してジロジロ見ておいて、なにいってるんだか」
「それはごめん……」
私はむりやり話題を変えた。
「あの……なんか香水つけてる? いい匂いするね」
「ああ、血の匂いがとれなくて」
まさかの消臭目的だった。いわれてみれば、ちょっとだけ血の匂いが混じっているような……。
「私が寝てる間にどこでなにしてきたの?」
「情報収集と下準備」
そういってクーさまは指先をゆらした。
「収納魔法を使ってみろ」
「どうやって?」
「おまえの荷物は次元と次元のはざまにおいてある。そこにしまえば時間が経過しない。だからこうやって」
彼が近づいてきて私の右手をつかむ。手と手をかさねたまま、”なにか”につっこんだ。
「うわあ!? なんかある!」
液体じゃない。粘液でもない。強風のかたまりに手をつっこんだみたいな、ふしぎな感触。
みえないけど、たしかにそこには壁があった。
私とクーさまの手首が消えた先。そこに、布の感触がする。
「おまえの空間はここ」
クーさまがそれをつかんで、ひきだした。
手首も見えるようになる。あらわれたのは、市場で買った私の服だった。
「なれたら、手をつっこまなくても出し入れできる」
「へ~……これってさ、うっかりクーさまの荷物を入れてる空間に手をつっこんじゃったらどうなるの? 他に収納魔法が使える人なら、ドロボウみたいなこともできちゃわない?」
「あのな、こういう空間は星の数ほどあるんだ。ゲボクでもわかるようにいうと、1000兆(ちょう)個以上」
「1000個?」
「1000兆。じっさいはもっとある。収納魔法の使い手なんて、この世界に1万人もいるかどうか……だから気にしなくていい」
「ちょうってなに?」
「たくさん」
とにかくだいじょうぶらしい。でも、空間をひらいてる時に盗まれることはあるとか。よくわからない。
ついでに、空間を呼びだせるようにしてくれた。
「ありがとう。それで、武器と防具は?」
「これから盗みに行く」
「えっ」
いま真夜中だけど、魔物にそんなの関係ないか。ていうか、盗むって。
「まえみたいにクーさまが作ってくれるんじゃないの?」
「作るにはそれなりの素材がいる。それに……近くにイイものがありそうだ。強い力を感じる」
「ドロボウなんてよくないよ。お金ならあるから、はらおうよ」
「ドロボウ? 慰謝料(いしゃりょう)だよ、慰謝料。俺の両足をもぎとっていった代金としては安すぎるくらいだ」
借金とりのマフィアみたいなこといってる。
「いま盗むっていってたくせに……」
でかけるみたいだから、服をきがえた。
さっきクーさまが空間からとりだした、青いワンピース。肩と腕が丸だしで、胸元もちょっとあいてる。でも、これくらいならいいかな。
髪はまとめてアップスタイルにした。くつはサンダル。
「準備できたよ。どこへ行けばいいの?」
「神の寝所へしのびこむ」
「神!?」
クーさまはサファルカ国の神さまたちについて語った。
この国にいる3人の神さま。
そのうち1人、ネコの女神が魔神の両足を封印しているそうだ。
でもそっちには行かない。いきなり最強の太陽神の元へ行くなんていうから、ビックリした。
「それなら、まずクーさまの両足をとり返した方がいいんじゃないの? 強い神さまなんでしょ? 完全復活してからの方が戦いやすそう」
「そしたら、おまえがやられる」
「不死身のゾンビだし、また復活させてくれたら平気じゃない?」
「魔神の俺とちがって、おまえはただのゾンビだ。何度か血を飲ませてユニークモンスター級には育てたが、神にはかなわない。魂ごと消滅させられるかもしれない。そうなったらもう復活できない」
クーさまでも復活させられないなんて。そうきいたら、急にこわくなった。
いままでポンポンよみがえってたから、死の恐怖を忘れてたみたい。
「うわあ……じゃあ、私どこか安全なところにかくれてまってようか? 足でまといでしょ」
「神々と戦うなら、俺のそばにいるのが1番安全だ」
「クーさまの血をもっとたくさん飲んでレベルアップしまくるとか」
「もうカンストしてるから、飲んでもレベルアップしない」
「レベルカンストしてるなら、強いんじゃないの?」
「レベル100のザコよりレベル1の神の方が強い」
「じゃっ、じゃあ、どうすれば……?」
魔神は悪い顔で笑った。
「神の寝所にはたくさんの供物がささげられている。その中から強い武器と防具を盗んで、ゲボクに装備させる。おまえが消滅させられないくらいの防御力になれば、俺は安心して戦える」
「クーさま……」
そんなに私を心配してくれるの?
ちょっと感動したのに、
「ついでにゲボクも戦わせれば、もっと楽しい」
「あ、そう」
よけいな一言で台無しだった。