62話 ティル・ケアル―神殿
サファルカ国にはめだつオブジェがたくさんある。
そのうちの1つ。遠くからでもよくみえる、謎の球体。近くでみると鳥の卵みたいな形。
アレなんだろうと思ってたけど、アレが神の寝所らしい。
名前は”ティル・ケアル―神殿”
とても古い言葉で”いだいなる太陽神さまをまつる場所”みたいな意味だとか。
昼間チラッとみたときは、たくさんの人が中へ入ってた。
いまは真夜中だからか、ほとんど人がいない。警備っぽいのが少しいるくらいだ。
夜のサファルカ国は神秘的。
月と星の明かりがあるから、そんなに暗くない。青と紫色にそまった世界は、ずっとながめていたくなる。つぼみを閉じた花の影さえ絵になってる。
たいまつやランプに照らされた町もキレイだし。神殿のまわりも、たくさんのかがり火が燃えていた。
「あそこに行くの?」
「そう」
クーさまニッコニコ。
「1度も笑ったことありませんけど?」みたいなふんいきだけど、けっこー笑うよね。カワイイ。
「見はりがいるよ。それに、隣のあのネコ……もしかして女神さま?」
神殿は大きな丸い建物。それをだきしめるように、ネコが寝ている。
この国にきたとき、遠くからぼんやり見えてたやつだ。初めて見たときは作りものだと思ったけど……アレ本物だ。動いてる。
なめらかにかがやく黒い毛なみ。アイラインくっきり、ぱっちりした金の目。顔だちはいかにも女っぽくて、ネコなのにセクシー。
小さな口元はほほえんでいるように見える。スレンダーだけど、ガリガリじゃない。しなやかなモデル体型。服はきてないけど、金ぴかでゴージャスな首輪をつけてた。
神殿の入り口をずっと見はってるみたい。
「そう」
クーさまがうなずく。
「あんなの、近づいたらすぐ見つかっちゃうよ」
「だから下準備しておいた」
そういって彼は収納魔法でバケツをとりだした。よくある木製のバケツだ。水をくんだりするのに使う。
たぷんっ。
液体が入ってる音がした。あとなんかすごくクサイ。血? 血だとしても、ちょっと匂いきつくない? これ腐ってるんじゃない?
「下準備って、そのバケツをどうするつもり?」
すっごくまずそう。飲みたくない。
「おまえが寝てるあいだ、神殿に盗賊がしのびこもうとした。それをあのネコが皆殺しにした」
「へー」
「俺は思った。盗賊たちの死体の匂い……つまり血をつければ、ネコの目をごまかせるんじゃないかと」
「どういう理屈!?」
「だからじっさいにやってみた。うまくいった」
「うまくいっちゃったの!?」
「そういうわけだ。くらえ!」
「キャー!?」
せっかくきがえたのに血まみれにされてしまった。このやろう……!
「ねえ、ちょっと……頭からかける必要あった? この服、買ったばっかりなんだけど?」
「神殿へ入れたらちゃんとキレイにしてやるよ。ほら、俺もおなじように血かぶるし」
バケツののこり半分を自分の頭にかけて、彼は笑う。
「いやだから、頭にかける必要ないよね? 手足でよくない?」
「アハハハハハ!」
なにがそんなにおもしろいんだか?
実年齢500歳とか1000歳とかのくせに、悪ガキみたいなノリだ。
ムカついたけど。あんまり楽しそうな顔するから、許してあげることにした。でもまたやったらキレる。
「それにしても、この血くさすぎない? 腐ってるの?」
「まずい人間の血なんてこんなもんだ」
「……ルファスの血ってものすごくおいしかったんだね。いい匂いしたもん」
「俺の血は?」
「えっ」
さっきまで笑ってたくせに、急に真顔になるからこわい。
「クーさまは人間じゃないから」
「あいつの血とどっちがおいしかった?」
そこ、はりあうポイントなの? あなた食料として見られたいの?
「……クーさま」
ウソじゃない。ルファスもおいしいけど、7日たべたらあきると思う。クーさまの血はもう、いつまでも飲み続けてられる。中毒になりそうなヤバイお味だ。
魔神は満足そうにニコリとほほえむ。
それがなんだか、てれくさくって。さりげなく顔をそむけた。
「あっ、そうだ。忘れてたけど、ルファスの魂ってキレイなんじゃない? すごくいい人だし」
「はあ。それがなに?」
「それがって……彼と契約しなくてよかったの? キレイな魂が好きなんでしょ」
「ああ、まあ。でもあいつはいらない。好みじゃない。美しい魂なんて、他にもチラホラいたし」
「えっ、私のしってる人?」
「グリアス王国の女王とか。森のマーケットにいた女とか」
「あのお姉さんたちが……彼女たちはほっといていいの?」
「いわなかったか? 魂がキレイなやつはだいたい俺にはなつかないって。どうせ誘惑してもムダだし。もうゲボクがいるから他はいらない」
「でも……私の魂がきったなくなったらどうするの? キレイな魂コレクションなくなっちゃうじゃん。いいの? それで」
「だいじょーぶだいじょーぶ。おまえはずっと美しい」
軽くきき流すような口調だけど、ウソついてるとも思えない。それがなんだか不安になる。
「私めちゃめちゃ人殺したよ? 信じられないよそんな言葉。きたなくなってもすてないでね?」
あとから、シアーナ共和国は悪いことしてたときいたけど。
だからって殺したことには変わりない。
「おまえはなにかカンちがいしてるな。べつに魂が美しいからって善人なわけじゃない。人を殺したから悪人ってわけでもないけどな」
「ちがうの!?」
「正確な条件はしらないが……だいたいふつうとちょっとちがう、イカレたやつが多いな」
「私ふつーじゃん」
「ふつーの女は父親のためだからってガケからとびおりない。モンスターに全身くわれながらはしり続けるなんてできない」
「そう……?」
いわれてみれば、ちょっとめずらしいかもしれないけど。イカレてるってほどでもないような。
「まえにもいったけど。仮におまえの魂がブスになっても嫌いになんかならないよ」
クーさまは私の顔にたれた血のりを指でのばす。なんか変な落書きしてない? ヒゲとか書いてないこれ?
「ブスいわないで」
「ハイハイ」
「……でも、ありがと」
ちょっと安心した。
たしかに、まえにもにたような話をしたけど。あれからたくさん人を殺したから。もう魂なんて汚れちゃっただろうなと思ってた。
◆
血まみれの男女2人。
こんなあやしいかっこうで、どうやって警備をくぐりぬけるんだろ? 殺しちゃうのかな?
心配したけどだいじょうぶだった。
ネコの姿をした女神ラクアト。太陽神の妻である彼女はやっぱり強いらしい。
「いまは戦いたくないから、見つかるようなマネはしない」
とクーさま。
見つかったらまっさきに私が消滅させられるらしい。
「あの変な虫は? あれ神さまの仲間だから、殺したのバレるっていってなかったっけ?」
サファルカ国にきてすぐやっつけた、大きな虫。レインボーカラーだったことはおぼえてるけど、名前は忘れた。
「アレはケアル―の手下。ラクアトとは別だ。ケアル―がおきるまではバレない。それでも、本気で俺たちを警戒してればすぐ気づくけど。あいつケアル―と子孫にしかきょうみないから」
「きょうみないからほっとかれてるってこと?」
「そう。この国ではまだ悪さしてないからな」
「まだ……」
イヤなひびき。ドロボウなんて生まれて初めてだよ。
でも、私も消滅したくないし。ここで勝たないと、クーさままた封印されちゃうし。しかたないかな~。慰謝料。慰謝料としてわりきろう。
魔神は長い間ひとりぼっちで封印されてた。もう罪はつぐなったと思っていいでしょ。両足も返してね。
「すぅ……すぅ……」
黒ネコはぐっすり寝てる。人間みたいな寝息がきこえてきた。
神殿へ入るなら、いまのうち?
私たちは物かげにかくれながら、少しずつ近づいていく。
「なぁん」
なんの前ぶれもなくネコが目をあけた。あぶないあぶない、うっかり声をあげるところだった。
ネコは鼻をヒクヒクさせてこっちをみる。
気づかれた?
あせったけど、クーさまが「動くな」と手ぶりで止めた。
「うるる……」
ネコの女神さまはすたっと四本足でたつ。
そして……なんか変な顔した。
両目を大きく見ひらき、ポカーンとくちをあけている。
「クッサ!」
彼女は前足で砂をかけてきた。
「も~、さっきちゃんとうめたのに。まだのこってた」
ザッザッザッ……。
ひざまで砂でうもれたし、全身砂まみれ。
それでもじっとしていたら、女神さまはまた眠った。
ネコに「クサイ」っていわれた……。
ほんのり切なくなったけど、おかげで見つからずにすんだみたい。
私たちは神殿の入り口へたどりついた。