62話 ジグル共和国

「どこですか、ここ……」
 シアーナ共和国に入る前にも緑の草原を見たけれど、そことはかなり雰囲気がちがう。
 すぐ近くに大きな川があるし、植物が1つ1つ大きい。
 まるで自分が小人になったみたいな錯覚におちいる。
 故郷のマロボ島と雰囲気が似てるけど、マロボ島にはこんな巨大な植物はない。
 葉っぱ1枚だけで、私の身長くらいのサイズだ。
 温度をほとんど感じなくなってしまった身体だけど、暖かい風が吹いているのはわかった。
 鳥、虫、サルの声があちこちから聞こえる。
「シアーナ共和国からはるか南にある、ジグル共和国の中だ」
 人間バージョンへ変身しながら、クーさまがいう。
 毛なみをさわらせて欲しかったのに。
 しかしこれはこれで眼福だ。
 まだ成長期っぽさが残るルファスと比べ、大人の男の身体つき。
 余分な脂肪はまったくないが、マッチョではない。
 ほど良く筋肉質で、美しい顔とのバランスがとれている。
 ルファスのぱっちりネコ目が大好きなんだけど、冷酷そうな切れ長のクーさまの目もキレイだと思う。
 中身がアレだし色々と問題があるので恋愛対象って感じじゃないけど、美しいものは好きだ。
「ここにもクーさまの身体が封印されてるんですか?」
「ここはただの通り道だ。ここからは歩いて移動する」
「近いんですか?」
「5000キロ先くらい」
「……えっと、前にも思ったんですけど、どうせなら直接封印されてる場所にテレポートすればいいんじゃないですか?」
「それができたら苦労しない」
 黒髪の美青年が氷のようなまなざしでこちらを見下ろす。
 そんなことも知らないのか、という副音声が聞こえたのは気のせいかな?
「テレポートは万能じゃない。あらかじめマーキングしておいた場所にしか行けないし、マーキングを消されてしまったら使えない。そこそこの魔力を消費するから乱発はできないし、マーキングを見つけた敵にまちぶせされたり、ワナをしかけられることもある。魔力の動きを感知して敵がやってきたりもしたな」
「へー」
 ひとまずクーさまが歩く後ろをついていく。
 イケメンに化けているせいか、やたら足が長い。
 ……いや、そういえばオオカミの時も美脚だったかもしれない。肉球がなくて凶器みたいな手足なところが残念だけど。
「頭をとりもどして魔力タンクもできたことだし、これからは俺に任せろ。地上を火の海に変えてやる」
 くくく、と怪しげな笑みをもらす魔神。やめて。
「魔力タンクってなんですか?」
 単に魔力が増えたってことかな?
「オズ、ルファス、ドロシー、スケアのことに決まってるだろ。加護を授けたあいつらが生きている限り、あいつらの魔力の一部が俺にそそがれる。その気になれば全員の魔力を根こそぎ吸い上げることもできるが、そうすると死んでしまう。……そんな目で見るな。長い目でみれば生かしておいた方が得だから、殺しはしないさ」
 それで機嫌がいいのか。
 口角が上がりっぱなしだ。
「ゲボクも今回は役に立った。なにか褒美をやろう。なにが欲しい?」
「えっいいんですか!? けっこう迷惑もかけちゃいましたけど」
 むしろ迷惑の方が多いような。
「許す」
「なんでそんなに優しいんですか……?」
 オズたちに加護を授けたときみたいになにか裏があったりする?
 でも、私は無力だ。もともと魔力もないし、利用できそうなものがあるとも思えない。
「おまえはペットみたいなものだからな。どんなに無能で足手まといなペットでも、飼主はペットの世話をするものだ」
 私に期待していないから、私が魔神と対等じゃないからこそあまり怒らないんだ。
 さらりとけなしておいて、魔神は優しく頭をなでる。
「俺は人間の気持ちなんてわからなかった。だからゲボクに憑依して、ゲボクの感情がダイレクトに伝わってきておどろいた。人間ってやつはこんな些細なことでここまで心を乱されるのかと。……そのせいで少し、情がわいたのかもしれないな。いまではかわいくてたまらない」
「クーさま……!?」
 いま、かわいいっていった!?
 きゅーんと胸を高鳴らせたものの、
「ペット兼ゲボクとしてかわいがってやろう」
 すぐ我に返った。
「そーですか」
 あくまでペット、あくまでゲボクというのが切ない。もうちょっと夢を見させてくれてもいいのに。ケッ。
 おそるべし美形。あなどりがたし美声。
 人間をたぶらかすために美しく作ったというだけあって、すごいパワーだ。すっかり魅了されていた。
「じゃあ、着がえをください!」
「服ならあるだろ」
 魔神のいうとおり、ユーグリアス王国からもらった服とかもある。
 道中で買った下着も。
「ふつうのじゃなくて、戦闘服が欲しいんです。どんな服を着てても、上からドラゴンローブをはおってドラゴンブーツをはいてドラゴンスタッフを装備したらぜんぶいっしょに見えるんです」
 毎日同じ服を着てると思われてしまう。
 旅人や冒険者なら珍しい事じゃない。お金のない平民が多いから、下着だけ毎日変えて、お出かけ用の服は1週間に1度洗濯するくらいがふつうだ。
 しかし、定住している村人……特に女性はもうちょっと気を使う。
 平民でも3日に1度は服を変えるのだ。暑い国なら毎日。
 ……ちなみにお貴族さまは毎日ちがう服を着ている。平民は2~5着を着まわすが、貴族は100枚以上がふつうだと、吟遊詩人のおじいちゃんから聞いたことがある。
 いくら村娘出身とはいえ、もうちょっと服にバリエーションが欲しい。
 こちとらお年頃の乙女なのである。
 道中で素敵な出会いがあるかもしれないし、お洒落だってしたい。
「雷竜装備一式の代わりが欲しいってことか……そうだな。雷属性と相性が悪い敵もいるし。手ごろな素材をみつけたら作ってやろう」
「やったー。あ、ついでに。雷竜の杖を使うとまぶしいんですけど、どうにかなりませんか?」
「それはおまえがエドラに言い聞かせろ。おまえの使い魔なんだから、ちゃんと主人としてしつけるんだ」
「えっ、わかりました」
 エドラって私の使い魔だったんだ……と思わなくもない。
 そういえば、それっぽいこと何度かいわれてたっけ。
「エドラ~、まぶしいのどうにかして」
 雷竜の杖の先端、目玉にむかって告げる。
 直後、杖からドラゴンが飛びだしてきて私に牙をむいた。
「うわぁっ!?」
 頭どころか、上半身ごと食べられた。
 地面にしりもちをついて両手をバタバタしてから、ようやく気がつく。
 なんの衝撃も襲ってこない。
「ん?」
 ドラゴンの姿は消えている。
 私はどこにもケガしてない。
 雷竜の杖がニヤニヤと瞳をゆがめながらこちらを見下ろしていた。
「まだおまえを主人とは認めてないようだな」
 とクーさま。
 幽体のエドラにからかわれたらしい。