7話 悪魔は優しいふりをする
男は親の跡をついで村長になった。
代々続いた村長の家系とはいえ、小さな田舎の村だ。大して金もない。
しかし、だからこそ自由にできた。
村長の仕事は適当に。面倒なことは村人にやらせる。
気に入った女はみんな俺のもの。嫌いな男は魚のエサだ。
村長だけが贅沢をしていても、だれも逆らえない。
追いだされたら野たれ死ぬと思っているからだ。
村長はあえてみんなに外の世界のことを教えなかった。モンスターがたくさんいて、1人では生きていけないとだけ何度もいい聞かせていた。
「おまえたちが生きていられるのは、村長の俺のおかげなんだ」
それが上手く村を治めるコツだと、親から学んだ。
そんなある日。
近くの山に雷竜があらわれた。
人生で1度、見かけるかどうかといわれるドラゴン。もはや天変地異である。
激しい雷雨が続き、山が土砂くずれして村がつぶれた。
死人がでたところで、あわてて村長は避難を決めた。
たった1つしかない貴重な馬車。
そこに荷物と村人を積み、さあ逃げるぞという時に。
「乗れない……」
呆然と女がつぶやいた。
馬車は人と荷物ですでに満員。1人あぶれてしまったのだ。
「荷物をすてりゃあいい!」
荷物を持ち上げた村人を、村長はけっとばした。
「バカ野郎! 食料をすてられるか!」
「じゃあこっちの箱を……」
「荷物はすてない! 金だって服だっているし、武器や防具も……ぜんぶ持っていくんだ! 女なんか他にもいるからいいだろ」
ふだんなら男をすてて女を連れていく。
だが外にはモンスターがいる。戦力になる男は減らしたくない。
そうこうしている内に、また雨が降ってきた。また、土砂くずれがおきる。
「早く馬車をだせ!」
「でも」
「知ったことか! 早く逃げないとみんな死ぬぞ! さっさとだせ!」
手綱を引く村人のしりをドカドカとけっとばす。
ところが3発めのけりを入れる前に、村長の体が浮いた。
だれかに馬車から投げだされたのだ。
「な……!?」
泥にまみれて転ぶさなかに、女が馬車にのりこむ姿が見える。
中の男が引っぱり上げたようだ。
「あばよ、村長さん。あんたにはもうついていけねえ」
馬車が猛スピードでさっていく。
「まて恩知らずども! そりゃ俺の馬車だぞ! 泥棒!」
置いていかれた村長が必死に馬車を追う。
しかし馬に追いつけるはずもなく、降ってきた岩につぶされた。
◆
クーさま、いつおきるんだろ?
森の中をひたすら歩いていたら、街道にでた。
ここを進めば楽だろうけど、人間には会いたくないな。マロボ島でひどい目にあったばかりだ。
どうしようかと迷っていたら、村を見つけた。
村といっても廃墟みたい。
道のすぐそばにあるそれは、荒れはてていた。
土砂崩れがおきたみたいで、家がたくさんつぶれてる。あたりは泥と岩でぐちゃぐちゃ。
「……けて」
どこかで人の声がした。
「だれかいるの?」
「助けてくれ!」
男の人の声がした。
がれきの下にうもれていたみたい。
「まって、いま……」
急いでがれきをどけて、血の気が引く。
彼の下半身は完全につぶれてしまっていた。
◆
巨大なバケモノのうなり声が世界にひびく。
チカチカチカッと光が走った。
ああ、また雷だ。
ほんの数時間まえに雷に撃たれたばっかりなのに。マロボ島の外って雷が多いのかな?
現実から目をそらしそうになる。
「助けてくれ」
かすれた声で、男は必死にうったえる。
えっと、どうしよう……。
「もちろん助けてあげたいとは思うんだけど……私ポーションもってないし、回復魔法も使えなくて……あっ」
クーさまだったら回復魔法が使える!
なんせバラバラになった私をくっつけたくらいだ。これくらい軽く治してくれるかも。
「クーさま!」
『聞こえてる。この男を助けて欲しいって?』
少し眠そうだけど、話を聞いていたらしい。
「うん! お願い」
『いいよ』
クーさまはくすりと笑って私の体をあやつった。
「魔力がもったいないからダメ」っていわれるかと思った。
魔神って悪い神さまらしいけど、けっこー優しいんだね。
「だれと……話を……?」
がふがふ血を吐きながら男がうめく。
彼に向けてすっとかざした2本の指が怪しく光った。
「うおっ!?」
男の全身が青い光につつまれていく。
ああ、良かった。これで助けることができた。
そう思ったのに……。
「ううううぅ~」
男の顔がでろんと溶けた。
苦しいのか、頭蓋骨や神経がまる見えの頭を両手でかきむしる。
「えっ、これ死んで」
「ああああああああ!」
男は両手を足のように使ってものすごい速さでこちらに飛びかかってきた。
「きゃー!?」
上半身しかないのに、重い。両手で抱きつぶすつもりだろうか。全力で私をはがいじめにしたまま、ガブガブガブガブとかみついてくる。
「ちょっやめっうわああああ!?」
食われる! 食われてる!
首から肩にかけての肉がかじりとられていく。骨まで食われそうな勢いだ。
「ひー! 助けてクーさまー!?」
ゴウッと全身が燃えた。
青く、まぶしい巨大な炎。
「ギイッ」
男は一瞬で消し炭に。
いっしょに炎につつまれたのに、不思議と私は燃えなかった。
クーさまが助けてくれたのかな……?
「た、助けてくれてありがとう。なにがおこったの? この人を助けようとしたのに、なんでこんな……」
彼は私のケガを治療しながら答えた。
『失敗した』
「えっ」
『ふつうに回復魔法をかけただけなんだけどな。アンデッド化してしまった』
「まちがえてモンスターにしちゃったってこと? それで襲ってきたの?」
『昔からたまにある。実験回数が少ないからまだなんともいえないが……ただの人間に魔法をかけると、俺の魔力の影響でモンスター化するのかもしれない?』
自分でもよくわかっていないらしく、不思議そうにしている。
「そんな……」
これじゃ私たちが殺したようなものだ。
「ひどいよクーさま、なんでそんな危ない魔法かけたの!?」
『なんでって、おまえが頼んだからだろ』
魔神は怒ってないし、責めてるわけでもない。
ただ事実を告げただけ。
淡々とした声が私の良心をぐさっと突きさした。
『別にいいじゃないか。どうせ死ぬところだったんだから』
「……」
このひと、こわい。
せめてものお詫びとして、死体は丁寧に埋葬しておいた。
◆
『あっ、竜がいる!』
村をでるやいなや、クーさまはそう告げた。
「えっ、竜ってあの竜? おとぎ話とかにでてくる……」
彼が目の前の山を指さす。
なにも見えないけど、あそこに竜がいるらしかった。
『雷が多いと思ったら、雷竜が巣を作ってたのか!』
昼間だというのに、空はどんよりと暗い。
雷がゴロゴロいってるし、いまにも雨がふりそう。
「へえ~……って、どこ行くの!?」
クーさまは私の体で山へと駆けだした。
『あいつぶっ殺して食う』
「はあ!?」