7話 バケモノとしての第一歩

 しばらく様子をみたものの。
 近くにだれもいないみたいなので、思い切って陸の方へと歩きだした。
 波が打ちよせる浜辺には、みなれた亜熱帯植物がたくさん生えている。
 けっこう大きくて丈夫な葉っぱの木もあるから、これを服の代わりにしようかと迷ったけど、やめた。家の手伝いでヤシの実もいだりするからしってるんだけど、葉っぱってけっこう汚いんだよね。虫とか、虫の卵とかついてたりして。探せばキレイなものもあるけど、なるべく素肌につけたくない感じ。
 どこかにキレイな服とか落ちてないかな~。
 なんて、都合のいいことを考えていたら、キラキラと輝く物体をみつけた。
 30センチくらいの白いロープ……ちがう、これピスキーの折れた触覚の一部だ! キモイ!
 それはちょっとだけピクピク動きながら、青い液体をしたたらせている。
 みなかったことにしようかと思ったけど、たしか魔物の身体って”素材”として高く売れるんだよね……。特にピスキーはレアモンスターらしくて、ピスキー狩りのためだけにわざわざ島にくる冒険者がたまにいたっけ。
 お金も荷物もなくなっちゃったし、これを売って服を買おうかな?
『売るな。食え』
「わっ」
 急にクーさまの声がしてビックリした。
『魔力が枯渇している……それを食って魔力を回復しろ』
 なんかすっごい眠そうで、いつもの威厳がない。
「キモイから嫌です。眠れば回復するんでしょ? おやすみなさい」
 拒否したとたんに体をのっとられた。
 あーっ、ひどい!
 クーさまはなんのためらいもなく、砂にまみれたキモイ虫の触手にかぶりつく。
 いやー!? 私の口が汚れる! 私の身体が!
 おええ……ん?
 あれ?
 おいしい。
 サクサクした皮にとろっとした甘い体液が蜜みたいにつまってて、カスタードクリームの入ったアップルパイみたい。
 虫は嫌い。匂いも見た目もぜんぶムリ。
 なのに、これは平気。たしかに虫っぽい特有の匂いがするのにまったく不快感がなくて、ちょっと匂いのきつい野菜でも食べてるときのよう。
 粉薬のめないし、砂ついた食べ物なんて考えられない。
 って頭では思うのに、まったく気にせず砂ごとのみこんでしまう。
 一カ月くらいなにも食べてなかったのかと勘違いしてしまうほど、お腹が空いていた。
 あっという間に完食すると、心も体も満たされて、とても幸せな気分になった。
 クーさま、私おかしいです。私の身体になにしたんですか?
『そのまえに服くらい着ろ。はしたない』
 頭上から大量の真水が降り注いで体を清め、突風が吹いてすぐに乾かされた。
 そして、近くの砂がふわりと舞い上がる。
 金と灰色が混じった海の砂が、小さな竜巻のように私をつつみこむ。そして、そのままノースリーブのワンピースになった。
 はしたないって、だれのせいで服がなくなったと思ってるんですかね?
 ていうかコレすごい! 砂がふつうの服になった!
 素肌は完全にかくれてるし、ほのかに温かい。砂にくるまれてる感触はするけど、まったく崩れず、布の服みたいにヒラヒラしている。
 かわいいけど、ベージュっぽいから色合いがちょっと地味かも。
 なんて思ったとたんにベージュが海の色に変わった。深いコバルトブルーに波打つように、ミントグリーンと水色が混じって輝いている。
 今度はちょっとヒンヤリする。
 本物の海に浸かっているみたいですごくキレイ……だけど生臭いコレ。海の匂いがする。
『注文が多い』
 あ、匂い消えた。
『で、なにが聞きたいって?』
 クーさまは近くの岩に腰かけた。
 魔力を回復できたからか、心に余裕ができたみたいで少し優しい。
 なんか、ふつーのごはん食べてもほとんど味がしなくて、さっきの虫がすごく美味しかったんですけど。なんでですか?
 遠慮なくたずねると、彼はあっさりと答えた。
『死んで俺の眷属になったからだろ』
 ……えーと、じゃあ、これからはモンスターを食べないと栄養にならないんですか?
『それはちがう。魔力のないモンスターを食べても意味がない。おまえはいま、魔力をエネルギーとして活動している。だから魔力のあるものならなんでもいい。モンスター以外でも植物とか、動物とか、人間とか』
 人間は食べたくありません!
『魔法使いはおいしいよ』
 クーさまがちょっと笑った。
 嫌ですって!
 ちなみに、ずっと食べないでいるとどうなるんですか?
『理性を失って手あたり次第に喰らいつくバーサーカーと化し、そのまま魔力を回復しなければやがて灰になって消える』
 な……なるほど。でも、魔力さえ回復できれば植物や動物でもいいんですよね?
 たしか、ブラックベリーとかフルーツ系に魔力回復効果があったはず。
『そう』
 やった。ポーションやフルーツをたくさん持ち歩けば、モンスターを食べなくてすみそう。でも、いままでの好物があまり楽しめないのは残念だな~。
『質問は終わりか?』
 あっ、そういえば暗いところで目が赤く光るんですけど。
『死んで俺の眷属になったからだろ』
 あと、血がでなくなっちゃったんですけど!
『人としての血液が作られなくなったから、つきたんだろ。死んだ直後はまだ赤い血があったはずだ』
 えっ……私血液なくて、大丈夫なんですか?
『いまのおまえは魔力で動く人形だから、問題ない。魔力が血の代わり』
 血がなかったら、ミイラみたいになるんじゃない?
 肌の色も気持ち悪いことになっちゃうと思うんだけど、手も足もいつもどおりにみえる。島でも、特に顔色についてはいわれなかったし、大丈夫なのかな?
 魔力ってスゴイ。
『よし、そろそろ行くか』
 クーさまが森の中へと歩きだす。
 あっ、あと1つだけ。私もクーさまも魔力で動いてるのに、どうして私は魔力がつきても動けるんですか? クーさまはよく寝てるのに、私バーサーカーなんてなったことないですけど。
『燃費の問題だ。俺は魔力を大量に消耗する。おまえは無能だが、無能ゆえに魔力ゼロでも稼働できる。おまえが暴走するとしたら、魔力がマイナスになったときだな』
 へー。そんなもんですか。
 とことんバケモノになったなあと思うけど、さんざん思い知らされたばかりだから、もう諦めている。
 そんなことをダラダラと話しているうちに、村がみえてきた。
 マロボ島の外なんて初めてだからちょっとドキドキ。

◆

 海沿いに森が広がっていて、その中に漁村がある。
 マロボ島にくる船はここからきていたのかもしれない。ささやかな港に小さな船がいくつか停まっている。
 村に入ろうとしたら、だれかがこちらに駆けよってきた。
「きゃっ!?」
 さけびながら、体の支配権がもどっていることに気づく。
 あれ、もう魔力つきたんですかクーさま。
 聞くと脳内だけに返事がひびく。
『元人間のおまえの方が人間と接するのは得意だろうから、おまえに任せる。村で支度をととのえたらさらに北へむかえ。俺は少し寝る』
 はーい。
「あっ、ごめんね。娘が帰ってきたのかと思ったの」
 その人は少し手前で立ち止まって、残念そうに肩を落とした。
 80歳くらいのおばあちゃんで、杖をついている。よく走れたものだ。少しくらいなら平気なのかな?
 島の外にはいろんな髪の人がいると聞いてたけど、歳をとると白くなるのはいっしょみたい。
「いえ、平気です。私はマロボ島からきた旅人なんですけど、村に入ってもいいですか?」
「いいよ。なにもない村だけど、ゆっくりしていきな」
 おばあちゃんはにっこり笑ってこちらに手をのばす。
 なぜかそれがとても怖くて、反射的によけてしまった。
 おばあちゃんは目を丸くしている。
「ご、ごめんね。髪がボサボサだから、ととのえてあげようと思って」
「あ」
 そういえばそうだった。
「ほら、いらっしゃい」
 おばあちゃんがポケットからクシをとりだす。
 鏡なんて高級品はもってないし、海にもどって水面でチェックするのも面倒だ。
 おずおずと近づくと、彼女は手際よく私の長い髪をとかし、緑のリボンでポニーテールにまとめてくれた。
「このリボンもあげる。返さなくていいからね」
「ありがとうございます」
 にっこりほほえんだつもりだったんだけど、おばあちゃんは苦笑する。
「そんなにおびえなくても、食べたりしないよ」
 とっても優しそうな人なのに、彼女が近づいている間、冷や汗と体の震えが止まらなかった。
 私が人間じゃないことがバレたら、このおばあちゃんだって豹変するかもしれない。
 いきなり杖で殴りかかってくるかも。男の人たちを呼ばれて、また首を斬られたり心臓をつらぬかれたりするかも……?
 笑ってごまかしながら距離をとると、少し落ちついた。ここまではなれていれば、殴りかかってきても逃げられる。
「私はエンジ。この村で生まれて、ずっと外の世界を知らずに生きてきたの」
 おばあちゃんは思いつめた顔で、ひとりごとのように身の上話をはじめた。
 大人になって結婚したが、夫は漁の最中、嵐の海に飲みこまれたこと。
 子どももおらず、夫の帰りをまち続けて数十年。
 両親はすでに亡くなった。
 もう夫のことも諦めていた、ある日。
 村がモンスターに襲われて、何人かが亡くなった。
 そのときに親を亡くした、身よりのない子どもが2人いた。
 8歳の子どもと、生まれたばかりの赤ん坊。
 村人たちで相談した結果。
 1人暮らしのエンジがこの子どもたちを引きとることになった。
 8歳の子はともかく、乳のでないエンジに乳飲み子の世話はムリだ。
 そう反論したのだが、「手伝うから」といいくるめられてしまった。
 親が死んだとたんに厄介者あつかいされる子たちが、あわれに思えたせいでもある。
 8歳の女の子はサシャ、赤ん坊は男の子で、キールという名前。
 最初はしかたなく2人の世話をしていたが、いざ育ててみると子どもはかわいかった。
 毎日毎日同じことの繰り返し。
 退屈でつまらない余生を送っていたエンジに、2人の子どもは変化と刺激をあたえてくれた。
 あれから10年経ったいまでは、実の子同然に愛おしい存在となっている。
「それが、まさかこんなことになるなんて……」
 昨夜、モンスターに襲われてキールが瀕死の重体になってしまった。
 それきり、サシャは村をとびだして行方がわからない。
 おそらく、どんな深い傷でもたちどころに治すという”ドラゴンの生き血”をとりに行ったのだろうが……ドラゴンは狂暴で、近づいただけで殺された者がたくさん。
 アレをただの村娘がたおすなんてできるわけがない。
 愛する我が子を2人同時になくすかもしれない事態なのだと彼女はいう。
「ごめんね、いきなりこんな話して……忘れてちょうだい」
 エンジさんは涙をぬぐい、村の中へともどっていった。
「……」
 なんて声をかけていいかわからなくて、とぼとぼと後をついていく。
 マロボ島ほどじゃないけど、ここもよそ者はあまりこないみたい。
 村に入ると注目されて、いろいろな人がよってきた。
 私と同じように赤い髪と緑の瞳が多いけど、黒髪や緑髪の人がちらほらいた。
 みんな友好的な雰囲気だけど、とり囲まれると足が震えて泣きそうになる。こんな人数に襲いかかられたら、かなわない。逃げたい。怖い。
『ビクビクするな、みっともない』
 パニックをおこす寸前、クーさまに支配権が移った。
 ほっとして、力がぬける。
 ごめんなさい、クーさま。なんか私、人間が怖くなったみたいです。
『心辺りがなくもない』
 やれやれといわんばかりの声がひびく。
 ずっと脳内で会話をしていたので、だまりこんでいる私をみて村人たちは不思議そうな顔をした。
「お嬢ちゃん、マロボ島からきたの?」
 クーさまは無言でうなずく。
 しかし、どことなくえらそうなオーラがただよっている。
 体の支配権が移っただけで、相変わらず人に囲まれているのに、不思議とぜんぜん怖くない。クーさまに任せておけば大丈夫って安心感があるからかな。雷に撃たれてバラバラになったりしたからちょっと不安はあるけど。
 私は半ば眠っているような状態でこの光景をながめていた。
「サシャって女をみなかったか? 歳は18で、短い黒髪で、胸がこうばいーんとした……」
 彼が首をふる。
 村人たちがいっせいにため息をついた。
「やっぱり、ドラゴンに食われちまったんだよ」
「ムチャしやがって」
「かわいそうに」
 さっきエンジさんがいってた娘のことかな?
 エンジさんから話を聞いたことをクーさまがいうと、村人たちが口々に語りだす。
「なんだもう聞いたのか。そいつは話が早い」
 瀕死の人間を助けようと思ったらいくつか方法がある。
 王都にいる一流のヒーラーに頼むとか、レアアイテムを使うとか。でも、王都は距離が遠くて間に合わないしお金がかかりすぎる。
 回復効果の高いレアアイテムだってすごく高いし、なかなか売ってない。
 しかし、ドラゴンならわりと近くにいる……ということらしい。
 ドラゴンはとても寿命が長く、強い魔力を秘めている。
 その血肉には不老長寿の力が宿るといわれているそうだ。
「エンジさんはずっとキールの看病をしてるが、やっぱりサシャのことが気になってしかたないみたいで、だれかくるたびにサシャじゃないかって見に行ってるんだ」
 他の村人も暗い顔でうなずく。
「ムチャだよなぁ。ドラゴンに勝てる冒険者なんて、こんな田舎にいるもんか」
「……」
 クーさまはじっと彼らの話に耳をかたむけていた。