12.修学旅行・前編
夏休みの終わりごろ。
一人で街へ買い物に出かけ、ぶらぶらと服や靴をながめていたら、嫌いなクラスメイトと遭遇してしまった。
「あっ、姫!」
訂正、大嫌い。
くるっときびすを返して見なかったことにしようとしたのに、すたすたと後をついてくる。
「姫、姫どこ行くの!? 買い物!? 一人!?」
でかい声で姫姫よぶなはずかしい。
茶髪にちょっと派手な服装。
いかにもチャラ男風の外見も苦手だが、なぜか私を姫よびしてくるのが一番気に食わない。鈴木君は教室でも外でもこんななので、できるだけ避けていた。
「……その、姫ってよぶのやめて。はずかしいから」
「じゃあジュリエット? シンデレラ?」
ぎゃああああやめろ鳥肌が立つ!
美少女でモテモテの明里ならサマになるかもしれないが、私がそんな風によばれたら笑い者にしかならないだろうが。嫌がらせか厨二病か知らないが迷惑だ。
「普通に苗字でよんで。あと声大きいからもっと小さい声でしゃべって」
「うん、姫」
わかってない。通じてない。
めまいを覚えたとき、
「嫌がってるからやめてやれ」
ぽすっとだれかの手が頭にのせられた。
ふり返った先には明るい茶髪。不良というよりヤクザよりの怖い顔。派手な外見でも、見慣れたせいかこっちはほっとする。
「斉藤さん」
「え……姫のお兄さん?」
ドン引きって顔で鈴木君が問う。
地味で大人しい私にこんな知り合いがいようとは、思いもよらなかったんだろう。
「保月」
訂正するようにらむと、
「……保月」
しぶしぶといった感じに訂正した。
ちょっと気味がいい。
「じゃあね」
長居は無用、と斉藤さんとその場を後にする。
「ありがとう。助かったよ」
「ああいうのは相手にするな」
「する気なかったんだけど目が合っちゃったし、ついてくるから……」
こういうとなんか幽霊みたいだ、鈴木君。生きてるけど。
「そうだ。聞こうと思ってたんだけど、このブレスレットって浄化? とかした方がいいのかな」
雑誌などを読むと、パワーストーンは定期的に塩や日光で浄化したり水晶の上にのせたりした方がよいとよく書かれている。
斉藤さんはふと私の手首をもち上げると、そこにかかっているブレスレットを数秒見つめ、
「まだしなくていい」
とだけ答えた。
「したら良くない?」
「念も薄くなるからな。なにかあるのか?」
するどい。
「ううん、ちょっと気になっただけ」
夏休み明けに修学旅行へ行くのだが、色々とそういう噂の多い場所なのでお守りを強化しておきたかったのだ。
修学旅行の当日。
「5日間もひなに会えないなんて死ぬ。干からびて死ぬー」
高橋さんからのメールを見て、笑ってしまった。
修学旅行自体は2泊3日だが、今週はカテキョがお休みなので会えるのは5日後の週末なのだ。いつもカテキョも含めれば週3回くらい会っているけど、5日間なんてあっという間なのに。
「お土産買ってくるね」
返信して、クラスのバスへ乗りこんだ。
すでに半数くらいが乗車していて、みんな眠い目をこすりながらも楽しそうに雑談している。
「おはよう」
「おはよ」
沙也と挨拶がてら両手をタッチして、隣にすわる。
明里がまだ来ていないことを確認して、ちらりと視線を交わす。
「お守りもってきた?」
「この日のために神社で買ってきた。600円だけどね」
沙也が財布からちらりとお守りをのぞかせる。
彼女は”でる”所へ行くと頭痛や吐き気を覚える体質だが、霊を見ることはない。私と同じように明里といる時だけ見えてしまうそうだ。
そして旅行中はずっと明里も一緒に行動する。
お互いごくり、と息を飲む。
「楽しい修学旅行にしようね」
「当然!」
沙也がいい切った。
なにごともないといいけど。
飛行機に乗りかえて沖縄へ到着し、そこからは観光バスで現地のガイドさんと共に各地を回る。
ガイドさんが歌ってくれた沖縄民謡が素敵でみんな明るい気分だったけれど、途中からは慰霊塔や戦争記念館、防空壕といった所をめぐり、お年寄りの体験談を聞いたのでなんだか気が滅入ってしまった。平和学習は必要だとは思うけど、好きになれない。
同時に、お守りをもってくる必要はなかったかもなと少し思った。
たぶん、こういう所は先祖の墓参りをするような気持ちでいれば大丈夫だ。
黒い影がたくさん見えたりしてものすごく怖かったし、頭の中ではずっとお経を唱えていたけれど、むやみにおびえて騒ぐのは良くない気がする。
その後はホテルへ行き、晩ご飯を食べてお風呂に入って、就寝前の自由時間になった。
そこで私たち三人は固まった。
クラスで集まって怪談をしようというお誘いが来たからだ。
正直、興味はある。怪談は好きだ。でも明里もいるし、メンバーには変なのに憑かれてる奈緒美ちゃんも霊感少女の戸和さんもいるのだ。なにもおこらないはずがない。
「どうする?」
「面白そう」
と明里。
「クラスのみんなが集まってるっていうなら」
と沙也。
大部屋に割りふられた子の部屋で集合らしいのでそこへ行くと、すでにみんな来ていてかなりの密集具合になっていた。女子部屋なのだが、男子までちゃっかり集まっている。
「保月、保月! こっちこっち!」
鈴木君がばしばしと自分の隣をしめす。そんな周りに男子しかいない場所へ行くわけがない。
困っていたら、
「いちいち相手しないの」
明里にぽんと肩をたたかれた。ついでに「嫌だって」と鈴木君を追いはらうように手をふる。
沙也がいたわるような目をむけてくる。
「嫌なら嫌ってちゃんといわないと駄目だよ」
「うん。ありがと」
二人に感謝しつつ、三人で壁際にすわる。
ラッキーなことに戸和さんの近くだ。彼女のそばなら安心な気がする。
「じゃ、あたしから時計まわりでいい?」
奈緒美ちゃんがあたりを見回して、怪談を始めた。
語り上手でけっこう怖かった。
その後も、聞いたことはあるけどなかなか面白い怪談が続く。
明里が沙也に抱きつき、私は明里に抱きついてきゃあきゃあ固まり、三人で毛布を被りながらも楽しんでいた。
そうして、戸和さんが語る番になった。
しんと静まり返った室内でカーテンが風でゆれる音だけがひびく。
「半年前の話なんだけど、毎晩夜中の二時に間違い電話がかかってきてたの。非通知着信なんだけど、いつも同じ人だってわかるんだ。なんでかっていうと、いつも”早く帰ってこい。こんな時間にでかけるてなに考えてんねん。飲酒運転になるやろが!”って録音を残すから。いっつも怒ってておんなじこというんだ。それがちょっと面白かったんだけど、一ヶ月くらい続いていい加減しつこかったから電話にでたんだよね。そしたら」
無言。
だが、こんな時間に非通知でかけてくる知り合いなどいない。なんてしらじらしい奴だとカチンときた。
「あの。いっつも番号まちがえてますよ。もうかけてこないでください」
謝ってくるか、ブツ切りされるか。
そう思っていたが、
『間違うてへん』
男はいい切って通話を終えた。
「それきり電話がかかってこなくなったから、ただの逆ギレだと思ってたんだけど。このまえ、留守録の容量がなくなったから古いの消すついでにおじさんのやつを再生し」
コンコン。
戸和さんの怪談の最中、隣の部屋から壁をたたくような音が大きく響いた。
一同がびくっとそちらをふり返る。
静まり返っていた室内でそれはあまりにハッキリと聞こえた。
「なんか呼んでる?」
「イタズラじゃね」
クラスメイトたちが軽くざわめく。
いつもそろいの髪型で双子のように仲がいい二人組の少女が、こわばった顔でつぶやいた。
「隣、あたしらの部屋だからだれもいないはずなのに」
なんともいえない、不気味な沈黙が広がる。
風かなにかで物がぶつかった音だと考えるには生々しすぎる気配がしたからだ。
だれも動けず話せずにいたらふと、戸和さんが笑った。
「お開きにしたほうが良さそうだね。私ついてったげようか?」
なぜか代わりに奈緒美ちゃんが返事をする。
「ううん、ゆっこたちこの部屋に泊まるからいらない!」
「そう」
二人が心細そうな視線を送るが、戸和さんはあっさり引き下がった。
一気に空気がゆるみ、すっかりお開きモードでみんなそれぞれ雑談しながら自分の部屋へ帰っていく。
明里たちと団子のように固まっていた状態からはなれ、私は戸和さんの後を追った。
消灯時間がせまり、ぼんやりうす暗い廊下に彼女を見つけるが、
「小林くん、昼間に防空壕でイタズラしたでしょ。修学旅行おわったらすぐお祓い行ったほうがいいよ」
クラスの男子に小声でささやくそれを聞いてしまって、声をかけられなくなる。
小林くんはびっくりしたような顔をして、
「し、してねえよ」
足早にさって行った。
いや、その顔はしたでしょ。
あんな洒落にならない場所でなんて怖いもの知らずな、とあきれていたら戸和さんがふり返った。
「どしたの保月さん。なにか用?」
「あ、話の続きが気になっちゃって。留守録を再生したらどうなったの?」
彼女は軽くふき出し、笑顔でバシバシ肩をたたいてきた。
「保月さんてばもー、あんなの留守録がぜんぶ気持ち悪いノイズに変わってたってだけのオチだよ!」
「え、それじゅうぶん怖」
「非通知拒否っても非通知でかかってくるからイラッとしたけどさー、私の電話番号に執着してただけみたいで。番号だけ変えたらかかってこなくなったんだ」
「たまたまその番号になっちゃったら怖いじゃん。何番だったの?」
「えっとねー」
将来電話番号を変えたときのためにそれを暗記しておく。
ノイズが入った留守録をまだとってあるそうで「聞く?」と目を輝かされたがお断りした。
怪談を聞くだけなら自分的にセーフだが、そこまでしたら夢に出そうだからアウト。
「じゃね。おやすみ!」
ひらひら手をふって彼女がさっていく。
「おやすみー」
戸和さんってちょっと高橋さんに似てる。
明里と沙也のまつ部屋へもどりながら、そんなことを考えた。