22.くねくね

 目立ってしまったのでお茶だけ飲んで店を出ると、高橋さんのスマホに電話がかかってきた。
 友達からか、はたまた心霊絡みの相談かはわからないが彼にはしょっちゅう電話がかかってくる。「気にしないで出ていいよ」と伝えているのだが、私といる時は極力でないようにしてくれているらしく、たまに堂々と無視したり電源そのものを切ってしまったりしている。けれど、重要な用件の電話がかかってきそうな時はそうもいかないようで、今日のように一言告げて席を外す。
 いつもなんの電話なのか聞いてみたい気もするが、ヤブヘビの予感がするのでその話題には触れずにいる。
 ショッピングモールの中。
 ここでまっててといわれた、人気が少ないロビーの一角でソファにすわっていたら、斉藤さんに紅茶のペットボトルを差しだされた。
「あ、ありがとう」
 そばの自販機で買ってきてくれたらしい。暖房はついているのに少し寒くて、手足が冷えていたので助かる。ペットボトルの温かさを堪能してから財布を出そうとすると「いらん」と先にいわれた。めざとい。さり気なく私が喫茶店で頼んだのと同じミルクティーなあたりもめざとい。
 しかし、無口二人だとやっぱり会話が続かない。
 電話長いよ高橋さんと思いつつ話題を探していると、斉藤さんからタバコの匂いがした。
「斉藤さんってタバコ吸うの?」
 隣で黙々と缶コーヒーを飲んでいた彼がこちらに顔をむける。
「吸わない」
「喫茶店でうつったのかな」
 高橋さんも吸わないし、一緒にいたあのお姉さんだろうか。
 ……というか早くも会話が終わってしまった。だめだ、なんとか会話を広げなければ。
「斉藤さんっていかにも吸ってそうだから、ちょっと意外かも」
 いってしまってから冷や汗がでた。
 ちょっとまて、この発言は失礼じゃないか? いくら彼が悪人面で茶髪でヒゲ生やしてて背高くて筋肉質気味だからって。いやほんといかにも吸ってそうだけど。
「ごめんなさい」
 フォローしたいがフォローするための言葉が出てこなくて罪悪感にさいなまれていたら、何事もなかったかのように彼が口を開く。
「前は吸ってたんだけどな。茉莉(まつり)の体に悪いからやめた」
「茉莉さんって?」
「彼女。生まれつき病弱で、特に気管支が弱かった。二年前に死んだ」
 なんかまた激しく地雷を踏んでしまった気がする。どうすればいいのこの地雷原。
「ええと……亡くなったのって、妹さんじゃなかったっけ」
「妹は中学生の時に死んだ。ちなみに母親も妹を産んですぐ死んでる」
 まるで他人事みたいな口調だけど、こういう時って謝っていいのかな。
 リアクションに困っていたら頭をなでられる。
「うちはそういう家系らしい」
 昔、先祖が自分の娘を人柱にしたそうだ。
 当時水害がひどく、川の氾濫を防ぐために人柱が必要だという話がでる。人柱には若い娘がいいのだが、運の悪いことに斉藤さんの家に若い娘がいた。それで白羽の矢が立ってしまい、泣く泣く先祖は娘の手足をしばって生きたまま川へ沈める。
 それからというもの、彼の家系は代々男しか生き残れなくなった。嫁をとっても急な病死や事故等で亡くなることが多く、娘が生まれた場合は成人まで生きられない。これは祟りだということで慰霊碑を建てたが、祟りは今もおさまらず。
 彼の親戚で生き残っている女はたった一人しかいない。
「だから結婚する気ねーし、うちは俺の代で終わるだろうな」
「結婚しなくても、彼女作ってイチャイチャしたらいいんじゃないかな。あの、ほら、さっきの人と新しい恋とかええとその」
 生まれつき病弱だったというなら、茉莉さんが亡くなったのは斉藤さんのせいじゃないと思うし。
 断言できないからそこまで口には出せないが、必死にはげまそうとしていたら彼がかすかに笑った。細長い一重がさらに細くなり、めずらしくつり上がった口元が妙に色っぽい。
「マセガキ」
 いわれて、急にはずかしくなる。
 あああなんかまた変なこといってしまった。もう高橋さん帰ってくるまでだまってる。ていうか私がマセてしまったのはお姉ちゃんと高橋さんのせいなので文句は彼らにいって欲しい。
 いたたまれなくてそっぽを向いていたら、高橋さんがもどってきた。
「ひなで遊ぶなよ」
「おまえが置いてったんだろ」
 斉藤さんは悪びれない。
 もしかして、間がもたなくて気まずそうにしていたから気をつかってあんな話をしてくれたんだろうか。
 高橋さんが頭をなでてくる。
「ごめんね、置いてって。邪魔者がいなくなったらイチャイチャしような」
 なんてこというのか。
「邪魔じゃないからね」
 斉藤さんをふり返ると、彼はすでに少し遠ざかっていた。
「じゃあな」
 まさか邪魔者あつかいを本気にしたわけではないだろうが、このタイミングで帰らなくてもいいのに。
「……またねー」
 しぶしぶ見送ると、高橋さんが隣に腰かける。
「ところで、なんで目合わせてくれないの?」
 ちっ、バレた。
 一年前は人の目を見て話すのがすごく苦手だったけれど、目を合わせるといつも高橋さんがにっこり微笑んでくれるから、それがすごく嬉しくて安心して、ちょっとずつ目を見る回数が増えていった。最近では他の人ともわりと自然に目を見て話せている……と思う。
 けれどあの夜以来、彼の目を見れていない。実をいうと顔の辺りをぼんやりながめて見たふりをしている。
「合わせてるよ」
「えー? ちゃんとここ見てる?」
 彼が自分の目を指さす。
 つられておずおずと視線を上げると目が合って、火傷したように目を伏せてしまった。
「ごめんちょっと……は、はずかしい」
 目が合うと、色々と思い出してしまって落ちつかないのだ。優しくふれてくる大きな手や、熱い体がのしかかってくる重み。荒い吐息と汗の匂い。ぞくぞくするほど色っぽい声と瞳。あれから2,3日くらい経っているのに全身に感触がよみがえってきて、困る。本当は手をつなぐのもしばらく遠慮したかったが、断るヒマもなくつながれて内心ドキドキしていた。
「ああ、そういうこと。ホテル行く?」
「ぜったい嫌」
 見透かしたように笑いながら小声でささやかれて、即答する。
「本当に? 誘ってるとしか思えない顔してるけど」
「さ……!?」
 外見だけならアイドル顔負けの美青年なのに、どうしてそんなエロ親父発言ができるのか。
「行ったら捕まるよ高橋さん」
 ていうか公共の場なのに顔が近い。だれかきたらどうするのだ。
「じゃあ俺の家で」
「大人しく映画でも見ようよ」
 つい距離をとりながら辺りを見回して、だれもいなかったことに違和感を覚える。
 たまにだれかが通りすがっていく中、一人だけずっと立っている人がいた気がするのだが。会話が聞こえそうなほど近くではないが、常に視界の端に映るくらいの距離で、さっきまでそこにいたと思ったのに。
「えー。俺今すごくしたいんだけど」
「円周率でも暗唱したらいいんじゃないかな」
 いいながら高橋さんの方を見たらやっぱり視界の端に人が立っていて、とっさにふり返った。
 けれど、そこにはだれもいない。
 目にゴミでも入っていて、それを人だと勘違いしたんだろうか。視界の端だからぼやけてよくわからなかったけど、視線を感じた気がしたのに。キツネに化かされたような気もちでながめていたら、
「もしかして、見えてる?」
 高橋さんが笑う声がした。
「見えてるって、まさか」
「あ、やっぱ見えてはいないんだ」
 ひょいと肩を抱かれ、そのまま耳元でささやかれる。
「あっちじゃなくて、こっち見てみ。たぶん見えやすい」
 示された先は大きな窓ガラス。
 室内の風景を反射して鏡のようになっているそこに、明らかな異物が存在した。目に入った瞬間、反射的に肩がはねて後ずさる。
「なにあれ」
 機械が置いてあるのかと思った。
 それはたえずウネウネくねくねと動き続けている。ちゃんと服を着た人間なのに全体的に黒っぽくて、顔がよく見えない。顔を見ようとすると焦点がずれるというか、ずっと顔をぶんぶん振り回しているから観察するヒマがないのだ。まるで踊るように両手両足をくねくね動かし続け、かっくんかっくんと背骨も曲げている。とても正気とは思えない異様な角度だ。関節がないんじゃなかろうか。髪は短いが男か女かもよくわからない。
 窓ガラスから目をはなして室内をふり返っても、そこにはなにもいない。
 ただ、視界の端になにかがチラつく。
「あの……アレって、田んぼとかによく出るっていう”くねくね”?」
 都市伝説の一つにそんな話があった。人間に似ているがくねくねと奇妙な動きを続けていて、あまり見続けたり近くでハッキリ見てしまうと気が狂うという。
 ここは繁華街のど真ん中だが、特徴がよく似ている。
 思い出してから怖くなってきた。そちらを見ないようにして立ち上がり、高橋さんのそでを引く。
 早くここを出よう。
「さあ、俺そっちのは見たことないから。潰れそうな店とかでたまに見るけど、今のところなんかされたことはないよ。ちなみに、すごい時は5,6人で踊ってたりする」
 そういえば、ここの店舗はしょっちゅう店が入れ替わる。
 潰れてまた新しい店が入って潰れて、の繰り返しで二年もったことがない。客はたくさん入っているのに。
「アレのせいで潰れるのかな?」
「んー、理由の一つではあるだろうけど。逆に潰れそうな店が居心地よくてわくのかも……あと、ここの土地が気に入ってるみたいだな。大火事で死人がたくさん出たり、元処刑場だったりしたとこだし」
 高橋さんがアレのいた辺りに近よろうとしたので、とっさに腕をつかむ。なにを考えているのか。
「わかったから、もう行こう」
 高橋さんが苦笑する。
「いいけど、アレ以外にもその辺にあちこちいるってわかってる?」
「……私を心霊スポットに連れて行かないでって、何度いえばわかってもらえるの」
「極論をいえば地球はすべて心霊スポット。あ、ごめん。ごめんって」
 人気の多い辺りへすたすた立ちさると、あわてて彼が追ってきた。
 私は競歩気味だったのにあっさり徒歩で追いつかれるとちょっとくやしい。
 ちなみに、今回は最初から心霊スポットに連れて行くつもりだったわけではなく、人混みで私が辛そうだったから空いている場所を、という気遣いだったそうだ。幽霊がいて不気味な雰囲気がただようせいか、心霊スポットはたいてい人気がない。そういうことなら、とお礼をいいそうになったが。
「心霊スポットじゃなくても空いてる場所ってあるよね?」
 けっきょく高橋さんの趣味じゃないかとじとりとにらむと、なぜかすごく嬉しそうに微笑まれた。
「やっとこっち見た」
 うあ。