25.お礼

「なんで?」
「……説明がめんどくさい」
 斉藤さんはやる気のなさそーな顔でラーメンに口をつけた。
 カラオケ屋だけど料理やドリンク類が充実しているのがここの売りで、味は専門店にも引けをとらない。内装も綺麗で洒落ているので、学生からOLさんまで幅広く人気がある。
「理由もわからないのに、無視するなんてできないよ」
 オムライスを切り崩しつつ訴えると、彼はしぶしぶ口を開いた。
「憶測が多くなるから、詳しくは後で高橋に聞けよ」
「うん」
「高橋がどっかの霊能者に恨みを買った。あるいはだれかが霊能者に高橋を呪うように依頼した。それで今あいつと……あの様子だとあいつの家族も巻きぞえくらってんな。呪われてるっぽい」
「呪いって、あのネコと女の霊?」
「いや、女の方は使われてる感じじゃなかった。助けを求めてるっぽかったし、高橋がどっかで拾っただけだろ」
「助けを求めてるのに首しめてくるの?」
 つい自分の首を押さえてしまう。
「首しめられて死んだから、それを訴えたくて首しめてきたんだ。こんな風に殺された私を見つけてってな」
 ものすごく怖い顔をしていたのに、そう聞くと可哀想に思えてくるから不思議だ。
「同情するな。よってくるぞ。アレは高橋がなんとかするからほっとけ。……だいたい、あの手の奴はめんどくせぇんだよ。一人助けるとどこからか次々と他の霊がよってくるし。だから人間霊は嫌いなんだ」
「え、でも人形や物に憑くのも人間霊じゃないの?」
「いや、元がよくわからん付喪神みたいなのもいる。人間霊の方が多いことは多いが、物に憑いたやつのがあつかいやすい」
 人間霊が得意で物が苦手な高橋さんが聞いたら、なんていうのか聞いてみたい。
「呪いはネコの方だな。アレは完璧に理性失って馬鹿になってるから話が通じない。おまえも今あいつと関わるとねらわれる……そーいうわけだから、高橋が自力でもどってくるまで連絡するな。わかったか?」
「……わかった」
 あんまり長くなったらわからないけど、とりあえず次のカテキョの日までは大人しくまっていよう。
「1週間たってももどって来なかったら、俺が探しに行ってやる」
「ありがとう。でもその時は私も行くよ」
「おまえは留守番」
 いやだ。
 返事をしないでいたら、彼は頭からつま先まで観察するようにこちらをながめた。
 涼し気な一重の瞳は目尻が切れ上がっていて怖いけれど、見慣れるとキレイだと思う。高橋さんは女顔だけど、彼は男顔の美形さんだ。
「このまえやったやつはどうした」
 お守りのことだろう。
 いつもポケットに入れているから外から見たってわからないはずなのに、なぜ気づくのか。
 私はネコの声は聞いたけど姿は見えなかったこと、女になにかをささやかれて気を失ったあとお守りが消えていたことなどを話した。
「ああ、身代わりになったんだろ。良くないことがおこった時に身近な人間やペット、念のこもった道具なんかが身代わりになって死んだり壊れたり、どこかへ消えたりすることがある」
 いいながら、斉藤さんが新しいお守りをくれる。
 前のものと色違いの小袋だ。神社やお寺で売っているものと似ているけれど、名前は入っていない。
「私、危なかったの?」
「……少しな」
 短くうなずいただけなのに、その声が妙に重々しくひびく。
 彼の瞳が殺気をふくんだ気がして、反射的に目をそらした。ただでさえ元が怖いので、あまり険しい顔しないでほしい。
「で、でもあの人、供養して欲しいだけで殺すつもりはなかったんでしょ?」
 むちゃくちゃ怖かったけど。
「ヤバかったのはネコの方だ。最初に高橋から電話があった時に霊視されて、監視用に1匹つけられてた。おまえが妙に落ちつかなかったのもそのせい」
 高橋さんがいなくて寂しかっただけじゃなかったんだ。いや、寂しいけども。
「そうだったんだ。でも、ネコの霊なら怖くないかも」
「そうか? のたうち回って狂い死んだやつだから、化物みたいな顔してるけど。体ぐちゃぐちゃだし原型がほとんど残ってない」
 ごめんやっぱ怖い。
「それって今もいるの?」
「もういない。ただ、あいつと連絡とったらまたつくからな」
 彼がため息をこぼす。
「これくらいでいいだろ」
 しゃべるのは疲れる、とでもいいたげだ。
「まだちょっとわからない事があるんだけど」
「なんだよ」
「どうして私、霊が見えたのかな。今まで鏡ごしとか、明里がいる時くらいしか見たことなかったのに」
 霊媒体質の友達について説明すると、あっさり答えが返ってきた。
「単に霊感がうつったんだろ」
「霊感って、うつるの!?」
「人による。波長が合うやつと一緒にいればうつるんじゃね。うつったって話は聞くけど俺もよくは知らん。見える霊と見えない霊がいるやつもいるしな。霊の見え方だって個人差がある」
 高橋さん、斉藤さん、明里。
 霊感の強い3人としょっちゅう会っていたし、うつってもおかしくはない。
 怪談は好きだけど幽霊は見たくないのに……。
 複雑な心境になりつつ、次の質問をする。
「斉藤さんって、お守りいくつもってるの?」
「未使用のが家に10個はある。定期的にもらうし、自分でも作るからな。念がこもってれば札でも数珠でもパワーストーンでも守り袋でも同じだから、好きなのがあったらいえよ」
「ううん、これがいい。ありがとう」
 お礼をいって、はたと気がつく。
「あの、お姉ちゃんの時も助けてもらったし、失くすたびにお守りもらってるけど、どうやってお礼すればいい? 嬉しいんだけど申し訳ないし、なにかいってくれる方が気が楽かも」
 高橋さんとはつき合っているし、本人からも「ありがとうっていってくれるだけでいーよ」といわれているので甘えさせてもらっているが、斉藤さんは友達とはいえ他人である。あまり世話になるのは気が引ける。
「……」
「あの」
 不意に軽くほおをなでられた。
「気になるなら、たまに顔見せろ」
 めずらしく、彼にしてはおだやかな表情でこちらを見下ろしている。
「おまえ、なんか俺の妹に似てるんだよ。あいつ中学生の時に死んだから……だから、似てるおまえが高校生になって、大学生になって、大人になってくのが見たい」
「似てても、別人だよ」
 私は私だから、後でイメージとちがうとかいわれても困る。
「知ってる」
 高橋といる時でいいから、といわれてうなずく。
「そんな事でいいなら」
「ありがとう」
 逆にお礼をいわれてしまって驚いた。
 身内と似ているというだけでそこまで嬉しいものなんだろうか。試しにお姉ちゃんが亡くなったあと、お姉ちゃんそっくりの人と出会ったらと想像してみるがよくわからない。彼女の代わりなんていない気がするのだが。想像力が足りないのかもと頭をひねっていたら、ぽんと肩をたたかれた。
「そろそろ帰れ。送ってく」
 気づけば2時間が経過していた。
 外は暗く、ちらちらと雪が降っている。夜風が冷たくて肌がヒリヒリする。
 物悲しい光景のせいかあの会話のまま帰るのも寂しい気がして、バイクから降りたあと最後に1つたずねてみた。
「斉藤さんって、普段なにしてるの?」
「バイク屋店員」
 なんかすっごい納得した。
「またな、ひなた」
 不意打ちすぎてドキッとする。
 どうして急にそんな親しげな声で。
「な、なんか斉藤さんに名前よばれるとドキッとする」
 ていうか名前覚えてたんだ。忘れてるか、ずっと”おまえ”で通すつもりかと。
「よくいわれる」
 彼は悪戯っぽく小さく笑った。

◆

 それから3日後。
 受験対策のため、学校の授業は自習ばかりになってきた。クラスメイトたちがそれぞれ席を移動して友達と勉強する中。私も明里や沙也と机を合わせていたら、クラスメイトの中川さんが声をかけてきた。
「保月さん、確か同じ高校受けるんだよね。学校終わったら一緒に下見行かない?」
 落ちついたブラウンのショートヘアにスレンダーな体つき。
 少し天然ぎみで、無邪気な子犬のような印象の少女だ。
 あまり話したことはない。
「うん、行く。高校でもよろしくね」
「あはは、受かったらねー」
 笑って彼女がさっていく。
 ぽつりと沙也がいった。
「3人とも高校バラバラって寂しいね」
「……うん、私友達できるかな」
 つられてこちらも暗くなる。2人は社交的で明るいし、すぐできるだろうが私は自信がない。もう3年くらいまえになるが、小学6年の時から中学1年の春まで、クラスで友達ができなかったのだ。
 みんなの輪の中に入れず、教室の片隅でぽつんとしていたら、
「あんたよく平気で1人でいれるね」
 と沙也が声をかけてくれて、今がある。
 だから彼女には本当に感謝している。
 でも、高校では沙也も明里もいないのだ。自分から声をかけていかなくてはいけない。
 鬱々としていたら、
「そんなのあたしも不安だよ。1年のとき友達いなかったもん」
「ウソ」
 明里の言葉に目が点になった。
 だって彼女はいつも堂々としていて、明るくてかわいくて頭もいい。私のあこがれだ。
「いつも友達に囲まれてるタイプだと思ってた」
「男子はかまってくるけど、女子には避けられるの。あたしと話してくれる女子、2人以外にいないでしょ」
「投げキッスとかすんのやめて、もっと地味な格好すれば?」
 と沙也。
 明里は赤やピンクの原色系の服が好きで、露出も多い。スタイルが良いからそれがすごくお洒落でサマになっていて、アイドルみたいだといつも思う。
「かわいい服きてなにが悪いの?」
 明里が唇をとがらせる。
「確かにかわいいしすごく似合ってるけど、もうちょっとシンプルな方が女子受けはするかも……あ、でも私は明里好きだよ」
「あたしもひなちゃん好きー」
 ぎゅーと抱きつかれたので抱きしめ返すと、沙也が不満げな顔をする。
「ちょっとあたしは?」
「沙也も好き」
「うん、卒業しても遊んでね」
 3人で抱き合って、押しくらまんじゅうみたいになってしまった。
 放課後。
 学校の最寄り駅で、トイレに行っている中川さんをまつ間にスマホをチェックした。
 高橋さんからの電話やメールは無視しろといわれているが、それ以前にどちらもきていないし、こっちからも送っていない。
 いろいろ大変で連絡する余裕がないんだろうとは思うけれど、単に私が飽きられただけだったらどうしよう。明日のカテキョではちゃんと会えるんだろうか。
 不安になって肩を落としていたら、突然電話がかかってきてびくうっと飛び上がってしまった。
 高橋さんからだ。