その12 ナギはどこ?
ナギがヨウと再会していたころ。
オオゲジサマは城門の屋根にのぼっていた。町を見下ろしながら、少女をまっているのだ。
「ナギいない。ナギこない……」
彼はうまく人間が見分けられない。色もあんまりわからない。
だけど、彼女の特徴くらいはおぼえていた。
青い服をきた子ども。
城門のまわりには大人ばかり。子どもは1人もいなかった。
「ちゃんとお金とってきたのに」
オオゲジサマはしっていた。
人がたくさんいる場所には、悪いやつがいる。
そして御巫一族はよくいっていた。
「悪いやつは罪人だから、食べてもいい」
ボクがやることは天罰なんだって。
だから、何人か食べて金目のものをいただいてきた。でも、まちあわせ場所にあの子がいない。もう夜なのに。
もうちょっと、まってたらくる? いつまで、まてばいい?
なんだか、とてもさびしくなってきた。
1人ぼっちで聖山にいた夜を思いだす。
明るいうちは御巫たちがいる。だけど、みんな夜になると帰っちゃうからつまらない。
人間は夜にたくさん寝ないといけない。それはわかってるから、毎晩いっしょにいてくれとはいわない。だけど、かまって欲しい夜もある。
御巫の家まで、何度も何度もついてった。
でも。
いっしょに寝ることを許してくれたのは、8代目だけだった。
親元をはなれてさびしいだろうから、そいねしてあげる。
そんなことをいったけど。そばにいて欲しかったのは、自分のほう。だから、オオゲジサマはナギが好きだ。さびしいとき、そばにいてくれたから。
……なのに、なぜこない?
「もしかして……ナギ、逃げた?」
御巫たちは、オオゲジサマの世話をするのが仕事。だから彼らは無視しない。ちゃんと相手してくれる。
でもゲジ国がほろんで、一人と一匹は自由の身になった。どこへ逃げても怒る者はいない。監視している人もいない。
そして、オオゲジサマはちゃんと理解していた。自分が嫌われ者のバケモノだってことを。
「……」
ついカッとなって、城壁をこわしてしまった。せっかく人間の少年に化けていたのに。右うでだけ明らかにおかしい。緑色の肌に巨大なツメ、長い指。昔こんな魔物を食べた気がする。
「なんだおまえ!? そこでなにをしてる!?」
まさか頭上に人がいるとは思わなかったらしい。
城壁の門番たちがあわててかけてくる。ムシャクシャしていたから、殺してしまおうかと思った。
だけど。
『めだちたくないんです』
と彼女はいっていた。
食べてしまえば、めだたないけど……。
ほんの少し、迷って。オオゲジサマは高く飛んで逃げた。
城下町の屋根を、ぴょんぴょん移動する。追手をふりきってから、少女と過ごした日々を思いだした。
ボクのこと、ほんとはイヤだった? ずっと逃げるすきをうかがってたの?
でも……。
ザイ国でわざと負けたふりをしたとき、彼女は攻撃しなかった。むしろ敵を止めようとしていた。
よく笑いかけてくれるし、さわっても逃げなくなってきた。
別れたとき「またあとで」と手をふってくれた。
「迷子になってるだけだよね。道がわからなくなっちゃったんだ。……きっと、そうだ。そうだよね?」
ナギを探しに行こう。
まえは、かまってくれるならだれでもよかった。
だけどいまは、あの子にあいたい。
◆
オオゲジサマはナギにキバをあげた。
だから、自分のにおいをたどれば彼女にあえるはず。
……ナギ自身のにおいはまだよくわからない。人間のにおいだな、としか。
他の人間と区別がつくように、こんどもっとかいでおこう。
キバのにおいをたどってみたら、店についた。
ふつうの店とちがって、夜おそくに開く場所。
顔をかくした人が多くて、子どもは奴隷か孤児ばかり。ちゃんとした店舗は少なくて、道ばたの露店が中心。
たしかブラ……ぶらっく……闇市ってやつ。
まさかナギ、売られてないよね?
心配だったから、子どもを全員みてまわった。
「ナギ? ナギなの?」
ちがったみたい。子どもたちはおびえて泣くか、にらんでくるだけ。
彼女も最初はおびえていたけど。いまはちゃんと会話してくれるはず。
「買いたいのか? それともおまえが売られてみるかい? 良い値がつくぜ」
ちゃんと右手をもどして、人間らしく化けたはずだけど。どこか変だった?
奴隷商人がしつこくからんでくるから、食べちゃった。一瞬で丸のみにしたから、まわりにはバレてない。
「ねえねえ、人を売るのって悪いことだよね?」
だから食べても、ナギ怒らないよね?
ぜんぶみてた子どもたちに聞いたけど、教えてくれなかった。無視されるのはなれてるけど、ちょっと切ない。
「殺さないで」
「たすけて」
「ここからだして」
「お母さん!」
あ、やっとしゃべってくれた。
「君たちナギにそっくりだから、食べないであげるよ。オリこわしておくから、勝手にお逃げ」
ふわっと。風にのって、キバのにおいがした。
みおぼえのある青い服。
それをもった人間をみつけて、思わず触手をのばしてしまった。
「ねえ、それナギの皮じゃない? ナギまた脱皮したの?」
まちがえた。人間は皮のこと服っていうんだよね。
触手でぐるぐるまきにしてたずねたら、
「きゃああああああああああ!」
その人間はそれしかしゃべらなくなってしまった。
胸がでっぱってるから、たぶん女。大人なのに、子どものナギより会話が通じない。
ナギが脱皮してこの大人になったとか? でも彼女の目ってこんな青かったっけ? 髪ももっと短かったし、ちがうよね?
「うるさいよ。ナギどこ? ね~」
何回きいてもいっしょ。まわりの人間たちまでさわぎはじめた。
「答えないと食べちゃうよ」
あーんと大きなくちをあけたら、やっと返事した。
「こっ、この服をきてた女の子のこと!?」
「そう」
「貴族に売った」
頭がまっしろになって、気づいたらひきちぎってた。
◆
ナギを買ったという貴族の家は、すぐみつかった。
キバの毒液が落ちていたから、探しやすかった。
どうやら彼女はキバを使って逃げたらしい。
ナギをつかまえるために、貴族と使用人たちは大さわぎしていた。
「早く探してあげなくちゃ、泣いてるかもしれない」
ナギが安心してでてこられるように。
オオゲジサマは貴族とその使用人を皆殺しにしておいた。だけど今回は食べてない。さっきのあの女も。バラバラにひきちぎって、すててしまった。
食べてうっかり彼らに化けたら、ナギがこわがるだろうから。
七代目の御巫、ミカにバレたら「殺したならちゃんと食べなさい!」って怒られそうだ。ナイショにしておこう。
「人を売るのが悪なら、買うのも悪だよね? 天罰ってことでいいよね」
そういうオオゲジサマ自身は善なのか?
ふと思う。
どちらかというと、自分も悪では……?
「まあ、いっか」
オオゲジサマは御巫一族に嫌われなければ、なんでもよかった。
「ナギどこ~?」
においをたどりながら、神獣は町をさまよった。
◆
そのころ、双子は貴族の変態ジジイを暗殺しようとしていた。
変態はヨウの手配書をだした。
幸か不幸か、そのおかげでどこの変態か特定できた。
傭兵にとって、人殺しはお手のもの。
反乱をおこすジャマになるし。ナギのため、ひいてはこの国にすむ子どもたちのため。新たな犠牲者がでるまえに……。
と考えていたのに、オオゲジサマが先にやってしまった。
「俺がやりたかったのに」
ヨウはぼやき、レンヤも軽くうなずいた。
ちなみに、ナギはなにもしらない。
◆
ナギが双子に保護されて、数日たった。
最近、町を騎士団が巡回しているらしい。なにか事件がおこったそうで。警備が強化されて、町も物騒なふんいき。
そんなわけで、家の外にでられない日々が続いていた。
革命軍が反乱をおこすのは、まだ先になりそうだ。
ヒマだなぁ……。
ナギはのん気にミルクをのむ。
パキラ国で反乱をたくらむ、クダラ公爵。
双子の支援者だ。だけど、公爵はここにはいないらしい。
ここにいるのは、公爵がやとった傭兵たちだけ。アジトの1つで、本拠地は別にあるそうだ。
ナギが寝とまりしてるのは、宿屋の2階。
1階は酒場。いかついオジサンたちがたくさんいる。
けっこうな人数だけど、広いせいかきゅうくつな感じはしない。まだまだ入れそうだ。
ゲジ語を話せる人や女性もいる。
ナギはその人たちに外国語を教わっていた。
「スクイート語ならだいたいどこでも通じるからな。パキラ語よりこっちを優先しな」
短くかりあげた金髪。切れ長の赤い目。悪そうな笑みを浮かべた魔術師だ。
男まさりな印象だが、顔だちは美しい。
防具の上からでもわかるほど、胸もごりっぱ。腰はきゅっとくびれて、おしりから足の曲線が色っぽい。すらりとした大人の女性だ。
彼女はシュカ。
ナギのケガを治してくれた、回復魔法の使い手らしい。お礼をいっておいた。
「それよりおまえ、あいつらとどういう関係なんだ?」
近くにすわっていたごつい男の人がたずねる。
彼はリャン。
目つきがするどくて、顔もこわい。片手でナギの頭を握りつぶせそうな感じがする。
「レンヤとヨウのことですか?」
リャンが声をひそめる。
「あいつら、子どもがいたからってひろってくるようなバカじゃねえはずなんだ。ましてこんな時に」
「別になんだっていいだろ」
目の前にふっと影が落ちる。
「おや、保護者のお帰りだ」
うひゃひゃとシュカが笑う。
ふり返ると、ヨウとレンヤがもどってきていた。さっきまで、奥でだれかと話していたのだ。
リャンが顔の影を濃くする。
「アジトにこんなガキ連れてこられちゃ、気になるだろうが。ここは教会でも寺院でもねえんだぜ」
「俺たちの連れだから手だすなっつったろ。それだけじゃ不満か?」
「不満だね。納得できる理由を話しな」
「力づくで納得させてやろうか」
ヨウが殺気立つ。
おもむろに、レンヤがその肩をたたいた。
「リャン正しい」
リャンが「へっ」と笑い、ヨウが「ええー」と口をひんまげる。
レンヤはぽんとナギの頭に手をおいた。
「川柳のようなもの」
数秒の沈黙ののち、一同が声をそろえた。
「パキラ語でいえ」
そんな生ぬるい会話をかわしていたとき。
なんの前ぶれもなくレンヤが剣をぬいた。
少しおくれて、他の三人もそれぞれ剣や大斧、長ヤリをかまえる。
「どうし」
ヨウの手でくちをふさがれた。
「しずかに」
と彼がささやく。
他の傭兵たちはだいたい三通りの反応をした。
おどろいてこちらを見つめる。同じように武器をかまえ、外に目を走らせる。まったく気にせずくつろいだまま。
だれかが、扉をけっとばして入ってきた。
「ムダな抵抗はやめろ! おまえたちはすでにかこまれている! 死にたくなければ抵抗するなよ!」
ワアアアアと声をあげて兵士たちがなだれこんでくる。
アジトが正規軍に見つかったのだ。
裏口、窓、入り口、二階、地下。
傭兵たちはバラバラに逃げた。ナギはヨウにかつがれ、大窓から外へ。そこには、大量の兵士たちがまちかまえていた。いくらヨウが強くても、こんなにたくさんいたんじゃかなわない。
「ヨウ」
「うん」
双子は一瞬だけ目をあわせた。
なんの話ときくひまもなく、レンヤがとびだしていく。
大群の前にとびだすなんて、くしざしにされてしまう。
心配したけど、彼はすばやかった。
剣を投げつけ、目のまえにいた兵士の顔面をつらぬく。
武器をすててどうするのかと思ったら、もういない。ふせて足払いをかけて兵士を転ばせたり。剣をかわしながら誘導して、敵同士で殺しあわせたり……。
よくもまあ、あんな器用なことができるものだ。右うでがないとは思えない身のこなし。
血と臓物がとびかう地獄絵図なのに、つい見入ってしまった。
……でも、そこから先どうなったかはわからない。
ナギはヨウにかつがれて脱出したからだ。
レンヤは2人を逃がすため、おとりになってくれたらしかった。
逃げるなら、片うでの彼が逃げた方がいいのに。両うでがある分、ヨウがおとりになった方が生き残れそうだ。
どうしてケガ人優先じゃないのか。
理由に気づいたとたん、罪悪感で泣きそうになった。
もしかして、片うでのレンヤではナギをかかえて剣をもてないから?
「ごめんなさい」
こんなことなら、オオゲジサマについて行けばよかった。
ぎゅっとしがみつくと、ヨウが笑う。
「大丈夫。兄貴は強いから!」
夕焼けで赤くそまる空が血に見えて、ひどく不吉に思えた。
◆
あかね色の空が群青に変わったころ。
アジトからはなれた、貧民層の集落へ入った。
いままでいたのは平民の住宅街。石やレンガ作りの家がならんでいた。貧民街は布や木で作られたボロ家ばかり。すぐわかる。
まずしい者たちは国に反感をいだく者が多い。ここなら軍の目も届きにくいだろう。
だから、追手からかくまってくれそうな協力者がいるのかもしれない。
小屋へ入ろうとして、ヨウがぴたりと足を止めた。
剣の柄に手をかけ、じりじりとあとずさる。
「ヨウ?」
「悪いなちびちゃん……俺がつけられたのかと思ってたけど。裏切り者がいたみたいだ」
小屋の中から、するどい声がひびく。
光に群がる羽虫のように。まわりの物陰から兵士たちがあらわれた。
高台や屋根の上から弓をひき、こちらをねらっている。ぐるりとかこまれ、ヤリをつきつけられた。
ヨウはナギをおろして両手を上げた。
「避難場所までバレてるとはね」
◆
兵士にとらえられ、ナギはヨウとひきはなされた。
連れてこられたのは、大きな大きな横穴の中。らせん状に下へ下へと続く道。アリかもぐらの巣のように枝分かれした部屋。壁はかたい岩で、床は土。暗い通路をてらすのは、点々とおかれたかがり火のみ。
やがて、乱暴に牢屋へほうりこまれた。
「おや、まだ死んでなかったか」
頭上でからかうような声がする。
「シュカ。無事だったんですね」
牢の中には、見おぼえのある顔ぶれ。アジトにいた傭兵たちだ。100人くらいいる。みんな武器をとりあげられてて、ケガ人もいた。
「リャンや他のみんなはどうなったんですか?」
「きくなよ。見りゃわかるだろ」
シュカは笑う。でも、目は悲しそうだ。ナギはしゅんとした。
逃げられた人もいると、思いたい。
「レンヤは私たちを逃がすためにオトリになってくれたんです。ヨウはつかまった時はいっしょにいたんですが、ちがう所に連れて行かれて」
「あのな。あたしらは他人の心配してる場合じゃねえぞ」
「ひゃい」
両ほおを片手でわしづかみにされて、顔を上げる。
シュカはしずかにこちらを見下ろした。
「あたしらに人質の価値はない。下っぱだから重要な情報もしらされてない。おそらく明日の朝、見せしめに公開処刑ってとこだろなァ」
「……」
やがて、彼女は壁にもたれて眠ってしまった。
同じ牢にいる人たちは、いろんなことをしていた。
しずかに泣く。殺気だってケンカする。ケガ人の看病をする。ただ眠って明日にそなえる。などなど。
彼らのじゃまをするのも気がひける。御巫はすみっこにすわった。
オオゲジサマ、レンヤ、ヨウ。
みんな無事だったらいいな。あわよくば、たすけにきて欲しい。死にたくな~い!
神仏に祈っていたら、目の前にふっと人があらわれた。
「うわっ、びっくりした」
灰色の長い髪に、青い目をした男。大人の年はよくわからないけど、たぶん50歳くらい。あきらかに傭兵じゃない。貴族みたいな良い服をきていた。
でも同じ牢屋にいるってことは、この人も反乱軍だろう。
「あの……なにかごようですか?」
きいてみても、彼はしゃべらない。
ぱくぱくと口を動かし、少しはなれた地面を指さした。
「もしかして、しゃべれないんですか?」
彼がうなずく。
「あ、ゲジ語もわかる方なんですね」
もう一度うなずいた。
男は指さした場所まで歩き、手まねきしてくる。あきらかにナギを呼んでいる。
近づくと、しゃがんで地面をつついた。こちらをみて、真剣な顔でなにかうったえてくる。
「ここをほればいいんですか?」
男がうなずいた。
牢屋の床は固い土。だけど、彼にいわれた場所の土は少しやわらかかった。
昔だれかが、ここになにかを埋めたんだろう。30センチくらいほり返したら、なにかでてきた。
「さっきからなにしてんだ?」
ナギがゴソゴソやってるのが気になって、おきてしまったらしい。あるいはもともと眠れなかったのかも。
シュカが手元をのぞきこんできた。
「この人が床をほれっていうので」
「ふーん? なんか金目のもん?」
土で汚れた布のかたまり。
ほどくと、中から古くて高そうな首かざりがでてきた。はかなげな女性の肖像画が描かれている。まるで絵物語のように浮世ばなれした、美しい人だった。
「レイシの肖像画……あんた、まさかライゼン?」
シュカがたずねる。
男はこくりとうなずく。
彼ののどには小さな刃物がささっていて、赤い血が流れていた。
ナギがひっと息をのむ。
男はパクパクとくちを動かす。首かざりを指さし、次にナギを指さして、消えた。
まるでロウソクの火をふき消したように。
牢の中を探したけれど、男はどこにもいなかった。