その15 みーつけた
同じ傭兵だし、反乱軍の仲間なのに、どうして?
ナギをつかんだまま、お兄さんがおじさんを殺してしまった。
武器はとりあげられたはずなのに。かくしもっていたのか、おりたたみ式の短刀をもっている。
「王さまになにかいわれたんですか? 生き残った1人だけをたすけるとか?」
びっくりしてるうちに、池へ投げられた。
「バカー! うらんでやりますからー!」
宙をまっている間。つらそうな顔したシュカが、見えた気がした。
また水中へドボンだと思っていたら、視界がまっくらになった。刀のように大きな、たくさんのキバが頭上を過ぎていく。湿った血なまぐさい風が全身をなぶる。ナギはべたっとした地面にぶつかった。
がり、と固いものが手の甲をさく。
「いたっ」
じわりと血がにじんだ。
なにがかすったのかを見て、ぎょっとする。ぐちゃぐちゃの死体からはみでた、骨に当たったらしかった。
あたりには、にたような死体がたくさん転がっている。それらは氷のようにじわじわと溶けていた。うす暗くてよく見えない。でも、でこぼこした桃色の壁はかすかに動いているようだ。
「お腹の中……?」
生きたまま、怪魚に飲まれてしまったらしい。
このままだとすぐ消化されてしまう。なんとか脱出しなくては。キョロキョロしていたら、奥から見おぼえのある傭兵たちがやってきた。
「ミカナギ!」
おぼれたときにたすけてくれたお姉さんもいる。
パキラ語はよくわからない。でも、たぶん「おまえも食われたのか」っぽいことを話しかけられている。
たくさんの人が食べられたのをみた。でも、たすかったのは丸のみにされたこの3人と御巫だけらしい。
「でも、どうやって逃げればいいんでしょう」
ここからでられたとしても、あの浮島へもどれば処刑されてしまうし。
なんとなく意味は伝わったようだ。3人は肩をすくめたり、ため息をついたりした。
◆
「殺せ! 殺せ! 殺せ!」
観衆は血に酔い、ハイになっていた。
罪人たちの処刑場こと、池に浮かんだ島が2つ。
その1つには、反逆者たちがのっている。
怪魚こと”神の使い”から逃げまどう姿もおもしろかった。でも、バカがあらわれてさらに良くなった。
「何人か食べれば、腹がふくれておそってこなくなるかもしれない」
だれかがそういった。
仲間へ斬りかかり、その死体を神の使いへあたえ始めたのである。神の使いは神官たちの命令にしたがう。だから、そんなことをしても無意味なのだが。
その考えが広まったのか。あるいはただ単にパニックをおこしただけなのか?
反逆者たちはみにくい同士討ちを続けている。島の上で立っている者が減っていく。どんどん地面と水面が赤くそまる。池には、神の使いが食べこぼした死体が浮いていた。
もう1つの島も、楽しいことになっている。
見分けがつかないくらい、そっくりな双子。その殺しあいに決着がついたのだ。
五体満足な方が勝つとみんな思っていた。しかし、右腕がない方が強かった。鬼神のごとき剣さばきで相手の剣をはじき飛ばした。とどめに、みぞおちを蹴っとばして池にドボン。
神の使いの背ビレが近づき、やがて水面に赤いシミが増える。
「ライゼンを解放しろ」
生き残った双子の片われ。レンヤがはるか頭上のルイに告げた。
「お見事、お見事! アヒャヒャヒャヒャ!」
王は手をたたき、大声で笑いころげて観戦していた。彼の合図で、ライゼンが連れてこられる。家来が2人がかりでバルコニーのそばへ立たせた。
そして。
「褒美をくれてやろう」
ルイはライゼンの心臓を剣でつらぬいた。
彼の体が小さくけいれんし、死にぎわの悲鳴がひびく。それは言葉になっておらず、ケモノのおたけびのようだった。
「……ッ」
レンヤが目を見開き、こおりつく。
その手は折れそうなほど強く、剣の柄を握りしめていた。
ルイがライゼンの背に足をかけ、剣をひきぬく。赤いしぶきがあたりにちった。
全身を返り血にそめたルイが、笑う。
「そら、受けとれ!」
家来たちが、動かなくなったライゼンをほうり投げた。
灰色の髪をもつ長身が落下していく。
大きな大きな水柱が立った。
レンヤが池へ飛びこむ。しずんでいく彼を水上へひきあげた。そうして彼に呼びかけようとして……頭上の暴君を射るようににらみつけた。
「あはははははははは! バカだ! バカがいるぞ! ぶわぁ~か! おまえのその顔が見たかったんだ! 最っ高だね!」
おもしろくってしかたない、といった風にルイが爆笑する。
レンヤのかかえる男は、灰色の髪に長身。だが、瞳孔が開いたままのその瞳は紫がかった青色。顔だちもまるで、記憶の中の男とにていない。
ニセモノだったのだ。
遺体から手をはなし、レンヤがたずねる。
「本物のライゼンはどうした」
「おまえたち双子が国をでた夜に自害したさ! 気位の高い男だったからな。はずかしめを受ける前に死を選ぶとさ。いまはこのざまだ」
ルイはいくつも指輪のはまった手で、ドクロをかかげた。
「なのにおまえたちときたら! たわむれで流したウワサにまんまとひっかかって、国にもどってくでゅばっ」
なんの前ぶれもなく、ルイがバルコニーの柵ごとふっ飛ばされた。
彼がいた玉座に人影がよぎる。
「キャアッ!」
「うわっ!」
「うっ!」
そばにいた護衛や貴族たちも、まるで何かにぶつかったように落下していく。
「みーつけた」
場にそぐわない、まのびした声。
はるか頭上の観覧席から、貴族の少年が飛びおりてきた。
見るからに武闘派ではない、細い体。ゆったりとして動きにくい上質な服。長い髪の合間からのぞく顔は、女のように美しい。
知的だが、眠たげにも見える表情。彼はナギと同じ、漆黒の髪と目をもっていた。
少年は大きくとんで、レンヤの背後へ近づく。
いままさに彼を食らわんとしていた神の使いが、そこにいた。
剣よりも硬いウロコにおおわれた怪魚。それを、少年は素手でバラバラに切りきざんだ。
◆
脱出してもまた処刑されるのかもしれない。でも、このまま消化されるわけにはいかない。
「うおりゃー!」
神の使いに飲みこまれたお仲間。
傭兵たちといっしょに、ナギは怪魚をぶんなぐっていた。
どうやら胃袋らしい、桃色の肉壁がぷるんとゆれる。
ナギはふと我に返った。
「いけません。世話係みたいなものとはいえ、私巫女なんですよ。うおりゃーだなんて、はしたない」
ほんの数日とはいえ。荒っぽい傭兵たちとくらしてたから、感化されちゃったようですね。
こそこそと乱れた服を整えたりしている。
やがて、肉壁がウネウネとけいれんした。
傭兵たちがウオオオオとおたけびをあげる。
「おっしゃー! 効いてるぜ!」
というな意味だと思われた。
傭兵たちはいっそう激しく壁なぐりを続ける。攻撃が効いているとみて、ナギは目を輝かせた。
「どりゃー!」
再びこぶしを打ちこんでいく。打つべし、打つべし!
その瞬間。
ズギャギャギャギャギャッ!
固いものと、やわらかくて分厚いものを同時にぶった斬ったような。得体のしれない音が鳴りひびいた。肉壁が爆発したようにはじけ飛び、ナギはいきなり水中にしずむ。
「お、おぼれるー!」
犬かきのように両手両足を動かし、必死で水上をめざす。
「ナギ!」
ふっと、頭上に影がさした。
「探したよー」
自分と同じ、黒い髪と目の少年。城門で別れたときの姿のままだから、すぐにわかった。うちの神獣さまだ。笑顔でぎゅーっとだきつかれて、ナギはあせる。
「オオゲジサマ! あえて嬉しいです。でもどいてください! いますぐに!」
「え? なに? 聞こえなかったからもう1回いって」
「あたりまえです、ここ水中です! ていうか私を殺す気ですか! はなしてください!」
「え? なんて?」
「どけといってるんですー!」
ぐはぁ……ッ。
酸欠で三途の川をチラ見しつつあるナギ。異常にようやく気づいたらしく、オオゲジサマは水面へ浮上した。
島へ上陸し、少女がぜーはー呼吸をととのえる。
オオゲジサマはその頭からつま先までをじっとながめた。手の甲についた傷口に目を止める。
「これどうしたの」
聞きながら、ぺろりと傷口をなめる。
「転んでぶつけただけです」
少し前に消えない傷を負いましたけどね。心に。
こんな落ちつけない場所で話すことでもない。あとでたっぷりグチるとしよう。
ナギは遠い目をした。
「そう……」
彼はおいしそうに目を細めた。幸せそうな顔をしている。
「この味はまちがいなく、御巫の子孫。ボク、君の血のにおいと味だけはぜったい忘れないし、まちがえないよ。君の血ってすごく良いにおいなんだ。遠くにいてもすぐわかったよ!」
ほめてるつもりだろうか。いただきます宣言にしかきこえない。
でも、キバを失くしたからもうあえないかと思ってたし。血のおかげであえたのなら、よかった。そういうことに、しておこう。
「そのまま食べないでくださいね?」
「……食べないよ」
「いま、迷いましたね」
オオゲジサマが視線をそらす。
ナギはまわりが騒がしいことに気がついた。
頭上の観衆がざわめいている。王のとりまきたちが悲鳴を上げ、こちらに身をのりだしていた。
池には魚の切り身と化した、神の使い。
いっしょに飲みこまれていた傭兵たちも逃げられたらしい。切り身につかまって、こちらをみている。
「オオゲジサマ、なんかめだってます」
冷や汗をかいていたら、うしろから声をかけられた。
はるか頭上の観客席にいたはずなのに。なぜか王さまがいた。
彼がパキラ語でなにかしゃべる。オオゲジサマはうなずくと、ナギをかかえてその場をはなれた。
「あの、なんのお話ですか?」
「ボクが用があるのはナギだけだから。気にせず続けてっていったところ」
ルイの背後で、ギラリと光るものが走った。